ある受験生(高校3年生)の手記


 「やるべき事」をやらずに「やりたい事」をすることが「逃走」だというなら、「やりたい事」もやらずに「やるべき事」をすることに満足してしまうことも等価的に「逃走」かもしれないとは思わないのだろうか?。


 もちろん、こんな理論は「やるべき事」をやってない自己を「弁護」するためのものに過ぎないなんてことはわかってる。


 自己弁護であることを「わかってる」ってことを言い訳にして、僕は「やるべき事」へ逃避せず、「やりたい事」へと逃走し続ける。


 そして、「言い訳しながら逃走してるに過ぎない」って気づいてることを免罪符にして、それでも逃走を続ける・・・。


 そして、僕は堂々めぐりを繰り返す。




 これを読んで あなたは何を考えますか?。


 僕は、今の自分の状況と照らし合わせてみて、なかなかが痛いです。




 この手記の書き手は、その年の大学受験に失敗し、浪人を1年した後、志望大学に入学しました。「やりたい事」と「やるべき事」の両立をすることができたようです。



 大学合格の後・・・・。約??年が経過し、2?歳になって、ふと高校時代の独り言メモを読んで、自分の成長してない具合に驚いたと・・・・・。

 そうです、上の手記は、かつての僕の書いたものです・・・・。

 やれやれ(^^;)・・・・。





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