1  どの時点から破の段階に入ったとするか。職場や車の運転や道路横断において、自ら工夫して危険箇所を選び自分なりの指差呼称をし始めた時。

2  「守・破・離」修行三過程  「宮本武蔵事典」加来耕三著から
 日本の伝統武芸は、その修行の過程を”守(しゅ)・破(は)・離(り)”の3段階によって説明してきた。すなわち、”守”とは代々伝承されてきた「形」を倦まずたゆまず反復練習すること。この段階では、稽古者は一切の疑問を差し挟んではならず、独自の工夫もしてはならない。ただ師に教えられた通りの動きを、逐一、完璧なまでに模倣することが重要である。これができれば初伝クラス(流派によって呼び名は異なる)にいたった。次が、”破”――。頑ななまでに「形」を反復するうちに、内面に育った個性が昇華され、同じ「形」を繰り返していても、独特の風格を帯びるようになる。そうなれば、今度は独自の工夫を試みなければならない。自己の体格や長所を活かして、それまで疑問であった点を考える。つまり、師に与えられた殻を破るわけだ。そして、さらに精神修養を怠らず、客観的に己の技をみることのできる境地へ到達する。これが最後の”離2の段階であった。「形」にとらわれずして「形」が崩れない。

3 QC活動においても「守・破・離」は意識されている。
 雑誌「QCサークル13年12月号特集守破離のこころ冒頭文から。
 みなさんは「守・破・離」とういう言葉を耳にしたことがありますか?これは一つの道を究めようとする時、その成長段階を言い表した言葉です。その道に入った時、まずは、師匠の教えを忠実に守り、型や基本をしっかりと身につけます。これが「守」の段階です。次に、教えてもらったことに、自分なりの工夫を加えながら、成長してゆくのが「破」の段階です。そして最後には、師匠の教えから脱皮し、自分独自の境地を開いてゆくのが「離」の段階です。こうして、伝統が進化しながら承継されてゆくわけです。この「守・破・離」は、剣道、柔道、華道、茶道、書道など、「道」と名のつく習いごとに広く浸透している考えですが、仕事や経営のやり方、人材育成など、ビジネスの世界にも通じるものがあると思います。私たちの展開しているQCサークル活動においても、こうした「守・破・離」の精神にのっとり、成長続けることが、企業を取り巻く環境がめまぐるしく変化している時代において、大切ではないでしょうか。そうした観点から、今月の特集では、特に「破」と「離」の部分にスポットを当ててみました。…・・・「守・破・離」は茶道江戸千家の祖・川上不白(1718〜1809年)が紀州徳川家の家来である横井淡所次太夫の書きとめたものに補筆したという『茶話抄』には、点前の上手下手に関連して「守ハ下手 破ハ上手 離ハ名人」とういう表現が見られます。また利休歌道には、「稽古とは一より習い十を知り、十よりかへるもとのその一」と詠われています。この十から一へ戻るのは、これまでの足跡をご破算にして初心に帰るという意味で、『守・破・離」では離に当たりますが、もちろん最初から一から十まで修行してきた技術や経験を含んだ円熟した一であり、まったく純白の素人の一とは違います。そうやって何度も登って初心に返っていくうちに年輪を刻んだ大木が育つという。・・・・・・哲学者ニーチェが『ツァラトゥストラは斯く語りき』の中で、人間の精神の発展段階をラクダ、ライオン、幼児の三段階に分けているとういう。第一部「ツァラトゥストラの教説」の中の「三段階の変化」の下りに、ラクダは黙々と重い荷物を背負って歩くが、ある日、ライオンに変身する。ライオンは「我は欲す」の象徴であり、やがて人に「かくあるべし」と命令する神の象徴=龍と戦った後、幼児に変身する。幼児は無垢であり、新しい始まりであるという話です。
 

