巒頭(らんとう)とは実際に目に見える山の形や形状、また川の流れる様子などから良い氣の集まるところを探したり、龍脈の勢いを看たりするものです。例えば、良く言われている”四神相応の地”などは巒頭の最たるもので後ろに山があり(玄武)、東(青龍)=青龍砂と西(白虎)=白虎砂の山に守られ、前(朱雀)には明堂(めいどう)があり、その前方に案山(あんざん)・・・そしてその向こうには朝山(ちょうざん)そして川が流れているような場所を言います。これが巒頭を看る・・・・・・・・・つまりその土地の形状を看ると言うことなのです。
この巒頭とは、風水にとって、とても大切なことで”家(陽宅)”や”墓(陰宅)”を建てるときは、まず巒頭(環境)が整っていることが最も重視すべきことなのです。この、巒頭によってどこに建てるのか、どの向を取るのかがほぼ決まってくるからです。この巒頭の看かたを間違えてしまうと、建てる場所も向きも違ってくるのですから・・・・・・・・・・・・だから、”風水”は絶対に机上で看れるものではないのです。陽宅でも実際にその建っている場所に行き、まず巒頭(周囲の環境)を看てから家の中を看ていくのです。まずは、大きいところから看て小さいところを看て行くのが原則であり、大元を看ずにして家具の配置換えだけしても仕方がないのです。・・・・・・・・場合(環境)によっては、そのぐらいしか出来ないこともありますが・・・・・・・・・・・それにしても廻りの環境は絶対看なくてはなりません。
巒頭は大きくは”都”を置く場所を看るものから小さくは”部屋”の家具の配置までと、
とても範囲が広いのです。しかし、どこを看るにしても、何を看るにしても現場に行かなければ風水を看ることは出来ません。



理氣(りき)とは、文字どうり”氣”の”理(ことわり)”を看ることで、氣を八方位、廿四方位、六拾四方位、三百八十四方位と看て行き、その方位は、現在”運に乗っているのか?また”自分の向き”や”座山”と合っているか?など、”自分(家・墓など)と山(龍・砂・峯)”の関係を看たり、”自分と水(水龍)の関係”を看たりしていきます。つまり、環境の”氣の分布”を看ることが一つと、その他に時間(三元九運や年・月・日・時)による氣の分布や、人との関係においての”氣”の変化などを見ることを言います。
そこで、”羅盤(らばん)”が必要となってくるのです。つまり”龍脈”を見付けてもその龍脈が現在、旺盛の運にあるのか、または、衰運になっているのかなどを看て、それに向きを合わせたり、時間と合わせたり、人と合わせたりして、その時の運を自分に引いてくるために”理氣”を看なくてはならないのです。
”理氣”をなくして”巒頭”は語れませんし、”巒頭”を看ずして”理氣”は語れないのです。
”理氣(りき)”と”巒頭(らんとう)”は車の両輪のようなもので、片方だけではとても走れません。そして、
理氣(りき)と巒頭(らんとう)とを合わせてはじめて”風水”となるのです。

   随時、詳細を書き足していきたいと思います。   
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