米国留学での修士レポート(1995年)
「大気汚染対策としての自動車寿命短縮政策の費用・便益評価」の概要
森 哲郎
(★この記事は環境監査研究会の会報に掲載された記事
「
自動車のライフ・サイクル・アセスメントについて」と同内容です)
ライフ・ライクル・アセスメント(LCA)は、原材料調達から廃棄まで、つまり「ゆりかごから墓場まで」ある商品の環境への影響度を総合的に分析・評価する手法として、近年ますます注目を集めています。95年10月に設立されたLCA日本フォーラムは、3月に開催した初の国際シンポジウムをはじめ、97年までにLCAの評価手法の研究や、データベース構築を行い、「環境への影響が少ない」商品とは何かの定義付けを明らかにしようと活動を行っています。
自動車のLCAについて考えると、そもそもバンパーなど一つの部品のすべての原料から廃棄までの環境負荷を把握することさえ、簡単なことではないわけですから、部品総数が数万点に及ぶ自動車全体のLCAや環境負荷把握(インベントリ分析)となるといかに大変なことかはご想像に難くないでしょう。国内外でのLCAへの取り組みの全てを把握することは困難ですが、その一部をご紹介します。
捉えている範囲が広い点で注目されるのが独『シュテルン』誌に掲載されたLCAの試みを紹介した記事です(表1)。ご覧になればわかるように相当に包括的で、原料採取から廃棄までそれなりに丁寧にフォローしてあります。これこそ自動車のLCAをめざす一つのありうべき姿ともいえるでしょう。ただ、この調査は、一般雑誌が Umwelt-und Prognose- Institute (環境と予測研究所)という外部機関に委託したものですが、記事の内容は興味本位のように見えるところも多く、原文では、大気汚染のまとめを体積で示してその影響度を強調したりしています。生産からの廃棄物もリサイクル分が含まれていない模様で、かなり多く計上されているとみられます。BMW、メルセデス・ベンツ、そしてフォルクスワーゲン各社のこの調査へのコメントはともに、批判的なものでした。とはいえ、LCAの先駆けとしての意義は否定できません。
また、スウェーデンの自動車メーカー、ボルボは、1991年に、「製造からスクラップ処理されるまでの全ライフサイクルにわたって製品が環境に与える影響を評価することができる」環境優先戦略(EPS)というシステムを開発しました。スウェーデン環境研究所(ILV)は、EPSに使うための指数も考案しました。


米国では、自動車のLCAについて、ヨーロッパほど進んではいないようです。少なくとも自動車全体についてのLCAは本格的には行われていない模様です。日本では、自動車のLCAとしては、二酸化炭素(CO2)についてか、エネルギーについての多くのLCAが発表されています(表2、3を参照)。複数の環境負荷を同時に調査することは、ほとんど行われていないようですが、自動車の包括的なLCAへの取り組みは、確実に進んでいます。資料(6)にあるように、シュツットガルト大学のポリマー科学試験研究所では、1994年までの5年にわたって自動車の部品・構造・車両本体のライフサイクルについて研究を行ってきました。東海大、早稲田大、慶應大の研究者は産業連関表を使ったCO2からみた乗用車のLCA結果を96年9月の環境科学会年会で発表しました。未踏科学技術協会などが主催するLCAをテーマにした96年11月の第2回エコバランス国際会議では、自動車のLCAに関連する研究がいくつか発表される予定です。上述の独シュツットガルト大学による自動車全体のライフサイクル・インベントリについての調査結果、日本自動車工業会のLCA研究結果、またトヨタ自動車の自動車用燃料タンクの「LCA的研究」などです。
さて、自動車のLCAのライフサイクル・インベントリ(環境負荷排出量データ)利用例をご紹介したいと思います。自動車の使用段階からの環境汚染物質の排出を減らすことを目的にした環境対策があります。米国では、大気汚染緩和のために自動車引退加速(accelerated vehicle-retirement)プログラムを検討する州や企業も出てきました。日本でも、1993年に施行されたいわゆるNOx法は、大都市地域においては、排出規準を満たさない旧年式のトラック等は、一定年数経過後は車検を通らなくなります。こうした、規制(特に米国のもの)は、大気汚染を緩和するために、自動車の使用年数(寿命)を短縮するというものですが、廃車を早めることによって、その製品の生産、廃棄など他の段階の環境汚染を増やしてしまう可能性があります。また、他の種類の環境付加が増えてしまうこともあるかもしれません。「あちらを立てればこちらが立たず」という現象です。このような点は、一般的には、こうした政策策定の視野に入っていないようです。また、逆に自動車の寿命を長くすることによる環境などに対する影響の検討も、車検制度緩和の功罪などを考える上で有用と考えられます。
