第5集 『高槻のシカ』 1989年5月  1999/9/1更新

                          尾方義雄・大石巌・磯崎忠造              

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はじめに

 大阪府下では、能勢・箕面・高槻に野生ジカが生息しています。そして、大都市から 20km近くで、自然のままの大型野生動物が生息するところは世界的にみても例のないことです。
 私たちは1984年11月から、おおくのナチュラリストの仲間と野生ジカの生息域や 生態を把握し、その保護に役立てたいと今年度も調査をおこないました。
1 調 査 地 の 概 略
2 調 査 方 法
3I 生I息I分I布I
 前回までに分布の状況がつかめたので、今回は原盆地周辺(H) に集中して調査をしまし た。
◆(H) 原盆地周辺
 摂津峡の北、河岸段丘上に原の集落が形成され、すぐ南まで住宅が迫ってきています。 今のところ、開発規制によって農耕地が多くのどかな田園風景を作り出しています。
 集落の回りの山地では、アカマツ林がすこし残るが、ほとんどがスギ・ヒノキの植林地 となっています。
 Sここではシカの足跡・糞・食痕・泊り場が通年みられました。秋にはツノコス・ヌタ 場もみられました。
 T水田へのシカの食害がみられました。小さな沢ぞいに水田がかなり作られており 聞き込みでは、88年春から三頭のシカが定着し、田植え後のイネを食い散らした。市へ 苦情を言うと、魚網を張れと言った。田の回りに張ってから三日後にシカが引っ掛かった あとがあり、逃げてからでなくなった。
 稲の食害を私たちが記録したのは、初めてで今後シカの学習行動からみて他の個体に広 がるのは、確実で追跡調査の必要があります。
 U9月4日、落葉林の尾根付近にヌタ場の連続したもの(" オオヌタ" と呼んでいる) が見られた。 全体で150 ×420 ┰で約6ケ所が判読でき蹄が見られました。
最近の雨の状態から一週間以内のもので、回りには4本以上のコスリ 棒が見られました。
 その後の観察では、10.2、 10.29、11.19にも、ヌタ場として使っていました。
◆(F) 出灰スミヤキ跡  
         芥川にそそぐ枝沢があり、一帯がスギ、ヒノキの植林地です。やや急な斜面にかなり落 葉林が残っており、植林地内も含めよくシカの足跡がみられます。また、地元の人がシキ ミを出荷するのか、大規模に植栽しているのがみうけられます。    
          S昨年の報告でネムノキの樹皮食いのあった谷では、二ケ所(89.1.4)が新たに見つかり、 一本東側の谷の斜面でも二ケ所見られた。昨年度の調査では、13ケ所有りました。この付 近一帯を広く移動しているのがわかりました。
翌日、奈良公園でこのネムノキの樹皮をシカにたべさせたところ、口の中に入れただけ ですぐにだしました。
             T秋にツノコスリが多く見られた。特にネジキには、2年つづけてサインが見られた。  イヌザンショウには、ツノトギと言うよりも角先で樹皮をつついた跡が二ケ所見られまし た。  
                  U植林地を下山中に、移動中?のシカの声らしいのを三声聞こえました。子ジカのミ ューという声が中腹であり、私たちが風下になっていたので、シカに気づかれなかったも ようです。下草が枯れ葉色になっていたので、保護色になり目撃ができなかったのは残念 です。
                     V穴ほり(土堀跡)が一ケ所見られました (11.13)が、林内がとても乾燥していたので 他には判読できませんでした。       
 昨年は16ケ所も見られましたが、穴ほりの時期に入れなかったため、発見が少なくな ったようです。              
                      ◆(B) 田能南尾根               1 樫田のゴルフ場西、小高い伐採地では、草が伸びており、食痕などのサインが見られ なかった。植林直後では多くの糞や足跡、食痕が見られた。
          植林し たヒノキは、1m50cmぐらいになり平坦地ではセイタカアワダチソウが茂っています。
◆(D) 出灰北部
 1 かなり広い休耕田は、高槻では珍しい湿地植生を作っている。しかし、ここでも林道 工事の側溝整備で水分条件の変化がみられ、この湿地も消滅しそうです。