4 (HP管理人遠富士が理解する)破の重要性
 
事故の解釈 「科学の現在を問う」講談社現代新書(村上洋一郎著から)
  この事故で、日本のクラフトマンシップの崩壊を云々することは間違っていると私は考えている。むしろ、世界的に評判を得た日本の企業における技術者の特徴を表した出来事とさえ思う。その理由を説明してみよう。
  いわゆるQC(品質管理、quality  controlの略語)は、アメリカで第二次世界大戦中に造られた概念である。戦争という特殊事情のなかで、熟練の期待できないような作業現場にまで、物資の製造が求められるようになり、製品の質をある程度以上に維持するために、組織的な管理の方法が必須となったところから生まれたのが、本来のQCであった。例えば抜き取り検査法、工程の標準化された管理図などがその具体的な手法である。やがて、この概念は軍需のみならず、民間の一般の製造業や、第三次産業にまで及んだのである。
  日本にも戦後このアメリカ流のQCが導入された。興味深いのは、アメリカではあまり問題にならなかったQCサークル活動が、日本では非常に盛んになったことである。
  これらはラインについている労働者たちが、小さなグルーブを造り、現場の管理や改善のために継続的な活動を行っていくものである。この活動では、ラインの労働者が、定められたマニュアルの改善、あるいはラインの配置や作業手順の改善、あるいは自分の扱う機械の改善(例えばボタンやレバーの位置など、非常に細かい問題を含んでいる)などを進んで提言し、管理者はそうした現場から上がってくる提言に機動的に反応することによって、作業効率を上げ、製品の品質の安定・向上を図ろうとするものである。管理側は、現場の労働者の毎日積み重ねられていく貴重な経験が利用できるという利点がある。多くの作業現場では、現場の労働者の提言によって、作業マニュアルが書き換えられていった。
  こうした活動が成功するためには、現場の労働者が、ある水準以上の基礎知識を持つと同時に、自分の職場を愛し、ラインやそこから生まれる製品に愛着を持ち、しかもその改善を願う志気が、彼らの間に存在することが必要である。
  実際日本では、60年代後半以降、多くの製造業で、このQCサークル活動が非常なたかまりを見せたのだった。仕事が楽になる、あるいはやり易くなる、というのも、そうした提言が現場の労働者から次々に生まれてくる主要な動機には違いないが、少なくとも労働時間内での製造量という観点から見れば、自分たちの「労働強化」になる、と考えられるような「改善」であっても、労働者はためらわずにラインや装置や手順の「改善」方法を案出してきた。
 実際このようなQCサークル活動は、QC発祥の地であるアメリカでは、日本におけるほど目覚ましい成功を収めなかった。そして日本の労働者の質の高さ、(とりわけ志気の高さ)と仕事に対する忠誠心の深さが、他国の企業経営者からうらやましがられたのであった。それは労働者が、じっくり腰を落ち着けて自分の現場に取り組むことができる日本の「生涯」雇用的な企業経営にも要因があるのでは、というわけで、海外でそうした経営法が見直されるきっかけにもなった。

