『ハッピー バレンタイン』
バレンタイン、って女の子にとっては特別な日。
私にとってもそれは確かなことで。
今日はあの人に想いを打ち明けられるといいなぁ、なんて。
だけどそんな気持ちを知ってか知らずか
彼らは今日もお気楽な日を過ごすようで……。
「おはようございま〜す」
普段と同じ調子で仕事場に入った私を見つけて最初に声をかけてきたのが
「おぅ 今日って何の日か覚えてっか」
挨拶もなしに飛んでくるあたり、村上さんらしい。
誰よりも先にってこんなことで勝っても、と思うんだけど。
「えっ…えっと…北山さんのお誕生日10日前?」
「……おま、俺をおちょくっとんか」
ごめん、ごめん。
だって予想通りだったんだもん。
クスクス笑っていると
「どうしたのぉ? そんな顔してぇ」
と背後から現れたのは安岡さん。
「いや、こいつがよぉ〜」
と視線で私を紹介
「あ、おはよ〜☆ 今日も朝からかわいい笑顔だねっ」
にこにこっ
「あ、ありがとうございますっ…」
何故に今更照れなくちゃいけないのかしら
この笑顔にはいつまで経っても慣れないんだよねぇ
「そんな対応してたら頭に乗りますぞっ …おはようございます」
チチチッ と指を動かしながら酒井さんが会話に入ってくる。
「で? どうしたのさぁ」
「あぁ、そうなんだよ。こいつ、今日は何の日って聞いたらなんて答えたと思う?」
「フッフ〜ゥ♪ とかですかな」
……ちょっと面白い。さすが酒井さん。
「天才だね、お前」
笑いをこらえられずに噴出していた村上さんが
「北山のぉ」
「はい? 呼びましたか?」
話しかけたときにナイスタイミングでご本人が登場。
「あ、いや…お前を呼んだわけじゃなくて」
「そうですか。あ、おはようございます。朝から取り囲んでしまってすみません」
そう言いながら北山さんも話の輪に入ってくる。
「それで、何を話してたんです?」
「だからさぁ、コイツがね」
さっきから全然話が進んでない気がするなぁ。
まだ今日の勤務シートに出勤を書き込んでないんだけど……
早く解放してくれないかなぁ〜
とソワソワしていたのに気が付いたのか安岡さんが
「どぉしたの? もしかして何か用事あったぁ?」
「あ、いえ…今日のシート記入をまだ…」
「え? テツさん到着早々足止めしたんスか、ダメっすよ、彼女も仕事あるんですから」
酒井さんに言われて恐縮気味の村上さん。
そうだ、そうだ! 勤務妨害だぁっ
…なんて、本当はずっとこうして話してるほうが楽しくて嬉しいんだけど。
私も仕事しに来てる限りそうも言ってられなくて。
「すみません」
そう言って自分のデスクへ向かおうとした私に
「で、今日何の日か解ってんだろ〜なぁ!」
……まだ言ってるよ
「解ってますよっ ちゃんと持ってきてますからぁ」
そう答えるとやっと納得してくれた表情で
「なら、いいんだけどよ」
だって。村上さん、子供みたいなんだから。
「えっ てっちゃんだけ? ずるぅ〜い」
もっと子供みたいな人がいたわ。
「はいはい、安岡さんの分もちゃぁ〜んとありますから」
「本当ぉ? ありあと〜☆」
毎年のことながら、結局5人ともに渡すことになるのよね。
これじゃ本命も義理になっちゃうって……。
あぁ〜私って、本当にバカ。
ふぅ、とため息をついてデスクに座った途端
「おはよう〜朝からどうしたの? ため息なんてよくないよ〜?」
そう声をかけてきたのは黒沢さん。
どうしても今日は彼らから逃れることは出来ないらしい。
「あ、いえ。おはようございます。たいしたことじゃないんで」
あははっ と笑って挨拶すると
「そっかぁそれならいいんだけどね」
にこっと笑いかけてくれた。あまり深追いしてくれないのがありがたい。
「それにしても今日はどうしたんですか? みなさん朝からお揃いで」
「あぁ〜 うん、ちょっとね」
ちょっと……? なんだろう、気になるなぁ。
「それより、ハイこれ。作りたてだよぉ♪」
どうぞ、と渡されたのは小さな箱。
「…なんですか?」
と聞き返そうとしたら
「あ〜っ 黒沢ぁお前抜け駆けっっ」
村上さんが戻ってきた……
「違うよ〜ちゃんとテツの分もあるからさぁ」
そう言って黒沢さんは私にくれたものと同じ箱を村上さんに渡した。
「……もらえるモンは貰っとくわ」
そう言いつつもなんだか嬉しそう。
「まさかもう作ったのかよ」
「ううん、まだ材料が来てないもの」
コレは昨日作った試作品
「…ってそれをコイツに渡したのかよ」
「だって美味しくできたんだよぉ」
「それってやっぱ抜け駆け…」
あの、なにコソコソ喋ってるんですか?