 サワヒヨドリ、サワトラノオ、コケオトリ、コナギ、ホテイアオイ、ミソハギなど
   2 2年生の植林地では、頂芽食いが見られシカよけのハリガネ柵があった。
3
◆(E) ポンポン山北
 1 通年観察を行いたい場所ですが、藪がひどく冬場しか入れません。1月、3月に谷筋 から入りましたが、シカ道が多数見られました。今期は暖冬で雪が少なかったせいか、谷 筋で草本のロゼット葉やスゲ類が見られます。 エサ場として非常によい場所と思えます。
 2 サイハイランの群落が有って、その葉に食痕が見られた。
 3 登山路わきで、頭大の石に尿の跡があり、かすかに臭いがした。セントマークと思わ れるが、回りに足跡など他のサインがないのて種の判定ができなかった。
◆(C) こんぴら山付近
 今回はこの地域に、1月と2月の二回しかはいれなかった。
 1 シカのツノコスリ、糞、食痕などが見られた。付近のスギ・ヒノキの植林地でシカの 声を三回きかれた。
2 タヌキのdrには、ケケンポナシ、カキの種子がみられた。
 3 アオキの食痕が5株みられた。この付近から南にかけて見られた。
 4I 子IジIカIのI出I生I
 子供のサインがあれば、安定して繁殖しているので、私たちはもっとも注目しています。
 今回も原盆地周辺(H) 出灰スミヤキ跡(F) で、みられました。とくに、原では次のよう なものが見られました。 一才児のツノコスリで、落ち葉の様子からこの二〜三日前の物 と思われます。
(図◆)
h始めは、単にツノコスリとして記録したのですが、葉の残りぐあいが変なので細かく 調べてみました。
 i樹種は、ヤマハゼで高さは40┰程で、頂芽が食べられている。上の葉と、下の葉が残 っていました。そして、私たちのもっとも注目している真ん中の葉が残されていました。  j角の外側のみを使ったので真ん中の葉が残った。この行動は本格的なツノコスリでは なく、単に真似ただけではないかと思われます。
 二年子や大きなシカであれば、もっと激しくこするので、当然下の葉が落ちます。  kしたがって、私たちは一才児のツノコスリと判断しました。  子供のオスジカの確実なフィールドサインとして利用できると思います。  5I 食I餌I植I物IにIつIいIてI
 私たちの四年間の調査で、39種の食餌植物が判りました。他に数種の不明種がありま す。
 裸子植物
  ひのき科  ヒノキ  L
  いぬがや科 イヌガヤ L Bd
 双子葉植物
  離弁花
  いらくさ科 ミズ   L Bd F St
        カテンソウ L F
        アカソ  L Bd St
  たで科   イタドリ L Bd St
        ミズヒキ L Bd F
        ミゾソバ L Bd F St
        1sp
  ひゆ科   イノコズチL Bd F
  つばき科  ヒサカキ L
  けし科   ミヤマキケマンL Bd F
  ばら科   ナガバノモミシイチゴ L
        ノイチゴsp
  ゆきのした科 コアジサイ L Bd
  まめ科   ネムノキ L Bk
        クズ   L Bd St
        アカツメクサ L F St
  とうだいくさ科 アカメガシワ L
  みかん科  イヌザンショウ L
  かえで科  1sp
  つりふねそう科 ツリフネソウ L F St
  もちのき科 イヌツゲ L
        アオハダ L Bk
  ぶどう科  ノブトウ L
  みずき科  アオキ  L F
  せり科   セリ   L St
  合弁花
  りょうぶ科 リョウブ L Bd
  くまつづら科 ヤブムラサキ L
  しそ科   ナギナタコウジュ L Bd F St
  なす科   ヒヨドリジョウゴ L Bd  St
  はえどくそう科 ハエドクソウ L Bd F St
  きく科   コウゾリナ L Bd F St
        アメリカセンダンクサ L Bd F St
        コウヤホウキ L
        モミジカサ L Bd F
        アザミsp
 単子葉植物
  ゆり科   ジャノヒゲ L Sd
        ヤブラン  L Sd
  つゆくさ科 ツユクサ  L F
  いね科   エノコロクサ L
        チヂミササ L
  かやつりくさ科 ニシノホンモンジスゲ L
 採食部位
 L:葉   Bd :頂芽  F:花序
 Bk :樹皮 Rt :根   Sd :種子

