第6集 『高槻のシカ』1991年1月  1999/9/1更新

                          尾方義雄・大石巌・磯崎忠造              

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はじめに

 大阪府下では、能勢・箕面・高槻に野生ジ カが生息しています。咋年度に引続いて'89. 4 〜'90.3 までののべ22回の野外調査の結果 を報告します。
 私たちは1984年11月から、おおくの ナチュラリストの仲間と野生ジカの生息域や 生態を把握し、その保護に役立てるため調査 を行っています。

1 調 査 地 域
 早春の高槻の山々は、マンサクの黄色い花 から始まりタムシバ・ヤマザクラとその色彩 も豊かに変化します。林床にはササやヒトリ シズカ・ニリンソウ・フタバアオイと始まり 、花々のたえるときがありません。長い冬を 耐え抜き、繁殖に向けて生き物たちのざわめ きが聞こえてききます。
 タニウツギ・ユキザサ・ウノハナ・ハナイ カダ・ガマズミ・ムシカリ・フジのさまざま な色を持った花が枝先につけ、夏に向かいま す。植林が広がっていますが、まだまだ落葉 の林が残っています。木々はいっぱい葉を広 げ、その緑色がより深く色を変化させます。
 みごとな紅葉を見せてくれた林の葉が、す っかり無くなった頃から、私たちの調査が始 まります。
 春から秋にかけては、林床の草花がよく茂 っているためフィールドサインはほとんど見 られません。見られるのは、足跡と食痕ぐら いです。

 主な調査地は、下記のとおりです。
 A:明神岳周辺
 B:田能南尾根
 C:こんぴら岳周辺
 D:出灰北部
 E:ポンポン山北部
 F:出灰スミヤキ跡
 G:本山寺神峰寺周辺
 H:原盆地

それぞれの地域は交通機関のたいへん不便な ところや踏査ルートの無いところがあり、全 域をくまなく調査が出来ていません。
 また、G:本山寺神峰寺周辺については、 高槻公害問題研究会の北元敏夫さん、大阪自 然環境保全協会の池田裕計さんが、おもに調 査をされ成果を上げられており、私たちの人 手もないのでこの地域にはあまり入っていま せん。

2 調 査 方 法

 調査には、高槻市と京都市発行の一万分の 一の地図を利用して、フィールドサインを正 確に地図に落としました。
とくに、糞をもっ とも重視し、つぎに足跡・食痕等を調べまし た。イノシシ・ノウサギなどと紛らわしいも のは除外しました。
 生息状況については、ひとつの点としてで はなく他の地域との関連や、発見されるサイ ンの付近の植生などを大切にしました。
 分布図については、全体を把握できるよう に、2万5千分の一の地形図を100分割し たものを基準に利用しています。調査区(一 辺は約500m)は、一区画をさらに四分割 して、サインがあればその区画を凡例にした がって表しています。

3  生 息 分 布 

 調査地域全体を回ることをここ数年行って おらず、一地域での生息状況の変化を見るこ とにしました。
 今回は、E:ポンポン山北部の北西(出灰 を中心にする地域)とH:原盆地を中心に調 査をしました。
 これらを地図に表したのが、◆図2です。 全体として、ポンポン山などの北面の広葉樹 の多い所に分布が集中しています。

 ポンポン山では、シカの足跡・糞・食痕が 見られました。しかし、夏場はサインの発見 ができず、通年の生活の推測ができていませ ん。
 原盆地については、シカの足跡・糞・食痕 ・ヌタ場・コスリ棒がみられました。シカの 他にはイノシシ・テン・キツネ・タヌキ・リ スのサインがみられました。

 水田へのシカの影響は今回見られませんで した。この付近の良好な落葉の林がつぎつぎ に伐採され、林道が延びています。萩谷林道 まで延びるようです。
伐採が続き、ダンプカ ーが材木を運び出したり、人の往来が増えた ので、シカのサインが原から北に掛けては少 なくなったように思われます。また、数個体 か数ファミリーが生活をしており、猟期(11 月15日から 2月15日)はフィールドサインが 極端に少なくなります。
これはイノシシ猟で 犬を使うためにシカの群れが分散するものと 思われ、私たちはポンポン山の北部に移動す るのではないかと考えています。個体の目撃 がむつかしいので、移動状況については判っ ていませんが、なんとか調査をしたいものと 思っています。

