第4集 『高槻のシカ』   1988年5月  1999/9/1更新

                          尾方義雄・大石巌・磯崎忠造              

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は じ め に
大阪の北の端に位置し、都市のごく近くに 大型哺乳類のシカが、生息するのはとても驚 くべきことです。
 昨年に引き続いて、今年度もシカの調査を おこないました。この報告では、'87.4 から '88.3 末までの一年間、のべ21回の野外調 査を扱っています。
 なお、報告者である斉藤日出雄が、この3 月末で名古屋に転居しました。シカ調査もや っと軌道にのってきたところなので、メンバ ーが欠けるのはとても残念です。いままで、 たいへんお世話になりました、記して感謝い たします。

1 生息分布

 昨年来の分布域に、新たに追加する地域は ありません。ポンポン山北部(E) 出灰スミヤ キ跡(F) 原盆地(H) の3地域をおもに調査を 行ったが、どこにでもシカのサインが見られ ました。
 分布の傾向とサインは第2図のとうりです。
◆(E) ポンポン山北部
山麓部にも下りて来ていると思われますが 、まだサインを見ていません。4月に山頂付 近でシカ(オス?)を目撃しました。
エサも 豊富だし、植林がすすんでいるところもあり ますが、谷が深く、人がめったに入らないの でたいへん安全なところといえます。
ただし 、夏場は樹木が茂り、林床を草が覆い調査は 思うようにはかどりません。夏の調査をいか にすすめるかが課題です。
ここは食料の供給 地、繁殖地として最適と思われます。しかし 、繁殖や子育てを思わせるサインが今だにみ っかっていません。

◆(H) 原盆地

 摂津峡の北の河岸段丘上に原の集落が形成 され、すぐ南まで市街地が広がっています。 集落の回りの山地はアカマツ林で、ほとんど 植林がされています。原から北西、地獄谷峠 に向けて林道が作られつつあります。
 6・7月、12月に調査に入り、いずれも 糞・足跡・食痕が見られました。
サインは一 頭のこともあるし、群れのときもありますが 、生息状况をつかむところまではいっていま せん。しかし、4〜5頭の群れの目撃報告( 第3集)もあり、季節的な移動ではなく常に 出現しています。伐採跡の植林地などは、い っせいに草木が芽をだすので来るのかもしれ ません。
今後もっとも植林の食害の心配な地 域です。

◆(F) 出灰スミヤキ跡

 出灰、ポンポン山北西、空谷橋を取り囲む 地域を重点的に調査を行いました。  植生は落葉林で、スギ、ヒノキの植林地が ところどこに残っており、シキミを広範囲に 栽培しています。水が豊富で、ヌタ場が見ら れ、草木などがよく茂っています。 のように付近の尾根で、シカの声と群れの足 跡がみられました。また、泊り場では6個体 のサインが、見られました。  作業道を歩いていると、ケモノ道が横切っ ています。スミヤキ跡では、昨年も(9月) 穴ほりといえるものが16個も見られました 。この付近に、少なくても一群れが生活して いるようです。集団で移動するのはたいへん 危険をともなうので、エサを捜しに歩く必要 はなく、ここのような安全圈で生活するのが いいのではと考えます。  しかし、この冬以後スミヤキ跡に限るとサ インがみられなくなりました。すこし南の谷 (カラタニ)越えて、直径5┰のカラスサン シヨウにツノコスリが2本みられ、他にもツ ノコスリ、糞などのサインがみられました。

◆その他の分布地域

(1)茨木市側
 分布のうえから、昨年の報告で京都府との つながりを重視すべきと、論じました。
 昨年夏の聞きこみと調査からも、茨木北部 から亀岡にかけては宅地開発、ゴルフ場、採 石場のダンプ、道路などによってシカの移動 すらできそうにありもせん。「ここ20年シ カをみていない。イノシシは見ている。」と のことです。今年の4月、竜王山の北でスミ ヤキをしている方が、「シカを何度かみてい るが、やってくるだけですぐに戻っていく( 高槻の方へいく)」との話を聞きました。や はり箕面、能勢とのつながりはないと考えた ほうがよさそうです。
(2)京都府南
 ポンポン山から長岡市、小塩山にかけての 地域については、常々調査を行いたいところ ですが、思うように行えていません。この付 近では、通年生息しているようです。また、 目撃もされています。
 いっぽう、京都市内から亀岡市を通る国道 9号線については、通過ができないと考えて いました。同じように、わたしたちは、はじ め芥川を渡っていないと考えていましたが、 今回横切る地点を2ケ所見つけ(足跡があっ た)合計4ケ所になりました。したがって9 号線についても、通過できるところがあると 思います。
 北は最大、保津峡、東は島本町まで広げら れそうです。しかし、徐々に生息域が減りつ つあります。
(3)田能南(B)
 高槻ゴルフ場の西、小高い植林地では、以 前食痕、足跡が多く見られました。昨年暮れ ぐらいから宅地造成のためかブルドーザーが 入っておりサインがまったく見られなくなり ました。ここでもエサ場がへりつつあります 。
(4)二科北
 一昨年に足跡を見つけていますが、今年同 じ地域に入って驚きました。植林地縁はシカ のハリガネ柵があるものの木々が、育ちまた 下刈りが悪く雑草、雑木が多く、とうていシ カが通行できる状態ではありません。
ていねいにみれば、ケモノ道があるかも知れ ませんが、移動ができる程度で定着して生活 していないとおもわれます。

