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■ネパールの旅の記録



■■■ひとみ 岡田明子 ■■■


私は、ネパールのどんなところにひかれたんだろう、と考えてみると、たくさんの「ひとみ」だと思います。パシパティナートの子どもたち、フルチョキ学校のみんな・・・。暮らしも豊かではないのに、なぜみんなあんなにいい顔なんだろう。パシパティナートで私と手をつないでくれた女の子がいました。
その時、私の心は、すごくやさしい気持ちでいっぱいでした。その子の心がつないでいる手からトクトクと流れているみたいな・・・。言葉がつうじなくても、心でつうじあえるって、なんだかとてもすてきなことだと思います。みんなと言葉がつうじあえたら、戦争なんてなくなるのになあ、と考えたりしました。
さて、この作文の結末は、「私もネパールの子どもたちのようにやっしくなりたい」でも「ネパールの子どもたちのひとみに近づきたい」でもありません。これは単なる日本人のきれいごとになってしまうからです。

自分らしく生きてみたい、これが私の思った事です。やさしくなりたいなんて、はっきり言って(書いて?)、私はやさしくなんてなれません。やさしいというのは、岩波国語辞典で調べると(笑)、「思いやりがあって、親切なこと」と記してありました。もし万が一私が「やさしく」なってしまったら、怒る・泣く・喜ぶ・楽しむの感情はどこへ行ってしまうのか?一生人のために「やさしくならなくてはいけないのか?たしかに「やさしい」人は人に好かれるけど、自分のために生きることはできません。その点ネパールの子は、無理に好かれようとしていないし、自分らしく生きています。その生き生きしたひとみが語ってくれてやっとわかりました。最後に私をネパールにつれていって下さった大郷さんをはじめ、いろいろな方と、ウペやアンカミやカールさん、本当にありがとう。


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