じーっと怪訝そうに見てる私に
「テツ、言っちゃってもいいんじゃないかなぁ」
いずれ解ることなんだし
「そ、それもそうだな」
なんかあいつらに悪いけどな……
「あ、あのさ」
言いかけたときに
「たっだいまぁ☆ あれ? どうしたの、そんな真剣なかおしてぇ」
安岡さんが帰ってきたらしい。
どうしてこう、何か言おうとしてる時にいつも入ってくるかなぁ。
「あ、いや、何でもねぇよっ」
あ〜ぁ、村上さん話すの辞めちゃったじゃない。
気になるなぁ
「なぁにその箱」
「あ、これは」
「安岡のも、あるよ〜 はいっ」
慌てて同じ箱を渡す黒沢さんに
「……黒ポンが、渡したのぉ?」
なんとなく膨れてるように見えるんですけれど…気のせいかしら。
「だからコレは違うんだってば」
「何が? どう違うわけ??」
ねぇきちんと説明してよっ
なんだか安岡さん、怖い
この箱の中身ってそんなにも大切なものなのかしら。
「とにかくここでケンカするのはやめませんか」
いつの間にか2人の間に入っていた北山さんが制止する。
「黒ポンもあまり誤解を招くようなことはしないで下さいね」
「……はい」
「ところで酒井は?」
そう言えば、姿が見えませんね。
「雄二なら荷物を運んでくれてますよ。それでヤスに2人を探して貰ってたんですが」
なかなか帰ってこないもので。
「あ、それじゃ私も手伝いますよ」
今日のスケジュール、そんなにハードじゃないんで
そう言って立ち上がろうとしたら両肩を抑えられ、椅子から立たせてもらえない。
「何するんですか、もうっ」
「お前はいいの、来なくて」
「そぉそぉ、お仕事しててよ☆」
何か、隠してませんか?
「そんなことないよ、自分達の荷物は自分達で運ばなくちゃってこと」
「そう言うことです。お邪魔しました、仕事続けてください」
それじゃ、行きますよ
そう言って北山さんに連れられてみんな出て行っちゃった。
あ〜ぁ なんか除け者にされてるようでつまんない。
せっかくのバレンタイン気分がへこんじゃうじゃない……
それにしてもこの箱、何が入ってるんだろう
何の変哲もないただの軽い箱なんだけどなぁ。
開けちゃっていいかな。
周りを見渡し、誰もこっちを見ていないのを確認してそっと開けてみる。
「わぁ〜」
美味しそう。
箱の中には色とりどりのお菓子が入っていた。
…それにしても何故黒沢さんが?
ふと思った疑問を頭から拭い去る。
黒沢さんのことだもの、一杯作って皆にあげてるんだわ。きっと。
「先 越されちゃったなぁ」
思わず口から出た言葉。
今年も、いえないまま終っちゃいそうだなぁ
まぁいいんだけどね。今の関係が壊れてなくなるくらいなら、このままで。
「さって、仕事 仕事っ」
朝から調子崩されたけど、頑張らなくっちゃ。
……って、あれ??
