過去の雑記はこちらから.
それから,一路,Dallasへ.少し早めに車を戻さないといけないと思ったので,観光をする時間はあまりないと思った.Six Florに行く暇はなさそうだったので,ケネディ大統領が狙撃されたパレードのストリートを通るだけにすることにした.
11時過ぎにDallasに到着.道に迷った.気がつかないうちに,一度名所付近を通った.雰囲気の悪い場所に何回か入ってしまった.結局,ダウンタウンの名所付近を3回も走った(^^;.それから,DFWへ.gas stationで最後の給油をして,返却.場所を間違えて,1周した.返却場所でのチェックインができず,カウンターに行くように指示された.カウンターに行った.さてさてさて.何があるか….事故にあった旨を告げた.それだけで,ことは済んだ!あっさりしている!
僕の乗る予定の飛行機は…キャンセルだった.ので,1時間後のデトロイト行きに乗ることになった.今回もFirst classに座れた.ディナーがあった(Luck!(*^o^*)).アメリカで食べたステーキのなかでは一番柔らかかった(^^;.赤ワイン.First classとCoachの差はびっくりするくらいに大きい.
Space center付近で道に迷った.何とかSpace centerを発見した後,メキシコ湾を見に行くことにした.海を見たかった.潮風を感じたかった.で,ちかくのヨットハーバーで,車を止めて散歩した.とても気分がよかった.今回のテキサス旅行はひょっとしたら海を見に行くのが本当の目的だったのかもしれない.
Space centerは混んでそうなので,I-45を南に行ってメキシコ湾を見ることにした.予定変更である.約1時間ほど,I-45をさらに南下した.I-45が終わり,一般道をさらに南下した.突き当たりの砂浜では,多くの人が車を止めて砂浜でバカンスしているように見えた.入り損ねたので,海沿いを少し走った.それから,I-45を北に戻った.
Houston郊外に泊まるつもりでいたが,何もすることがないので,州都のAustinに向かうことにした(U. of Texas at AustinというOSUとほぼ同じ格の大学がある).まず,I-10に入った.それから,ハンバーガー屋で遅い昼食をとった(ハンバーガーは食べたくなかったがそれしか見つからなかった(T_T)).そして,U.S. route 183を北へ.Austinに向かった.
Austin市内に入って,空港へ向かう?道路(たぶんAirport Drv.)とU.S. Route 183が分かれるところ(分岐路)で,無理に方向変更してきた車にリアフェンダーをぶつけられた.午後7時頃.左の車線(本線)を走っていた車が,安全地帯を横切って,Exitに出ようとした.ゴツッという鈍い音ともに車が少し揺れた.
こちらは,左のリアライトフェンダー付近を最初20cmほど擦ったあと,フェンダーが15-20cmほど割れていた.はじめての事故なので,気が動転していた.アクシデントの際の英会話集で何をすべきかを確認した.相手の車は右前方のバンパーが大きく曲がっていた.黒人の女が運転していた(無免許だと言った).
お互い"cell phone"をもたず,近くに電話できる場所もなかった(一番近くのガソリンスタンドから連絡すべきだったと分かったのは,オハイオに戻ってきてから(^^;).相手の自宅から警察を呼ぶことに….相手の車の後に付いていく.しばらく走って無理な車線変更をしてU.S. Route 183を出た(今度は僕が接触事故を起こしそうになった).相手の自宅から警察を呼んでもらう.
連絡してから1時間以上が経過して警察が到着.もう真っ暗.レンタカー会社と電話している間に,相手と警官が話をしてしまったようだ.あとから確認すると,運転していたのは”男”になっていた.事故の検分をしていないので,"Accident reportに書き込みはできない"とはっきりと言われた.尋ねると,青い紙に必要事項を書き込んでOfficeに送るようにとのことだった.警官は書類を渡して,IDなどを記入した書類を交換させたら,さっさと帰ってしまった.書き込み事項を確認して,相手と別れた(午後9時頃).
U.S. Route 183に戻り,I-35に合流する付近のモーテルに泊まる.チェックインのとき,カードのデザイン(センスのなさ)を笑われた(僕もおかしいと思う).午後10時過ぎ,隣のメキシカン・レストランで遅い晩飯.このとき,相手にSSNを教えてしまったことを後悔した.
ハブ空港を経由して,ダラス・フォートワース空港に到着.そこでレンタカーを借りた.今回はテキサスをドライブすることが目的だったため,ドライブしやすい大きめの車を借りようと,intermediateを予約していた.デカかった….車幅感覚や,車両間隔を掴むのが大変だった.シートと窓の関係で,左後方が完全に死角になっているのが怖かった.
本日は,フォートワース観光を楽しんだ.美術館は,だいぶ道に迷って閉館1時間前に何とかたどり着いた.間違って特別展のチケットを買ってしまった.オーストラリアの美術館の特別展示である.オハイオでお馴染みになった?画家の作品にたくさん出会った.