 今回の分布調査は、調査地を絞っています がサインの出現量は例年とほとんど変わらな いように思います。

2  食 餌 植 物 に つ い て  

 私たちの調査で、42種の食餌植物が判り ました。(第5集で報告)ほかに不明種があ ります。他の地域からするとたいへん少ない ようです。
高槻に自生する種は渡辺昇氏『高 槻市植物目録』(高槻市教育研究所1975発行 )によると約1000種ですからこの数の数倍は あるでしょう。調査地域で私たちが調べたの は約 400種程です。
 それぞれの採食部位からみると葉がもっと も良く食べられ、花序、頂芽がその次です。
北摂の剣尾山でよく食べられているササ類は 高槻では判定に困る物がありますが、明快な 食痕といえる物が見られません。大台ケ原の ササや奈良公園のシバ地のように広い範囲で 採食されているようすがありません。

高槻の 場合特にンポンポン山の北の谷では、冬場で もロゼット葉が青々としており、ササなどに 依存する必要がないと考えています。
 そのてんから言っても、ポンポン山北のゴ ルフ場建設計画(後術)は、シカの生息域を 大幅に分断し、減少に拍車をかける結果に遣 るのではないかと懸念します。

 90年3月に、北元敏夫さん(日本生態学 会、高槻公害問題研究会)池田裕計さん(大 阪自然環境保全協会)と神峰山寺北で、アオ キの広範囲の採食跡を案内していただきまし た。話には聞いていましたが、予想以上に「 食害」されていました。一つの区域のアオキ がすべて食べられていました。
 私たちは、アオキの食痕を 85.3.3 田能南 尾根見ていますが、これは葉をすこし齧った 程度のものでした。88年春には、原盆地周辺 で繁茂に見られるようになりました。神峰寺 からは直線で約 2Kmほど西になります。

 ポンポン山では 1ケ所で食痕が見られまし たが、これも齧った程度です。シカの生息域 内でもアオキがありますが広範囲の「食害」 が今のところ見られません、今後どのよに広 がっていくか興味があるところです。
( 北元敏夫・池田裕計「ジャラバタ谷で野生 シカがアオキを食害」Nature Sutudy35(4) 1989 )

 アオキの採食と同じように、箕面ではリヨ ウブの樹皮はぎが見られます。いっぽう高槻 ではネムノキの樹皮はぎが見られます。私た ちはすでに、@シカなどの反芻獣が、腸内醗 酵をコントロールするための薬利効果 Aツ ノの落角のための何らかの効果ではと考えて います。
 北元論文では、まだ見解が述べられていま せんが、このアオキの選択性にはなんらかの 意味があると思いますが判りません。今後も 広がりや状況を掴んでいこうと思っています。

5 ゴ ル フ 場 建 設 に つ い て  

 ポンポン山の北に、ゴルフ場の建設計画が 持ち上がりました。総面積135.3 Ha (甲子園 の34倍) で18ホールのコース、クラブハウス 1棟、 230台収容の駐車場、ヘリポートも予 定しています。
この地域はシカの生息中心地 で、たいへん自然の豊かなところです。ムカ シトンボ (『都市と自然』1990.9174 ) の 羽化を見たところです。植物相の非常に豊か なところで、落葉林が広く残っています。

 88年に北谷の尾根八合あたりの伐採があり 今も木材の搬出をしており、植林するには不 向きな斜面で、なおかつ地揃えをしていませ ん。そこが、ゴルフ場の予定の隣接地になっ ています。ヤマシャクヤクとヒトリシズカの 群落が有ったところで、たいへん惜しいこと です。
 ゴルフ場のような一部の人しか利用できな い施設よりも、自然ままのほうがよっぽどい いにきっまています。

大型野生獣が生息でき る豊かな環境がまだ残っており、この自然の 恵みはわたしたち人間にとっても大切なもの です。ゴルフ場建設の反対運動の組織があり ます。
ポンポン山・大原野ゴルフ場に反対す る会: 代表立石五郎 (〒618 大阪府三島郡島 本町山崎 2丁目1-2-209 075-961-7444) 反対の輪を広げていきたいと思います。