筆者はこうした分析を大型トラックについて、95年に行いましたが(詳しくは、資料8)、入手可能なデータは多くありませんでした。資料(7)の竹辺論文に掲載されていたトラックの環境負荷データは、技術論文ではなく、大づかみで、LCAとして意図されてはいないものですが、他の環境負荷についてもふれています。その内容は、10トン積みトラックには、原材料10トン、消耗部品6トン、燃料230トンなどが投入され、100万km走行した場合、CO2が 730トン、NOxが6.3トン、SOが21.4トン、粒子状物質が0.9トン、廃油が1トンなどが排出される、といったものです。この竹辺論文にあるNOx、二酸化炭素、廃油、また他で排出量を推計できた固形廃棄物だけに着目し、また、Frank論文を参考にしつつ、小林論文のCO2についてのLCA結果にある生産、走行、廃棄についての割合を他の物質にも適用して、粗い全ライフサイクルの排出量の推定をつくりました。ドイツのLCAでは、窒素酸化物の非使用段階からの排出は、使用段階の約9割とかなり高い比率ですが、この比率を適用してみました。
以上の前提を単純化されたモデル式にあてはめると、寿命を縮めると、走行段階からの排出は減っても、生産、廃棄からの排出が逆に増え、窒素酸化物の総排出量も増えてしまうという結果になりました(下図)。さらに、CO2、廃油、固形廃棄物のそれぞれに暫定的な貨幣価値を与えて異なる物質間で比較可能とすると、15年程度に寿命を伸ばすのが、環境面の利益を最大化するにはいいことになりました。ただし、無理矢理に使用年数を変えることによるトラックのユーザーへの直接の経済的な影響を加えて総合的な「得失」を考えると、経済的な損失が自動車の寿命の変化による環境面の損得を圧倒すると出ました。もちろん、これは全くの試みの結果であり、あくまで参考的意味しかありませんが、このようなやり方で自動車のライフサイクルの環境負荷データを使って、さまざまの意志決定に使うことができる可能性があると思われます。

[参考資料]
(1)Hoffmann, Frank, "Schockierende Auto-Biographie (ショッキングな自動車「自叙伝」", Stern , no. 23, 1993,pp.174-176.
(2)本田技研工業環境安全企画室監修『ホンダと地球環境』、本田技研工業広報部、1993年7月改訂版発行.
(3)小林 紀(日産自動車)「自動車におけるライフサイクルアセスメント」『自動車交通 '94-95』( 1995年2月), pp. 20-23.
(4)森口祐一、近藤美則(国立環境研究所)「自動車の地球環境負荷を考える−−二酸化炭素排出量のライフサイクル評価」『金属』, vol. 63, no. 6 (1993年6月),
pp. 48-54.
(5)櫻井茂徳(トヨタ自動車)「リサイクルを考えた自動車材料の将来動向」、1991年11月26日開催のシンポジウム 「自動車材料−−リサイクルを考える」の報告資料所収, pp. 30-35.
(6)Schuckert, M., et al. (Univ. of
Stuttgart, Germany) "Life Cycle Analysis of Automobiles and Their Body Structures(自動車および車体構造のLCA)",
(社)未踏科学技術協会・エコマテリアル研究会・日本LCA研究会 主催「エコバランス国際会議−−材料と技術の開発のためのライフサイクルアセスメント」(1994年10月25〜27日)講演論文集概要所収, p. 35 (英文論文集あり).
(7)竹辺 孝(三菱自動車)「CO2問題から見た自動車の将来」『日本機械学会誌』, 1991年4月, pp. 36-39.
(8)森哲郎「大気汚染対策としての自動車寿命短縮政策政策の費用便益評価」『環境経済・政策学会1996年年会講演概要集』所収。