モーテルを確保してから,ストックヤードでロデオを楽しんだ.冷房が効きすぎで寒かった.
全体の1/10を料理酒に使い,残り9/10のうちの半分を(時間をかけて)僕の体内に収めた.泥酔状態である(^^;.茹で蛸は通り越して,気分が悪くなった(^^;.1人で飲むのは無理があった.明日は確実に残るなぁ.
同行した親切な日本人の人と総裁(予備)選で,小泉候補が圧勝し,総理大臣になるのがほぼ確実という話題になった.2人とも政治に興味があるわけではない.では,どうしてそんな話題になるかというと,為替レートの絡みである.2人とも円高になって欲しいと思っているので(そして,帰国して余分なドルを処分するときに一時的に円安になって欲しいとおも思っている(^^;),今後の経済政策(つまり,新総裁の政策)に対する市場の期待に興味津々なのである.
自分の生活(豪遊ができるかどうか(^^;)がかかっているので,為替レートの動向に関心を払わざるをえない.うまくドルに換えられると,小遣い程度は稼げる.個人の経済的なモチベーション(インセンティブ)は,学習に対する強力なdriving forceになるということを改めて実感している.
コロンバスで,動物園以外ではじめて鹿を見た.近くに森らしい森はないと思っていたのだが.しかし,オフロードのコースはそんなに大きくない.フリーウェイを挟んで反対側も公園と住宅地だったと思う.どうやって生きているのだろうか.自然環境は豊かだとは思えない.でも,鹿はいた(ま,奈良公園にもたくさん鹿がいるのから想像すれば,鹿は公園などわずかな森で生きていけるのかもしれない).
カーディナルの雄が独特の鳴き声をしていた.ブルージェイの美しい姿も久々に見ることができた.犬は楽しそうに川に飛び込んでいた.雨上がりで流れが速くなっている川で釣りをしている人が何人もいた.そんなに釣れるのだろうか.
Youngstownには10時過ぎに着いた.美術館は11時からなので,ガソリンスタンドを探しつつ,ダウンタウンを適当に走った.土曜日で人気がなかったからかもしれないが,ほとんど廃墟のような印象を受けた.郊外に向けてしばらく走ってからようやく人気のある街並みになった.ガソリンを入れて,美術館に戻った.
アメリカの芸術に特化している美術館なので,宗教画はなかった(と思う).その代わり,18世紀頃の絵画では,帆船を描いたものがたくさんあった.新大陸を目指してやってきたときの乗り物で何を象徴しようとしていたのだろうか.それとも単なる先入観か.19世紀(後半)以降はメジャーな画家の作品も交えつつ,他の美術館とさほど違和感のない展示になっていた.アメリカらしさが出ていたのは,”スポーツ”(絵画)のコーナーがあったことだ.ベースボールがメインだったが,その他のスポーツの絵もあった.あとは,ネイティブアメリカンの肖像画のようなものもたくさん展示してあった.
美術館の主要な作品のいくつかを他の美術館に貸し出していたり,模様替え?で,閉鎖されているフロアがいくつかあった.また,分館のようなところも二ヶ所あることが分かった.というわけで,せいぜい4/5くらいしか鑑賞できていないと思う.アメリカの芸術に特化しているので,アメリカ美術展示の充実度合いは,オハイオの他の美術館よりも優れていると思う.規模としては,コロンバスの美術館やデイトンの美術館の2/3くらいの大きさだろうか.意外に小振りだった.
美術鑑賞を終えて,一路,コロンバスへ.コロンバスに戻って,一般道をウロウロしてから,空港の事務所に車を戻しに行った.平日なら,事務所の前をバスが(30分に1本くらい)通っているので,バスで自宅まで戻れる($1.50).途中で,とても治安の悪そうな地区を通るが.あいにく土曜日で本数が半分くらいに減って,終バスもだいぶ早くなっていた.ので,タクシーで自宅まで戻った.
アメリカの住所は合理的にできていると思っていた.が,今回は,そうでもなかった.番地はストリートに沿って順番についていると聞いていた.それで,番地に沿って探してみた.見つからない...番地が飛んでいた.それも,1つや2つではなかったので,お手上げ.やけになって,ネットで出ていた営業所の地図(これがデタラメで3kmほど離れた地区に営業所の印があった)を探した.当然見つからない.
睡眠不足,雨でずぶぬれ,緊張(日本でもペーパードライバーでアメリカでは一度も運転したことはない)などもあって,混乱してしまった.仕方ないので,タクシーで近くの(当初目的とは違う)営業所につれていってもらうことにした.結局,空港の営業所に行った.