2 ニホンシカとイノシシの毛
 ニホンシカの毛を顕微鏡でみると、他の動 物にはみられない特徴的な模様があるので、 シカのフィールドサインを同定するのに利用 できると考えます。
(図3)その後、この表 面模様をフィールドサインとして利用するこ とによって、気付かなかったいくつかのこと が分かった。

(1)シカの「角こすり」と思われる樹の幹 をイノシシも「こすり棒」として使っている。
 付近にシカの足跡や糞などのサインが多く 見つかったところで、雄ジカの角こすりと思 われる樹の幹、シカ以外の動物の毛を顕微鏡 でみていると、それがイノシシの毛であるこ とがわかった。
このことは、シカとイノシシ がおなじ樹の幹を「こすり棒」として、共通 に使うことがあることをしめしている。

(2)「穴ほり(土堀跡)」がシカのフィー ルドサインであること。
 秋から冬の初めにかけて、つもった落ち葉 を除いて、その下の土を浅く掘ったサインに よく出会う。はじめは、イノシシかヤマドリ の土堀跡ではないかと思っていたが、動物の 毛がみつかり顕微鏡でみたところシカの毛で あることがわかった。
 この土堀跡は、場所が変わっても、調査日 が変わっても、何度もシカの毛をみつけるこ とが出来たのでシカのフィールドサインであ ると思われる。

(3)シカとイノシシが同じヌタ場を利用し ている。
 秋になると、発情期の雄ジカが泥浴びをす るヌタ場がみつかる。イノシシの場合も、か らだについた虫を除くために、湿地帯で泥浴 びをすることがよく知られている。
しかし、 このようなヌタ場が、シカによるものか、イ ノシシによるものが不明な場合がしばしばあ りました。
 数か所のヌタ場で、動物の毛を採集して調 べてみたところ、シカとイノシシの両方の毛 がみつかった。これは、(1)で述べたこと と考えあわせると、シカとイノシシは同じ領 域で生息することはいうまでもなく、狩猟圧 のため、警戒心の強い両者がお互いにある種 の生活道具(?)を共有しているのではない かとおもわれる。

 シカの毛の表面の模様は、ほかの動物のそ れに比べて容易に判別が可能な特徴をもって おり、的確に同定することができ、たいへん 利用価値の高いものです。 (『都市と自然』 1988.3月号より一部引用)

 わたしたちは、他の種でも、利用できるよ うなマニュアルを検討中です。
 これらの過程で須藤武雄「各種動物毛の形 態学的研究」を入手しました。 著者等は動 物の毛の表面模様の違いを、警察の捜査にお いてすでに活用していました。また 立澤史 郎氏から、GUIDE TO THE IDENTIFICATION OF ANINAL FIBERS の提供を受けました。北ア メリカの92種の動物の毛を細かく顕微鏡で写 したもので、国際羊毛機関の発行です。羊毛 の中に他の種類の物が混入していないかなど を、調べるために利用しています。それぞれ の目的に合わせて動物の毛が、利用されてい ました。

3 泊り場から推定する群の数

 野生動物の目撃がないなかで、どれくらい の数で、どのような生活をしているかわかり ません。
 昨年幸いにも、図4のような泊り場が見ら れ、これから群れのサイズを推定できました 。
 ここでは泊り場が9つもみられ、そのうち 6つ(h〜i)は早朝のもので、表面には落 ち葉がすこししかのっていません。のこりの 3つ(n〜p)はやや古いものです。
 hがもっとも大きく、斜面の上から全体を 眺められ、泊り場の大きさと時期からオスと 考えられます。jlは,すこしタナ状になっ たところ、kmは、ゆるやかな斜面にあり、 それぞれよりそっていました。lmは,とも に小さく子供であるとおもわれます。
 すべての泊り場で数本から数十本のシカの 毛を採集でき、尾鏡(尻にある白毛)から、 それぞれどの方向を向いて座っていたかがわ かりました。

