臨死体験・気功・瞑想
| 覚醒・至高体験の事例集
|
八木誠一 氏
八木誠一氏は神学関係の学者であるが、久松真一、秋月龍みんら禅学者とも積極的に議論をかさね、伝統的な神学の枠に縛られずに「覚」の宗教者としてのイエスを論ずる。以下は、八木誠一「仏教とキリスト教の接点」(『神はどこで見出されるか
(1977年) 夏休み、私は留学中の日本人の友人二人と南独ウルムに先生(グンデルト先生)を訪れた。一緒に行ったK氏は仏教の心得がありそうなので、車中いろいろ質問したけれども、「悟りとは迷いと反対のことだ」という答えが心に残っただけで、彼の説明もよく解らなかった。グンデルト先生からはお仕事の話を聞いた。‥‥‥‥ 別れに際して駅まで送って下さった先生は独訳された『碧巌録』第一則の抜刷を下さった。それは漢文とドイツ語の対訳であった。詳しい註と解説が付いていた。 フランクフルトからゲッチンゲンに向かう快速列車の中で私は抜刷に読みふけった。それまでの数日間、私は意識的また半ば無意識のうちに「悟り」とは何かといった問題を考え続けていたのだが、ここでやっと集中専念することが出来たのである。幸い列車は空いていて、四人掛けの座席を私一人で占領し、漢文と独訳と解説とは何回も繰り返して読んだ。 ちなみに 碧巌録の第一則は梁の武帝と達磨大師との対話ということになっていて、武帝が「聖諦第一義は何か」と問うと達磨が「廓然無聖」と答える。この返答が解らなかったらしい帝が再び問うて、「朕に対する者は誰か」と言うと達磨は「不識」と返事をした。 テクストを読んでは考え、考えては読みしていた私は疲れ果ててぼんやり窓の外の風景を眺めていた。列車はカッセルの近くの山地を走っていた。ちょうど雨が上がって雲が切れ、澄んだ青空が雲の裂け目からあらわれ拡がっていった。 そのとき不意に「廓然無聖」という言葉が閃いた。私は驚いて立ち上がった。何ひとつ変わっていない世界の相貌が一変して見えたのである。しばらくあたりを見廻していた私は窓外を走り去る木立を眺めながらしみじみとこう感じた。「いままで樹は樹だと思っていた。何という間違いだろう。」
いったい何を見たのだ、とひとは問うかも知れない。むろん、誰でもが見ている世界を見ているにすぎない。しかし見え方がそれまでとはいささか異なる。どう見えるのだと尋ねられても、言葉ではない現実を言葉で言いあらわすのは自己矛盾だから、言葉で説明できない。またこうした見え方を私は「純粋直感」と言い表したのだが、それについて報告するといっても、ややもすると誤解され勝ちなように、私は一瞬の体験を想起してそれについて語っているのではない。「純粋直感」はそれ以来、あらゆる経験の中に常に現前しているからである。 日とともに感激は薄れても、「純粋直感」の事態は継続していた。あくまで私は私、ひとはひと、樹は樹でありながら、もはや単にそうではなかったのだ。といっても私は、クリスチャンとなって以来、他の人格に対するときは「私は単に私であって私以外の何ものでもない」とは思えなくなっていたのだ。 けれどもカッセルの体験以来、他の人格との関係にもある違いがあらわれたようでもある。つまり私が出会う人──当然私には外国人──についても、隔意や隔壁を越えた親しみを持ち易くなったようである。人の心に陽の光が射していた。それに向かって挨拶すると、陽の光も微笑みを返したので、私はひどくしあわせであった。 八木誠一(やぎせいいち) 東京大学とゲッチンゲン大学(ドイツ国)で学んだあと、東京工業大学、国際キリスト教大学(非常勤講師)ハンブルグ大学 (客員教授)、桐蔭横浜大学などで教鞭をとる。現在、桐蔭横浜大学客員教授 。文学博士、名誉神学博士(スイス国ベルン大学)。新約聖書学研究から出発し、仏教との対話を媒介とし、キリスト教と仏教との交点に立ち、宗教の本質を探る。 著書: 03/0/0追加
|