Last Updated 2003.12.11
響きの言葉集 Resonating Words
あなたが死ぬまでは・バグワンラジニーシ・ふみくら書房
"宗教religion"という言葉はたいへん美しい言葉だね。これはreligereという言葉に由来しているが、religereとは再結合する、ふたたび結ばれて一体となるという意味だ。
誰と結ばれるのだろう? あなた自身とだ! あなたの存在の源泉とだ。
それにまたなぜふたたびなのかな? これは、あなたがたはその存在の源泉とはすでにむすばれているからだ。これは再開、
再結合なのだ。
あなたがたがその源泉に近づくのはこれが初めてではない。そうでなかったなら、あなたがたはいったいどこから来たというのだ。
"思い出すremember"という言葉もまた美しい言葉だね。これはreふたたび、member構成員となる、一部となるという意味、ふたたび源泉の一部となるという意味だ。
源泉に立ち帰ってもう一度そのメンバ−(構成員)になるのだ。
宗教とは、自分自身の源泉と再会し一体になること。 宗教とは思い出すこと、思い出してふたたび本来のあなたそのものである有機的な統一体の一部になることだ。
危ない精神分析・矢幡洋・亜紀書房
そもそも、精神分析の精神疾患に関する考察というのは、決してその精神疾患の自然的な状態をもとにしたものではなく、精神分析というマインドハッキングを加えられた患者の反応を、その精神疾患の特徴であるとみなしているのではないだろうか。
ナラティブセラピーでは、「人間は自分のことについてたくさんの作文を作る(「私は最初は人を引きつけるが、最後には飽きられる」「私は仕事を正確にこなすことができるので、事務には向いているが創造的な仕事には向かない」などの自己規定)、ゆえにその自分物語を適合的なものに変えることによって問題が解決する、と考える。
アメリカ・インディアンの口承詩・金関寿夫・平凡社
ずっと、ずっと大昔
人と動物がともにこの世にすんでいたとき
なりたいと思えば人が動物になれたし
動物が人にもなれた。
だから時には人だったり、時には動物だったり、互いに区別はなかったのだ。
そしてみんながおなじことばをしゃべっていた。
その時ことばは、みな魔法のことばで、
人の頭は、不思議な力をもっていた。
ぐうぜん口をついて出たことばが
不思議な結果をおこすことがあった。
ことばは急に生命をもちだし
人が望んだことがほんとにおこったー
したいことを、ただ口に出して言えばよかった。
アメリカ先住民の精神世界・阿部珠理・日本放送出版協会
ラコタの社会では、単に知識があるだけで人から尊敬されるこたなどない。
彼らにとって大事な事は、知識の有無やその多寡ではなく、その人間のあり方なのだ。
智恵ある生き方を学び実践してこそ、人は人となると彼らは考える。
アラスカ 風のような物語・星野道夫・小学館
心のフィルムにだけ残しておけばいい風景が時にはある。
老人がどこかで力を持つ社会とは、健康な社会かもしれないと思った。
自然は、ある意味において、弱いものさえも包容してしまう大きさがきっとあるような気がする。
弱者には、弱者なりの生きるすべがちゃんとあるのかも知れない。
どんな民族であれ、どれだけ異なる環境で暮らそうと、人間はある共通する一点で何も変わらない。それは、だれもがたった一度のかけがえのない一生を生きるということだ。
あるヨギの自叙伝・パラマハンサ・ヨガナンダ・森北出版株式会社
世界中がお前のために変わってくれるかね? おまえ自身を変えなさい。 蚊の意識から抜け出すのだ。
偉大な師ならば必ず完全な健康と非凡な体力をそなえているはずだ、と考えている人がいるが、この考え方には根拠がない。
一生涯健康で暮らしたからといって、それが内的な悟りに到達したことを意味しないように、肉体に病気をもっていることが神の力を会得していないということの証拠にはならない。
大師としての資格は、肉体の優劣には関係なく、霊的な高さのみが問題なのである。
もし神を夏の客として招いておかなければ、人生の冬が来たときに、神は訪れてくれないだろう。
意識の進化とDNA・柳沢桂子・地湧社
人間は自己中心性を完全に否定することは不可能であるとしても、それを否定した分だけの愛をもつことができるのではないでしょうか。
彼の人間観には三つの柱があるのです。その第一は意志の自由。第二は意味への意志。第三は人生の意味です。
意味は作りだされるものではなく、発見されるものである。