  6 樹皮はぎについて

 ネムノキの樹皮はぎについては、第4集で報告しました。その後、4本二ケ所を追 加しました。二年に渡って同じ木を利用しているものもあり、11月から1月にかけて使 っています。
 @食料としてなら、今年も暖冬で他におおくの餌がある。
 A場所が限られている。
 B分布の中心位置にある。
 C冬場に限られている。

まだよく判りませんが、他の地域についての資料を参考にあげます。
 神峯寺(私たちの調査ではGにあたる)近くのジャラ畑谷で、アオキの広範囲の食害が みられた。( 北元敏夫・池田裕計. 「ジャラ畑谷で野生シカがアオキを食害」 『 NaturStudy35(4) 1989 』)
 筆者の北元さんのご好意でここに要約して紹介します。
@86-67 年冬から気がついた。その後三年間で食害が増加のする傾向にある。
A食害量だけでなく、分布的にも広がりつつつある。
B「食害が冬期だけに限られること」からシカは花芽や若い葉を好んで食べる。
C700近い個体のうち8割が食害を受けている。
Dアオキの株の高さが2m以下のものが過半数を占める。

 アオキの食痕を、私たちは85.3.3田能南尾根(B) で初めて見ました。このときは葉を少 し齧った程度のもので、近くにネムノキの樹皮ぐいがあり、むしろこちらを重視しました。
その後気が付かず、昨年88年春、原盆地周辺で頻繁に見られるようになりました。神峯 山寺から直線で2km┥ほど西になります。
 今のところ、主な生息地のポンポン山周辺や山間部ではアオキがありますが、食害をみ ていません。どのように拡がっていくか興味のあることです。
 アオキの食害と同じように、箕面ではリョウブの樹皮はぎが見られます。高槻では同じ ような樹皮はぎが今のところ見られません。

 また、昨年の88.6.26 に大阪市立自然史博物館で関西自然保護機構主催でシンポシウム 「シカと人と植物」が開かれました。
 大台ケ原のトウヒの樹皮が同じように剥皮されています。昨年秋にトウヒ林を見にいっ たところ、その規模と量たるやすごいの一語につきました。まだトウヒの剥皮がどういう 原因か分かっていませんが興味あることです。
私たちはすでに、hシカなどの反芻獣が、腸内醗酵をコントロールするための薬利効果  iツノの落角のための何らかの効果ではと考えています。

 北元論文では、まだ見解が述べられていませんが、シンポのなかで、高槻成紀(東北大 学)さんがアオキが「常緑性であり、アルカロイドなどの、二次物質を含んでいないため という2つの理由で、冬に良いエサになるんだろうとおもいます。」また、シカは環境に よって最も柔軟に食性を変えうるといっていました。

 小川房人(自然史博館長)さんは、畜産の人の話として、綿羊とかを飼う時良い草で飼 うとガスが発生するので立ち枯れなどの条件の悪い草を与える。樹皮ぐいも関係があるの ではと思うとの発言があった。

 <用語について>
 剥皮、樹皮ぐい、樹皮かじり、樹皮はぎなど使われていますが、とれが適当かわかりま せん。ただ微妙に状態が違っているので、今のところその場の感じで表現しておきます。