今日のスケジュール、手書きだ。
しかも、誰の字? 読みにく〜い
「しー? …えっと… CA…きゃ、キャンセル?? なに、これぇ」
上司に尋ねに行ってみると
「あぁ昨日の夜かな、連絡が入ったんだよ。君のスケジュールを空けておくようにって」
「どういう、ことでしょうか」
「さぁ私も上から言われたことだから、解らんのだよ」
「私は不要ということですか?」
「あ、いや、今日だけなんだよそれが」
慌てて答える。
「今日のスケジュールのみフリーということなんですね?」
「そう言うことだね」
首切りではない、ということか。
安心したぁ。
こんなわけの解らない理由でここから追放されちゃかなわないわよ。
それに、もう会えなくなっちゃうかと思ったんだから。
あの人に……
それにしても、どうしようかな
暇になっちゃったよぉ
とりあえずぶらぶらして時間つぶそうかな
そう思って外に出てみると
「なに? このダンボール!」
目の前にうずたかく積まれたダンボールの山。
「うしっ なんとか全部運んだぞ…後のことは知らんからなぁっ」
「さ、酒井さん…?」
何処にいるのかすら解らないけど、確かに声が聞こえた。
「ぬぉっ ど、どうしてここに居るのだ?」
仕事している時間ではなかったのか?
そう驚かないで下さいよぉ。私にもわかんないんですから。
「そ、そうか。しかしあまり動かれると…うむぅ」
ブツブツ言い出した酒井さんを不思議そうに見つめていると
「おぉそうだ! 誰か呼んで相手してもらっておけばよいではないかっ」
それじゃ早速 と歩き出した酒井さんの後を追っていこうとしたら
「あ、いかんいかん。この場を離れるわけにはいかんのだ」
そう言って引き返し、携帯で誰かに連絡を入れる。
「あ〜俺っす、酒井です。緊急事態発生でしてね…えぇ…そう、そうなんスよ。
誰か応援来てもらえませんかね…ハイ…えっ? む、無理っスよ……」
よろしくお願いします、と言って切った後、ふぅ とため息。
「大丈夫ですか? なんだか大変なお話だったみたいですけど」
「あ、うん…」
? いつもの酒井さんらしくもない、無言の時間。
本当に大丈夫なのかなぁ
「あの」
「すみません、お待たせして」
具合が悪いのかと声をかけようとしたら背後で声が聞こえた。
「雄二、ありがとう。後は任せて。黒ポン手伝ってあげてよ」
北山さんだ。
「あぁ北サン…妥当なのか心配が増えたのかって感じではあるが…頼んだ」
しかし何を手伝えるのかねぇ
そう言いながら北山さんが出て来た廊下を酒井さんが歩いていく。
「さて、お仕事はどうされたんです?」
見送った後 私は一通りの状況説明を話した。
「そうでしたか…ちょっと話がうまく伝わってなかったようですね」
決定したことは仕方がないですね
それでは責任もってお相手しますよ
はぁ、よろしくお願いします……
話が全く見えてこない。今日はなんだかおかしな日だわ。
時間つぶしに入った喫茶店。
「バレンタインデーってどんな日かご存知ですか」
え? 急に何を
「女の子が好きな人にチョコをあげる日…」
ですよね。
「いえ、そうじゃなくて。バレンタインデーの由来の方です」
あまり詳しいことは
「ヨーロッパでキリスト教が迫害されていた時代のことなんですが」
あ、はい…
「キリスト教司祭だったバレンタイン卿という方がいらしたそうです」
そうなんですか
「国家の発した自由結婚を禁ずる法律に反対し投獄された後も
彼の元へは結婚を希望する男女から送られてくるカードが絶えなかったと言われています」
それが、今のバレンタインカードといわれているものの始まりとされていて
「バレンタイン卿が処刑された日、つまり命日を聖バレンタインの日としたのが起源だそうです」
はぁ…つまり、愛を伝える日ということですよね。
「チョコを贈るという風習は日本のみで、業界の策略ですね」
そしてこんなにもお祭り騒ぎをするのも日本だけのことのようですよ。
そうなんですか
だけどやっぱり特別な日に変わりはないもので。
「つまり男女関係なく想いを伝えあう日なんですよ、今日は」
「あ、そうですよね」
「そこで問題になってくるのが先ほどの黒ポンの行動なわけです」
えっ……
「彼、あなたにチョコを渡したんじゃありませんか?」
「チョコじゃなかったですけど…かわいいお菓子の詰め合わせを」
やっぱり
「それがどうかしたんですか…あっ」
もしかして
「そうじゃないかとてっちゃんとヤスは思ったようですね」
まさか。ありえませんよ〜
「そう言い切るものではありませんよ」
それは、どういう…
「あ、いえ、それは後ほどわかりますから」
苦笑いして話をそらされた。
「皆さん、何か隠されてますよね、私に」
「あ、いえ…ごめんなさい、今は言えないんですよ」
今日は誰に聞いてもそればっかり。
「そうだ、私皆さんに食べてもらおうと思ってベリータルト持ってきたんですよ」
甘さ控えめにしたんです。
今日はみんなチョコ三昧だろうとおもったから。
本命も、義理も違いのないバレンタイン。
こうして毎年私は誤魔化しながら想いを伝えてる。
「喜びますよ、みんな」
そんな気持ちを知ってか知らずか北山さんはにっこりと微笑んでくれる。
ありがとう。でもこれは一人一人に渡してあげてください。
全員分もって帰るとそれこそ何を言われるか……
ピピピッ ピピピッ
北山さんの携帯がなった。
「準備が整ったそうです、行きましょうか」
え? 準備? 何の? 行くって 何処へ?