右側通行,車の運転に慣れるために,コロンバス市内をしばらく走った.1時間ほど走って,自信をつけた(^^;.昼食後,チケットが残っているかどうかを尋ねてから,Akronに向かった.Akronにどうやって行くか,1週間ほど前まで決めかねていたので,Peter Whiteのチケットは購入していなかった.billing addressがアメリカになっているクレジットカード(もどき)は,銀行のカードしかなかった(事務所で尋ねたらbilling addressと一致してなくてもよかったらしい).が,先週末から,銀行カードが使えなくなっている.で,チケットが残っているかどうかを尋ねたわけである(もしチケットが残っていなければ,トレドとデトロイトに行くつもりだった).
コンパクトサイズの車を借りていたので,道が広く感じた.拙い運転技術でも十分に安全に?走ることができた.速度規制よりも5マイルほど速く走った.比較的低速なスピードだと思う(トラックはたくさん追い越したけど,乗用車はほとんど追い越していない).75 mileを超えると少し速いなぁという感じがしたのと,雨が降っていて運転しにくかったので,10 mileオーバーで走ることはできなかった(Interstateの速度制限は65 mileが多かった).
Akronでは,ダウンタウンに直に行くのではなく,モーテルのたくさんあるところから,ダウンタウンに向かうことにした.(夜に戻ってくるときの)だいたいの目安を付けておくためである.ダウンタウンへは15〜20分近くかかった.ダウンタウンの直前に目指すTangierがある.工事中で片側一車線になっている区間にあった.Tangierを過ぎて,ダウンタウンに行った.時計を確認すると4時過ぎだった.ので,美術館は諦めて,Tangierで別のアーティストのチケットを買うことにした.
ネットに載っていたアーティストの名前を告げてチケットを買いたい旨を言った.しかし,受付の人は,そんな予定はないと言い張る.スケジュール表を見せられ,ここにないと言い切られてしまった.「ウェブで見た」としか言えなかったので,翌日の別のアーティストのみを買った(2日連続で大物が来るので絶対に見逃せないと思っていたのだ).
チケット購入後にモーテルに向かった.適当に入ってみて,入った先が空いていたので,そこに宿泊することにした.部屋でしばらく休んでから,外で軽く食事した.それからいよいよお待ちかねのPeter Whiteのライブに向かった.10分前に会場に到着した.
客は,年齢層が高かった.どう見ても30代後半から50代までのカップル(中心は40代か)が多かった.一見して20代はほとんどいなかった.ちょっと驚いた.もう少し年齢層は低いと思っていた.僕のように1人で来ているような人も少なかった(これは当たり前だが).相席になったテーブルには40代の夫婦が1組いた(OSUの卒業生で僕のアパートの目の前の寮にいたと言っていた).僕の直後にもう1組の30代後半のカップルが来た.
10分遅れで演奏が始まった.Smooth Jazzに相応しいメロディアスな曲から始まった.ギター,ベース,ドラム,キーボード,サックスの5人.それから約1時間半,ノリのいいお姉さんたち(同い年くらいかなぁ)とのやり取りも交えつつ,あっという間に過ぎていった.Peter Whiteは,アップテンポの曲は少ないので,盛り上がりに欠けるかもしれないと思っていた.が,どうしてどうして,立ち上がる客こそいなかったものの,結構,盛り上がった.8月にまた来るとか言っていたような気がするので,都合がつけばまた行きたい.
面白かったのは,夜間外出禁止令違反で逮捕された人間が毎日200人近くいたことだ(先週の金,土,日くらい).一部は,暴徒化した連中が含まれていたのかもしれないが,そんなに多くはないだろう.とすると,逮捕された人間のなかには,”危険”を承知で,外出した者がいたのだろう.ここで,”危険”の意味は,暴徒化した連中に襲われる(あるいは暴動に巻き込まれる)可能性というよりも,逮捕される可能性だったわけだ.市当局としては暴動に発展するのを阻止するために,夜間外出禁止令を出したのだろう.それを承知したうえで,暴動が起きる可能性は低いと考えた連中が外出して,その一部が運悪く捕まったのだと思う.
治安が悪化した状態では,個人レベルの環境問題への取り組みというのは,どうなるのだろうか.たとえば,ゴミ処理などが制度として確立していても,それが守られるかどうかなど制度のパフォーマンスが落ちるような気がする.また,環境問題への取り組みなども関心が薄れそうな気がする(他のことに関心が向けられるというのが正確か).治安に関係なく,僕の居るコロンバスではゴミ処理はアバウトだが(笑).
銀行では,きわめて事務的に対応してもらった.口座が閉鎖されていること,復活したければ2週間待たないとけいないことなどを淡々と伝えられた.口座が閉鎖される原因になった事情(土曜日の電話での受け答えが原因のはずだが,自分でもなんと答えたのか覚えていない(^^;)は一切聞かれなかった.ちょっと拍子抜けしてしまった.とはいっても,temporaryのcash cardを発行してもらう必要があったので,テレホンバンキグではできなかったわけだが.
