「アメリカにおける環境学

― 環境スクールでの留学体験を通して」

 

◎環境分野のプロフェッショナルスクール

 アメリカでは、複数の専門分野を横断する学際的な環境教育を行うプロフェッショナルスクール(専門職系大学院)が存在している。プロフェッショナルスクールとは、ビジネススクールのように実務家の養成を主な目的とする大学院である。名称は様々だが、こうした環境分野のプロフェッショナルスクールを私は「環境スクール」と呼んでいる。

 こうした環境スクールは、林学や資源管理の教育の場としては長い歴史を持つものも多く、環境問題への関心の高まりの中で、1970年代初め以降、環境問題への関心の高まりを背景に、林学スクールや資源学スクールといったプロフェッショナルスクールが、個別の専門分野の垣根を越えた学際的な環境学の教育を強化しはじめ、名称に「環境」を加える動きも出てきた。さらに、1980年代後半以降には、地球環境問題への関心の高まりを背景に、こうしたプロフェッショナルスクールが、個別の専門分野の垣根を越えた学際的な環境学の教育をさらに強化し、環境分野をカリキュラムの中心に据えるようになった。スクール名にも、「環境」を加えたり、「林学環境学」から「林学」をはずしたりする動きが出てきた。また、環境スクールや学際的な環境学部の新設も相次いでいる。

 主な環境スクールは、私が1993年から95年まで学んだエール大学の林学環境スクール(School of Forestry and Environmental Studies =F&ES)の他にデューク大学とミシガン大学のものなどがある。元々は林学や天然資源学のスクールであったこれら3つのスクールは、アメリカの環境スクールの先駆けであり、互いによく似ている。デューク大学・ニコラス環境スクール(Nicholas School of the Environment)のスクール長(Dean)であるノーマン・L・クリステンセン(Norman L. Christensen)氏は、「3つの学校が他よりも長い歴史持っており、成功していることは確かだ。3校は違っているところより、似ているところの方が大きい」という。デューク大学は、74年から91年まで、エール大学にならって、校名を「林学・環境学スクール」とした時期があった。ミシガン大学・資源・環境スクール(School of Natural Resources and Environment)のスクール長、ゲーリー・D・ブルワー(Garry D. Brewer)教授も、「実際、今、環境スクールと言えば、ミシガンとエールとデュークの三大学の環境スクールに匹敵するものはアメリカにはない。多くの大学が同様の学部をつくりはじめているが、これら三校はそのモデルだ。三校では一般的な学術的専門分野(academic descipline)が主導的役割を果たさないようになっており、たしかに、より現実の世界の問題解決をめざした教育を志向している」とする。

 

◎エール大学の林学環境学スクール

 エール大学の林学環境学スクールは、1900年にエール林学スクール(Yale Forest School)として設立された。設立責任者のひとり、ギフォード=ピンショー(Gifford Pinchot)氏は、セオドア=ルーズベルト大統領の政権で活躍し、アメリカ農務省林業局(USDA Forest Service)の初代長官となった。ピンショー氏は「天然資源の保護(conservation of natural resources)」という言葉をつくり、保護(conservation)を「現在と将来の世代のための地球の賢明な利用」と定義した。このピンショー氏の資源保護ビジョンを教育と実務の現実に置き換えることがエール大学の林学スクールの使命とされてきた。以来、同校の卒業生は3500名を超えている。1972年には「林学が広い意味で人類の利益ための生態系の科学的かつ長期の管理にかかわっている」という認識に基づいて校名を林学環境学スクール(School of Forestry and Environemtal Studies=F&ES)と変えて現在に至っている。同様の校名だったデューク大学の林学環境学スクールは1991年に「林学」を削って「環境スクール」となったが、F&ESでは、現在までのところ、この「林学」を重視し続ける姿勢をとっている。