感情も長い進化の歴史を背負っているということですね。。
静かに自分の声を聴くと、そこから湧き上がって来るエネルギーを感じることができると思います。
内なる自己が自分の 進むべき道を知っているということですね。
そのような感情に従って生きる場合には、その結果がどうであっても、その
過程がその人に幸せをもたらすのです。
もし私がそれをしなければ、誰がするだろうか。
もし、私が今、それをしないなら、いつ、それをすべきであろうか。
もし、私が自分自身だけのためにそれをするのなら、私とは何であろうか。
意識の中心 サイクロン・ジョン・C・リリー著、 菅 晴彦訳・平河出版社
人類の生存のためには高い意識状態の体験が不可欠である、というのが私の確固たる信念である。
イシュマル・ダニエル・クイン著、 小林加奈子訳・ヴォイス
残す者の生き方は、進化に伴って形成された。人類が言葉を持つ以前から、残す者はその生き方を試しては形にしていった。
残す者の文化は、即席の考案品ではない。
取る者の文化では、生産のために有効な知識が価値を認められる。残す者の文化では、人のために有効な知識が価値を認められる。
そして取る者が残す者の文化を踏みつぶすとき、そこでは常に、人類の誕生以来つちかわれてきた究極の知恵が地上から消える。そして取り返しがつかない。
取る者が他の生物種を踏みつぶすとき、そこでは常に、生命の誕生以来つちかわれてきた究極の生命形態が地上から消える。そして取り返しがつかない。
地球上のすべての生物が、あと一歩で自己認識と知性を獲得するところまで来ている。
神様たちは、この惑星を、自己認識と知性をもった生き物でいっぱいの楽園にしようと意図したのだ。
人類は、その条件を最初に満たした生物なのだから、人類の使命は、道を照らし道を発見する者となること。人類の使命は、
その条件を満たした生物には選択、つまり神を出し抜こうと試みて滅びる道か他のあらゆる生命にも場を与えて生きる道か、があると学ぶこと。
在ますがごとく死者は語る・鈴木秀子・クレスト社
あなたが生きているという事実は、自分でどう感じようと、あなたが人間を超える存在によって愛しぬかれていることの証です。
人は誰も自分の命を創りだすことはできません。人は、人間を超えたはからいによって、生かされているのです。
一人ひとりは、愛を伝え合うために、個性と仕事が与えられています。
人類の一員として創造主の働きに協力して、地球を大切にし、命を発展させ、人類の歴史を作り上げる
大きな仕事に参加しているのです。それは、あなたが今していることを、愛を動機にしてすることです。
この大きな使命のため、あなたは生きている価値があり、意味があり、この地上に必要とされているのです。
あなたの中の無条件の愛の深みから、あなたが心を留めている人の愛の深みへ、あなたの体を満たしている大宇宙からの
愛のエネルギーを吐く息に乗せて送ります。
こうして、あなたの中の光りの部分と、相手の光りの部分を愛と調和で一致させるのです。これは、魂と魂の結び付きです。
意味への意志・ウ゛ィクトール・フランクル著、 大沢 博訳・ブレーン出版
人間世界と神の世界の間の次元的相違に面して、人間がこの相違を認識することは、いかにしたら可能となるであろうか。
この可能性を理解するためには、われわれは人間と動物の関係を考えさえすればよい。
人間世界は動物の世界を含んでいる。ある点で人間は動物を理解できるが、動物は人間を理解できない。
人間と動物の間の比は神と人間の間の比といくらか似ている、というのが私の主張である。
癒しのしくみ・樋田和彦・地湧社
この実験によって明らかなように、私たちの体内のホルモン、内分泌などの体液は、気体となって放出されていると推測でき
るのです。
そして、そのようなホルモンや分泌物が体内である種の信号としての役割を果たした後、体外へ気化放出されたも
のこそ、私たちが広い意味で 「気」 とよんでいるものの中のひとつなのではないかと考えられるのです。
インディアンの夢のあと ー 北米大陸に神話と遺跡を訪ねて・徳井いつこ・平凡社新書
未知なる鳥、神秘なる鳥。 そのシンボルを創造し、その一部となって生きた人々のしあわせに思いを馳せる。
鳥のすべてを知りつくしていると信じているわれわれが、彼らのしあわせを経験することはないだろう。
世界の神秘をどんどん駆逐してきたわれわれは、もうどんなシンボルを生きることもできず、さえざえと見わたせる物質の荒野で道に迷っているのだ。
遠い眺めは、いつも物語を運んでくる。