カレーを作った.タマネギを飴色になるまで炒める作業に時間を要する.日本的カレーを食べるなら,不可欠の作業である.本格的なカレーが食べたくなったら,近くに2軒ほどあるインド料理屋に行けばいい.ので,日本的カレーに拘る必要がある.1人で食べるのが味気ないので?,知人を誘っていた.知人は,豚肉のカレーがお好みとかで,豚肉でカレーを作ってみることにした.
知人が来る前に何とか,材料の煮込みを開始することができた.じゃが芋やタマネギの皮むきから約1時間40分の作業.今日のメインディッシュ.アスパラガスを塩ゆでするだけの気力しか残っていなかった.サラダを作る気力はなかった.カレーを作るのだけで,それ以上のことはできない.それ以上のことをこなせる主婦は偉大だ(たぶん).
味は,普通の日本的なカレーだった.豚肉のカレーである.肉の違いは,影響ないようだった(普段作るときは,チキンかビーフ).単にこれまで食わず嫌いで作って(食べて)いなかっただけなのかもしれない.知人が持参したアイスワインを食前酒(残った分は食後のデザートワイン)にして,カレーを堪能した.
以前,本屋に行ったときに立ち読みしていた本の中に,DVDソフトの評価ものがあった.で,買わなかった理由は,本の中での評価と,僕の評価が必ずしも一致しないものが多かったからである(アメリカ人が面白いと思うものと,日本人である僕が面白いと思うものは所詮違う)."The Pelican Brief"の評価は中の上くらいだった.見ての感想は,同じくらいかなぁ.
O氏とブランチをShort Northで食べた.約9ヶ月ぶりにお会いした.日本の状況をいろいろと伺った.日本(の大学)も少しずつは変わっているのかもしれない.経済学研究の状況などを教えていただいた.会計にはその波はまだ押し寄せていないようである….ま,(今)押し寄せいているようだったら,アホなことをしなくても済んだのだが(押し寄せていないからこそ,アホな選択をせざるを得なかった).お返しにコロンバスをはじめオハイオの情報を少しだけ話した(?).引き続き,Short Northでお茶を飲んだ.
少し早いがディナーということになり,お寿司を食べにいった.サイオート川沿いにある桔梗というお店.店のドアを開けると同時に,「いらっしゃいませ」という綺麗な日本語が飛んできた.思わず日本語で店員に話しそうになった.日本人がいるのかと思いきや,ウェーターやウェートレスは,日系人ではないようだった(寿司職人とオーナーは日本人らしい).
握り盛り合わせの上を頼む($ 20).中トロに近い部分を使った鉄火巻き6個,マグロ一貫,はまち,鯛(または白身の魚),サーモン,貝,うに,いくら(もどき),甘エビはそれぞれ1つと,かなりのボリュームがあった.ネタもよかった(うには僕にとっては不味かったけど,たぶん他の人にとっては十分に美味しいものだと思う).アメリカに来てから二度目の寿司.フィラデルフィアで食べた寿司よりもはるかに美味しかった(食事をしたメンバーのエフェクトはないと思う).下手すると日本で食べるよりも美味しい.海から800 km以上離れた土地でこんなに美味しいお寿司を食べられるとは思わなかった.なお,このお店の寿司職人が最近変わったらしく,味は以前に比べると落ちているという噂である.コロンバス恐るべし.
土曜日ということもあるのだろうが,店を出る7時半頃はほとんど満席になっていた.そのうち,3/5くらいは日本人だった.コロンバスには6000人近くの日本人がいるらしい.これだけいると,日本人向けの日本料理でも十分に商売が成り立つのだろうなぁ.ちなみに,コロンバスには日本料理・日本風料理(アメリカ人が好む日本風の料理や韓国料理屋が出す寿司や和食の意味)の店が8軒くらいあるようである.
そのつぎの週末に思い切ってテキサス州のダラスとフォートワースに行ってみることにした(ニューオリンズに行ってみたかったのだが,その時期のチケットが高かったので,別の時期に行くことにした).で,飛行機のチケットを購入しようとしたら,ドルで引き落とせるチケットは,登録されている住所と一致しないとかで,買えなかった.仕方ないので,日本円で引き落とすチケットを購入することにした(Eチケットで買うことにしたので,カード登録先住所にいなくてもいいのだ…ホントはダメなのだろうけど).$ 125くらいで換算されているようだ(安いと言えば,今の円水準よりは安いか).
美術館にはバスを乗り継いで行った(乗り換え1回).平日はバスの便利はすこぶるいい.地下鉄や電車が走っていない分,バスが充実している.日本にいるとき以上に時刻を気にせずバス停に行っている.もちろん,目的地次第だが,郊外に行くことはない(せいぜい動物園か).バスに乗るとすれば,ダウンタウンに行くときくらいである.
久しぶりにバスに乗った.OSUに面するHigh St.沿いなので,学生も多い.(移動している)ビジネスマンっぽい人もいた.しかし,残りの人は,着ている服なども何となくよくない感じがした(思い込みかもしれない).乗っている人は有色人種が多い.が,危険を感じるほどではない.というより,ほとんどの人はまともである.
