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遊学の道Project2004/5月活動報告

5月8日〜9日

 5月日。1日目。天候、曇のち晴。集合は13時。フォレスティングコテージにて。この日、2月の間伐にて伐り倒した材の切り出しを行う。
 現場までは、休憩を入れつつ1時間弱の道のりである。あふれるような緑のなかを、鋸鉈を腰にぶらさげてざくざくと登る。今頃は山全体が一斉に目を覚ましたような感じで、木や草がひろげる緑の葉の威勢もよく、歩いて楽しい。足取りも軽く現場に着き、斜面を見上げて、げんなりする。
 2月の間伐によって伐った木は10や20ではきかない。見上げる斜面のそこかしこに、枝葉のついたままの木がゴロゴロ転がっている。「これを全部下ろします」とか、なんとか、誰かに言われたような気もするが、10人そこそこの人数で半日のうちに片付けられる数ではない。
 やれるだけやりましょう、という感じで、各々、取り掛かる。枝打ちをし、3〜4メートルの長さに玉切りし、明日の運び出しに備えて道まで下ろす。作業そのものは難しくはないが、傾斜角が40度を超すんじゃないかという斜面の上では、それぞれの悪戦苦闘が展開される。不安定な足場での移動に手間取り、鋸は材に噛まれてしまってしょっちゅう挽けなくなる。それに、材を道に下ろす際には、しばしば落石が発生する。滑り落ちてゆく材だの石だの砂だの枝だのの向こうに人がいたりすると、ちょっと洒落にならない有様で、上下作業の恐ろしさも身にしみる。
 とはいえ、特に大きな事故もなくこの日の作業は終了。切った木を道に並べて、作業現場を後にする。帰路では、ヤブレガサを始めとする山菜採取も行われた。

 夕食。タケノコ飯。タケノコ煮。サラダ。山菜はおひたしなどになる。
 タケノコはコテージの脇に生えていたものである。作業に出る前に掘り出し、皮をはいでゆでておけば、食事の準備時にはすぐに使える。「料理は愛情」をモットーとする料理隊長の指揮のもと、若干の混乱をきたしつつも食事は無事完成。おいしくできあがった。
 夕食後、ミーティングを行い、交流会に移行。テンションも高めに盛り上がる。数名の飛び入りもあり、会は翌朝4時ころまで続けられたという。
 ちなみに、交流会に際し、呑めるのかどうか迷うような酒が何本か見つかった。このうち、怪しげな雰囲気を漂わすものは翌日に捨てられることになる。

 9日。2日目。天候、雨。出発は9時を30分近く回った頃だが、同じ頃に降り始める。ただ、雨足はそれほど強くもなく、山に入れば濡れるようなこともほとんどない。この日の作業は、昨日引き出した間伐材の運び出し。トチカンという道具で材を引きずり、あるいは材を担いで運ぶことが作業の中心となる。
 トチカンとは、表すなら、和釘に、ロープをつないだ鉄環を付けたような道具である。釘の部分を木口に打ちこみロープを引くと、材を楽に動かせる。
 作業の流れは以下のようであった。
 まずトチカンをつないだ材を、バケツリレー式に炭焼窯跡まで運ぶ。窯跡に運ばれた材の一部は看板の補修用として皮をむかれる。ここまでが、昼食後しばらくまで続く。
 次に、窯跡まで運ばれた材を、今度は担いで、尾根伝いにモミの尾根路まで運べるだけ運ぶ。
 さらに、皮をむいた材を、これも担いで、修理の必要な看板のところまで運ぶ。
 これで、1日の仕事が終わるのである。
 全体的に、材は軽くなっていた。これは皆の日頃の行いが善いからだ、と噂されたが、要は、枝葉を付けたまま倒して置いたのが、効いたということのようである。水分が葉から蒸散するために乾きやすくなるのだ。この日の作業はとにかくひたすら運んだが、これによって幾分か作業も楽になっていたはずである。
 とはいえ、街に住んでいると、3、4メートルの材を担いで起伏する山道を歩くようなことは、まず、やらない。1日の作業を終え、山を下るころには、心なしか、自分の足取りが重くなったような気もした。

 コテージに戻ると、後片付け、掃除、そして各々の帰り支度が始まる。タケノコの皮を詰めた二袋を含めて、ゴミはお持ち帰り。
 解散は予定よりも1時間ほど早く、15時40分ころの解散であった。

 なお、今回運び出された間伐材は皮をむかれたもの以外は道の補修などに使われる。玉切りしたものの運びきれなかった材も多く残っており、それはまたいずれ、ということになる。

(文:因 琢哉)


公開:2004/05/30

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