 F&ESには30人ほどの博士課程在籍者もいるが、大半の(約200名)の学生が学んでいるのは原則2年間の修士課程である。この他、特定の目的をもったさまざまなセンターやプログラムがある。海浜地域の生態系や水資源問題に取り組む専門家や学生の教育を行う沿岸・同水系域システムセンター(Center for Coastal and Watershed Systems=CCWS)、ロースクールとの共同で最近設立された環境法・政策センター(Center for Environmental Law and Policy)、企業の環境管理を扱う産業環境管理プログラム(Industrial Environmental Management [IEM] Program)、廃棄物管理の講義・廃棄物政策の研究・論文の刊行などを行う廃棄物政策プログラム(Program in Solid Waste Policy)、熱帯生態系の研究を行う熱帯資源研究所(Tropical Resources Institute=TRI)、地域社会との交流のなかで環境保護に取り組む都市資源イニシアチブ(The Urban Resources Initiative = URI)、などである。

修士課程に学ぶ学生数は、1986年から92年の間に、54名から103名に急増した。急増の直接の原因は志願者の急増だが、その背景には国家レベルで環境問題に大きく関心が高まったことがあるとみられる。

修士課程で取得できる学位には三種類ある。主に環境問題解決の実務家をめざす学生のための環境学修士(Master of Environemtal Studies=MES)、より自由に科目をとりたい学生や研究者志望の学生のための森林科学修士(Master of Forest Science=MFS)、そして林業分野の実務家をめざす学生のための林学修士(Master of Forestry=MF)である。7年以上の十分な実務経験があれば、環境学修士と林学修士については1年で取得できる特別課程もあるが、これはかなり例外的だ。

また、近年は環境学修士が入学者の大半を占めており、他の2つの学位はかなり少ない。ただ、入学後の学位の変更も可能であり、95年の卒業生の100人のうち63人が環境学修士、残りは27人が森林科学修士で、林学修士は10人であり、在学中に環境学修士から森林科学修士課程に乗り換えた学生が多かったことがうかがえる。

 環境学修士と森林科学修士の学位を取るには、卒業までに少なくとも一つの独自の修士プロジェクトをアドバイザーの教授の指導のもとで行う必要がある。これは、普通の講義では探求できない問題について個人かグループによって実験、野外調査、文献調査、またはケーススタディ分析などに取り組むというものだ。また環境学修士の修士プロジェクトは、5つの上級研究分野の一つを選び、その分野に関連する4つの講義を選択した上で行う必要がある。

 

◎企業の環境管理に関する教育の重視

日本を含めた世界の企業の環境問題に対する考え方は、1990年代初めから徐々に変わり始めた。地球規模の環境問題が注目を集め始めたこのころから、企業の環境管理は、単に公害問題を起こさなければいいという時代が終わり、事業活動や製品の環境への影響をいかに最少化するかが事業の発展に重要な意味を持つ時代に入ってきた。この変化を重視する企業も増え始めた。日本の経済団体連合会も世界に先駆けて環境にやさしい企業活動をめざす「環境憲章」を策定した。九一年には、翌九二年の地球サミットに向けて持続的発展のための産業人会議(BCSD)が結成され、その発案から環境管理の国際規格の制定の提案がなされた。こうして国際標準化機構(ISO)がISO 14000シリーズを制定していくことになった。

環境への貢献を重視する企業が増えるにつれて、環境保護団体など市民の側にもすべての企業を敵視する風潮に変化が始まった。「企業を敵視するのでは問題は解決しない。企業と市民が協力してこそ、環境問題の緩和が可能になる」と考える人も増えてきた。1・2節で紹介したバルディーズ研究会が一九九一年に日本で設立された目的も、企業と市民の協力だった。

一方、F&ESにおいては、その使命は「次の世代の環境問題分野のリーダーを養成すること」とされていたものの、80年代半ばまで、産業界(ビジネス)には実際のところあまり注意が払われてこなかった。F&ESの学生の間でも、企業は環境を破壊する「悪者」という見方が常識であり、ビジネス自体に興味を持つ学生はほとんどいなかった。卒業後は、企業にはほとんど就職せず、もっぱら政府機関・環境保護団体・林業関係などに就職していた。