  現在日本の状況は変わりつつある。しかし、JCOで起こった事故は、ここまで述べてきたQCサークル活動の延長のなかで据えるべきだ、というのが私の解釈である。第一の「違法」と言われる場面を考えてみよう。マスメディアでは、最初の工程の手動化から10年に亘って「裏マニュアル」、「違法マニュアル」として認められてきた、として、会社ぐるみの「違法性」を攻撃する。それが、ステンレス製とは言え、バケツとスプーンによる手動化であったために、揶揄の対象とさえなった。会社の責任に関しては後に問うことにするが、会社としては「表」の「裏」に隠した違法マニュアルという意識はほとんどなかったに違いない。届け出た工程から外れている、という意味では、「違法」には違いないが、一般の製造業の作業の感覚から言えば、作業マニュアルが、作業効率の「改善」のために書き換えられることは、日常茶飯のことだからである。
  自動過程では、材料が容器のなかに残ってしまったり、「不必要」な時間がかかる、それを、そのラインに貼り付いている人手を使って、バケツとスプーンで代行した方が、はるかに能率よく、しかも見事にことが運ぶ。推測だが、そうした提言が現場からかつてあったに違いない。そして10年に亘って、それが続けられてきた、そしてその間にも何も問題が起きなかった、ということは、その限りにおいて、その代替案の方が優れていたからであった。因みに、そうした「実績」を添えて、会社が「改良された」マニュアルを監督官庁に届け出ていたとして、監督官庁ははたしてどのように反応したであろうか、という点を推測してみることは興味あることである。
 いちいちこんな細かい改変を届けるな、という反応も一つの可能性として考えられる。経験上の「実績」があるのだから、まあ容認してもいいだろう、という判断も可能性の一つである。しかもこの可能性はかなり高いのではないか。とんでもない、これは危険だからもとに戻せ、という指示とともに却下される可能性ももちろん残っている。それが最初からマニュアルとして申請されていれば、こんな手作業を組み込んでいることに疑問は出ただろう。したがって、この最後の可能性も決して捨てられない。しかし………。恐らく監督官庁の関係者は、この手作業への「改良」マニュアルが届けられていなかったこと、従って、この新しいマニュアルを「違法」として避難できることに、ひそかに胸を撫でおろしているのではないか。
  ここでの結論は、この「バケツとスプーン」の手作業というマニュアル改変は、形式上の違法性を除けば、会社のなかでは「表」マニュアルであった、ということを指摘しておきたい。なお一部の報道では、この手作業の「危険性」を指摘する声も企業内にあったと告げている。しかし、今回の事故でさえ、あれほど喧伝された「バケツとスプーン」作業は、事故の直接の原因とはなっていないのである。
 しかし、このような現場の労働者たちの積極的な工程変更への提言・発案が、たまたま次の工程にまで及んだときに、ことは起こった。攪拌槽にハンドホールを使ってビーカーにとった材料を流し込む、という手順の発案である。これも現場の人間にとっては、ごく自然な発想だったろう。もしかしたら、と。ここから先は完全な推測であることを最初に認めてしまうが、もしかしたら、すでにもっと低レヴェルのウラン材料を扱っている通常の業務でも、現場の判断で、すでに試みられていたのかもしれない。
 現在分かっている事実だけから言うと、そうではなく9月29日に、当該の作業担当者が言い出して、その日に実行した、ことになっている。そしてそれはまた、おそらくは、通常の材料であれば、そのまま無事に通過して、今後新しいマニュアルに採用されていったかもしれない。いずれにせよ、ここでも現場の労働者が、自ら発案したより良い(と思われる)作業手法に向って、定められたマニュアルの「改良」を試みている、という事実を、私たちは見逃すべきではない。
本当の問題
 ここで改めて問いが生じる。今回の事故を導く原因と思われたものが、通常は賞賛され称揚される、日本的なQCサークル活動的な判断と行為であったとすれば、そしてそれが根本的な原因としては不的確であるとすれば、では事故の原因として真に問われなければならないのは何か、という問いである。
  少なくとも第一に考えなければならないことは、通常であれば「よい工夫」として認められるかもしれない現場の技術労働者の提案が、この事故では致命的な意味をもってしまったことの問題である。言うまでもなく、現場の技術労働者が、そのような手法をとったときに臨界状態が起こり得る、ということを知らなかった、という知識の欠如である。いやしくも、多少とも原子力に関心を持ち、関連する現場で働く人間であれば、ウランの材料が、しかるべき形でしかるべき量集積されたときには、臨界事故が起こる、ということは、最も基礎的に要求される知識であろう。ここで責められるのは、その基礎的知識を持ち合せなかった技術労働者1人1人ではない。その基礎的な知識を従業員に要求しなかった企業に、その責任の大部分はある。企業として、社内教育で、あるいは職場での集会などで、折に触れてそうした基礎的な知識の普及に力を注いでいるべきだったのである。
  もちろん企業側には、通常の業務の範囲では、臨界などということは全く想定する必要がない、という前提があったことは、色々な状況から判断できる。しかし、これは後知恵でなく言えることだが、ある領域を扱う企業が、従業員に、その領域に関する基礎的な知識を普及させるよう常に努力を怠らない、ということは、むしろ企業の常識ではなかろうか。業務の範囲では可能性がない、という理由で、そのようなことが見過ごされていたということこそ、今回の事故における最大の驚きであった。
  第二には、現場の提案をどのように処理するか、というこれも企業の管理上の問題である。とくに「バケツとスプーン」の場合はとにかく、手作業によって攪拌槽にビーカーで材料を注入する、という提案に関しては、これまで報じられている限りでは現場でその着想をした人物が、別のセクションの誰か(これまでの報道では特定されていない)に相談したということだが、それ以外には何のアクションもとらないまま、即座に現場に戻って実行してしまった、という。いくらQCサークル活動が盛んで、現場の労働者の、QC活動に対する志気が高いからといって、作業工程や作業マニュアルの大幅な改変が、現場の判断だけで即座に実行されるというのは一体何事なのか。現場からの提案は、責任ある上司のもとに上げられ、上司は十分な検討の手続きを経た上で許可を与える、もしくは却下する、という仕組みができていなければならない。この点でも、企業の管理上の責任は重大である。

安全演練の捉え方のページに戻る