「黒沢明と七人の侍」侍探しと「本朝武芸小伝塚原卜伝との関連

 町では侍探しが始まった。道行く浪人に、「お侍さま!」と声をかける利吉。木賃宿では勘兵衛が囲炉裏の前に座り、薪を一本とって素振りをし、勝四郎に差し出す。入り口に身を隠し上段に構え、あの浪人がはいってきたら「思い切って打ち込め!」と勘兵衛。恐る恐る構える勝四郎・・・。浪人、無造作にズイッと入ってくる。「エイヤ!」と振り下ろすや、勝四郎は体ごと壁板の方へ吹っ飛んでいる。「お見事!」と勘兵衛、立ち上がり「仔細あって練達の士を求めておる」と無礼を詫びるが、浪人は気色ばむ浪人。「平に平に」勘兵衛宥めながら、近く野武士相手の一戦があるが、それが是非もない百姓の頼みであるとーーー。勘兵衛「知行や恩賞に全く縁のない仕事なのだ。先ず、その間、腹一杯めしが食えるというだけ・・・」「拙者の望みはもう一寸大きい!」と浪人。怒りを露わに言い捨てて去る。勘兵衛、惜しげもなくケロリとしている。この侍と次の侍の話が、「本朝武芸小伝」の塚原卜伝の逸話にある。前述のように木枕で試すが、黒沢は危険でアクテブな薪棒に変更し一段とスリルを加えた。次の浪人は勘兵衛が木賃宿の表で、「今の御仁」と利吉に後を追わせる。その浪人は道端の子供の遊びに足を止めるほど表情が穏やかである。再び勝四郎が入り口で上段に構える。やがて浪人が門口に現れるが、その足がピッタと止まる。浪人「ハハハ・・・ご冗談を」。勘兵衛、膝を叩いて「いや、ご無礼、ご無礼」と」立ち上がって迎える。この浪人が五郎兵衛で、勘兵衛を助ける参謀役になる。(都築政昭『黒沢明と七人の侍』から)

 冒頭の侍集めには「本朝武芸小伝」という古書が大いに威力を振るった。これは享保元年(1716)出版の天道流の達人日夏繁高の著した剣豪伝である。勘兵衛が初めて画面に登場するのは、僧衣に身をやつして人質の赤児を救う場面だが、これは上泉伊勢守の出来事をほとんどそのまま借用した。上泉が永禄六年(1563)、上洛の折、村人が民家を囲んで騒いでいるところに出会う。聞くと咎人が小児を人質に民家に立て籠もっているという。そこで彼は「私が取り返してやろう」と、ちょうど通りかかった僧を呼び止め「私の髪を剃って、法衣を貸してほしい」と頼み込んだ。上泉は法衣を着、にぎりめしをふところに民家に向い、「坊主というものは慈悲をもって行としているのであるから、こんな時に知らぬ顔はできぬもんでな」と、腹の減った小児ににぎり飯をほおり投げ、「あなただって腹がへったでしょう」と、もう一つをひょいと投げ、咎人がひるんだ隙に小児を奪い返した。あとは、村人が寄ってたかって咎人を殺してしまったという。(都築政昭『黒沢明と七人の侍』から)

  しみじみとした勘兵衛の諦観が漂っている中、人足が突然飛び込んで来て喚く。「一人とっても強い侍見つけたんだ」、大喧嘩したが歯が立たない、まるで山犬だ。「今来るぜ!」と伝える。「やってみますか!?」と張り切る勝四郎、門口で薪棒を構える。「卑怯だァ」と食ってかかる人足に、「侍なら、正気を失う程酔いはせぬ」と勘兵衛。入口によろけ込んでくる菊千代に勝四郎思いきって打ち下ろす。ガッ!!頭を打たれて土間にへたりこむ菊千代、やがて歪めた顔をグラッと上げる。「む?」と驚く勘兵衛ら、例の侍である。(都築政昭『黒沢明と七人の侍』から)


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