遠い眺めのなかでは、世界は出鱈目なかたまりであることをやめ、意味深く美しい生きもののかたちをとり始める。
驚いたことに、世界はすすんで歌い、自らについて語り始める。 人がその音色に耳を傾け、その言葉をよく聞き分けたとき、神話が生まれるのではないだろうか。
宇宙の意思・岸根卓郎・東洋経済新報社
人間は 「物質に姿を変えた波動の世界」 だけを見ており、「物質の姿をとらない波動の世界」
はまったく見ていない。
アインシュタインの 「エネルギ−と質量の等価性の式」 において、(中略) 誰がという主語を置くか、置かないかの違いが宗教
と科学の違いとなる。
宇宙の根っこにつながる人びと - 新時代を拓く先覚者たち・天外伺朗・サンマーク出版
個の存在しない世界から、すべてが個として独立しているこの世界に出てくるためには、どうしても、個としての存在を証明するものを身にまとわなければなりません。 それがカルマなのだと私は考えます。
普通の人間はカルマを着ないと肉体という着物を身にまとうことができません。 その意味でカルマは肉体の下に着る下着のようなものだとといえるでしょう。
エクトン・リチャードラビン著、チャンパック訳・ヴォイス
あなたが使えるもっとも有効な手段は、「あなたが愛を感じること」
です。
人生に気に入らないものがあるとしたら、そのまま持ち続けることはありません。別の選択をしてください。
あなたが自分の人生を充分に生きないとしたら、一体誰が生きてくれるでしょう。
エンデの遺言 「根源からお金を問うこと」 ・ 河邑厚徳+グループ現代 ・ NHK出版
今日、世界をめぐるマネーは300兆ドルといわれる(年間通貨取引高)。地球上に存在する国々の国内総生産(GDP)の総計は30兆ドル。同じく世界の輸出入高は8兆ドルに過ぎない。
この巨大な通貨の総体はそのままコンピューターネットワークを従僕とした世界金融システムと同義であり、その世界金融システムは「商品として売買される通貨」をこそ前提としている。
ヘッジファンドはそれが成り立つ条件そのもののなかに本来的に非道徳性を組み込んでいる。
いまではひろく知られるところとなっているが、それはわずかな自己資金・有価証券などを担保に金融機関から巨額の資金を引き出し、その合計額を担保にしてさらに大きく資金を借り入れる。
実のところ、ヘッジファンドが享受してきたあまりに高い利益の源泉は、世界に存在するありとあらゆる種類の「格差」である。
規制格差、為替格差(実体経済と為替との乖離を含む)、価格差、税率格差、そしてなによりも貧富の格差。すなわち人々の生活の格差なのであり、およそ国と国を隔てる「格差」あるところ、その間隙を衝いてマネーの利益チャンスは無限に広がっていく。
非良心的な行動が褒美を受け、良心的に行動すると経済的に破滅するというのがいまの経済システムです。この経済システムは、それ自体が非倫理的です。
カオス系の暗礁めぐる哲学の魚・黒崎政男・NTT出版
自分の対象領域にないものは存在しない、と考えはじめるところに科学の越権が始まる。
霊魂などというモノでない存在は、科学的対象とはならない、という主張は極めて正当だが、モノでない存在はそもそも存在しない、という主張はあきらかな越権的主張である。
存在について、肯定もできないが否定もできないのである。
世界は、無数の物体の相互作用から成立している。そして、この
私は、結局 <宇宙の全系列> を自らのうちに含んでいる存在である。
数学的表現を使えば、私は <無限体> 問題の解として今ここに存在している。
あらゆるバタフライのゆらぎ、あらゆる存在者の息づかいさえもが、私の存在に影響を与え、そしてこの私のこまかな動きが
<宇宙全体の系列> に影響を与えている。
現在のメディアの進展は、身体性の拡張というよりは、むしろ人間の神経系の拡張としてとらえることができるだろう。
今日、顕在化しはじめているのは、そういった神経系の拡張に追いつかぬ身体の<自然性>の限界なのかもしれない。
人類の文明とは、そもそも身体や神経系の人工的拡張を目指したものであるならば、目下の状況は、人間文明の最大にして最後の実験が進行中、と
捉えることができるだろう。
気・イメージ・身体気功と人間の潜在力・藤岡喜愛・津村喬・ 星雲社
病気は悪で撲滅しなければいけないというのは、ひとつの病気観でしかありません。一方では病気と和解するという考え方も連綿と存在します。
毒蛇が噛んでも「毒蛇」という表現じたいが人間の勝手な解釈であって、蛇は人間に害をなすために存在するわけではありません。