6 フ ィ ー ル ド ノ ー ト か ら  

 @ムカシトンボ
  90年4月15日にポンポン山の北部で ムカシトンボの羽化直後に会いました。
付近は典型的な雑木林で、渓流から2mほ ど上の斜面にいました。1時間ぐらい見て いましたが、飛び上がりませんでした。
  ムカシトンボはムカシトンボ科に属し現 生は世界に2種知られ、日本にはムカシト ンボを産し、別にヒマラヤ山麓の渓流にヒ マラヤムカシトンボが報告されるのみとい う化石の現生種でもあり、その分布が極限 され、個体数も少ないという貴重なもので す。(東正雄.1965 京阪神の動物)
日本での分布は北海道、本州、四国、九州、 に及び、離島では、隠岐の後島に産する。
しかし宮城県と千葉県には記録が見当たら ない。朝比奈正二郎はムカシトンボが、古 生層のあらわれた地域に生息することを指 摘が、鈴鹿山系では川床が石灰岩質の渓流 ではかなり多産るが、花崗岩質の河川には きわめて少ないことが観察されている。( 石田昇三ほか、1988 日本産トンボ幼虫・ 成虫検索図説)
  ポンポン山のこの地域は、以前石灰岩を 産出しており、山中には石灰岩がごろごろ しています。
  高槻ではここ以外でも生息していますが、 渓流が汚染されつつあるので生息環境が悪 化しつつあります。

 Aシカの死体
  90年1月7日に出灰の奥の川原でシカ の首なし死体を発見しました。付近の聞き 込みでは、何ん組みかのハンターらしき人 達が来ていたみたいだ、とのことでした。
何頭、狩猟したかどうかも尋ねたのですが、判りませんでした。

 Bネムノキの樹皮はぎ
  今回は新しいネムノキの樹皮はぎが見ら れませんでした。しかし、冬に食べている ので、木の識別能力があるのは驚きです。
  また、今のところ直径10cm以下の細い ものには、樹皮はぎが見られません。メス が食べると子供に学習の伝達がされるが、 そうとう強い力で引き千切っているので、 到底子シカがしているようには見られま せん。
  オスの生理的要求があるのか、まだ判っ ていません。

 C豊中蛍池公民館の観察会
  89年6月に豊中蛍池公民館の観察会と して、H:原盆地にはいりました。シカの 糞は見られませんでしたが、シカの足跡・ 食痕・ヌタ場・コスリ棒がみられ、足跡は 子供連れを思わせるものがありました。
  他にはムササビ?・イノシシ・テン?・ イタチ?のフィールドサインがみられまし した。  ムササビは立木に、爪跡らしいものが見 られましたが、生息の確認まではいきませ んでした。
  テンとイタチは生息していますが、この 時のものは、糞の大きさや内容物からは、 どちらのものか推測ができませんでした。
 6月という時期は、たいへんサインの見 つけにくい時ですが、予想よりおおく見ら れました。原周辺には、一家族が生息して いますが出産や子別れの時期などの解明な ど興味がつきません。また、ポンポン山の 群れや出灰西の群れとどういう関係になっ ているのか、不明です。

 Dシカの目撃
 最近、神峰寺や本山寺へのあたりでシカ の目撃例が多くなったという話を聞きます。
 これは、この周辺の植林が増えたためで はないかと思われます。とくに、植林後2 −5年はぐらいが最もよいエサ場になるた めシカが来ているのではないかとおもわれ ます。
本山寺から南の川久保にかけては、 今も盛んに植林をしています。目撃情報は まだ、個体増加とは結び付かないと思いま す。
 

7 ま と め 

(1)調査は、'89.4 から'90.3 末までのべ24回行いました。そして多くのフィールドサイン を得ました。 (2)シカの分布域は、大きく変化が見られなかった。 (3)ポンポン山では、シカの糞、足跡、食痕が見られたが、今回も夏場の生活が推定できるようなサインが、発見できませんでした。 (4)また、ポンポン山の渓流では、ムカシトンボの羽化が見られました。 (5)哺乳動物のフィールドサインは、シカ・キツネ・テン・タヌキ・ホンドリス・イタチ・ノウサギ・イノシシ・サルが見られました。 (6)ポンポン山北部に計画の有る、ゴルフ場によってシカの生息域が分断され、生活環境が脅かされる可能性があります。 謝辞
 暑いとき、寒いなかをたいへんな調査に参加していただいた、岡本員子、紺谷維佐子、高橋勉・明美、 武士良三、西山和延・暢子、藤井昭子さんの皆様にお礼を申し上げます。 また、豊中蛍池公民館・観察会のお世話の松永勝博(豊中蛍池公民館)、高田 研(大阪自然環境保全協会)、参加者の村司路子、 米良志郎・郁子、下田丈夫、松本英二、高平陽光・道子、由利典子さん 最後に、神峰山寺付近のジャラ畑谷で調査をしておられる北元敏夫、池田裕計さんの皆さんにお礼申し上げます。 大阪自然環境保全協会の会誌『都市と自然』に2編もの報告を載せていただきました。 事務局ならびに会員の皆様にお礼申し上げます。   

 

 高槻野生ジカ調査報告書

    『高槻のシカ』 第6集

発行日  1991.1.10 [インデックスへ] [Mail to 尾方 義雄]