| Q1: |
カナダの位置を地図で確かめよう。
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| A1: |
下の地図に周囲の国の名前や、海洋の名称を記入してみよう。

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| Q2: |
面積などをカナダと日本で比較してみよう。
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| A2: |
比較表を作成してみました。
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カナダ |
日 本 |
| 面積 |
9971千キロ平米 |
377千キロ平米 |
| 人口 |
3151万人(2003) |
1億2765万人(2003) |
| 首都 |
オタワ(32.3万人、1996年) |
東京(区部人口808万人、2003年) |
| 緯度 |
オタワ 北緯45度25分
(札幌より少し北)) |
札幌 北緯43度03分
東京 北緯35度41分
那覇 北緯26度12分 |
| 月平均気温 |
オタワ 1月-11.1度
7月 20.6度 |
東京 1月 5.8度
7月25.4度 |
| 年間降雨量 |
オタワ 871mm |
東京 1466.7mm |
| 国の周囲 |
東は大西洋、西は太平洋、北は北極海で、南はアメリカ合衆国、北西はアラスカに面している。 |
海に囲まれた島国 |
| 国 土 |
北アメリカ大陸の北部を占め、世界第2位の広大な国土を持つ。気候は冷帯及び寒帯に属する。 |
アジア大陸の東縁の島国
気候は南部が温帯、北部は冷帯 |
| 言 語 |
英語・フランス語(公用語) |
日本語 |
| 宗 教 |
キリスト教(カトリック41.3%、カナダ合同教会派6.7%、英国教会派2.6%)ユダヤ教・イスラム教が少数 |
仏教、神道、キリスト教 |
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| Q3: |
この映画の背景には、1915年のトルコによるアルメニア人の虐殺(150万人が死亡したといわれる。ただしトルコ政府は認めていない。)があります。
まず現在のトルコとアルメニアの国の位置を地図で確かめなさい。またアルメニアのシンボルでもあるアララト山の位置を調べなさい。
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| A3: |
アルメニアはトルコの東側にある。古くはアルメニア文明はアララト山を中心とした地域で栄え、ローマ帝国やペルシャなどとも関係があった。旧約聖書のノアの箱舟伝説はアルメニア文明の伝説に由来しているという説が有力で、これによると大洪水後にノアはたどり着いたのはアララト山の麓だという。
その後、モンゴル・ティモールなどにたびたび支配され、さらにオスマントルコが栄えてくるとその支配下におかれた。このためアルメニア人のシンボルであるアララト山周辺は、現在トルコ領内になっている。映像でみるアララト山は周辺に高い山がなく、日本の富士山のように信仰されてきたのだろう。
また、1915年当時を描いた映画の舞台は現在のワン市(Van:映画の字幕ではヴァンと表記されていた)で、これはアララト山の南側にあるワン湖のほとりに位置する。
なお、エゴヤン監督自身もアルメニアからエジプトへ、さらにカナダへ移住してきた家系だそうだ。
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| Q4: |
この映画では、いくつかの異なる時期・場所のシーンを、つぎはぎしながらストーリーを展開させていきます。またアルメニアでの出来事は映画制作のシーン(劇中劇)でもあるという構造で複雑になっています。
主要な異なる時期・場所のシーンを整理しなさい。
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| A4: |
以下の表に整理してみました。
これ以外にもいくつか小さなシーンが挿入されており、その複雑さがこの映画の魅力なのですが、小中学生には理解が難しそうです。
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時期 |
場 所 |
内 容 |
備 考 |
| 1 |
1915年頃 |
トルコ
アルメニア人居住地
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アルメニアの画家アーシル・ゴーキーと母親の思い出やトルコによるアルメニア人虐殺。場所は、ワン湖の南にある当時のアルメニア人居住地ワン。 |
6で製作されている映画の劇中劇 |
| 2 |
1940年代か |
アメリカ |
アメリカに亡命した画家アーシル・ゴーキーは、代表作「芸術家と母親」を、故郷で殺された母を思い、写真を見ながら制作する。注) |
5で母が行う講義のシーンに挿入されている |
| 3 |
10数年前 |
カナダ |
アルメニアからカナダに移住してきた主人公の父が、トルコ大使を襲うが失敗して殺される。 |
母と息子の会話の中で触れられる |
| 4 |
数年前 |
カナダ |
母の再婚相手が事故死する。義理の娘は母が殺したのではないかと疑っている。 |
5の母と義理の娘との会話に挿入されるシーン |
| 5 |
現在 |
カナダ |
母が画家について、文化会館等で市民に講義を行う。義理の娘がそれを妨害する。 |
2、4のシーンが挿入される |
| 6 |
現在 |
カナダ |
アルメニア人の監督が、アルメニア人虐殺をテーマとした映画を製作する。 |
1は映画制作の際の劇中劇 |
| 7 |
現在 |
トルコ
アララト |
ラフィが自らのルーツを探るため、アララトに行き、ビデオを撮る。 |