しかし、当時のジョン=ゴードン(John Gordon)スクール長は、1980年代末に、このような「企業は環境を破壊する悪者」の時代の終わりを感じ取っていた。強く感じていたのは「企業経営の面からも環境問題をとらえなければ、世界の環境管理の問題において、置いてきぼりになってしまう」ということだった。こうしてIEM(産業環境管理)プログラムが1980年代末に始められた。IEMプログラム(以下IEM)は、「企業経営者が直面する複雑で多面的な環境問題に対処するための統合された技法を教授すること」を目的にした、環境学修士課程のためのプログラムである。そこには「環境問題の将来を考えると、企業は最大のプレーヤーだ。だからそれに対応した課程を作って、企業が次世代の環境を管理する方法に対して影響を与えたいという狙いがあった」(マリアン = チャートウ[Marian Chertow]IEMプログラム長)。

 IEMは環境学修士の上級研究分野のなかの「環境政策と環境管理」の中の選択肢の1つであり、、IEMに参加するための必修科目が指定されていた。つまり企業の環境管理を学ぶための枠組みに沿って、環境学修士の学位をとるプログラムとなっている。履修を求められる講義は生態学、環境公衆衛生、環境政策・環境法などだ。特に環境化学は必須だという。つまり、アドバイザーが許可する必要とされる分野の単位を取得し、IEMに関する修士プロジェクトの研究(論文)を無事完成させれば、IEMを修了したことになる。

環境学スクールのIEMのポイントは「工学部のプログラムではないということ」だとチャートウ先生は言う。仮に工学部のプログラムなら、同じIEMでも、もっと技術志向で工程管理の変化などに重点を置くことになる。また、ビジネススクールにおけるIEMは理科系の要素がほとんどないという意味でF&ESのものとは大きく違ってくる。F&ESのIEMは、「しっかりした科学と生態学的原理の認知に基づいたものであると同時に、本当の意味でトータルなアプローチ」であり、生態科学(eco-system science)、環境分野の公衆衛生学、政策・法律によるマネジメントなどの分野を統合する学際的な観点から企業の環境管理を考えるものである。

 ミシガン大学やデューク大学の環境スクールにも、90年代の始めに、企業の環境管理に関するプログラムが次々と設置された。ビジネス・スクールとの合同学位課程(Joint Degree Program、2つの学位を、別々に取るよりも短い年数で取れる課程)も各スクールで設置された。3年でMBAと環境管理学修士などを両方取得した卒業生はよりよい就職の機会を得ている。環境スクールは米国内でも企業によってまだ広く認知されているとは言えないが、今後は、企業ばかりか政府機関などとの協力関係の強化を含めて、環境に関するさまざまの意思決定により大きく関わっていくことを目指している。

 

◎環境スクールはなぜ学びやすいか

 環境スクールの最大の特徴は、一つの学問分野にとらわれない学際性だ。文科系・理科系や学生・社会人を問わず学びやすくなっている。私が実感したのは、文科系・理科系を問わない未知の分野への挑戦がとても容易な優れた教育システムの存在だった。これは、私にとっては大きな驚きであり、かつて経験した日本の大学の一部の無気力な講義に対して、あらためて憤りさえ感じるほどだった。アメリカの大学で学んだことで、私は、日本の大学教育の問題点をはじめて認識したのである。私が日本で学んだ多くの講義は、先生に教えるという確固たる意志が感じられず、テストの解答も前もって教えられるものさえあり、勉強するという動機づけもなかった。一部の分野については本を読んで独学で補完しようとしたが途中でわからなくなってあきらめたものが多く、語学以外では、学び取ったという充実感のあるものがほとんどなかった。講義が理解できないのは「自分の頭が悪いから仕方ない」と私は半ばあきらめていた。だが、原因のほとんどは大学のシステムの問題だったと今では確信している。本来、普通の人間でもシステム次第で充実した勉強ができるはずである。

 私は、これまで半ばあきらめていた経済学や疫学、水門学などなど全くの新分野の講義がF&ESですいすいと身についていくことに驚嘆した。私が感じたF&ESの良さは、次の四点にまとめられる。

 @社会人が入学しやすい職業大学院であり、文科系・理科系を問わない学際性を持つこと。少数の研究者の卵を育てる学術系大学院(graduate school)ではないから、1学年が約100人というように定員が多く、高度は学識を持っていない学生でも入学しやすい。普通の大学院には合格できなかった私も、環境スクールには合格できた。平均年齢は27歳前後で、大学を出た後にいったん社会経験を積んだ人が大多数だ。このため各人の知識や経験も実に多様だ。だから、いろいろの分野で入門がしやすいように、入門編の講義は、誰にでもわかりやすい基礎的なところから始めている。だからこそ、文科系・理科系を問わず、環境分野に関連するさまざまな学問に入門することができるのである。