河合(隼雄)さんに言わせれば、ノイローゼになるぐらいの人は選ばれた人だというんです。つまりそういう自分の奥にある可能性までついでに気がつく必要があるからこそ、その人はノイローゼになるんですね。
気功でもほんとうは気功などやらなくてもいい暮らしというのが理想だと思います。ただ気功の中で得られた境地を日常中で想いだしてみると、それだけで日常での感情の持ち方、行動の選び方が少し変わってきます。
気の人間学・矢山利彦・ ビジネス社
気功法を訓練することは、健康になることを超えて、自分とは何かという根源的な問題を追及するための有効な手段であるからと信じているからです。
現代の神秘学・高橋 巌・ 角川書店
一度も嫌なことがなかったというのは、まだなにも始まっていない、無意識と出会う必要がなかった、ということです。
無意識が自分の中に働きかけてこない、エホヴァの神がなにも語りかけてこない、というのは、宗教的にいうと、神に見放されているということです。
毎日、帰宅後、心がザワザワしていたら、五分でも十分でも、静かにして、自分のその日一日のことを思い出すことが非常に大事だ、というのです。思い出すときには、主観をまじえずに、できるだけ細部にわたってイメ−ジを作る必要があります。
心の泉 - 瞑想への招き・アントニー・デ・メロ著、古橋昌尚川村信三訳・女子パウロ会
本書は、瞑想者を知性から感覚へ、思考からファンタジ−、感情へ、−−−さらに、願わくは、感情、ファンタジ−、感覚を
とおって≪沈黙≫へと−−−導く、そのような目的をもって書かれたものである。
したがって、本書をテラスへ登るための梯 子のようなものとして用いてほしい。ひとたび、テラスにたどりついたなら、かまわずに梯子を放り投げてしまいなさい。
さもなくば、あなたは空を眺めることもできますまい。 ≪沈黙≫に至ったとき、この本はあなたの敵となるだろう。すぐさま、投げ捨ててしまいなさい。
ひとつの経験。それだけで、自分の人生が意味あるものとなりうる、ひとつの経験を挙げてみなさい。
こころの宝島 -知って楽しい日々の智慧・小林 正観・弘園社
結婚とは、「夫という名の砥石」、あるいは「妻という名の砥石」を手に入れたということではないでしょうか。
「怒ってもいい状況」は存在せず、「怒らせる人がいる」わけでもありません。 本当は笑顔で解決することができるのに、"面倒だから"、"簡単だから"、とりあえず怒って解決、という道を選んでいるのかもしれません。
自己成長の基礎知識3 - 東洋の心理学・R・フレイジャ-著、吉福伸逸訳・春秋社
あなたは死んだ。だが死の天使にお願いして、生き返らせてもらうことになった。まだやり残したことが多すぎる。死の天使
はもう一日だけ猶予しようという。それ以上はだめだ、と。明日の朝が、その余分の一日の朝だとしよう。あなたは何をする
だろうか? その一日をどうすごすだろうか?
情報狂時代 - 達人たちが語る情報とのつきあい方・野田正彰他・ジャストシステム
[虐殺のデマゴギ−・野田正彰]
これらの紛争を調査しながら、私がいつも考えていたのは20世紀末における
「情報」 の意味である。内戦や大量虐殺の裏には必ずデマがあった。デマによって敵をつくり、敵のイメ−ジを悪魔化するメディア操作があった。
本当に常日頃から、民族と宗教の宿敵の対立があったのなら、昨日まで道をへだてて一緒に暮らし、婚姻すら行われるということはあり得ないではないか。
民族や宗教の激しい対立がまずあって、そこから政治指導者が選ばれてくる、と私たちは思い込んでいるようだ。しかし実際は逆のコ−スをたどっている。
[エイズ情報が社会の活力をそぐ ・ 立川昭二]。
欲望を無限に追及していこうという今日の社会現象があります。少しでもおいしいものを、少しでもきれいなものをという欲望は、バブル経済崩壊後も衰えていません。この欲望の無限追及と、それと背中合せになった不安の自己増殖が今日の豊かな社会の中に巣くっているのではないでしょうか。
本来人間はマイナス要素を抱えて生きています。それを抱えて生きていかなければならないものです。自分の中に異物や他者を許容していくコスモロジ−が模索されなければなりません。
シンクロニシティ・F・D・ピート著、菅 啓次郎訳・朝日出版社
実際、アルファ・ケンタウリ星で、ビリヤ−ド球をもちあげるていどのごくささやかな行為で、ここ地球上の秩序ある動きを
数分の一秒間、完全に混乱させるには、じゅうぶんなのです!
