■あぶらむ通信
■飛騨だより Vol.18
あぶらむの会代表大郷博
○あぶらむ通信18号より抜粋



'96年夏、梅雨明けと同時に強い日射の日々、しかしその中にも赤とんぼやコスモスなど、秋を感じさせる生きものたちがちりばめられている飛彈の短い夏です。皆様にはお元気でお過ごしの事と思います。私たちのあぶらむの里で生活しているものも、一同元気に過ごしています。しかし、その中にあって私の方は、少々元気不十分といったところです。原因は「親の子離れ」をめぐって頭とからだの葛藤にあるのです。
この春、進学のため下の二人の子供たちも家から出ていってしまいました。頭の中ではいやというほどわかっていたのですが、いざ誰もいなくなってしまうと、心の中の空白感は大きく、からだ全体でこの現実を受け止めるまでには少々時間がかかるようです。「別離」、私たちはこうした小さな別れをいくつか体験しながら、やがて訪れてくる大きな別れにむけて心の準備をしてゆくものなのですね。私にとっては初めてのよい訓練の一時です。しかし、このように十分に子離れできない私を憐れんでか、最近、あぶらむにたくさんの子供たちが与えられ始めました。その第一陣が「子どもから大人までのネパールの旅」に参加した子供たちです。
バブル経済の頃、あぶらむの里周辺でもゴルフ場やスキー場による地域開発が盛んにすすめられてきました。リゾート開発といえば日本列島にゴルフ場とスキー場の金太郎アメ、そんな中で自然と調和し人々の心や感性を、もっともっと豊かにするリゾートという世界があるはずと語ってみても、今日明日すぐにお金になるものの力は絶大で、「こころ」などという言葉を口にするものは、経済力のない敗者のたわごとでしかなかったのです。そのような中で1994年より、地元の人々を中心に始まったのがネパールの旅、百聞は一見に如かずで、物質的貧しさの中にあって限りない、心の安らぎと癒しを与えてくれるネパールの地、その地を旅する中で私たち一人一人の心にどのような変化がうまれてくるのか、その事実の中から真のリゾート(心の安らぎと癒し)の在り方を考えてみたかったのです。そしてこの3月、地元の人々を中心に、11才の子どもから60才の大人まで、総勢19名(現地参加の海外青年協力隊員を加えれば22名)による新たなネパールの旅が始まったのです。
最近心のバランスを崩したりして、あぶらむの里を訪れる若者をみていて思う事の一つに、自分で直接見て、触れて、感じてという「第一次体験」が極端に不足しているということです。彼らの中に見るのは、テレビや雑誌等を通してあたかも見たかのように、触れたかのように思い込み、それを自分の体験としてしまう「第二次体験」のみに満たされている姿です。この二つの体験の違いはどこにあるのでしょうか?第一次体験はからだ全体を用いてそこでの経験をうけとめ、多くの時間をかけて消化されて行く全人格的な営みに対して、「バーチャル・リアリティー(疑似体験)」という言葉に代表されるような第二次体験は、脳の片隅で短時間に処理されていく、一種の情報処理のたぐいのものでしかなく、私たちの心に深く刻み込まれるようなものにはなり得ません。私にとっての第一次体験は沖縄であり、ハンセン病を病んだ人々との出会いであり、またフィリピンやネパールの名もない人々の日々を生きる真剣な姿でした。それらはすべて真実なものであり、もし私がそれらを見なかった、触れなかったと、その真実との出会いを否定するならば、それは自分の人格を否定することになったでしょう。しかし、この出会った事実へのこだわりが、やがては未知なる自分の人生を手探りで歩む時の確かな道標となってくれたのです。出会ったそれらの人々や出来事は、私の人生の師でひながたでもあったのです。心のバランスをくずしている若者と接して感じる事は、彼らの中に人生のとっかかりとなるこの「ひながた」(モデル)がないということです。第二次体験の中からは、私たちの未知なる人生の道標となるべきものは生まれてこないからです。このような理由からも、第一次体験としてのネパールの旅が子供たちと共に始まったのです。

<中略>

さて瞑想の家、研修棟としての「諸魂庵」が落成して一年が経ちました。290年あまりの時を刻み込んだ館、どこか人の心を優しく包み込んでくれるのです。その空間を十分に用いるまでには少々時間がかかるのが現状ですが、それでも多くの人々に心の安らぎを与えてきたように思えます。この六月には地元日赤看護専門学校生たちのトレーニングキャンプをひきうけました「自分と向き合う」ことが一つの課題でしたが、私はそのために「瞑想」の一時を取り入れました。オウム事件によりこの瞑想という言葉に多くの偏見がもたれている事や、また瞑想への若者たちの反応が分からず、プログラムの中に取り入れる事に躊躇した私でしたが、諸魂庵とあぶらむの里の持つ癒しの力を信じて取り入れる事にしました。「瞑想の時が一番素直に自分とむきあうことができた」という彼らの声に、今後の活動に対して大きな気付きと励ましが与えられました。今回はその声も紹介させていただきたく思います。夏本番、どうぞ時節柄くれぐれもご自愛くださいませ。あぶらむの里訪問を皆様のご予定に加えていただければ幸いに思います。スタッフ一同皆様のおいでをお待ちしております。






 

1996年7月 盛夏

あぶらむの会 代表 大郷 博




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