 7I フィールドノートから
 Sシカの目撃
 藤田俊幸さん (高槻市在住) から、88年春3月か4月頃
  1. 出灰水くみ場付近で、9時頃 オスが 芥川を渡っていた。
  この付近では、私達も目撃と足跡を見ています。
  2.本山寺駐車場をかなり下ったところ、6時頃 メスと子供(今年の子供?)を、  北西の植林地で目撃した。
 T出灰北部(D) でハクビシンの生息情報を得ましたが確認をしていません。
 Uキツネ2,タヌキ1,テン1,ホンドリス1を目撃しました。
 U八坂神社(原盆地)のオガタマノキ(モクレン科)が昨年88冬に切り倒された。
大阪 府下では20余ケ所しかないものです。 ほとんどが社寺林内で植栽です。
 Vシデコブシ(モクレン科ー植栽)が出灰奥のせせらぎの里付近で今年89年春咲いて居 ました。
分布が本州中部地方西南部に限られ珍しいものです。
 8I今までにわかったこと
hシカの分布はこの地図の□の範囲で京都府側にまだすこし広がる。
i落葉林内で南側に、明るく開けたなだらかな斜面では多くのフィールドサインがみられ る。
jフィールドサインが多く見られる場所では新旧のものが見られるので、常時生息すると 考えられます。
k足跡、糞から親子づれの移動が考えられます。
lポンポン山周辺は豊かな植物相をもち、自然林が残っており、安定した生息域です。
mシカの毛を顕微鏡で見ると「うろこ」状の模様がみられ、種の識別に利用できます。
n高槻は、箕面、茨木などの生息地との関連でみるより、京都府との繋がりのほうが強い と考えられます。
o繁殖期に、シカが穴ほり (つちほり) をしていますが、その理由がまだわかりません。
p季節的な移動が考えられます。冬と夏でフィールドサインの出現傾向の偏りがあるよう に思えますが、夏のサインは下草が茂ってなかなか発見できません。
q新しい泊り場から、群れの頭数が推定できました。調査で観察されたものは6頭です。
rシカ道はたいへん歩きやすく、うまく地形を利用して行動しています。
sネムノキの樹皮食いが多くありました。高槻の神峯山寺ではアオキ、箕面公園では、リ ョウブが同じように集中して有りました。今後各地の調査が待たれます。
 9Iこれからの課題
h植林や緑地の公園化などによるシカの食害や生息地の減少にそなえて、シカの食性を確 認すること。
i個体群の増減を見るための個体数の確認。
j生息域、分布の確認。
kポンポン山の周辺の植物調査。
l今後シカを含む自然をどう保護し保全していくかを考え、それを実行すること。
10 I まIとIめI
(1)調査は、'88.4 から'88.3 末までのべ25回行いました。そして多くのフィールド サインを得ました。
(2)原盆地北では、シカのフィールドサインが通年みられ、子供のサインが得られまし た。
(3)ここで、イネの食害が見られました。
(4)生息地域全体で、シカのフィールドサインが得られました。
(5)ネムノキの樹皮ぐいが、今回も見られ、同じ木を2年に渡って利用していました。
(6)食餌植物は、今回までに42種が判りました。
(7)一年児のツノコスリと判定のできるものがみられました。
(8)シカの繁殖期の声を聞くことができませんでした。
(9)シカ・キツネ・テン・タヌキ・ホンドリスの目撃ができました。
(10)オオヌタでは、六ケ所のヌタ場が観察され、よく利用されていました。
(11)八坂神社および谷北部での、ムササビの生息の確認ができませんでした。
(12)アオキの食害が見られました。
 高槻北部ではまだ自然が豊かに残っています。これほどの都市近郊で、大型の獣が良好 な状況で成育するすることはたいへん素晴らしいことです。
 これらの課題を調べていきながら、この豊かな自然を守っていきたいと思います。
 高槻では、哺乳類、鳥類、魚類、植物、昆虫などいっぱい見られます。最近では、分布 の限られたムカシトンボの生息や、ヒダサンショウウオも発見されました。しかし、しば ばしば住宅街までシカが出てきたり、交通事故にあったりしています。
