ニューエイジをめぐる対話(4)
前世療法をめぐって(2)
| NOBORU: まず、イアン・スティーブンソンによる、「生まれ変わり」の研究は、その事例を徹底的に調査している信頼のできるものであるということ。信頼に値する事例を選りすぐり、「生まれ変わり」を語る子供の記憶が、想像その他、「生まれ変わり」以外の理由によるものとは考えにくいことをとことん論証している。 それに対し「前世療法」においては「催眠意識の特性を活かした治療が行われており,イメージや空想を活性化させていくことでカタルシス(感情浄化)を促進し,トラウマ(心的外傷)の解消を試みるわけですが,治療効果はともかく,そこで語られた患者の証言の妥当性の検討が不十分,いや絶対的に不足しているということ」。 それゆれ「前世療法」の事例は、そこで語られる人生が本当に「前世」であるかどうか、その信憑性はかなりあやふやで、したがってそれを <「前世」療法> と名乗ることには問題があること。 もう少し別の表現で言えば、パラトラパさんは、イアン・スティーブンソンによる優れた研究等に基づいて「生まれ変わり」や「前世、過去世」については信頼に値する検証がなされているが、<「前世」療法> で報告される「前世」については、その妥当性の検討が絶対的に不足しているので、そこで語られるものを軽々しく「前世」というわけにはいかない。 こんなご意見として捉えてよろしいのでしょうか。 paratorapa: NOBORU: 1)前世療法や退行催眠によって事実関係が詳細に裏づけられたケースは希有であり、単なる物語だと批判されても反論できない。 2)もしこの療法を「前世療法」とよぶのなら、しっかりとした裏付けをとる研究を平行して行うべきである。 ということで理解してよいと思うのですが、もしニュアンスの違いなどあったらご指摘ください。 その辺を確認するため、もう一歩進んで質問させていただくと、パラトラパさんは、一般的に退行催眠による過去世への回帰そのものをかなり信憑性に欠けるものとお考えですが、そこに研究を深める上で、大きな可能性があるからこそ、もっとしっかり裏付けととって欲しいというニュアンスですか。 それとも、個人の想像が入り込む余地が大きいものだらから、そこから「生まれ変わり」研究の発展はのぞめないし、だからこそ厳密に慎重にチェックしていくべきであるというニュアンスですか。 paratorapa: NOBORU: ちなみに、私自身が前世療法の本を読んだ時の印象に簡単に触れておきますと、 ホイットン,J.L.の『輪廻転生』(人文書院 1989)は、強烈な印象が残ったものの、過去世の死に方がどれもこれもあまりにも残酷で若干不自然であり、ついていけないという感じももちました。 ブライアン・L・ワイスの『前世療法1・2』は、非常に興味深く、また過去世の記憶を取り戻すことが、治癒効果を伴うので、それが何かしら過去世の存在を裏付ける間接的な論拠にはなるなという感じをもちました。 また最近(2000年11月)出た『生きがいの催眠療法』(飯田史彦/奥山輝実著、PHP研究所 )は、クライアントの多くが光との対話により、生き方を大きく変換させていくことが、臨死体験との比較の上でも非常に印象深く、私にとっては臨死体験の研究の何かしら補完的な意味をもつという印象をもちました。 そして、感性の部分ではかなり訴えてくるのもがありました。学問的な裏付けは別として、あれだけ多くの人が語るそれぞれの生と死のドラマが、何かしら真実性を帯びて自分の心に訴えかけて来るのを感じました。そして前世療法への印象がこれまでとは少し変わりました。そこに何かかんたんに無視出来ない深いものがあらわになているという印象です。私はその印象を「精神世界読書ノート」の中に次のようにまとめました。 「退行催眠によって受診者たちが旅した数々の過去生。 とりわけ過去生で死んだあと、その後の世界での光との対話。 光が受信者に語るメッセージ。 そのメッセージの真実性が、じわりと自分の心に染み込んで来て影響されているのを感じる。 この地球上のひとつひとつ、すべての人生が、愛を育み、成長するための学びの学校。 その学びの場で 「まず自分を愛しなさい、許しなさい」 「人生を楽しみなさい」と光は言う。 臨死体験者や覚醒者が語るのと同じメッセージを、 これほど多くの人々が催眠中に語るという動かしがたい事実。 受診者の語る個々の過去生の重みや光との対話の真実性、それらのすべてが共鳴しあいながら私の心に触れてくる。 自分のこの人生を、大きな大きな生死の流れの中で相対化する視点が育まれるのを感じた。」 奥山氏自身は、次のように言っています。 「本書が強調したいことは、現実として、『深く良好な催眠状態に入ることさえできれば、本人が信じているかどうかとは関係なく、現在の人生で直面している状況を見事に説明する過去世の記憶が出てくる』という事実です。 これらの現象はたしかに「事実」であり、さまざまな医師や研究者から、各国の累計1万人以上にのぼる老若男女の人々が、思想信条に関係なく、自分の症状や悩みを説明する過去世の記憶を思いだしたことが報告されています。 それらの記憶は、‥‥本人の願望とは全く違うものを思い出すうえ、本人には、そのような記憶を意味もなく創作する動機もありません。また、‥‥本人の知らない情報がたくさん含まれており、何の興味も抱いていない遠い外国で大昔に送った人生を、ありありと思い出すのです。」 奥山氏はさらに、「たとえその記憶が、受診者の脳が創作して空想物語にすぎないとしても、その物語を活用することによって症状や苦悩の改善されるのであれば、『脳が与えれくれた素晴らしい贈り物』として、医学的見地から大いにありがたく役立てるべき」だと強調しています。 