| 宝谷 高槻 2002/2/2 No.004 |
谷の終点を登りつめたやや平坦地で、
炭焼き跡があり、作業小屋の跡らしい痕跡も見られます。
ちょうど、周辺が植林地になり平坦地はここだけです。
(3)ヌタ場
(4)小型の葉のケヤキ
ケヤキは、幹周りが2mはありそうです。岩盤が硬く表土層も薄く、養分に乏しいため、周りの植林からの影など
で、葉が小さいままで成長したのではないかと思われます。
本来ならもっと、葉を広がらせ枝もわき枝も多いはずですが、大変貧相です。
(5)植林を過ぎてから、尾根に上がったところでタヌキのタメ糞がありました。
けっこう使っているようで、古くカビのはえたものやカキの種がどっさリ入っていました。
(1)シカの遊び場?
相撲の土俵のような踏みしめた跡がありました。シカの足跡、周りのチャの木の枝が
折られ、折れた枝先にはシカの毛がひっかっていました。
泊まり場にしては大きく、毛はそれほど落ちていませんでした。
私たちは、ここでシカが角突きをしたのではないかと考えています。
ここに、一列に4本の台場クヌギがあり、「四本クヌギ」と呼ぶことにしました。
同じような、土俵のような地面を掃いたような跡が、この地点でほかに5箇所、
また、尾根を越えた東側の植林地の平坦面にも2箇所見られました。
東側にはno.69のような、やや束になった毛が3箇所落ちていました。
これは、角がシカの体にあたったためと思われますが、相手に傷をつけるような
のでなく、そっと触れたようです。
血痕などはついていません。
相手を威嚇する程度でよく、殺傷する感じではありません。
オスの順位争いほどではないかと思っています。
69
(2)チャの木の食痕
チャノキがこれほども見事に食べられているのを、始めてみました。
ほかにもシダ、ヒサカキ、アオキはよく食べられ、尾根に出ると昨年のリョウブの
樹皮かじりが見られました。植林地の中にいっぱいあるイノモトソウは、食べられていませんでした。
特に、アオキはこの冬場だけでなく、以前から食べられていたようです。
また、杉が倒れて、高いアオキの上に押しつぶしたようになっており、シカがその葉を
すべて食べたような跡がありました。
22
宝権現の近くにある、7-9個のヌタ場は、1月4日以降に使用されたようです。水がにごり
横の立ち木のコスリ跡には、上がシカで、下がイノシシであるのがよくわかります。
ほかのコスリ跡からイノシシの毛を採集しました。
以前にも言ったのですが、こうしたヌタ場のできるのはシカもイノシシも共有して使っているようです。
ここの植林地の杉も根際は太くがっちりしているのですが、すぐ1m上あたりになると極端に
細くなります。
根が張れないので、板根のように根際が張るのでしょう。
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E-mail :尾方 義雄 Last modified: 2, 2002