| 覚醒・至高体験の事例集
宗教家の場合 |
禅僧・今北洪川
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以下は、明治時代の著名な禅僧・今北洪川の体験である。 愛宮真備『禅―悟りへの道
(1967年) ある夜、座禅に没頭していると、突然全く不思議な状態に陥った。私はあたかも死せるもののようになり、すべては切断されてしまったかのようになった。もはや前も なく後もなかった。自分が見る物も、自分自身も消えはてていた。私が感じた唯一の ことは、自我の内部が完全に一となり、上下や周囲の一切のものによって充たされて いるということであった。無限の光りが私の内に輝いていた。しばらくして私は死者の中から甦ったもののごとく我に帰った。私の見、聞き、話すこと、私の動き、私の考えはそれまでとはすっかり変わっていた。私が手で探るように、この世のもろもろの真理を考え、理解し難いことの意味を把握してみようとすると、私にはすべてが了 解された。それは、はっきりと、そして現実に、私に姿を現したのであった。 こうした事例からもわかるように、禅の悟りの境地においては、自己と世界は融合し、我と汝、自と他、主体と客体、個と全体などという二分法的、概念的思考(分別知)は、超えられてしまうという。 今北洪川が、「自分が見る物も、自分自身も消えはてていた。私が感じた唯一のことは、自我の内部が完全に一となり、上下や周囲の一切のものによって充たされているということであった」と表現するのも、自己と世界が融合する体験の一種だろう。 ◆今北 洪川 イマキタ コウセン 1816〜1892 (生年月日)1816.7.10(文化13) (没年月日)1892. 1.16(明治25)
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