 シカの生息地にまで住宅が広がってきているからです。こういう状況は野生動物にとっ てたいへん不幸なことです。
 私たちの生活があるように、野生動植物も生きています。同じように共存の道をさぐっ ていきたいと思います。
謝辞
 暑いとき、寒いなかをたいへんな調査に参加していただいた、岡本員子、高橋勉、武士 良三、広瀬明美、藤井昭子さんの皆様にお礼を申し上げます。
 最後になりましたが、報告書の巻頭の題字を第2集から書いていただいた、小笠年雄 (茨木市在住)さんが昨年秋にお亡くなりになりました。まだお若いのにたいへん惜しい ことです。ここに慎んでご冥福をお祈りし、引き続き使わせて頂きたいと思います。
(高槻野生ジカ調査グル−フ゜)
尾方義雄 大阪市西淀川区姫里2丁目5−8 姫里スカイハイツ404 (06)472−9582)                     @@@@@@@@@@@@@@@  ポンポン山北部は、ポンポン山から北へ伸びる数本の尾根と谷からなる複雑な地形をし ています。ポンポン山へのルートは、一般的な物は鬼語条橋からが急ですがもっとも早く、 高槻の学校の耐寒遠足のコースとなっています。いぜんは、せせらぎの里からも登れたで すが、今は登山路が荒れています。私たちは、落ち合い橋から入るのがもっとも標準的で 途中からさまざまなコースをとります。
 集落の付近は、植林が多いのですが、中にはいるとまだ落葉林が目だちます。鬼語条橋 (一休禅寺跡)から東の斜面が伐採されたのは残念でこの付近ではヤマシャクヤクが少な くとも3株がありまた。伐採後、4ー5年は下草が勢いよく生えるのでシカがよくでてく ると思いますが、その後の生息環境が悪化するのは残念です。  ポンポン山を中心に七合目付近は、ほとんど落葉林で一部に植林がありますが非常によ い植生を保っています。せせらぎの里からポンポン山登山口付近は入りやすいせいもあっ て多くのサインを見ています。  シカの足跡・糞・食痕などのフィールドサインが多く見られるところです。エサも豊富 だし、植林がすすんでいるところもありますが、谷が深く、人がめったに入らないのでた いへん安全なところといえます。通年観察を行いたい場所ですが、調査のできるのは、10 月下旬から5月ぐらいで、夏場は樹木が茂り、林床を草が覆い調査は思うようにはかどり ません。ここは食料の供給地、繁殖地として最適と思われます。しかし、子供の足跡はあ りますが、繁殖や子育てを思わせるサインが今だにみっかっていません。  そのため、通年の生活の推測ができていません。夏の調査をいかにすすめるかが課題で す。  図3が今までにみられたシカのフィールドサインです。分布図がポンポン山から西に集 中するのは、調査がし安いからであってゴルフ場予定地でもよく入れば見られると思いま す。 1993/11/6kiroku  このようにポンポン山でのシカの生活は少しづつ解ってきているのですが、まだまだ解 らないことが多いです。  高槻では、哺乳類、鳥類、魚類、植物、昆虫などいっぱい見られます。最近では、分布 の限られたムカシトンボの生息や、ヒダサンショウウオも発見されました。しかし、しば ばしば住宅街までシカが出てきたり、交通事故にあったりしています。  シカの生息地にまで住宅が広がってきているからです。こういう状況は野生動物にとっ てたいへん不幸なことです。  私たちの生活があるように、野生動植物も生きています。同じように共存の道をさぐっ ていきたいと思います。  これらの課題を調べていきながら、この豊かな自然を守っていきたいと思います。   謝辞  暑いとき、寒いなかをたいへんな調査に参加していただいた、青野有子、阿達雄治・和 子、岡本員子、島影真理子・聡子、高橋勤・明美、武士良三、田中洋子、葛篭礼子、西山 和延、藤井昭子、槙野光、増永堅二、森田久美さんの皆様にお礼を申し上げます。    発行 1993・2・20