ダウンタウンでバスを降りた.美術館方面行きのバスに乗り換える前にState Houseに行った.オハイオ州の観光情報を貰いに(オンラインサイトはこちら).来週末に行くかもしれないアクロン・ヤングスタウンの情報,それからトレドの情報を欲しかったからだ.観光パンフレットなどはだいぶ揃っていた.アクロン,ヤングスタウン,トレド以外の観光情報もだいぶいただいた.
その後にバスを乗り換えた.こちらは先ほどのバスに比べて,学生が乗っていない分,低所得者層の乗り物という感じがしないわけでもない.美術館前でバスを降りて,道路の反対側にある正面玄関に向かった(車社会を前提に美術館が造られているため?,道路に面した方は裏口で,正面は駐車場に面している).
$ 6の入場料を払った.館内配置図をもらった.そのときの説明では,美術館のスペースの約1/3くらいが複数の特別展に充てられていた.前回来たときはだいぶ展示内容が変わっていることになる.比較的人気のある美術品(ほとんど絵画)が展示され,スペースを確保したようだ.平日だったので人は少ないだろうと思っていたら,美術関係の学生の他,明らかに小学生くらいと思われる子どもなど意外にたくさんの人がいた.でも,美術品が展示されている部屋によっては,ほとんど誰も人がいないため,美術品を独り占めできた.
田舎の美術館の良いところは,美術品を独り占めして鑑賞できることである.超メジャーな美術品はさすがにないが,画集の1頁でときおり見る絵があったりする(数は少ないけど…).たとえば,印象派は20点近くの作品が展示されている.お気に入りの作品があれば(見つければ),誰にも邪魔されずに心ゆくまで鑑賞できる.これは,コロンバスのような田舎の美術館ならではのものだろう.
ちなみに,僕の傾向は,風景画なら印象派で,肖像画なら自然主義(realism)の作品をいいなと思うようである.建物などの人工物の風景画なら,16−17世紀頃のオランダやイタリアの精密な絵画も悪くないと思う.宗教画は,絵の大きさに圧倒されるときもあるが,絵に込められている宗教的な背景にあまり興味がないため,今ひとつ,興味が湧かない.抽象画などは???である.
ここ数日の夏のような天候で,梅や桜などの開花が一気に進んだようだ.つい数日前までは,つぼみにさえ気がつかなかった.白い花を咲かせた街路樹をあちこちで見た.また,午後にサイクリングロードを少し走ったとき,雑草が一気に生長しているのに気がついた.雨が降ってぬかるんでいたので,オフは走らなかった(MTBで走っている人たちは当然いて,タイヤがはねた泥で服が汚れていた).サイクリングロードにも春が訪れたようだ.
野暮用のあとに,レストランでブランチを食べた.同行した人は,美味しいと言って食べていた.そこそこ美味しかったと思う.でも,普段食べているものと違うものだったので美味しく感じたという要素も大きいように思う.ここまでバター三昧のオムレツとトーストを食べたのは何年ぶりだろうか.でも,毎日は食べられないなぁ.ちなみに,美味しいトーストにはしばらくありついていない(スーパーに売ってあるパンは不味くて食べられないのだ...だから,アメリカではトーストはほとんど食べたことがない).
ブランチで好きなのは,サブだ.ハンバーガーは口に合わないということにアメリカに来てから気がついた.食べたい思わないのだ.日本にいたときは,単にハンバーガーを食べる機会がないから食べていないのだと思っていた.が,実際は,ハンバーガーは食べたくないということがアメリカに来て分かった.僕には美味しくない.はっきりいってくどい.で,足が向かない.
ハンバーガー屋に1人で入るのは,サブや他のファーストフードの店がどうしても見つからず,コンビニも近くになくて,しかも,おなかが減って死にそうなときくらいである(アメリカに来て1度しかなかったので,1人で入ったことは1度しかない).で,寂しくハンバーガーを食べることになる.
environmental econで実験の話はたくさんできそう.もう誰か取り組んでいるのだろうなぁ.CVM(Contingent Valuation Method)なんて一種の実験だし.環境報告書を一般の人がどう解釈するかというのでもいろいろと実験できるだろう(検証すべき”仮説”の設定が大事であるが).ただ,事実発見的な実験はまだまだ信憑性がない(ような気がする)ので,行動科学をベースにした心理学的な実験で行くか,environmental econ的なアプローチから誘導される仮説に基づいた実験になるだろう.それにしても,実験の被験者に払う資金はどうやって調達しているのだろうか?
T-stormの合間に人は結構移動していた.T-stormの最中でさえも何人かの人間が外を歩いているのを見かけた.落雷の心配はないのだろうか.一応近くに高いビルはいくつかあるし,避雷塔のようなものもあるので,直撃の確率は低いと思うのだが.限りなく小さいとはいえ命を懸けてまでリスクを取るほどの用とは一体なんだろうか.