 この付近での一つの群れのサイズは、6頭 と考えられ、既報の「シカの声を聞いた」 ( 『都市と自然』1988.12 月号) と個体数や子 供の数がよくあいます。群れで大きく移動す るのは危険性が高いので、このあたりを中心 に生活をしているのではないかと思われます。

 シカの新しい泊り場から群れのサイズを推 定することが可能です。 (『都市と自然』 1988.4月号より一部引用)
 シカの群れのサイズについて、福島ら( 1983) の報告を引用します。    
「群れのサイズは季節的に変動するので、ほ ぼ同一時期に得られた各地の資料(金華山島 、丹沢、日光、大台ケ原の他に鹿島(Takats uki 、1982)と対馬(丸山・福島、未発表) を加えた)」  野生シカの群れのサイズは、これからする と非常に小さいようです、もう少し観察例を 増やす必要があります。

 4 シカの移動について

 分布の項目でもふれていますが、出灰スミ ヤキ跡付近で多くのサインが得られました。 そのサインから、興味ある観察がえられまし た。

(1)標高400mの付近を移動している。

(2)群れが定着する時期がある。  通称スミヤキ場を中心に、ポンポン山麓か ら南に下り、カラタニ(空谷橋の東の谷を仮 に呼ぶ)を通って採石場まで、ほぼバス路線 と平行してサインがみられます。これらは標 高300〜500mのなかに収まります。
シカ道は、植林の中にもありよく使われ、う まく斜面を利用しており、私たちにもとても 歩き良いところです。
 尾根筋にはエサ場がなく、道路ぎわには草 本などのえさになるものが多くあります。エ サ場への通行に中腹を歩き回っているようで す。
 秋に穴ほりが見られ、シカの警戒声(群れ )聞いたり、6頭の泊り場も見られ、この時 期にはすくなくても1群が定着していたもよ うです。その時期は、他のサインから考えて 9月から2月頃だと思われます。

5 ネムノキの樹皮はぎ

 ポンポン山の北西のネムノキの谷(ネムノ キの食痕を見てから後日名付けた)でネムノ キの樹皮たべが13本見られた。根ぎわから 30┰のところで、太さ約13〜25┰で長 さ60┰/幅10┰の部分をすっかり食べて いた。周囲の約3分の1位がかじられ、物に よっては歯形が見られました。もっとよく捜 せば本数がふえたかもしれませんが、この付 近のものはすべてかじられていました。表面 はまだ新しく、鮮みずしく、樹皮が残ってお らず、すべて食べたものとおもわれます。時 期としては、1月初めから中旬にかけてで、 一昨年のもみられた。この樹皮かじりは、出 灰北、田能南でもそれぞれ1本づつ見ていま すが、これほど大量のものは初めてです。
 箕面では、リョウブがたいへんがじられて いるとの報告がありますが、付近にあるリョ ウブはかじられていません。  春には、ヤマルリソウが咲く落葉林で、シ カ道、足跡、ヌタ場、ツノコスリも見られま す。
 季節的には、冬でネムノキの樹皮の成分が 、胃の整腸作用を促すものなのか、おもに食 べるのがオスなのかメスなのか、わかってい ません。他の食痕の洗い出しも含め課題です。

6 フイールドノートから

 (1)シカの鳴き声  11月 7日、22日にシカの繁殖期のオスの声 を聞くことができました。 
 ◆図

 (2)シカの足跡  雪の降った後に、シカの足跡をトレースす ることができました。シカは斜面を急に下り たりせず少しずつ横歩きをして、高度を減ら せて下ります。私たちも、たいへん楽に歩け ます。しかし、たいへん急な斜面でもうまく 下り、足の運びもみごとです。  乾いた地面では、なかなか上手くトレース できませんが、トレースすることによって、 食痕、糞、歩幅、個体の大小などが分かり升 。

 (3)メスの移動は小さく、オスは大きい  スミヤキ跡の群れからみて、メスの群れが 移動すると、外敵からの危険が大きいので、 一定の生活域を持ちながら、安全でエサの豊 かな地域で居ると考えられます。
 一方、オスは、単独で歩き回っているのが その足跡から考えられ、大きい足跡などはほ とんどひとりです。ツノコスリ、ヌタ場など できる条件の違いなどがありますが、分散的 です。
 これらは、遺伝的な因子を拡散するための ものであるとおもわれます。

 (4)原盆地の八坂神社で、ムクドリ、カ ケス、出灰スミヤキ場跡で、アオバトが小動 物によって捕殺された跡がみられた。

6 資料

 (1)穴ほり
 h35X60      m90X60 臭 毛
 i70X70 臭あり  n130X80
 j80X60      o80X80
 k60X60      p65X30
 l80X60      q50X80

r85X50 臭    w35X60
 s90X80      x60X65
 t85X60      y120X80
 u140X60     z110X110 ヒズメ跡
 v80X35      {40X40