『高槻のシカ』原稿ー都市と自然 と グループ紹介   大阪自然環境保全協会 出稿 91・10・8   91・10・末締切   シIカIのI穴IほIりI  高槻北部山間部に生息するのシカを 調査していますが(『都市と自然』1  ★A:n=2  A’:n=多数 25、138、152、166、  ★B:n=3+5(谷を隔てて) 1990.11 出稿中)、 過去に懸案であっ  ★C:n=2 た「シカの穴ほり」が、まとまって見られましたので報告します。一時期にまとまって見 られ繁殖期の行動として類型化すれば他の地域との比較が出来るので具体的に検討してみ たいと思います。    ◆高槻の地図h ◆穴ほりの図i ◆腹こすりの写真j I調査方法、場所  従来と同様に10000分の1地図を使い、ルートセンサスで調査しました。 ポンポン山の北にあたり、夏場のサインが得られにくい中で、今夏おおくのサインを見ま した。  このように1度に見られるのはたいへんめずらしいことです。また、この跡は、前々日 に雨が降ったので、落ち葉が乗っていない様子から前日か早朝と考えられます。 J「泊まり場」と「穴ほり」  「泊まり場」では、おおくの場合この時期体毛が 落ちており、表面は圧迫したように平坦である。「穴ほり」は、ほとんど 表面は蹄や鼻づらで掻いた痕があり、デコボコしている。 Cの場合のみそこに腹を置い たようすが有る。 穴ほりは出灰、空谷、田能南地域でも見られ、信州で哺乳類調査をし ている両角源美先生が「シカの穴ほり」として報告しています。(『日本哺乳類雑記第三 集』1974)  「穴ほりのまわりにある木に角を擦ったり、体を擦りつけた跡が見られ、穴にはシカの 尿があったり、尿の臭い、シカの臭いが残っているものもありました。」 今回はこのように、類型に分けてみました。他の地域でも同様のサインがあればおもしろ い。  Aは表面を履いて表土を回りへよせて、放棄されています。始めは何んのめにしたのか 見当がつきませんでしたが、今回後述のように私達は解釈しました。  A’はアカマツの根付近にあり、ところどころに見られる。これは、谷を越えて東のア カマツの林の中にも見られた。  Bも表面の落ち葉をはいで、Aより荒らあらしく表面を堀返しており、根の齧り、木本 の幼樹(ドングリの新芽?)の食痕、足跡、糞がある。離れた場所に、ヤブレガサの大規 模な食痕が見られた。  根を齧った痕、歯形、鼻先やひずめで掘じくった痕があったので、土なめを調べました 。ポンポン山の北、原盆地北にあますが、今回は見られませんでした。  反芻獣が腸内細菌の補給などのために、「黒い土の層に鼻ずらを突っこみ、土をなめる 。シカの好む成分が含まれているらしい」(『アニマ』 '78 66 江川正幸)とあり、 南アルプスでも報告例があります。  今回見られたものは、アカマツの根ぎわで、土なめと同じようにキノコ類の菌糸などの 摂食が考えられます。  Cは、その上に、放尿した跡が2箇所で見られた。1つは、ひどく臭いました。尾根で 水場がなく、ヌタ場が形成されない所です。写真のような高さ30┰ほどの切り株に体毛 が3本収集された。腹についた尿を切り株にこすりつけ臭いつけをしているようです。  また、地上1mぐらいで、角コスリによる細い枝おれが三ケ所見られた。シカ道に添う ようにあっので同じ個体かもしれません。谷部ではヌタ場も見られた。 K考察  これらの事象はそれぞれが関連しあい、泊まり場とは、違った形態を示し、今のところ 9月ー11月にかけての繁殖期に多いようです。  Aは、子供に教えているような試し食いのようで、まだ、穴ほりが確立していない。A ’のように秋から冬に向けて子供に採食の学習のために、何箇所か試し掘りを繰り返して 教えているようです。以前、原盆地北で直径30┰くらいの木の根本に体をこすったもの がありました。