『シークレット』
「お待たせぇ〜」
仕事に一区切りがついた安岡が奥の部屋から出てきた。
「いやぁここ、涼しいねぇ」
機械熱であついのなんのって……
そう言って汗を拭きながら一向に椅子から立ち上がろうとしないメンバーに声をかける。
「ねぇ食事行くんでしょ?」
まぁね、と苦笑いする黒沢の視線を追いかけてみる。
「あ…」
長いすを独り占めにして寝息を立てている村上を発見。
「みんなで食べようって言い出した本人がこれだもの」
どうしたものかとため息をつきながら北山が呟く。
「でもテツだって結構忙しくしてるみたいだしさ」
疲れてるんだねー。
「だからと言ってお預け状態が続くのはいかがなものかと」
黒沢のフォローにも容赦なく酒井の意見が出される。
「とりあえずヤスが出てくるまで寝かせておこうとなったわけだ…がっ」
そろそろ起きていただかなくては困るのだ。
…しかし、この人は寝起きが…
果たして誰がその役を受け持つかというところで譲り合いが続いていたのだった。
「まずは優しく起こしてみますか」
そう言って北山が恐る恐る村上に近づく。
「てっちゃん、てっちゃん」
ポンポンと叩いてみるものの、一向に目を覚ます気配はない。
無理だ、と首を横に振り北山の挑戦は即終了した。
「じゃ、僕起こしてみるよ…」
乗り気ではないが待たせた責任として安岡が前に出る。
「てっちゃん? ねぇ、起・き・て・よぉ」
後ろで聞いているメンバーが鳥肌を立たせるほどの甘い声で囁くものの一向に変化なし。
しかし安岡は頑張って声をかけつづけた。
―― そして
「もぅ、起きてくれなきゃ置いてっちゃうぞっ☆」
そう言って耳を軽く引っ張った途端
ぎゅ〜っ
「え、ちょ、ちょっとぉ」
村上が突然跳ねるように飛び起きたかと思うとそのまま安岡を抱きしめたのだった。
僕そういう趣味はないんだけど……
じたばたしてみるものの相手は一向に放してくれそうもない。
いや、逆に締め付けられていく気さえする。
― た、助け、てぇ
視線で訴えてみたものの
「……耐えなさい、しばらくの間」
「ヤス、ご愁傷様」
「怖い夢でも見たんだね、きっと」
メンバーは少し離れた位置からこの状況を楽しむことにしたらしい。
「てっちゃん! 寝ぼけてないで、いい加減放してぇっ」
立ち上がり足をガンガン蹴って安岡は必至で村上を覚醒させようと思いつく限り抵抗した。
―― そして数秒後 ――
「うわっ、なんだよ安岡っそんな顔近づけんなよっ。気っ色わりぃ〜」
ようやく現実を認識したらしい村上の叫び。
「……僕のせいなのぉ?」
泣き出しそうな顔で安岡は他のメンバーを見つめる。
そんなことはない、お前は無実だ…ただ本人が認めていないだけだよ
そう励ましてくれているメンバーの笑顔に暖かさを感じる。
「それじゃとりあえずメシ食いに行きますか」
2人の状況に苦笑しながら酒井が出ようとノブに手をかけた時
「あ、わりぃ。俺今回パスるわ」
ちょっと用事忘れてた
そう言ってドアをすり抜けた村上は
「今度埋め合わせるってことでっ」
じゃなっ
反論を言う隙も与えずダッシュでその場を去ってしまった。
「なんなのだ、アイツは」
「自分勝手というより不可解なパターンだね」
「特に最近多いよね〜」
「…それより僕、抱かれ損?」
残されたメンバーの空しさと言ったら計り知れないものだったに違いない。
夢を見てたのよ、お前の。
お前が俺から離れていく夢をさ。
追いかけても追いかけても追いつけなくて
俺の手が届かねぇくらい遠くに消えちまう…そんな夢だった。
だから思わず安岡の言葉に反応したんだな。
夢と現実がごっちゃごちゃになって。
ただお前を失いたくなくて、気がつけば思い切り抱きしめてた。
安岡には悪ぃことしたなって思うけど
お前とのこと、話すわけにはいかねぇから。
慌ててその場から逃げてきたって訳よ。
でも…だけどさ…
やっと気がついたんだよ。
あの夢、すっげー悲しかった。
が居なくなる
そう感じた瞬間、俺は、俺の心は素直になれた。
今まで突っ張ってたけどさ。
本当は、一人は寂しいって感じてた。
無我夢中で走りつづけた。
気がつくとお前の部屋の前までたどり着いてて。
― ドンドンッ
呼び鈴を押すことさえももどかしくて、ドアを叩く。
早く、少しでも早く
の顔が見たくて。
いつもと変わらぬ
の声が聞きたくて。
わずか数秒のことだったかもしれない
だけど今の俺にはとても長い時間のように感じられた。
「てっちゃん!?」
驚いた声と鍵を慌てて開ける音。
そして目の前に現れた、愛しい女性。
「どうしたの? 急に」
とにかく入って。
いつもと同じ調子で対応されると
さっきまでの切なさや、今の愛しさを心に閉じ込めていつもの俺に戻ってしまう。
「いや、大した用じゃないんだけどさ」
そう、ただ心が求めただけなのかもしれない。
この夜が明けるまで、側にいたい
…って。
「
」
呼びかけた俺の言葉に振り返ったお前を強く抱きしめた。
「ど、どうしたの? やっぱり今日のてっちゃんおかしいよ」
そう言いながらも優しく抱き返してくれるその腕が嬉しかった。
お前が居る、その事実を確認できるから。
「俺から離れるんじゃねぇぞ」
ボソッと俺が呟くと
「えっ? なぁに?」
顔を上げて尋ねるお前と視線が絡み合い
愛しさは、誰にもいえない秘密の気持ちはさらに増えていく。
「いや、独り言」
不適に笑ってみせて、何か言いかけたお前の唇の動きをキスで止める。
今夜はふたりで過ごそう。
この、俺だけの秘密をもっともっと増やしたいんだ。
だから
は今のまま、俺の側で笑ってくれてたらそれでいい。
ずっと、ずっと……。
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