 (2)ツノコスリ

 hコショウノキ 径10┝ 6-16 6-22┰ H100  iウリカエデ 径20 45-90  jマユミ  径20 10-65 H150  k ?     径15 30-85  l ?     径30 35-110  m ?      径17  34-72  nヒノキ    径15 20-60  oシキミ   径20  20-65 (一昨年)  pシキミ   径25 20-80 (昨年)  qタカノツメ  径12  20-80  r ?      径15 10-80  s ?      径20 40-80  tカラスザンショウ径55 10-80  uカラスザンショウ径55 30-100

7 まとめ

 (1)調査は、'87.4 から'88.3 末までの べ21回行い。多くのフィールドサインをえた。

(2)ポンポン山北、原盆地、出灰スミヤ キ跡では通年、生息していると考えられます。

 (3)シカの分布は、茨木市側の亀岡市出 は、すこしの個体が通過するていどであり、 中心はポンポン山麓です。長岡京市、小塩山 あたりにも分布域を広げてもいいようです。

 (4)シカとイノシシは、ヌタ場を共有し ており、それらの識別に毛が有効であること がわかりました。

 (5)シカの泊り場を調べる事によって、 群れの個体数を推定することができました。 今調査で観察されたものは6頭でした。

 (6)ポンポン山北東では、標高約400 mのところを、大きく動き回っていました。

 (7)出灰スミヤキ場跡では、今回も穴ほ りが、9月 5ケ所以上 10月 20ケ所 以上見られました。そのなかには、獣臭、毛 がありました。

 (8)シカの繁殖期の声を聞くことができ ました。

 (9)食痕、19種を追加することがでま した。   チヂミササ リョウブ ヒサカキ   ツユクサ ヒヨドリショウゴ アカソ   ミヤマキケマン カテンソウ コアカソ   ハエドクソウ ムラサキシキブ   ナギナタコウジュ アオハダ ノイバラ   モミジカサ マユミ タデsp アザミsp   スミレsp

第4集 終 文献 謝辞 奥付

■ これらの過程で須藤武雄「各種動物毛の 形態学的研究」を入手しました。 著者等は 動物の毛の表面模様の違いを、警察の捜査に おいてすでに活用していました。また 立澤 史郎氏から、GUIDE TO THE IDENTIFICATION OF ANINAL FIBERS の提供を受けました。北 アメリカの92種の動物の毛を細かく顕微鏡で 写したもので、国際羊毛機関の発行です。羊 毛の中に他の種類の物が混入していないかな どを、調べるために利用しています。それぞ れの目的に合わせて動物の毛が、利用されて いました。

■ シカの新しい泊り場から群れのサイズを 推定すること (『都市と自然』1988.4月号よ り一部引用)  シカの群れのサイズについて、福島ら( 1983) の報告を引用します。  「友ケ島学術調査」に図版がある。 「群れのサイズは季節的に変動するので、ほ ぼ同一時期に得られた各地の資料(金華山島 、丹沢、日光、大台ケ原の他に鹿島(Takats uki 、1982)と対馬(丸山・福島、未発表) を加えた)」  野生シカの群れのサイズは、これからする と非常に小さいようです、もう少し観察例を 増やす必要があります。

 今回の調査でも、群れを目撃す。ことがで きませんでした。しかし、子ジカの痕跡があ り、繁殖をしていることがわかりました。  豊かな自然と森が、残っている今の環境を 今後も残していきたいものだとおもいます。

 引用文献  1)高槻野生ジカ調査グル−フ゜(1988):    「フィールドサインとしてのニホンジ    カの毛」『都市と自然』No.144 大     阪自然環境保全協会  2)ーーーー(1988):「シカの泊り場」     『都市と自然』No.145

 謝辞

 調査には 武士良三、西山和延、直木一弥 さんの参加を得られることができました。 また、鳥の羽根より、鳥の種名を奥田幸男さ んからお教えていただき、立澤史郎さんから "GUIDE TO THE IDENTIFICATION OF ANIMAL FIBERS"(1960) を見せていただきました。  大阪自然環境保全協会の事務局 本多俊之 さんには、機関紙『都市と自然』に報告を載 せる機会を提供していただきました。  最後になりましたが、第2集から題字を小 笠年雄(茨木市在住)さんに書いていただき 、報告書の巻頭を飾ることができました。  みなさまに、お礼申し上げます。

  高槻野生ジカ調査報告書     『 高 槻 の シ カ 』 第4集 発行 1993・11・6 (高槻野生ジカ調査グル−フ゜)


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