宇宙はつねに流動状態にあり、あらゆる空間はゆらぎのある
放射線、やってくる素粒子と引力にあらわれつつあるのだという事実に直面すると、自然においては完全な孤立の可能性はな
いこと、あらゆる影響を遮断しとりのぞくことのできる特別な場所などどこにもないことは、あきらかです。
[立花隆対話編] 生、死、神秘体験・立花 隆・書籍情報社
医療というのは実際はそれほど厳密にやっているわけではないけれど、厳密であるという演出をしなければならない。
しかも、そういうことをやりながら、ときどき、自分が論理操作をしているんだということを忘れてしまう。
そうなりますと 彼ら自身を支えているのは、自分は患者のために尽くしているんだというるんだという
「善意」 しかありません。その「善意」 が、真理性を保証すると思ってしまうのですね。
生命のメタフィジックス - すべての人のための分かりやすい形而上学
・山口 実・TBSブリタニカ
自分を受け入れることができる人だけが、他人を受け入れることができるのである。そして、他人への最大の親切は、その人を
<ありのままその人> において受け入れてあげることではないだろうか。
我々は、最初に自分から実在を始めた存在ではない、実在を与えられた存在である。
生命力をひきだす医家気功 - ストレスの解消からガンの予防まで・于
永昌・白揚社
伝統的な気功でもっとも大切なこととして考えられてきたのは、徳を積み、品格を向上させるということでした。 常によい行いをして、常に感謝の気持ちを持つことが大切です。
気功というものは、ただの技術ではありません。心を表しているもので、その人の能力と人格がいっしょになって表れるものなのです。
空の遠くに - つれづれノート・銀色夏生・角川書店
自分を変えてくれる人に出会いたい、というのは、間違っている。
それは依存することになる。まず、自分で自分を変えてから、変わった自分で誰かと出会うなら、その誰かは、今までのような人とは違うだろう。
魂の記憶 ・喰代栄一・日本教文社
地上の生物は植物も動物も自らの身体を構成する物質を絶えず交換している。
私たち人間の身体は60兆個を超える数の細胞で構成されているが、そのなかの物質は7年もするとすべて入れ替わるといわれている。入れ替わる物質は、大半は食物から取り入れられたものだ。
しかし、それらの物質がすべて何らかの記憶を宿したものであるとしたら、いったいどういうことになるのだろう。
シュワルツは、私たちが現在健康であっても、過去に病気や怪我をした記憶が細胞やそれを構成する物質に蓄積されているはずだという。
では、私たちの食物に含まれる物質には、どのような記憶が含まれているのだろう。それは人類の歴史、いや地球全体の営みの記憶といってもいいのではないだろうか。
それは農耕、狩猟、戦争、事故、病気、災害とそれらに対して私たちがいだいてきた平和、幸福、恐れ、不安、悲しみ、喜び、等々の心の活動の記憶であろう。
だとすれは、私たちの日頃の行為やあり方をよりよいものにしなければならないと、あらためて考えさせられることである。環境ホルモンの問題など、環境汚染が叫ばれている現代であるが、「すさんだ心が記憶された物質」の環境への拡散というもうひとつの環境問題を、私たちの社会はかかえているのかもしれない。
魂の再発見 - 聖なる科学をめざして・ラリードッシー著、上野圭一訳・春秋社
我々の意識が、夢、ヴィジョン、直感など、これまでに述べてきたあらゆる形態で非局在的に現れうるとすれば、こうした経験がどうして
もっと頻発しないのかという疑問がでてくる。あるいはどうしてそれにもっと頻繁に気付くことがないのか。
哲学者のウイリアム・アーウイン・トンプソンは我々がものごとをそのままに見ることを妨げる一種の集団催眠状態、文化的昏
睡状態に陥っているからだと説明する。
実際に無指示的な祈りを行うことは難しい。健康をそこねたとき、問題が起きたとき、われわれはみずからが望む結果
を祈ってしまいがちだ。
われわれは自分が適当な状態はどうあるべきかを知っていると信じている。だからすぐさま宇宙にどうすべきかを命令するのだ。
腫瘍は消えるべきだし、苦痛は減るべきだ。我々はもっと繁栄すべきだ。しかし、すこし考えれ
ば、自然が果てしなくこうした方法を許容できるわけではないことがわかる。
死は自然の中に織り込まれたものである。我々はすべての破局にたいしていちいち神の救済措置を祈るべきではないのだ。
我々の感覚は死が自然なものでありそれにふさわしいときがあることを教えてくれる。
だが、実際に無指示的な祈りを行うことは難しい。健康をそこねたとき、問題が起きたとき、われわれはみずからが望む結果
チャネリング 1 - 饒舌な宇宙・ジョンクリモ著、スワミプラブッダ訳・ヴォイス