(コロンバスでは)傘を差していない人が多い.車社会なので,歩く距離はほとんどないからだと聞いている.が,大学の寮に住んでいる学生は車をもっていない者も多い.傘を差していない人間の一部は確実にそういう学生である.また,傘のヴァラエティはほとんどない.あまり売っていないそうである.今日経験したT-stormは結構激しかった.傘がないとずぶ濡れになりそうな気がする.濡れることに対して許容度が高いのだろうか.
夕食にピザを食べた.冷凍ピザである.レンジでチンする.食べる前は,ファーストフードのピザ(要するに,作ったヤツを暖めておいて切り売りしているもの)が美味しいのではないかと思っていた.で,今日まで冷凍ピザを食べたことはなかった.先日スーパーに買い物に行ったとき,冷凍食品コーナーでピザが目についたので,買ってみた.底がパリパリになるよう工夫が凝らされていて,個人的には,(その)冷凍ピザの方が(ファーストフードよりも)美味しいと思う.
一番美味しいのは,出来たてのヤツである.が,1人だと,量が多すぎる(8 inchくらいのピザを1人で食べられるようになるのがアメリカに適応した証拠かもしれない).自宅の目の前に,ピザ(だけ)が美味しい店があるのだが,どうしても1人で食べる気が起こらないので,ほとんど行っていない.冷えたピザを美味しく食べる方法があれば,いいのだが.たぶん,オーブンで温め直すのがよいと思う.が,一度もオーブンを使ったことがないのでやり方が分からない(^^;.
昨日の続きで日本語の本を3冊ほど読んだ.
円居 総一(1995)『ベーシック金融自由化入門』日経文庫
吉原 省三(1994)『銀行取引の知識』日経文庫
井出 保夫(1999)『入門金融 証券化のしくみ』日本実業出版社
感想は昨日とほぼ同じ.証券化の話は,中身は分かりにくかったが,とても面白かった.資金調達の方法と,リスク分散(リスクに応じて発行される証券)がキーワードか.
川崎 誠一(1995)『信託の知識』日経文庫
村上 清(1995)『年金の知識』日経文庫
小林 玉夫(1997)『生命保険の知識<新版>』日経文庫
日本興業銀行証券部編(1998)『公社債の知識』日経文庫
である.当然知らなかったことは多かった.
研究の必要上断片的に手に入れた知識を,別の観点から体系的に解説してあるのを読んだのも久しぶりだ.歴史に触れた部分は,会計の制度の流れ(忘れかけているが)に照らして読むと面白かった.とくに面白かったのは,どんなスタンスで解説をしているのかというのが今の時点で読むと一目瞭然だったことだ(業界の宣伝に終始している本は,現時点で見ると噴飯ものだった).
気になったのは,年金制度について.1つはマスコミの報道.公的年金もつ社会保障的な部分(老齢基礎年金がこれに該当するのだろう)と個人にとっての年金としての公的年金(比例部分)のうち,後者の見方に偏りすぎているように思える.つまり,個人の貯蓄の一種としての年金(比例部分が該当すると言えばよいのだろうか)で,公的年金を伝えるため,無用な誤解と不安を煽っているように思えることである.
もう1つは,年金制度と国債などの経済成長を前提にした仕組み(負担の先送り?)である.端的に言って”持続可能な開発”とそのような仕組みは両立するのだろうか?という疑問である.持続可能な社会のためにはゼロ成長が望ましいという主張をしばしば見かける(根拠はよく分からない).しかしそれでは,各種の社会的な仕組みが破綻してしまう恐れがある.どうやってゼロ成長と現在の仕組みを両立させるのだろうか?それについての議論はほとんどないように思える.民主主義的な社会では,みんなが納得できないと,ゼロ成長,つまり,持続可能な社会は不可能だと思うのだが….
その代わりにサイクリングに行った.工事中のサイクリングロードの手前で引き返し,別のBike roadに行ってみた.しばらく走ると,交通量の多い歩道のない道路を走らなければならなかったので,引き返した.引き返す途中で,今週土曜に近くでオークションがあるとの看板を見つけた.
アメリカ(ヨーロッパも?)では,オークションは,日常的なものらしい.ネットオークションは別にしても,結構あちこちで開かれていると聞いている.僕は一度知人に誘われて,アンティークもののオークションを覗きに行っただけだが.
game theoryの発展の1つにauction theoryがあるというのは知っていた(少しだけ講義で習った).ので,実際のオークションはとても興味があった.機会があったら見てみたいなと思っていたところ,知人からのお誘いがあったので,便乗したわけである.オークションに参加している人達の行動(戦略)にとても興味があった(オークションの種類はたくさんあるのだが,そのとき見たのは競売人が値段を提示して,参加者が値に応じ,最後に手を挙げた参加者が競り落とすタイプのオークションだった).