シカ道に添って付けられており、木には明確な臭い付いていませんでした が、臭いつけは、子供への知らせでないかと考えるようになりました。  Bは、表面の落ち葉をはいで、根の齧りがあり採食と土なめが見られます。単なる摂食 行動であるならば、イノシシのように大きく堀返すほうが効率がよいので、このようにほ ぼ丸く泊まり場のように作る必要はありません。土なめは、以前から整腸作用と考えてい るサインです。  Cは、繁殖期の穴ほりで、オスのシカが穴の中に尿を振り撒くような自慰行為と思われ ます。  したがって、これらはシカの繁殖期の一連行動であると考えられ、子供への学習行動と オスの繁殖期のフィールドサインであると考えられます。( 文責 尾方義雄 ) ★★★★★   『I都I市IとI自I然I』I 原I稿I    タイトル 「IシIカIのI穴IほIりI」I    写 真    1I葉I    地 図    1I葉I    図 版    1I葉I    高I槻I野I生IジIカI調I査IグIルI−IフI゜I              尾I方I義I雄I              1991.11.17 ★ ★ 都市と自然 と グループ紹介 酒井さんからの依頼原稿       ★★★★★★★ 高槻の北部に生息する野生シカを調査して、もう7年目になります。やみくもに野山を歩 き回りなんとか みんなの協力で今日までつづけてきました。それにつけても山の様がわ りには目を見張るものがあります。20年来茨木・高槻の山野を歩きまわったていた磯崎 忠造と出会うことによって、シカの調査を始めました。元々、高槻市域にシカが生息する ことを知りませんでしたが、謎解きのように、観察結果を検討しあいながら、また文献で もあたりすこしづつ判ってきました。調査だけでなく、彼と、歩き回って自然に触れるこ とはどういうことかを、身近に考えるようになりました。雑木の林に我々のの                  そして、同じ所にかよう事が同じ自然を                  なによりも子供のように あそべる  自然を有機的に見れる     広く 同じ所に季節を変えて入ることよって自然界も大きく姿を変えていることそして、木々や 草花が生き物全体が有機的に関わり合って美しい自然を形作ってる。  よく言われることに、風あたりの無い落葉林の陽だまりをよく利用して昼食や休憩に使 います。「私たちにとって好ましい環境は、シカにとっても好んで来るところだ。」何と シカのフィールドサインが有るのです。また、「こういうところには、こんな植物があり そうだ。」地図を見ながら「こういう条件のところには、シカ居そうだ。」それが現実に なることに何度も驚かされたことがあります。  感というか、動物的な感覚、藪歩きがないと来た気がしないと言うのが口癖になってい ます。  アマチュアとして、フィールドのなかで見られたことを、どう結び付けるか、フィール ドの中で学ぶこと、つぎの週にいくと一変する自然とは豊かな回復力と復元力をもってい ます。壊れそうに見えても私たちがむやみに手をいれなければ自然は回復します。  ポンポン山を都市公園化せず、ありのままでそのままのトレール(けもの道がいっぱい あるのです)その一部を人間が利用させてもらっているということが、原点になるべきで す。そして何よりもありふれた自然に感動し感謝する心が、この仲間にあるのせす。

 

 高槻野生ジカ調査報告書

    『I高I槻IのIシIカI』 第5集

発行日  1988.6.1  

発 行  高槻野生ジカ調査グル−フ゜ 発行 1993・11・6 1993/11/6kiroku

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