『熱帯夜』
……むしむし…蒸し蒸し…ムシムシ……
「だぁ〜っなんでこんな暑いんだよっっ」
イライラすんなぁ、もう。
ちょっと短気になっている村上に追い討ちをかけるような黒沢の一言。
「だって夏だもん」
……はぁ。
「お前ねぇ」
もうちょっと返事の仕様があるだろうよ。
怒る気もしねぇよ、まったく。
「だけど今日は本当に暑いよね」
そういう割には汗もかかず涼しげな表情の北山。
彼と対照的な人物、といえば。
「だれか汗とめてぇ〜」
扇風機を最大風力にして独り占めしている安岡に酒井の突っ込みは続く。
「ヤスの汗は誰にも止められないって」
「そんなぁ」
ねぇ何とかしてよ〜
そんな表情で酒井に返事を返す。
「うっ…」
その瞳はいかん、断じていかんぞ。
なんでもかんでもねだれば思い通りになるというわけではないのだ、この世の中。
「し、心頭滅却すれば火もまた涼しといってだな…」
「えぇ〜っそんなこと言われてもぉ」
そんな二人を見ているのは楽しいのだが
「安岡、我侭はそんくらいにしとけ」
村上はそう言ってリーダーとして一言。
「まだ歌詩、できてねぇんだろ?」
「う…うん…」
これにはさすがの安岡も返す言葉が無い。
「んじゃ今日、お前泊まりな」
「やだよっ」
思わず言い返してしまった安岡を冷淡にも突き放す。
「明日が期限」
北山だって詩が出来なきゃ、これ以上曲進めれないのよ?
鬼ぃ〜
ちょっと膨れて拗ねてしまった彼に
「安岡ぁ」
優しく声をかけた黒沢に彼は助けを求めるように眼ですがりついた。
―― しかし彼には通用しなかった ――
「夕飯、作って持ってきてあげるからね♪」
暑いから冷麺がいいかな
「黒ぽん…」
あなたはどうしてそんなにも自然にわが道を突き進めるのですか?
そしてその日の夜。
「あついよぉ〜」
こんな状況で仕事しろなんて無茶苦茶だよぉ
黒沢の作ってくれた夕食も食べ尽くし、仕方なく机に向かった安岡だが、暑さで頭が回らない。
てっちゃんのバカぁ…
そんな彼の机の上には吸殻の山。
イライラしだすとどうしてもタバコの量が増える
それは彼の悪い性格だった。
ピピッ
メールの着信音。
誰だよぉ、こんな夜中に。
しかし送信者を見た途端、しかめ面の彼に笑顔が戻った。
「あ〜
だぁ♪」
それは愛しの彼女からの頑張れメール。
そしてこっちをじっと見つめる彼女の写真。
「……あれ?」
ちょっと待って。
これ
が自分で撮ったのじゃないっ。
自分で撮ったなら片手が手前に伸びているはず。
だけどこれは……。
は今、誰かと一緒にいる
誰だよっ。
しかも、めちゃくちゃ笑顔じゃんかよ。
励みになるはずのメールはその意に反して彼をイライラさせただけ。
こうなるともはや仕事など手につくはずも無い。
「っくしょぉ」
今すぐ会いに行きたい。
お前は、お前だけは誰にも渡さない。渡したくない。
心を抱きしめていたい。
きつく、きつく。
いくらもがいたって逃げられないほどに。
― だからそんな顔 他の奴なんかに見せてんじゃないよ ―
この場を離れられない、ジレンマ
相手が誰なのか解らない、苛立ち
そして辛いくらい自分を見つめる可愛い笑顔
言葉にならない感情が彼の意識を縛り付ける。
吸殻の数がさらに増えていく。
暑さで火照った体がさらに熱を帯びていくのを感じた。
「やってらんねぇっ」
そう言って彼はグラスにウイスキーを注いで一気に飲み干した。
カラン
氷の乾いた音が部屋に響く。
窓から入ってくる月明かりに照らされて、グラスに映し出された彼の表情。
それは今の心
こんなにも彼女を求めている自分を見破られたような気がして思わず目をそむける。
思い浮かぶのは屈託の無い彼女の笑顔と楽しそうな笑い声ばかり。
あぁ、もうダメだ……辛すぎる
このまま感情に任せて狂えたら、どれだけ楽だろう
意識が遠のいていく
身体から抜け出して、
の元へ。
そしてキスして抱きしめて。もう放さない
この長い夜が終わり朝が来るまで
君の笑顔が僕だけに向けられる、その日まで
僕の心に燃え上がる「嫉妬」という炎は消えはしない。
そして僕は、眠れぬ夜を過ごしつづける ――
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