炎のジプシーブラス 地図にない村から

◎概要

タイトル 炎のジプシーブラス 地図にない村から 原題:Brass on Fire
監督・製作年 ラルフ・マルシャレック(ドイツ人)  製作年:2002
放映時間など 35mm 98分
舞台となる国 ルーマニア Romania
 在日大使館のHP ルーマニア政府観光局東京事務所
 外務省ホームページ(各国インデックス・ルーマニア)
空間的移動など 移動型:本国ルーマニアとコンサート会場(ドイツ、イタリア、日本など)への移動
アクティビティの
ポイント
○ヨーロッパにおけるジプシー、またルーマニア社会主義政権下でのジプシーの様子
○ルーマニアの農村の様子
感想一言 ルーマニアのファンファーレ・チョカリーア、Fanfare Ciocarliaのコンサートの模様などが中心の音楽映画。世界最速のジプシーブラスだそうで、トランペット、サックス、チューバ、ホルン、クラリネット、太鼓、パーカッションなど28歳から64歳までの12名編成。スローな曲も哀愁があっていい。
2000年夏に初来日。その時の東京での様子が最後のほうに出てくる。
残念なのは、普段はルーマニアの寒村で農業してジャガイモやニンジンを作っている彼らの生活や家族の様子がもっと知りたかったことだ。

配給会社 プランクトン
公式サイト プランクトンの公式サイト 炎のジプシーブラス (音楽CDの案内あり)
 注)ストーリーや登場人物などについては、上記の公式サイトかミニパラ を参照してください。

◎アクティビティ

Q1: ルーマニアの位置を地図で確かめよう。

A1: 下の地図に周囲の国の名前や、海洋の名称を記入してみよう。

 

Q2: 面積などをルーマニアと日本で比較してみよう。

A2: 比較表を作成してみました。

  ルーマニア 日 本
面積 238千キロ平米 377千キロ平米
人口 2233万人(2003) 1億2765万人(2003)
首都 ブカレスト(202万人)(1998) 東京(区部人口808万人、2003年)
緯度 ブカレスト 北緯44度25分
(札幌よりも少し北)
札幌 北緯43度03分
東京 北緯35度41分
那覇 北緯26度12分
月平均気温 ブカレスト 1月-1.2度
      7月22.0度
東京 1月 5.8度
   7月25.4度
年間降雨量 ブカレスト 614mm 東京 1466.7mm
国の周囲 南部はブルガリア、セルビア・モンテネグロ、西部はハンガリー、北部はウクライナ、モルドバと接する。 海に囲まれた島国
国 土 ヨーロッパ東南部に位置し、ドナウ川流域の国、東方は黒海に面する。中央部をカルパティア山脈・トランシルヴァニア山脈が走る。 アジア大陸の東縁の島国
気候は南部が温帯、北部は冷帯
言 語 ルーマニア語(公用語)、ハンガリー語、ドイツ語 日本語
宗 教 東方正教(ルーマニア正教)87%、カトリック5%
仏教、神道、キリスト教

Q3: ファンファーレ・チョカリーアのメンバーが住んでいるゼチェ・プラジーニという村は、どんなところですか。
A3: ルーマニア北東部モルドバァ地方の寒村。(なおモルドバァ地方の東側には、同一民族が多く居住する旧ソ連のモルドバ共和国がある。)
村の人口は約400人で、家は100軒、モルドバァ地方では唯一ジプシーが定着した村だそうだが、ルーマニア国内でも全く知られていなかった。
鉄道は通っているが駅舎はなくプラットホームもない。だた目印があるだけで、電車が止まって乗降できる。道路は舗装されておらず、雪どけでぬかるむと自動車は立ち往生してしまう。
土地は山岳地帯のやや平坦な土地で肥沃とは思えず、耕地も少ないようだが、村民の多くは普段ジャガイモやニンジンを作って生活している。放牧をしているかは映像では分らなかった。
なお「ゼチェ・プラジーニ」は10万ヘクタールという意味だそうだ。
Q4: ジプシーとは何か。
A4:

「ジプシー」は英語(つまり他称)で、彼ら自身は「ロマ」とか「ロマニー」などと自称している。これらの自称はロマニー語で「人間」を意味する。1993年ごろのある推定によると、ヨーロッパに1200万人がおり、その大部分が東欧に住んでいる。ルーマニアに250万人、ユーゴスラヴィアに100万人、ソ連80万人、ハンガリー60万人以上、チェコスロヴァキア70万人以上。推測でフランス50万人、スペイン70万人、ドイツ15万人、そのたギリシャ、トルコにも多いはずだが公表されていない。なお、南北アメリカにも200万人ほどがいるが、これはヨーロッパでの迫害によって移民としてアメリカに渡ったものである。
歴史的には、10世紀頃にインドの北西部(タール砂漠付近)から移動し、11世紀にはバルカン半島に到着、西ヨーロッパには15世紀初頭に姿を現したとされる。
彼らの多くは土地に定着するという概念がなく、国境を越えて自由に行き来し、またヨーロッパなどの異文化と同化することもなく、ロマニー語を始め、家馬車(現在はキャンピングカー)などの生活様式を維持し、砂金とり、鍛冶工、石工、木工細工師、武器製造などの手工業、熊や猿をつかう見世物、楽師、ダンサー、タロット占い師などとして働いてきた。
また、定住地を持たない彼らは古くから差別、迫害の対象となっており、特に第2次世界大戦では、ナチス・ドイツの民族浄化思想によりユダヤ人とともに迫害を受けた。ナチス支配下のヨーロッパ諸国での犠牲者は、資料で確認できるだけで約22万人に達し、実際には50万人をくだらないと言われている。
(簡単な整理ができないほど特異で複雑な民族。「世界民族問題辞典」と「ジプシーの謎」アンリエット・アセオ著、創元社を参照しました。)

Q5 ジプシー音楽が影響を与えた西欧音楽について述べなさい。

A5: 「ツィゴイネル・ワイゼン」(ジプシーの曲という意味)、シューマン「流浪の民」、ビゼー「カルメン」などがジプシーを直接的に題材としている。。なおトルコやハンガリーでは宮廷にジプシーの音楽家が多数いたようなので、リスト「ハンガリア狂詩曲」、モーツアルト「トルコ行進曲」なども間接的にジプシー音楽の影響を受けている。

Q6:

どうして1996年にドイツ人に発見されるまで、ファンファーレ・チョカリーアはコンサートなどの音楽活動をしていなかったのか

A6:

楽士などをしていたジプシーの集団が、ゼチェ・プラジーニ村に何100年か前に定着したそうだ。
しかし社会主義体制下では、農作物などの生産が第一で、ジプシーの音楽活動などは事実上認められていなかった。そのため、結婚式での演奏など限られた活動しかできず、その状態が1989年の社会主義体制崩壊後も続いていた。

Q7: ドイツでコンサート・ツアーを行うために、メンバーはパスポートや入国申請などを行ったが、入国手続き等で心配な様子であった。このことをジプシーの海外移動についてのヨーロッパの状況を踏まえて考えなさい。
A7:

東欧の社会主義体制崩壊後、ドイツ国内に流入する移民が急増した。そうした背景のもと、1992年ドイツ政府はルーマニアからのジプシーの入国を経済難民と見なし、入国を拒否してルーマニアに送り返すという措置をとった。
このように東欧からのジプシーの入国について、ドイツなどヨーロッパ諸国が神経質になっているので、入国手続き等でトラブルが生じる懸念があった。

Q8: ファンファーレ・チョカリーアのメンバーの1人が、「チャウチェスクと同級だった」と自慢するシーンがある。チャウチェスクとはどういう人物か。また「チャウチェスクの時代」とか「チャウチェスク以後」などの表現がでてくるが、どういう意味か。
A8:

ルーマニアは、1947年に王政を廃してルーマニア人民共和国となり、1965年にルーマニア社会主義共和国に改称した。チャウチェスクは、この1965年以降権力を握り、独裁体制を築いた。しかし、1989年12月に民主化を求める市民の活動が活発化し、国防軍が市民の支持に回ったためチャウチェスクは孤立して、その後処刑された。その処刑後の死体の写真が公開され世界中に配信、独裁者の末路として衝撃を持って受け止められた。
したがって「チャウチェスクの時代」とは、チャウチェスク独裁体制の1965年から1989年まで。「チャウチェスク以後」は1990年以降の時期で、急激な市場経済への移行などに伴う混乱期を含む。

Q9: 日本ツアーの映像は、ヨーロッパのコンサート映像と少し異なっている感じがする。どんな点が異なっていたか、またその原因は何か。
A9:

地元であるヨーロッパでの撮影機材と同じものを、極東の日本では使用できなかったのかもしれないが、その点を考慮しても違いが見られる。
ドイツ人監督にとって、ヨーロッパでのコンサートは自身の文化圏でのジプシーという異文化の受け入れ経験である。ところが日本でのコンサートでは、そもそも日本が異文化圏であり、そこにまた異なる異文化を持つジプシーが入って演奏するという、ドイツ人にとっては2重の意味での異文化体験である。
こうした背景によって、カメラワークに変化が生じたのではないかと推測する。

         図 コンサートの違いの概念図

ヨーロッパでのコンサート
(監督からみると同一文化圏)

日本でのコンサート
(監督からは2つの異文化圏)


注)日本でのファンファーレ・チョカリーアの様子については、日本人ミュージシャンとのセッションなどのツアーの模様、カラフルなネオンに驚くメンバーの様子、渋谷での路上ライブ・コギャルとの会話などのシーンがある。

Q10: ファンファーレ・チョカリーアの成功の要因のひとつとして、ジプシー(ロマ)の豊かな音楽的創造性とともに、2人のドイツ人マネージャーの存在がある。個性的だがルーズな面があり、マネージメントには向いていないと思われるジプシー(ロマ)と几帳面なドイツ人。こうした民族性の違いが存在するように思われるが、どう考えるべきなのだろうか?

A10:

(考えてください。ただし民族性に違いがあるとすれば、個性が違うということ。どちらの民族が優れているかという発想にならないように。異なる個性の組み合わせにより、より大きな可能性が開ける。)

Q11: ファンファーレ・チョカリーアの成功は、ゼチェ・プラジーニ村にどのような影響を与えたか

A11:

メンバー12名の家が新築された。100軒しかない村なので、ほぼ1割が一気に新築されたのだから経済効果は大きい。さらに教会が建設された。おそらくキリスト教の1派東方正教(ルーマニア正教)と思われる。建設にあたっては、メンバー以外の村民が担当したであろうし、メンバーの性格からみて新築祝いも盛大にやったことだろう。
こうして村全体が潤うことで、質素に行いがちだった結婚式なども以前のように盛大になり、その際に演奏される音楽にもそれなりの報酬が出るようになった。メンバーはツアー中でいないことが多いので、2番手レベルの若手の演奏家の腕試しの場になっている。こうした若手の中から、引退するメンバーの補充をしていける。

つまり、村にとって良い経済循環が生まれている。またファンファーレ・チョカリーアにとっても、いい意味での新陳代謝ができる環境となっている。


■その他

 プランクトンの公式サイト 炎のジプシーブラスもよくできています。
 監督や映画にも出演していたドイツ人のマネージャーへのインタビューは、ドイツ人がジプシーをどう見ているかが分って興味深い。監督は17歳の時にみたロシア映画「ジプシーは空に消える」でジプシーに興味を持ったと言っていたが、私もこの映画をみていて同世代だと気づいた。

○ファンファーレ・チョカリーア Fanfare Ciocarlia  ディスコ・グラフィー

  1.Radio Pasccani(輸入盤)
  2.バロ・ビアオ
  3.イアグ・バリ〜炎のジプシーブラス サウンドトラック


2004.08.24 ユーロスペース(渋谷)
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