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【つぶやき】携帯電話についてのアナウンスは・・・(いいかげんにしろよ)(2000年09月05日)
もうやめたみたいだけど、4月くらいだかに電車内で「携帯禁止」についての放送が、えらくうるさかった。 車内での携帯電話の問題点は2つ ひとつは、「ペースメーカー問題」。これについては、満員電車での禁止ということは必要かもしれない。 ただ、実際には、ペースメーカー問題を隠れ蓑にして「携帯がうるさい」という苦情に対応しているだけだということが問題なのではないだろうか。 そう、もう一つの問題は、「騒音」である。 騒音を理由として、車内での携帯電話の使用・利用自体を「全面的に禁止」するのは、問題が大きいのではないか?と感じる。 会話の際に、迷惑にならないような音でしゃべれば問題ないことではないのだろうか。 「大声」での会話を禁止するにとどめるべきであろう。 もちろん、会話自体が、「全て」うるさいというならば、電車内での会話は電話に関わらず全て禁止するということにすべきである。それならば、まだ納得はできる。 しかし、電車内の会話が禁止されてるわけではない。しかも、大声での会話はやめて下さいというようなアナウンスすらない。 それなのに、小声で話している携帯の会話のみを禁止する必要性はないのではないだろうか。 もちろん、携帯電話の利用の仕方で、これは明らかに「騒音」であろうというような会話の仕方をしている人間もいる。だからこそ、このような利用は禁止するべきかもしれない(てゆーか、そういうヤツは消えなさい(苦笑))。 しかし、最近は大半の人は利用の際には注意を払って利用してるように見える(もちろんそうでない人もかなり多いのだが)。 にもかかわらず、一律に禁止する、しかもあの高圧的なアナウンスの態度は、それこそ明らかに限度を超えた「騒音」に思える。 実際、JRなどにそのような苦情を言う人達がどのレベルでモノを言ってるのかは気になるところだ。 「電話での会話は片方しか聞こえないから気になる」などという批判も聞くが、それは子供の屁理屈のレベルじゃないのか?。 「気になる」を基準にしてしまっては、現代社会は禁止事項が多くなりすぎてしまう。 しかも、中には、「携帯で会話してるという」だけで「不快」に感じて、うるさいなどと苦情を言ってる人間もいる気がしてならない。 このような主張は、それこそ、権利の濫用であって、無視すべきではないだろうか(苦笑)?。 現代社会ではこのような禁止の基準は「実害」のみにすべき。 「騒音」は、実害としても良いが、「携帯電話で会話してるのを見るのが不快」というようなレベルの主張に対しては、「そのようなことを言うあなたが不快」としか言いようがない。 まあ、そんなことから、JRの対応には、かなり不満で、せいぜい「満員電車内でのみ禁止」とすればよいとか思ったものだ。通常時は利用自体を禁止するのではなく、「車内で迷惑になるような利用をしないでください」とアナウンスするべきだろうに。 「利用が車内で迷惑だ」というアナウンスを聞くたびに「不快」を感じる、この頃なのです・・・。 |