スピリチュアルな真理について科学的な証明を受け入れるよう求めたとたん、そこで主張されるスピリチュアルな真理はスピリチュアルなものでも真実でもなくなってしまう。
それは現象世界の事象に変質してしまうのである。
知識の限界というのは、じつはある人がとらえられるものの限界にほかなりません。
じっさいには原因が結果を引き起こすのではなく、あらゆる原因とあらゆる結果がある種の形でストックされ、あなた方が拾い上げるのを待っているのです。
月影の詠・日木琉奈・栖岸院
自分を満たしていないと、どうしても他人を悪者にして、自分の正当性を主張するようになってしまいます。 悪い人がいるのではなく、相対的に、その人にとってどういう人かというだけなのに、悪者を作らずにはいられないのです。
だれかが悪いのではなく、それぞれの人がそれぞれの立場で自分を見直すための出来事が起きたにすぎないのです。
嫌な思いをしたという事実が残っても相手が悪いわけではないということを、人は学んだほう
いいと思います。 人はそれぞれ理由があって行動するのです。 その理由が自分の常識で受け入れられないからと言って、相手を判断することはとってもナンセンスなことです。
親子でも夫婦でも師弟関係でも友人同志でも恋人同士でも、すべて相対的なもので、お互いの行動がお互いに影響し合っていると気づく必要があると思います。 言うことをきかない人が
悪いわけではなく、必ずそうさせている自分があると気づいたほうがいいと思います。
天才脳の構造・釈迦の悟り・中山正和・産能大学出版部
考えても仕方がないこととは何か? ということになると、またいろいろうるさいことになるかもしれませんが、天才脳モデル
からいえば、そのことを考えることが不愉快だということは考えない方がよろしい。
不愉快というのは [いのち] のはたらき を傷めているのですから、自らの仏、智慧が出なくなるし、もちろん、もっと直接に健康に非常に悪いのは当然です。
鳥のように、川のように・長倉洋海・徳間書店
[アユトン・クレナックの言葉」 地上にやってくる時には物音をたてずに鳥のように静かに降りたち、やがて何の跡も残さず空に旅立っていくのだ。
謎のクリスタルスカル・クリスモートン、セリルイーズトマス著、南山宏訳・徳間書店
ホピ族は人間がこの地球に存在するのは世界にその美を反射するためだと信じているらしい。
花の美しさや木々のすばらしさを人間が喜ぶたびに、生き物はその美を増す。いたって当たり前の事だが、今日の私たちのうちでそういう生き方をしている人間がどれだけいるのだろうか。
相手の美しさを喜ぶ生き方、自然界にも人間同士にも通じる生き方だ。
テクノロジーには地球への配慮、すべての存在への愛と尊敬の心という裏付けがなければなりません。
創造の意味を理解しないテクノロジーは破壊につながりますが、創造の意味を理解した知識には限りがないのです。
ナチュラル・ハイ - わたしを超えるわたし・上野圭一 著・海竜社
髪の毛や爪ばかりではなく、胃腸や肝臓、骨や皮膚、結合組織や血液中のヘモグロビンの材料となっている原子など、からだをつくっている10の28乗個もある原子は、時間が5年もたつと最後の1粒まですべて入れ替わっています。
専門家の計算によれば、わたしたちの一回の呼吸によって吸い込まれた空気の中には、過去二〜三週間のうちに他の人たちによって呼吸された10の15乗個の原子と、これまでに地上に生きていたあらゆる人たちによって呼吸された100万個以上の原子が含まれているということです。
病気になっているとき、わたしたちは多かれ少なかれ不快を感じています。その不快は
<わたし> にたいする <からだ>
から の警告反応です。<からだ> が <わたし>
のやり方を拒絶し、「今の生活を続けているともっとひどいことになるぞ」
と教えてくれているのです。
なまけ者のさとり方・ダデウスゴラス著、山川絋矢・亜希子訳・地湧社
困難に直面した時、自分の意識を縮こませて、そこから逃げようとしてもムダです。いつかは、今、あなたが転がり落ちたその山に、また登らなければいけないからです。
みにくいことだからとか、不愉快だから、苦しいからと言って、そこから衝動的に目をそらしてはいけません。その出来事と共にいることが大切なのです。
嫌なことから慌てて逃げ出すと、次々に同じよ
うな目に会うものです。せめて、それに無関心でいられるようになるまでは、あなたの意識をそこからそらしてはいけません。
何かをひどく恐れている時、そこにあなたのさとりへの鍵がある場合が多いのです。
BASHAR・ダリルアンカ著、関野直行訳・ヴォイス
今に生きれば、すべての情報があなたを求めて向こうからやって来ます。
感情はすべて、まず信じることから起きてきます。自分が真実だと信じるものに対する反応が感情なのです。
大事なキーは、ワクワクしたときに、自分はそれを行動に起こそうという意志です。