解らないまま北山さんの後を追って歩いていく。
「ここです」
どうぞ、と促されるまま中へ入ると
「ハッピーバレンタイン♪」
北山さんがすっと脇を通り、5人が笑顔で私を迎えてくれた。
これは……どういう?
「ほんっと、鈍感なやつ」
無愛想ながら目の前に出されたのは
……ピアス?
マジマジと村上さんを見る私に
「なっなんだよ、おかしいかよっ」
ううん、とっても可愛い
「それじゃそんな変な目でみんなって!」
「うん…ありがとう…ござい、ます」
「なんかテツに持っていかれちゃった気もするけど」
くすっと笑いながらどうぞ、と渡されたのは
……トリュフ、ですか?
「うん、材料持ってきて作ったんだよ〜」
やっぱり今日はチョコレートが一番でしょ
それにしても綺麗な仕上がりですね。
さすが黒沢さん。
「とっても美味しいです」
「ありがとうっ 作ってよかったぁ」
「2人のような気の利いたものではないのですが」
そう言っておずおずと手に乗せられた
……石、かなぁ?
蒼い中に少し白の線が細かく入ってる石。
「身に付けていると幸運が流れてくる、と」
古代から言われている力のある石の種類だそうでして
へぇ〜神秘的な石なんですね。
「ありがとうございます、大切にします」
今日はじめて酒井さんの笑顔を見たような気がする。
「一生懸命考えたんだよ〜」
はいっ と勢いよく差し出されたのは
……て、がみ??
「そっ古典的だけど効果は抜群でしょぉ?」
にこにこっ
朝よりさらにパワーアップしているスマイルに戸惑いつつも
「後でゆっくりと読ませていただきます」
それだけしか言葉にならない。
「絶対だよぉ 読んでくれなきゃ怒るからねっ」
「最後になりましたけど、受け取ってください」
いつになく真剣な表情で視界を遮ったのは
……花束だぁ〜
そう、見事なまでのバラの花束。
「あなたの年齢と同じ本数なんですよ」
凄〜い こういうのって憧れてる子いっぱいいるよね
持ったら顔が見えなくなっちゃいそう。
「単純に、嬉しいです」
幸せものです、私は。
「そう言っていただけると贈ってよかったと思いますよ」
5人それぞれから頂いたお礼にベリータルトを渡す。
みんな嬉しそうに、美味しそうに食べてくれた。
よかった、持ってきて。
だけど誰が本命、なんて言えなくなっちゃったなぁ。
「でも、どうして私にこんなにもいろいろなものを?」
ふと口から滑り出した言葉に
「…あのなぁ」
「だからね、みんなからの感謝の気持ちというか」
「いや、それ以上というヤツも実際はおるわけだが」
「つまり君のことが大好きだよってことぉ〜」
「それぞれが当たって砕けて関係が壊れるよりは
一緒に伝えれば関係を維持できるかと思ったんですよ」
混乱させてしまいましたよね。
「あ、いえっ 本当にありがとうございます。
すごくいい日でした。最高のバレンタインです」
私の想いは伝わってないままだけど。
5人にここまで言わせてなんだかくすぐったい気分。
これからも今のまま、この人たちと過ごせていけたらいいな。
そしてその後 私たちはシークレットパーティーと称して
黒沢さんの作ってくれた料理に舌鼓を打ちながら
時間の許す限りおしゃべりを楽しんだ。
バレンタインデーって
愛を告白する、女の子の特別な日だと思ってたけど。
幸せを確認する、男女関係なく特別な日だと気がついた。
ハッピーバレンタイン。
世界中の皆が小さな幸せを見つけられますように。