臨死体験・気功・瞑想
| 覚醒・至高体験の事例集
世界が輝く場合 |
辻邦生
01年9月下旬にゲストブックの方に書き込みをしてくださった大愚さんという方から、10月になって何度かメールをいただきました。それは、ドストエフスキーが死に直面した時の体験や、ベルグソンの脳と精神についての考察に関するもの、さらに作家の辻邦生の神秘体験などについてのもので、とても参考になりました。
とくに辻邦生の体験は、この事例集に掲載するにふさわしい内容のものでした。(私は、辻邦生についてはまったく読んでいませんでした。) そこでさっそく、メールの、辻邦夫について触れた部分を掲載してよいかとお願いしたところ、
「僕は覚醒・至高体験事例集のコーナーを読んで、落ち込んでいるときに2、3 度 励まされたことがあったので、何か少しでもご協力できればと思っていたのです」という快諾のお返事をいただきました。 以下にメールの辻邦生に触れた部分をほぼそのまま掲載しますが、一部(「三つの啓示」の概要の部分)は、3度目のメールから挿入しました。また、この部分については、追って私自身が原文にあたり、具体的な描写が見つかれば、ここに追加して掲載するつもりです。 大愚さん、ありがとうございました。 ある作家の言葉をご紹介させてください。そ れは数年前にお亡くなりになった辻邦生さんという方の言葉です。 「…そんな人間にも、いつか死が訪れてくる。死は自分を消滅させる。 どんなにじたばたしたって最後には自分を放棄するほかない。人間は そのときになって初めて、自分中心の気持ちから解放されるんだよ。 もう諦めて、自分に執着することをやめて、ただ黙ってこの世を見る んだ。そうすると雲も風も花も光も今まで見たこともなかった美しい ものに見えてくる。波璃のような世界がそこに姿を現しているのに気 がつくんだ。だから人間にとって死とは、この世が何であったかを知 る最後の、最高の機会になるんだね。その意味でも、死は、人間にと って、やはり素晴らしい贈物であると思わなければならないんだよ。」 (『樹の声海の声』1 朝日文庫) 辻さんのこのような言葉は、けして作家のイマジネーションが創りあげ た文学的世界像ではなく、若き日のある体験に基づいていると思われる のです。 若き日の辻さんは、旧制高校の授業にもほとんど出席せず、ドストエフ スキーやバルザックを読み、デカダンス的な生活のなかに自分を投げ 入れていたといいます。太宰治の「家庭の幸福は諸悪のもと」という 言葉を本気で信じていたそうです。 そんな辻さんに転機が訪れます。急性肝炎を患い、辻さんの言葉を借り れば「もう駄目だというところまでいって、奇跡的に熱が下がり、一ヶ 月ほどして退院した」(『生きて愛するために』中公文庫)そうです。 以下同本からの引用です。 「その当時、東大前に住んでいたので、退院の日、病院から大学構内を 歩いて家に帰った。その途中、ちょうど五月の晴れた日で、図書館の樟 の大木の新緑がきらきら輝いていた。私は思わず息を呑んだ。これほど 美しいものを見たことがないと思った。それは、プラーテンの詩にある ような、死と一つになった陰気な美ではなく、逆に、生命が溢れ、心を 歓喜へと高めてゆく美だった。」 またこの体験とは別に、辻さんは自身で「三つの啓示」と呼ばれる恍惚体験をされています。 ご興味があれば、『生きて愛するために』をお読みください。 「三つの啓示」というのは、概要だけご紹介しますと Aパリで、外側の<世界>が「私の内側に転入」するという体験。 Bリルケの「一輪の薔薇はすべての薔薇」詩句から。 そしてこのような「美」の体験が、芸術家の「至高体験」として、辻さ んの作品に昇華されてゆくのでした。 「その時、突然、私は激しい感動とともに、ある光が走りすぎるのを感じ ました。その時、突然、私は自分が全き自由になっているのを感じました。 歓喜に充ちた自由となって、私は万物と一つになっていました。私は消え、 そして、<私>がその時はじめて存在し出したのでした…」 (『回廊にて』新潮文庫 原文では外国人芸術家の手記の翻訳という設定で、 カタカナと漢字の混合体で表記されています。) 「『〜あなたも何が正しいかで苦しんでおられる。しかしそんなものは初め からないのです。いや、そんなものは棄ててしまったほうがいいのです。そ う思い覚ってこの世を見てごらんなさい。花と風と光と雲があなたを迎えて くれる。正しいものを求めるから、正しくないものも生まれてくる。それを まずお棄てなさい。』」 (『西行花伝』新潮社) 01・10・7 追加 辻邦生(1926〜1999) 東大仏文科卒。昭和三十二年、フランス・パリ大学に留学。三十四年、ギリシャに旅行してパルテノン神殿に接したのを機会に「強い創作衝動に駆られて」、短編「見知らぬ町にて」「城」を執筆、実質的な作家生活に入った。
(産經新聞フロントページ 99.07.30より) |