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【恋愛】癒しの時代の恋愛スタイル キミ、キミ、そんな求愛行動をしていていいのかい?(1999年12月22日)
「癒し」の時代と言われて久しい。 注)この「○○時代と言われて久しい」って言い方も随分と陳腐な言いまわしだよなぁ・・・。これについて何か書こうかと思ったけど、今度にしようっと 価値観混沌の世界で、ストレスの多い現代で、人々は「癒し」を求めている、と。 この場合「癒し」というのをあまり広く捉えすぎると、誰でもが当てはまるものになってしまい、論じる意味が減じてしまう。 例えば、「自己実現を自ら為そうとしてるのを、さらに助けてくれる」ということをも「癒し」と言ってしまうと、「誰かにとっての幸福を助長するもの全て」が「癒し」ということになってしまう。 そこで、「癒し」とは、この場合、自分で「辛い」、「苦しい」、「傷だ」と感じていて、それを治してくれる、埋めてくれる、救ってくれるということを指すことにしよう。 主観としての「傷」とそれを治してもらいたいという意思がポイントになるということ。 まず、誰もが「癒し」を求めてるというのはそれ自体は否定できない。 苦しみがあったら、キズが出来たら治したいのは当然だろう。 問題は、それがどの程度の傷で、誰に、どのくらい 求めるのかということだろう。 特に、今回問題にしたいのは、恋愛における癒し系について。 最近、優香や本上まなみなんかが癒し系と呼ばれていたりする。 注)個人的には優香を見ても安らぐと思えないのだが・・・・←本論と全然無関係 で、女性に「癒し」を求める男のコってのが、非常に増えてる気がしてならないのだ。 いや、増えてるってことはないのか、昔を知ってるわけでもないから、なんとも言えないのだが。 ただ、現状の僕の周囲には女性に「癒し」を求める男性が非常に多いように感じる。 それは、どうなの?。宮崎駿がナウシカなどで受ける批判に「女性を母性としか捉えてない」とかいうのがあるのだが、男性っていうのは、やはり「母性」を追っかけることが多いのか?。 「なんかそれはあまりにヒドイのではないか」とか僕なんて思ってしまうのだけどなぁ・・・。 こんな「母性」なんていう神格化されたシンボルを押しつけられる「女性」一般の立場というのに自分が置かれたらとか思うとうんざりしてしまうのだが・・・。 視線が自分を通りすぎて、「象徴」しか見てもらえないということを考えると、心に痛みを感じるのだが・・・・。 もちろん、男性の場合とは逆に、女性が「男性に守ってもらいたい」的な願望を抱くことがあるであろうことも多いのはわかる。 でも一般的には、男性よりも女性の方が関係性に対して修行が進んでるので、リアリズムが発揮されて、その依存の程度も自分なりにコントロールが効いてることが多い気がする 注)「とてもじゃないけど、そんなこと出来てないな」というコもいるし、関係性に対する修行が全然足りてないというコもいることも事実だけどね(苦笑)。 癒されたい男性に聞きたいのだ。 その人がホントに好きですか?。 いや、「ホントに」というのは卑怯な表現だね。 「癒し」だけをその人に求めてませんか?。「この人なら厳しいこと言わないでいてくれそう」、もしくは、逆に「この人は叱ってくれそう」。 それだけの選び方してませんか?。 ・・・・と、言っても、そういう関係もそれはそれでありだとは思うのだけどね。 その恋愛において、女性の方でその求められ方に不満がないなら、それもありだしね。 ただ、僕ならそんな求められ方は嫌だし、そんな求め方もしないというだけ。 自分が傷ついて、ホントに自分だけでは治癒できない時に、自分の好きな人に「癒し」を手伝ってもらうことは確かに必要になることはあるかもしれない(ここでもあくまでも「手伝う」ね)。 でも、「癒し」だけをその人に求めるのですか?。 その人の他の部分は見てるのですか?。その人を楽しませてあげよう、幸せにしてあげようとは考えてるのかな?。 僕なら、そういう個と個がちゃんと協働してる恋愛をしたいけどね・・・。どうなんだろ、他の人達って、そうでもないのかな?。 なんか僕に対して「キミが強いからだ、キミには弱い人の気持ちがわかってないよ」という言葉でも飛んでくるだけなのかもなぁヽ(´ー`)ノ。 てゆーか、傷が出来たら、とりあえずドロを落として、マキロン塗るなり、キズドライするなりして、自分でバンドエイドとか包帯とかしなよ(苦笑)。 わんわん泣きながら、誰かが気付いてくれるのを待つような態度はイイカゲンやめない?。 キズからこれみよがしに血を流しながら、「気付いてくれないアナタがいけないから、ワタシ(ボク)はもうすぐ死ぬの」・・・・って表情はヤメロよ(苦笑)。 しかも大したことない傷だったりしてヽ(´ー`)ノ。 以上。 |