自分のなりたくない人間を自分の目の前に見て、
その人を裁くことによってあなたはただ単に、なりたくないもののイメージをあなたの中で強化しているだけです。
そして自分のなかの否定的なエネルギーを強めているだけです。
ですから、あなたはただ、自分がどういう人間になりたいのかを決めて、その人間になればいいのです。
う人間になりたいのかを決めて、その人間になればいいのです。
BASHAR2・ダリルアンカ著、関野直行訳・ヴォイス
いま現在の自分を楽しめば楽しむほど、本当になりたい自分にすぐになれます。
他人が否定的な波動を送ってきても、あなたが肯定的な波動しか持っていなければ、あなたはその波動を肯定的なものに変えることができます。
人はいかに癒されるか・天外伺朗ほか・風雲舎
[気功で人は癒せるか - 津村喬]
病気に協力すると病気の目的は早く達せられます。
病気のまねをして病気を防ぐという気功はいろいろあります。
気功全般がボケのまねのようなものです。 引き返し可能なボケになることで決定的なボケになることを防ぐのです。
人は変われる・高橋和巳・三五館
四十歳以後の残りの人生は死に至る人生でもある。
生まれてから四十歳になるまで、人は世界と自分とを知るためにこころの発達を遂げてきた。そして、自分のこころの動きも、世界の出来事も十分に解釈できるようになったとき、人は、ここまで 努力してきた自分のすべての営みは何のためだったのかと、人生を振り返る。
四十歳まで磨いてきた古い解釈では、もはや これに対する答えは得られない。新しい解釈が必要となり、彼は五十にして天命を知る。天地はひっくり返る。世界と自分とを知ろうとして生きてきた自分は、実は天によって生かされてきた自分であった、と。
たとえ、「どうしようもない」ということが、つらいだけの現実を言い表す言葉であったとしても、これを表現できる言葉が見つかったとき、人は喜びを感じるのかも知れない。それは、人は言葉で自分の気持を表現することによって、その人のすべてを呪縛していた現実の重みから一時的にせよ開放されるからである。
身体が自分を修復する機構をもっているように、こころは自分を高めていく力を持っている。
絶望することのできる人は、それを受け入れ、最後には乗り越える。私たちは絶望を通り過ぎることによって、運命を知らなかったときよりも、ずっとより主観的になる。
ホワイトホール・イン・タイム・ピーターラッセル著・山川絋矢・亜希子訳・地湧社
生まれた瞬間から、私達をとりまいている文化は、外側の物事がうまくいきさえすれば、心の内の充足感が得られると私達に信じ込ませてゆきます。
私達の受ける教育は、自分の事を上手に管理して、肉体的心理的要求を満たすためのこの世のやり方を学ぶ、というところに重点が置かれています。
自分の内的充実を外の世界に求めるために生じる最も有害な結果は、人々が競争心を持つ、ということです。
愛と逆のものは憎しみではなく、判断することです。憎しみは判断の一つの結果にすぎません。
私達が愛と呼んでいるもののほとんどは、条件付きの愛です。愛するかどうかは、その人の行動、容姿、価値観、私達に対する感情等が条件なのです。そして、私達の完全な人間像に、相手がマッチしていればいるほど深く愛します。
私達のまちがった考え方の影響が最も強く表れるのは、親しい人達との関係であり、そしてそれは成長の必要な場所なのです。
親密な個人的な関係を自己解放の道ととらえるためには、まず、相手に対する認識を変えることが必要です。
彼または彼女を 自分の様々な要求を満たしてくれる人間として見るかわりに、自分の充足への探求を助けてくれる人と認識して見るのです。
私達は意識の出現から、完全な開花までの五万年間、全力疾走してきて、今、最後の瞬間にいます。私達は時間それ自体と競争しているのです。
この種を導いてゆく責任を持っているのは、今、ここに生きている私達です。この自己中心的な段階から自分自身を開放して、時間を超えた瞬間の大切さと、現在のこの瞬間の大切さに目覚めなければならないのは、私達なのです。
ミュ−タント メ−セ−ジ・マルロモ−ガン著、 小沢瑞穂訳・角川書店
この<真実の人>族はこう信じている --
人は病気の犠牲になるのではない、永遠の意識である、より高い存在が私たちの意識に話しかける唯一の手段が肉体なのだ、と。
健康の衰えは、身辺を見つめ直して自分が繕う必要のある重大な傷を分析するための合図だ。その傷とは人間関係、揺らいで穴の開いた信念、出口のない恐怖、
私たちの造り主に対する不信、人を許せない頑な心などだ。
七つのとき信じたことを三十七歳でもまだ信じるとしたら人生から得るものは少ない。
古い考え方や習慣や意見は無論、ときには仲間さえ脱ぎ捨てることが必要だ。捨てることは人間にとって非常に難しいレッスンでもある。