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| 8 |
現在 |
カナダ |
税関でラフィがマリファナの密輸の疑いで足止めされ、トルコに行った目的を尋ねられる。 |
7で撮られたビデオが挿入される。 |
注)画家アーシル・ゴーキーはアルメニア虐殺事件で生き残った象徴的な人物で、現代アメリカを代表する画家の1人。代表作「芸術家と母親」はニューヨークのホイットニー美術館に所蔵。
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| Q5: |
画家アーシル・ゴーキーは「芸術家と母親」の絵を一旦完成させますが、その後思い直してリアルに描いた母親の手の部分を、白く丸くけずるように塗り、これで絵を完成させます。これはなぜですか。
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| A5: |
アララトに行き、アルメニア文明の遺産をみてきたラフィーがビデオに撮った「アララトの聖母子像」の手は、白く丸い形になっているのが特徴の1つです。
母親の手を具体的に描いたものは、単に自身の母親の思い出を描いたものにすぎません。しかし、一旦リアルに描いた母親の手を白く丸い形に変えたことで、アルメニア文明のシンボルでもある「アララトの聖母子像」を連想させる絵になりました。
アーシル・ゴーキーは、個人的な母の思い出の上にアルメニアの象徴を重ねることで、心ならずも遠く離れた故郷を思う気持ちや苦境にあっても忘れない民族の誇りなどが伝わってくる作品になったと思います。
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| Q6: |
カナダの入国税関のシーンが、冒頭と最後の2箇所にあります。冒頭のシーンは、アルメニア人の映画監督がザクロの実を持ち込もうとして植物検疫の点から認められず、その場でザクロを全て食べてしまうシーンです。最後のシーンは、ラフィがフィルムの中に薬物を隠していないか疑われるシーンです。
これらの描写から、この映画で入国税関はどのように位置づけされているか考えなさい。
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| A6: |
まず税関の担当者が、2つのシーンとも同じ人物であったことに注意してください。
冒頭のシーンでは、アルメニア人の映画監督がザクロを持ち込む理由を「毎日1粒ずつ食べて、母や民族が受けた苦痛を忘れないようにするためだ」と説明します。しかし、担当者は法律の厳格な運用を適用するだけで、まともに理由を聞いていませんでした。
最後のシーンでは、ラフィが行うアルメニアの説明を熱心に聞いています。
映画監督もラフィも心の中に国境はありません。カナダにいてもアルメニアのことを考えたりしています。しかし物理的な移動については、国家が税関という形で障壁となっています。様々な人が様々な理由で世界中を大量に移動するボーダーレスな時代のなかで、国家の枠が障壁として眼に見える形で表れるのが税関ともいえます。
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| Q7: |
アルメニア共和国は1991年にソ連から独立しましたが、その際にともに独立した隣国のアゼルバイジャン共和国と紛争が起きました。これはアゼルバイジャンのナゴルノカラバフ自治州ではアルメニア人が8割を占めるため、その帰属をめぐる紛糾が原因です。
また紛争の背景として、歴史的にアルメニアが反トルコであるのに対して、アゼルバイジャンは歴史的にトルコと関連が深く親トルコであることがあげられます。
このアルメニア共和国とアゼルバイジャン共和国とを比較しなさい。
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| A7: |
比較表を作成してみました。
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アルメニア共和国 |
アゼルバイジャン共和国 |
| 面積 |
30千キロ平米 |
87千キロ平米 |
| 人口 |
306.1万人(2003) |
837万人(2003) |
| 首都 |
エレバン 124.9万人(1998) |
バクー 179.2万人(1999) |
| 緯度 |
エレバン 北緯40度10分
(東京より少し北) |
バクー 北緯40度21分 (東京より少し北) |
| 国の周囲 |
北はグルジア、東はアゼルバイジャン、南はイラン、西はトルコ、アゼルバイジャンのナヒチュヴァン自治共和国と接する。 |
北はロシア(チェチェン共和国)、東はカスピ海、南はイラン、西はアルメニアとグルジアに接する。飛び地としてナヒチュヴァン自治共和国があり、アルメニア、イラン、トルコに囲まれている。 |
| 外交関係 |
ロシアとの関係が深い
隣国のトルコとは外交関係がなく、アゼルバイジャンとも紛争中 |
トルコは宗教的文化的に関係が深く、最大の援助国。ただし、ナゴルノカラバフ自治州はアルメニア人が多く、紛争が起きている。注) |
| 言 語 |
アルメニア語(公用語) |
アゼルバイジャン語(公用語)、トルクメン語、ロシア語 |
| 宗 教 |
東方正教(アルメニア正教) |
イスラム教シーア派 |
| 参考HP |
外務省ホームページ(各国インデックス・アルメニア) |
外務省ホームページ(各国インデックス・アゼルバイジャン) |
注)ナゴルノカラバフ自治州(アゼルバイジャン共和国内)
面積: 4400km2 首都: ハンケンディ 3.3万人(1990)
人口: 19.2万人(アルメニア人76.9%、アゼルバイジャン人21.5%)

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