直感が支える勝利の思考(将棋の羽生善治さんに聞く)「苦しまないで努力できる、それが才能」(平成14年1月29日朝日新聞から)
将棋の第一人者、羽生善治さん(31)。将棋に七つあるタイトルのうち五つを保持し、昨年はタイトル通算50期を達成した。揺るぎない「羽生時代」を築くその強さの秘密は、常に自己改革に取り組む姿勢や、経験や知識に縛られない自由な発想にあるようだ。勝つための思考とはーー、羽生さんに聞いた。
記録係を努めていた少年が、数年でトップに並ぶ。将棋界では,よくあることだ。天才が続々と名乗りをあげる下克上の社会だからこそ、羽生竜王の強さは圧倒的だ。96年に竜王、名人、将聖、王位、王座、棋王、王将の7大タイトル独占。その後も、四冠以上を堅持し、昨年は竜王を奪還して五冠王に復帰した。
その思考を支えているのは直感だという。「直感には邪念の入りようがない。長く考えるというのは道に迷っている状態なんですね。「勝ちたい」とか余計な思考も入ってくる。だから、いくら考えても分からない時は最初に戻って直感にゆだねることがよくあります」
歴代のトップ棋士には強烈な個性がある。例えば。谷川浩司九段の終盤の鋭い攻めが「光速の寄せ」といわれるように。ところが、羽生将棋は変幻自在。いくつもの顔がある。どんな戦法も指しこなし、淡々と、その都度、盤上の最善手を追求している感じだ。このほど出版された、米カーネギーメロン大教授で人工知能研究者の金山武雄氏や、平尾誠二氏、二宮清純氏との対談集のタイトルも「簡単に、単純に考える」(PHP,1400円)。しかし、これはやさしいことではない。まず、知識が邪魔をする。高度に体系化された現代将棋では、この局面はこうさすもの」という定説が増えている。パソコンであらゆる将棋が検索できる情報化の中では,「知らないこと」が負けに直結する場合も少なくない。
しかし羽生将棋は、そんな「制約」から年々自由
になっている。「最近は特に知識や記憶に頼らないで、自分の判断を大事にしようと思うようになりました」 きっかけは,20代後半から記憶力が衰えたことだという。「最近は定説を忘れているから自分で考えるよりないんです」と笑う。そもそも急速な体系化が進んだのは、自身を中心とする「羽生世代」が台頭してからのこと。しかし、技術革新を先導した当人は最近、「体系化の落とし穴」を感じるようになった。「昔から結論が出ているような局面でも実際に指してみると難しい。定説にとらわれず、もしかしたらうまくゆくかもしれないと思ったら、とりあえず試してみます」勝っても負けてもその日のうちに忘れてしまうように心がけているともいう。並みの天才では生き残れない将棋界。「才能」について、どう考えているのか。「ひらめきやセンスも大切ですが、苦しまないで努力を続けられるということが、何より大事な才能だと思いますね」
羽生さんにも集中できない時がある。そんな時は、3手ほどで終わる初心者向けの詰め将棋を解く。100題ほど解いていると、だんだん将棋に向かう気持が高まってくるという。 「本当に集中している時は自分の内面に潜り込んでうくような感覚になる。時間の感覚が変わりますね。ちょっと考えたと思ったら,1時間くらいたっているとか」 タイトル獲得数では、故大山康晴十五世名人の80期、中原誠永世十段の64期に続き、今のところ歴代3位。トップが期待されるが「一つとるのは本当に大変。嫌になるから先は考えません」。
(管理者遠富士:作業開始前の日常点検で、軽く・機械的にヨシ、ヨシとチェックしてゆき、終わりになりまとめで意味で、作業場所全体の指差呼称をすると最大効果があると思う)
サッカーの中田選手の瞬間的判断を解剖する(瞬間情報処理の心理学「海保博之編著」から)
松本光弘教授に中田選手の能力の優れている点を聞いたことがある。「中田の優れている点は、速攻で攻めあがるときに、全力で疾走しながらも、状況判断能力を低下させないことである。彼は高速疾走の中でもどこにパスを出せばよいかを瞬時に見てとれる選手である」と答えてくれた。
中田選手の状況判断
中田選手が状況を判断して、パスを送るべき適切な場所を捜し出す過程は、幾つかの選択枝を考えてその中のベストの場所を決定するという過程ではない場合が多いようである。状況をパッと見たとたんに、もうパスが出ているのである。この過程は古典的な心理学の行動図式であるS(刺激)−O(思考、判断)−R(反応)という反応ではない。Oの介在がないように見えるのである。ではS−Rかというとそれとも少し違う。100m競争のピストルの音のように、Sが誰にでもわかるものとは特定されていないのである。あえていうならば中田選手にしかそれとわからないSがそこにあるのである。中田選手の視野に映るフィールドのある特定の一部が、「ここだよ」と彼に呼びかけているような知覚が起こるのであろう。そのような知覚の中に立ち現れた刺激(S)に対して、(ではどのように蹴ろうか)という思考過程はほとんど意識されないで、反応(R)としてキック動作が遂行されるのである。
「ここだよ」という状況からの呼びかけは、現代の認知心理学でギブソンによって提唱されているアフォーダンスという考えに似たものであろう。「適切な行為を自然に導くもの」との意訳もあるようだが、ここでは省略して「導き」という言葉を使いたい。この「導き」という現象を、植木職人から聞いたことがあった。松の植木の葉を選ったり、枝を整えている職人に「ずいぶん仕事が速いね」と言ったら、「手が自然に動きますから」と答える。さらに話を聞くと「枝のほうが、ここを切ってくれというように、手をひっぱっていくんですよ」と教えてくれた。
(管理者遠富士:ワールドサッカーの日本予選通過を期待して、サッカーの天才に関する部分を掲載します)
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