奥山氏のこの言葉には、いくつかの論点が隠されていると思いますが、私が思っていることをとりあえず簡単にまとめます。 私も<前世療法が「前世の記憶」を再生していると無条件に認めることはできないことは十分に認めつつも、もし「過去生」を思い出すことによって起こる受診者の変化・成長が真実のものであるなら、なぜそのような変化が起きるのかを真剣に考えてみる価値があると思うのです。 それはちょうど、臨死体験者が大きな変化を遂げることの意味を考えることに大きな意味があるのと同じです。私には、臨死体験の研究と前世療法の研究とが似たような意味合いを帯びてきたのです。 いずれにせよ、パラトラパ雅さんの言うように充分な裏付けや検証という面ではかなり弱いと感じます。しかし、これからそういた研究も平行して進められていけば、臨死体験やスティーブンソンの研究や、その他の研究と相互補完的に、大きな意味を持っていくという感じがしていたのです。 その辺、パラトラパ雅さんはどのようにお考えですか。 paratorapa: ということなら、 その累計1万人にのぼるデータを公開して誰にもわかるように示してほしいというのが,私の希望でもあるのです。そこにどのようなパターン,相関関係が認められるのか,これだけの数が集まっているのなら,統計的な処理を施すことで,主観的なデータを集約することは可能です。 臨死研究でもケネス・リングあたりが心理学的な立場から統計的手法を用いて,体験要素に関する検討をしていますが,これと同等以上の過去生退行催眠に関するデータの提示が必要だと思います。
NOBORU: paratorapa: 「それらの記憶は、‥‥本人の願望とは全く違うものを思い出すうえ、本人には、そのような記憶を意味もなく創作する動機もありません。また、‥‥本人の知らない情報がたくさん含まれており、何の興味も抱いていない遠い外国で大昔に送った人生を、ありありと思い出すのです」 とありましたが、
NOBORU: paratorapa: という点については、 NOBORU: paratorapa: とのことでしたが、 ただ,私が慎重になっているのは,その変化が本当に成長と言えるかどうか。催眠直後の一時的短期的な変化にとどまっていないかどうか。変容はライフスパン,一生を通じて永続するものかどうか。催眠をいっさい受けていない対照群との比較においても,大きな建設的変化といえるかどうか。 などのフォローアップ研究が十分ではないのか?という疑問です。 変容の効果は対照群との比較において,時系列的に心理的変化の追跡を行うことで,少なくとも確かめることができます。 こうした地道な努力の積み重ねをもって,次第にその効果が解明されていくのだと思います。 NOBORU: paratorapa: ただ,問題はどうして多くの人が過去生の記憶を忘れて生まれてくるのか,という点です。抑圧という自我防衛機制がそこに働いているというなら,自我が耐えられないようなネガティブな過去生ばかりを繰り返して来ていることになります。当然,再生される記憶もネガティブなものに偏るはずです。ホイットンあたりの報告例ならば,それでも納得できますが,ワイスではそうでもなくなります。 抑圧というよりも別の意味があるのではないでしょうか。 前世療法は成功例ばかりがあげられていますが,本当に失敗例はないのでしょうか?ここが私の最大の疑問なのです。いかなる治療法にもメリットとデメリットがありますし,万能な技法というものは存在しないのではないでしょうか。 恐怖症の中には過去生トラウマに起因するものがあるのかもしれませんが,だからといってすべての恐怖症が過去生トラウマに起因すると考えることはできません。具体的にどのようなケースにおいて過去生トラウマを考えた方がよいのか,判断の根拠となる兆候を明らかにしていく必要があるでしょう。 NOBORU: ニューエイジでは一般的に、その時その時の人生であらかじめ自分が課した課題を乗り越えていく学びを、より純粋に深く行うためというような説明が多いと思います。しかし、そうだとすると過去世の記憶を思い出すことがどうして癒しや成長につながるのか、精神分析の抑圧理論との類比ではうまく説明がつかないというわけですね。 フロイトの精神分析にしても、ユングの分析心理学にしても、ロジャーズの来談者中心療法にしても、人がなぜ治癒し成長していくのかという成長理論(人間論)と療法論がしっかりとリンクしてこそ、説得力もあったわけですが、前世療法はまだそうした基礎的な部分も非常にあいまいで、理論らしい理論はないと言ってよいでしょう。 前世療法が市民権を得ていくためには、この辺の理論化もしっかりしていかなければならないでしょうね。 paratorapa: NOBORU: paratorapa: あえて批判的な見解を私は示していますが,こうした問題を避けて通り,いたずらにその効用だけを主張するだけでは,ニューエイジ・精神世界に明日はないと私は思います。 それが社会的に受容され,本物のムーヴメントになっていくには,信念のレベルだけでなく,少なくとも経験的な証拠(状況証拠)も必要でしょう。ただし,物的証拠というのはきわめて困難です。スティーブンソンの研究でもそれらしきものは出ていますが,ほとんどは状況証拠のレベルでしょう。 NOBORU: paratorapa: NOBORU: paratorapa: 「世療法は、失敗例も含めた総合的な事例の分析や、追跡調査などがまだほとんど行われていない。つまり、学問的な研究としてはまだ何もなされていないと言っていい」との発言でした。 前世療法についてはこれを一応の結論にしたいと思います。 今後,学術的な検討が進むことを期待したいと思います。 逆に,ほとんど確かなことが分かっていない以上,そこで再生された記憶の主張については慎重に吟味する必要があると思います。 01・12・8 追加 |