■あぶらむ通信
■飛騨だより Vol.19
あぶらむの会代表大郷博
○あぶらむ通信19号より抜粋


1年経つのも早ければ、10年経つのも早いもので、あぶらむの会が発足して10周年の節目の年を迎えました。皆様方の多大なご協力のおかげでやっと、少しは心安らぐあぶらむの里となってきました。この間、短距離競走ランナーのように全速力で走り通してきたためか、あちこちに疲労がたまりかけてきているらしく、心は熱しているのですが、身体の方のレスポンスが少し鈍くなってきているような状態です。仕事の途中で腰を伸ばす回数も多くなってきました。しかし、私たちの社会の抱えている問題を考えるとそんなことは言ってはおられません。働き人のことも含め、この節目の年にこそ、将来に向けての体勢づくりをしっかりしなければと思ってます。

まず最初に報告しなければならないことは悲しく、辛い出来事です。あぶらむの会の代表世話人として、創立時より多大な労をおとり下さった八代崇先生が逝去されました。65才でした。八代先生とは1968年に初めて沖縄でお会いして以来、牧師の卵としての神田キリスト教時代や立教時代と、ずっとお世話になりっぱなしでした。これから少しずつご恩返しをと思っていたところですが、少々早い別れとなってしまいました。

また動物写真家としてアラスカの自然を撮りつづけ、私たちに預言者としてのメッセージを送りつづけていた星野道夫さんとの突然の別れも、大きな痛手でした。星野さんが逝ってもう1年、この間私は彼の著書を幾度も幾度も読み返してきました。彼が私たちに伝えんとするメッセージもさることながら、彼の透明感溢れる文章に圧倒され、私は恥ずかしくてペンを執ることができなくなってしまいました。なぜなら、彼の文章が鏡となり、そこに映し出される自分の姿に、私は自分の、そしてあぶらむの働きの現在と将来をいろいろと深く考えさせられてしまい、ペンを執る手がますます重くなってしまいました。

昨年より毎夏、遠路四国の松山よりはるばるあぶらむの里へ訪れて下さる、清水秀明ご夫妻がいらっしゃいます。清水さんは地元で「光明クリニック」を開設しておられ、医術だけでなく、精神的な深い配慮も加え、病気を病んだ人の総合的癒しを実践しておられるお医者さんです。そんな清水さんから頂いた手紙の中にこんな一文がありました。「人の生と死を見ながら、いつも思うことは、生きている今を生き通すことで、過去と未来をつなぎ、魂とも言うべきものを成長させてゆく一つの過程ではないかと・・・。病も死も、その時々で必要なもので、大きな区切りであり次の一歩であるという気がしてなりません。ひとの臨死に出会う際、メッセージを受けます。ある人は、「愛は素晴らしい!」とほほえみを浮かべて旅立ち、「ちゃんと一人で逝く準備が出来たから心配するなよ」という人があり、最後まで泣き騒ぐ人あり、様々ですが、やはり、人は生きたように死んでいくようです。生き方が死に方そのものになって展開されます。だから、いかに生き、自分らしくあるかということの大切さを思わずにはいられません。」

この10年、かたちとしてのあぶらむの里作りに全力投球していた私、それが一段落し、この与えられた空間を用いてのあぶらむの働きというソフト部分を考えていかなくてはならないもっとも重要な時における大切な人たちの死(沖縄愛楽園の松村行雄執事の死や、他の入園者の死も大きなきっかけとなりました)、「死を通して生を考える」、「生を通しての死への準備」、生きることをもっともっと鮮明にして行かなければならないのに、それを怠っていた自分に気がつき始めました。「還暦」という人生の暦における区切りまであと10年ほど、先に逝ってもなおあぶらむを導いてくださっている人々に応えうるような働きをしなければと思ってます。幸いに今年は有能な働き人が与えられました。スタッフ一同一丸となり、多くの問題を抱え込んだこの時代のただなかにあって、真摯な気持ちでひとつひとつ働きを積み重ねて行きたく願っています。今後ともあぶらむの働きに皆様のご支援をお寄せくださいませ。末筆ながら皆様のご健康をお祈りいたします。


 

1997年8月

あぶらむの会 代表 大郷 博




Copyright (c) あぶらむの会 2001
本サイトの内容の一部または全部を著作権者の許可なく
使用することは固くお断りいたします。
All rights reserved. Reproduction in any form prohibited