みなさん,事前に,研究しているようで,自分の目当ての品をチェックして(事前に競りにかけられる品物を見ることができた)だいたいの値段を決めているようだった.で,お目当ての品が競りにかけられると,自分の守備範囲で(予算と事前の評価が主なファクターだと思う)応じていた.万一というか割と頻繁に,守備範囲を越えてしまったら,さっさとつぎのお目当ての品に関心を切り替えるようだった.安い値段で競り落とされそうになったときは,競売人は時間をかけて少しでも高い値段を付けようとしていた.で,安く競り落とした(と思っている?)人はニコニコしていた.対して,競り落とせなかったとき,悔しがっているな表情を見せる人はいなかった(見落としていた可能性もある).つぎの品に関心を移しているようだった.
auction theoryによれば,おおむね自分の真の評価で競りに応じるのが最適な行動である.自分の真の評価よりも低い値段を付けると,競り落とせたときは(その差の分だけ)得する.しかし,競り落とせなかったときで,かつ,真の評価をしていれば競り落とせたときは,損をしてしまう.この得と損の可能性のバランスが取れるところが自分の真の評価による値付けなのである.自分の真の評価よりも高い値を付けると(競り落としたとき)損をするのは言うまでもない.
実際多くの人は,まさにこの行動を取っているように見えた.自分の真の評価(競売人の値付けに応じられる最大金額)以下で,競り落とした人は,思いがけず得をしたということでニコニコしていたのであろう.そして,自分の真の評価よりも高い値段が付いた場合はさっさと諦めて,つぎの競売品に関心を移していた(と思う).見事な振る舞いだなぁと思った.
自分の真の評価は天から降って来るかのように想定しているが,常日頃磨いておなければならないのは言うまでもない(たとえその後売却するつもりがないとしても).実際,そのオークション会場では,少なからずの人が競売にかけられた品と競り落とされた値段についてメモを取っている姿を見かけた.こちらも見事な振る舞いだと思ったことは言うまでもない.
ウェブには明示的には記載していないが,僕は,Public Economics的な側面から,環境情報のディスクロージャーに迫ろうと考えていた.つまり,税制などを利用して環境問題の緩和・解決を図るために必要な情報システムとして,企業の環境報告を考えようとしていた.部分的に産業組織論的な臭いもするのだが,一番近いのは,日本でいえば財政学的な立場で企業の環境報告を考え,そのby productとして資本市場による環境報告の利用を促進できないかと思っていた.
今の国会に,税理士試験の改革案が提出されている.法案はここを参照.よく知られているように,税理士になるには,試験を受けて合格するという方法と,いくつかのバイパスがある.そのなかの1つに,大学院修士課程で特定の科目を専攻するという方法がある.これについては以前から批判があり,改正が何度も噂に上っていたのだが,ついに今国会で実現しそうだ.
資格免除関連の改正のポイントは2つ.1つは,以前のように大学院を2つ修了して,試験を全部免除してもらうというのが不可能になりそうだということ.これは,ま,修論審査を経験した立場から言わせてもらうと,当然の措置だと思う.研究のモチベーションが異常に低いので,学部のそこそこ出来のいい学生の卒論以下の修士論文が出来上がっている.こんなmoral hazardは当然ブロックしなければならない.が,これは今回の件とは関係ない.
関係あるのは,財政学専攻での科目免除が廃止されることである.これも税理士としての知識とはまったく関係ないので当然のことである.受験科目免除の制度が創設された当時の財政学は,税制を研究することが多く,税法の中身にも首を突っ込んで研究していたらしい(伝聞).が,今は,少なくともまともな財政学者はそのようなことはしない.つまり,受験科目免除の趣旨とは大きく違っているというわけである.で,当然,制度が環境に合わせて改正されるということになった(この話は僕が学部の学生の頃から聞いていたので,もう10年以上も前から制度の乖離は明らかだったわけである).
法案をよく読んでみたのだが,財政学専攻が受験科目免除の対象から外れるとは一言も書いてなかった.同時に,財政学専攻が免除対象者になるとも書いてなかった.税法関連の専攻と認められるかどうかにかかっている.しかし,雑記にも書いたように,新古典派の理論をベースにしている財政学(そうじゃない財政学もありますが…)では,免除対象は難しいだろう.この法案ができる頃(そのときは日本にいなかったが)のうわさ話では,財政学は外れるということだった.真実はいずこに?(4月5日追記).
ある会計関連のメーリングリストにこの話題を流してみた.もちろん,法案がどうなるかについてである.学生から税理士の資格免除にかんして相談を受けていたので,状況を知る必要があったからでもある.今のところ反応はない.反応がないということをどう解釈するかであるが,1つの解釈としてつぎのような解釈もできるだろう.うわさ話で聞いていた内容が近日中に成立する(法案が原案通り可決される)だろう.もし法案が修正されそうならそれについての噂が流れると思う.そのような噂がないので,メーリングリストで反応がなかったと解釈するのが自然なように思える(4月5日追記).