<神様、私に変えられないものを受け入れる平和な心と、変えられるものを変える勇気と、そのふたつの違いがわかる知恵を
与えて下さい> ゛
無条件の愛とゆるし・エディス・スタウファー著、国谷誠朗、平松園枝
訳・誠信書房
ゆるしは私たちの内部で起こるものです。誰にも何にも伝える必要はありません。
ただ単に私たちの人生を分裂させている怒りや敵意や悪い感情を捨て去りたい、と望むだけでいいのです。
ゆるすということは、生命の流れの中に再び戻りたいと意志決定することです。
生命の根源、あるいは神からの愛が私たちの中に自由に流れ込むことと、さらに、ゆるそうとするその相手に向かってその愛を送り出すことを望むことなのです。
無痛文明論・森岡正博・トランスヴュー
やさしさの愛の大きな問題点は、相手の存在をまるごと承認し、相手の望むことをそのままかなえてあげるという地点で立ち止まってしまうことだ。
やさしさを受け取った人間は、優しい言葉と態度から得られる快感を何度でも繰り返し味わいたくなり、そこから先に進むことを放棄して、やさしさの愛へのアディクショウン状態となる。
愛を与えるほうも、「私は人を癒し、愛を惜しみなく与えることのできる人間なのだ」という甘美な幻想に、いつまでも浸っていることができる。こうして、やさしさを受ける快感をずっと味わっていたい人間と、愛を与える者という自己イメージを保持して痛い人間とのあいだに共犯関係が成立する。
「モモ」を読む - シュタイナ−の世界観を地下水として・子安美知子・朝日新聞社
時計の針で言えばまったくの一瞬のあいだに、私たちの意識に何ごとかが生じる、それが外の世界を変えるほど決定的な転換
をもたらす、といった体験をあなたはしたことがありませんか?
「いいか、宇宙には、あるとくべつな瞬間というものがときどきあるのだ。」
と、マイスタ−・ホラは説明しました。
「それはね あらゆる物体も生物も、はるか天空のかなたの星星にいたるまで、まったくその時かぎりしか起こりえないようなやり方で、たがいに働き合うような瞬間のことだ。
そういうときには、あとにもさきにもありえないような事態が起こることになるんだよ。だがざんねんながら、人間はたいていその瞬間を利用することを知らない。
ヨーガに生きる - 中村天風・おおえみつる・春秋社
なぜ、お前の心を花の咲いている方へ向けないのだ。
言葉というのは神聖なものなのだ。 自分の命を汚すような言葉は決して使ってはいけない。
Rose - Amanda McBloom
When the night has been too lonely
And the road has been too long
And you think that love is only
For the lucky and the strong
Just remember in the winter
Far beneath the bitter snow
Lies the seed that with the sun's love
in the spring becomes the rose
ローリングサンダー・ダグ・ボイド著、北山耕平、谷山大樹訳・平河出版社
考え方ひとつで、そうしたことはなんとでもなるはずだ。
自分に対して確固たる態度をとれるようにならんとな。
誰かがなにかをすれば、その結果を誰かが受け取らなくてはならない。
相手を破壊しようとする力は、さらなる否定的なエネルギーを生むだけであり、それだけ否定的な結末が増え、問題が増えるだけのことにすぎない。
誰であれ他の人たちのことをもうひとりの自分であると考えたほうがはるかに役に立つというものだ。
誰であれ人間はこの宇宙を代表しているものだと考えなくてはならない。
私の遺言 - 佐藤愛子 著・新潮社
世には「善行をほどこせ」という言葉がある。だが善行をしなければならないという意識によって善行をすることは、波動を高めることにはならない。
剛情我慢はいけない。無理に立派な人になろうとしてはいけない。大切なことは「想う」ことなのだ。その想いがいつか身についていること、それが大事なので、だからトイレに貼って朝夕眺めて、右脳に「スリ込む」のである。
人に親切にしよう。お父さんお母さんに感謝をしよう。人のものを欲しがったり、羨んだりしてはいけない。年寄りを大切にしよう。嘘をつかず正直にしよう。
我慢をしよう。欲バリはいけない。勇気をもとう、、、代々の子供たちに昔からくり返されて来たその教訓を、今の教師や親がどれほど子供に教えているだろう。
物質的充足を幸福であると思い込んだ頃から、我々は我慢を忘れ要求することばかり考え、不平不満を増幅させてきた。親が子に教えるのは、どうすれば特になるかということばかりになっている。正義も勇気も教えない。