「後の先」と用心棒に頼ることについて
1 荒野の用心棒の中の後の先について
クリント・イーストウッドのアメリカ人が最終場面で、銃で胸を撃たれます。倒れますが立ち上がり、「胸を撃ってみろ」と言い、又撃たれますが立ち上がり、種明かしということで、マントの前を空けると、胸に鉄板が下げてあり、これに当たっていたわけです。それから、腰から引き抜いて撃つことになります。
危ないことをすると感じたのは私だけではないと思います。狙いがそれて、顔などに当たったらどうするのか。
教訓:
後の先の戦法で、自分の身を守る場合、保護具が完璧でないと、効果がない。


2 本家日本の
用心棒と安全について
(1)用心棒が面白い理由。
(安全のため)雇った用心棒でも用心しなければならないときがある。映画「用心棒の台詞から」
@ものすごく強い安全装置なので、これに頼りすぎたことから生ずる面白さ。
自分で予知感覚が抜けている。A安全のため使う安全備品でも用心しなければならないときがある。B完璧に安全な用心棒はいないように、残念ながら「完全に安全な設備」はなく、危険の程度(大小)の差です。
(2)
兎之助(短銃)対
三十郎(刺身出刃包丁)の対決で、いずれも飛び道具となりました。そこに至る経緯ですが、三十郎は事前に何度か兎之助が手下を打つ場面を見ており、自分が動かない的となってしまうと危ない、と判断しました。そこで、懐に包丁を忍ばせ、近寄ってゆき、自分は動いて兎之助のほうがが止まった瞬間に包丁を投げる作戦を立て、念仏堂で傷を癒しつつ枯葉を投げて練習していました。
この作戦は、後の先でなく、
巌流島の宮本武蔵と同様に、十分、現場を予知して、
自分の武器の選択をしていることです。巌流島の小次郎と兎之助が同じなのは、三十郎の「
武器は腰に差している刀」だと思い込んでいたことで、相手の武器を誤ったことです。
武蔵対小次郎を参照



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