何が困っているのかって?経済学部等での財政学の講座が今後増える見込みがないどころか,これで減る見込みの方が増えてきたことってこと(実際,経済学部に財政学の講座がある理由の1つは,税理士試験の受験科目免除になっているからというのがある.文部省の科目設置基準もあるのだろうが,欠員でも構わないはず).僕の今のところの研究の動機に従って研究を進めると,財政学が一番近くなる可能性は高い.研究の業績を積んでもポストがないという悲惨な可能性が出てきた.再参入組としては,非常に苦しい.というわけで,研究のスタンスを見直す必要が出てきた.
劣悪な研究環境の大学に就職し,元指導教官から研究に対する負のプレッシャー(早い話が研究意欲を削ぐような発言)を繰り返し浴びせられていたという事実があるにしても,研究業績が今ひとつであることは認めざるを得ない(結局,レフリージャーナルには1本も論文を出さないまま撤退しようとしている).というわけで,モチベーションが高くても,再参入先でずば抜けた業績を上げる可能性は決して大きくないと思う.となると,(就職)市場が大きそうなところを狙うというのは,僕にとって自然な選択である.
実際に研究を始める前に,このような動きが出てきたので,まだ良かったのかもしれない.専攻を決めて先行投資を始めてしばらくたった段階でこれが出てきていたら,お先真っ暗だっただろう.しかし,どういうスタンスで研究をするか….ちょっと考える必要がある.というわけで,冒頭の台詞が出てきた.
研究は知的好奇心という動機にのみ支えられるべきという方もおられるかもしれない.研究が金持ちの道楽だった時代は,もう終わってしまった.研究もどれだけの成果・業績を出せるかの世界である(というか,早く日本でもそのような世界になって欲しい…理系の多くはそうなっているようだが).おまんまの食い上げになると,象牙の塔に籠もろうにも籠もれない.研究の世界に参入できないわけである.また,研究は(最終的には)世の中のためになるものであって欲しいと思う(直接的なものでなくてもいいけど).世の中のニーズとマッチする(職がある)というファクターは重要だと思う.というわけで,職がありそうなテーマで研究をするという選択もせざるを得ないのです.
10代,20代の頃は体を動かすことが大嫌いだった.(体を動かさなくても)十分に元気だったのだ.30代に突入して,徹夜などがしんどくなったりしたので,基礎体力をつけないといけないと自覚した.本当に自覚したのは,冷え症だった.運動不足から来たようで,1週間ほど意識的に体を動かしたら,ウソのように取れてしまった.
週末にビールを強烈に飲みたくなった.ちょうど,最後にアルコールを身体に入れて1週間くらいたった頃である.アルコール依存症気味なのか,飲まずにいると,3日目,1週間目,1ヶ月目くらいにお酒を飲みたくなる.習慣とは恐ろしい.で,飲むと美味しいかというと,そうとは言えない.でも,不味くもない(美味しいのは,体を動かして汗をかいて,のどが渇いたときに飲むビールのときかな).
アメリカに来てから,1人でお酒を飲むことはほとんどなくなった.例外は11月だった.個人的な事情でものすごくストレスが溜まって,いろいろと忘れたいことがあったので,アルコールに頼った(^^;.頼ってもイヤなことは忘れられないのだが.今は,人と食事するときや人が来たときに飲むことにしている.それから,余ったビールを処分するために翌日に1人で飲んでいる.
政治家?,官僚?,(不良債権を処理しきれない)経営者?ツケは,それ以外の人間が払っているような気がする(親の経済状態の悪化で退学という学生が去年あたりからちらほらし始めた).ネットを通して日本を見ている限り,(株価対策などを見ていると)問題を先送りしているようにしか見えない.もうソフトランディングなんてできていないのだから,ハードランディングして(しているのかな?),やり直すしかないのではないだろうか.
競争社会に突入して,敗者と勝者の格差が大きくなるのは必定だから,もう少しぬるま湯の世界に浸っておきたいという願望はある(苦笑).でも,僕が現役を引退する前に,競争社会になるだろう.敗者にはなりたくないため,少しでも気力・体力があるときがいい.というわけで,今が一番いい.早く競争社会になってくれ!?
新年(新世紀)のカウントダウンは,ダウンタウンでイベントがあったのだが,寒くて行かなかった.アパートでNYのカウントダウンの中継を見ていた.一応世紀の変わり目だったそうなので,時差を利用して,世紀を跨いだメールというのを何人かに送りつけてみた.個人的に面白かったのは,それくらいだった.
今回は,アメリカのほとんどの人にとっては別にどうというこもない普通の出来事だったと思う.そう言えば,一時期,日本でも,景気対策の一環?(省エネ?)として,サマータイム導入が叫ばれていたが,結局どうなったのだろうか.もし,景気対策の一環や省エネが目的なら,今こそ必要だと思うのだが….