 A他の学部を含めて入門から高度なレベルまでメニューがそろっている講義体系。一歩一歩着実にやれば落ちこぼれにくくできている。

 BTAとオフィスアワーで落ちこぼれが出にくくするバックアップ体制。授業がよくわからなかったり、宿題の解き方がわからない学生は、TA(teaching assistant = 教務アシスタント)や先生の面会時間(オフィスアワー)で個別に教えてもらうことができる。

 C学生は「お客」という意識。アメリカでは大学はお金を払っただけの知識を得るところという意識が日本よりも明確だ。払った授業料の分は学ばなければ損という考えである。こうなると教えるほうも無気力な教え方は許されない。

 以上は、@はF&ES自体の良さであり、AとBはアメリカの大学のシステム全般が持つと思われる良さから来るものだが、その根底にはCがあると言える。

 

◎日本の大学改革は焦眉の急

 F&ESでの体験を通じて私が強く感じたのは、大学教育の大切さだ。21世紀に資源も土地も限られている日本が繁栄するためには、付加価値の高い創造的な製品、サービス、ソフトウエアなどを世界に供給し続けなければならないだろう。環境問題にかかわる技術・ノウハウ・理論などもその中に含まれる。普通の人も、創造的・天才的な人材も、共にどんどん伸びていける環境をつくることが必要だと思う。

 東京大学では、「教授が一方的にしゃべるだけ」の法学部の講義を皮肉った東京大学新聞のコラムが話題を集めたという。マイクを使った無味乾燥な授業を法学部生は「法学部砂漠」と表現するのだそうだ日本経済新聞 97年5月5日「教育が見えないC」)。

 著名な経済学者である飯田経夫氏は、ある私立大学の非常勤講師を引き受けたものの、授業中の私語があまりにひどく、1年の予定を半年でやめたという。「わが国の大学が学問の創造の場として、まともに機能していない、との指摘は大学内外から出ています。」(東京新聞 97年5月28日付社説)

 私のアメリカでの体験を書いた本を見た先生から、日本の大学で環境・エネルギー問題を教える先生方の集まりでその体験を紹介して欲しいと依頼された。この機会に、これらの先生方に日本の大学の現状を伺った。多くの大学でさまざまの改革の試みが行われているが、私が体験した日本の大学の問題点は多くの大学に普遍的であり、基本的に変わっていないと感じた。学生による教員の評価を行っている大学もあるが、まだ有効に機能しているところは少ないようである。

 アメリカから帰国後、私は臨時講師として大学で企業の環境管理について講義を担当したこともあるが、学生は出席すれば単位がもらえるというシステムになっており、人数も200人くらいの大人数だった。学生は、単位がとれればいいと考えていたのか、私語も多かった。

 『日本経済新聞』1998年9月20日の教育欄に「当世大学生気質−−勉強に元々『興味なし』」というエッセイを大学の先生が寄稿しているが、学生をこういう「気質」にさせる最大の要因は断じて大学生自身の問題ではなく、大学自体のシステムである。同じ教育欄では、大学審議会が今年6月に公表した大学改革に関する中間報告が、教員に「責任ある授業運営と厳格な成績評価」を求めていることを紹介している。だが、ことは教員の意識改革ですむ問題ではない。学生や大学当局による教員に対する評価をきちんと行うこと、また「責任ある授業運営が」できるように学生定員数を押さえること、学生の理解促進や教員の負担軽減のためのTA制度の拡充すること、などのシステムの強化が是非必要だ。

 もちろん、日本にもすばらしいシステムをもっている大学も少なくないだろう。学際性を重視した環境関連の学部も多く設立されている。社会人向けの大学院も着実に増えている。さまざまの改革も始まっている。だが、F&ESのようなアメリカの大学のシステムからわれわれが学べることはまだまだあるはずである。

(以上は、昭和シェル石油株式会社『Quality』No.135(1998年12月)に掲載されましたが、表・写真を省略するなど、内容は多少異なっています。)

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