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シングルな子育て(2000年09月16日)
シングルマザーというモノが増えて、シングルマザーが子育てを出来る環境というものについて議論されたりする。 保育所や託児所その他諸々の設備の充実、税金上の優遇措置etc.。 これらの観点は、離婚が増えてる社会環境とかそういうものが背景にあるのだが、基本的には「女性の自立」「ウーマンリブ」なりのフェミニズム論からのアプローチである。 もちろんフェミニズム論自体がどうこうというのではないのだが、これからも「シングル」での子育てが増えるであろう社会においては、「子育て」という視点が、フェミニズムの観点からばかり語られているのは、納得がいかない。 注)フェミニズム論からだからもちろん、父親によるシングル子育てについても検討は不十分だったりするし。 社会全体の効用論という観点からも、教育論という観点からも、「子供」の側からの視点設定はあまりなされていないのが不思議といえる。 シングルな子育てには、託児所とかそういう育てるのに直接必要な「モノ」以外にも「人格の成長」という面で色々な問題が伴う。 アイデンティティが他人の視点を介して形成されることはどこかで以前に指摘してるのだが、子供、特に幼児にとっては、親は絶対的に依存する相手であって、子供は「彼らからの認証」をもとにアイデンティティを確立することになる。 認証というものは、ひとつよりは、複数ある方が人格形成にとっては、一般的には良いのであって、片親だとその点が子供にとってはマイナスとなることが多くなる。 注)別に片親であったりすることを差別しようという意図の発言ではない。 注)むしろ、「離婚」くらいで「家庭に問題があるから」的に子供が言われるのは不幸だろうし、そんなことを言うのはもう社会全体で止めるべきな気がするからこその発言である。 で、これは、片親とかに限らず、いわゆる「マザコン」なんて言葉も実は同じようなモノであって、父親が存在していても、結局父親とは接触がないから認証を母親に依存せざるを得ないということになってしまうという現象なのだな。 これに対する改善策なんてのは、教育論的・認知心理学や教育心理学的には結構語られているのかもしれないけど、社会全体でどれくらい語られてるだろうか?。そして語られてるところでも「『シングル』がいけない」的なアプローチの方が下手すりゃ中心になりがちだったりするのではないか。 「シングル」な子育てが増える社会に対して、増えることは前提として、どういう措置を組むべきかなどは、それほど強く主張されてないようだけど、これからの社会を考えるには、重要な事項だと思うのだよな。 ということで、片親でも(もしくは、両親揃っていても)複数認証を与えよう、というような、社会意識というものの流布自体が必要な気がしている今日この頃。 具体的な方法論なんてのは、今ちょろっと素人のボクが考える程度では、親は「意図的に子供を集団の中や大人社会やらに放り込むようにしてみる」とか集団保育の現場でのアイデンティティの形成についての再検証をする、具体的には、「子供同士の認証形式」を研究したり、「上下級生間での認証」を検討し、「担任一人制ではなく複数教師に教わることにする」「学校だけではなく、地域横断型の趣味集団へ放り込んでみる」「授業ごとに席替え、班替えを行ったり、クラスを替えてみる」等の方法の研究、検証などの程度しか、とりあえずは思いつかない。 が、まあ、ここまででもそれなりに意義はあるのではないか?。 注)ここまで書いてみてあらためてわかったが、おそらく「学級崩壊」なんていうのも実はこの「偏った認証」による子育ての問題としてパラレルなのだろうな・・・という感じ。 話が脱線した感じがするので、結論として戻すと、「フェミニズム論からのアプローチではない『子供の認証の視点』からの『シングル子育て論』が社会全体で意識されるべきなんじゃないの?」ってことです。はい。 |