蝉 〜セミ〜 1999年08月11日
セミが僕の手を刺した・・・。
「あ、イテっ」
「な、なんだ、この恩知らず」
僕は、思わずセミを落としてしまう。
辺りのセミの声は、耳の中を反響し、僕の皮膚は湿気を帯びて苦しそうにしている。
セミは力無くパタパタと羽を二回・・・ことによると一回半と言う方が適切な程度に・・・、動かした。
ひっくりかえったままのセミ。
地上に出てから約一週間の命を、「儚い」というのはたやすい。
でも、僕はそのセンチメンタリズムに心を動かされて、路上に転がっていたセミを放っておけなかった。
「おまえ、こんなところに転がってたら踏まれるぜ・・・・」などとつぶやき、僕はセミを拾い上げて、近くの木につかまらせようとした。
彼は僕の指にしがみついた。
「そうそう、木のとこまで連れてってやるからな」
と、その時、彼の「口」が僕の指を刺そうとするのである。
「あ、イテっ」
「な、なんだ、この恩知らず」
「そうかぁ・・・・セミってこうやって・・・この口を木に差して樹液を吸うんだなぁ・・・・」などと、僕は軽い感心を覚え、もう1度拾い上げる。
しがみつかせると、またやられるかも・・・
彼の背中側から横腹を指で持つ。
彼は6本の足をわずかにジタバタと・・・。わずかな力を浪費し・・・。
「あわてるなよ、恩知らずめ(笑)・・・・」
僕は、近くの木に彼をつかまらせる。
そもそも、この木が彼にとって餌に適した木なのかなんてのはわからない。
「おまえの餌、よく知らなくてゴメン・・・」などと、そこはかとない罪悪感に苛まれながらも、僕は彼をその木に置いて、そこを去った。
寿命が延びたといえるのだろうか・・・、ただ、踏まれる可能性を減らしたということだけだ・・・・・、などと僕は思いをめぐらせ、暑い陽射しの中を歩きつづける。
「偽善?・・・・・」
僕の皮膚は水分を放出しつづけている。
それでも・・・・・・それでも、僕は彼が転がっているのを見てしまったんだ。彼がつぶされるかもと想像してしまったんだ・・・・。
『僕が助けなかったから彼がつぶされてしまうかもしれない、僕が助けていれば、つぶされないで済んだんだ』という想像を、罪悪感を、後で味あうことに耐えられなかったんだ・・・・・。
僕は肩をすくめて歩きだした。
セミの声が、辺りを埋め尽くしている・・・・。
「・・・・セミに刺されたことあるヤツっているのかな?」
なんとなく可笑しくなって、僕は歩みを早めた・・・・・。
1999年8月
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