■あぶらむ通信
■さようなら星野道夫さん
あぶらむの会代表大郷博
○あぶらむ通信19号より抜粋
さようなら星野道夫さん
またお会いできる日まで
弔辞
星野道夫さん、大郷です。
「今度は大郷さんがアラスカを訪れる番ですヨ」、あなたのそのお誘いに9月末にお訪ねする予定だったその矢先に、このようなかたちでお別れしなければならないことに、胸がはりさけんばかりに悲しく、痛みを憶えます。
5年前、お姉様の京子様より、「これ弟の道夫の本です。読んでやってください。」といって「アラスカ風のような物語」をいただきました。それがあなたとの出会いでした。私が圧倒されたのは、数々の写真もさることながら、あなたがつづる文章の透明感でした。そしてその文字は、一度も見たことのないアラスカが眼前に立体感を持って迫ってくるのです。それが私のあなたへの憧れの始めでした。
こんな透明感のある文章を書く人と会ってみたい、あなたと直接お会いできる日を切望してきました。
1994年2月、念願かなって、あなたは私たちの住む飛彈の地を訪れてくれることになりました。汽車の到着を待つまでの間、私の胸は高鳴りつづけました。他方、列車から降りてきたあなたの顔は対象的で、「あぶらむの会って何だろう。大郷とはどんな人間なのだろう。」とあなたの顔には不安そうな思いが満ちていました。これが私たちの出会いの始めでした。
お会いしてまだほんのわずかな月日しかたってないのに、わたしのそして私たちの心の中に占めるあなたの存在感の大きさは一体どこから生まれてくるのでしょうか?
京子さんからいただいた本。あなたからお送りいただいた本を、私は書店で求め、兄弟のようにしてきた私の甥に送ってきました。あなたの出来事を知り、彼の妻はこのような手紙を送ってきました。
「あまりにも悲しいニュース、何といっていいのかわかりません。星野さんの本の中の"妻の直子が妊娠しました"という言葉が浮かんできて、お会いしたこともない方なのだけど、どうしてあんなにも一生懸命生きてらして、純粋な方が亡くならなければならないのか、信じられません。進さんもこの二日ほど寝れない日々を送っています。"逢ったこともない方の死だけれど、苦しくて悲しくて仕方ない・・・"と。
どうしてペンを執ったのか分からないけれど、進さんと二人、心から星野さんのご冥福をお祈りしております。
彼女のこの気持ちは、あなたの本を通してあなたと出会った多くの人々の気持ちでしょう。しかし、人の心に占めるあなたの存在感はいったいどこからくるのでしょうか?
<中略>
あなたはいいました。「動物たちの真実な姿を撮るには、人間は身構えてはいけない。護身用にと銃を持ったその瞬間、動物たちは警戒し、真実な姿を見せてはくれない。」と、あなたはいつも丸腰で写真を撮りつづけました。愛くるしい動物たちの姿の背後にいのちを賭しているあなたの真実を見ます。
「真実なるものの発見は、いのちとひきかえに!!」というあなたのメッセージを感じずにはいられません。
しかし、ここに一つの不思議が感じられてなりません。この真実なるものを求めてやまない求道者のようなあなたの口から、「祈り」という言葉が一切でてこないという不思議さです。これまであなたの著書に全て目を通してきましたが、あなたの口から「祈り」ということを聞くことがありませんでした。
だが絶筆となった「ナヌークの贈り物」の中に、あなたは初めて「祈り」を口にしましたね。あなたの中にこの「祈り」という言葉を真実なるものとするために、あなたのこれまでの働きがあったのですね。
一人の少年とナヌーク(白熊)とのやり取りのなかであなたは語ります。
「少年よ、わたしたちはアザラシを食べ、アザラシたちは魚たちを追い、
魚たちは海の中の小さな生き物を口にふくむ。
生まれかわっていく、いのちたち。」
「人間はクジラに向かってもりを投げ、
クジラはサケをのみこみ、
サケはニシンをのみこむ。
生まれかわっていく、いのちたち。」
「オオカミはカリブーをおそい、カリブーたちはコケモモの実をついばみ、
フクロウは鳥たちのヒナをおそい、鳥たちは小さな虫をたべる。
生まれかわっていく、いのちたち。」
「おまえのおじいさんの最期の息を受けとった風が、
生まれたばかりのオオカミに、最初の息をあたえたのだ。
生まれかわっていく、いのちたち。」
「少年よ、消えていくいのちのために祈るのだ。
おまえのおじいさんが祈っていたように。
おまえのその祈りこそが、
私たちに聞こえる人間のことばなのだ。」
「われわれは、みな、大地の一部。
おまえがいのちのために祈ったとき、
おまえはナヌークになり、
ナヌークは人間になる。
いつの日か、わたしたちは、
氷の世界で出会うだろう。
そのとき、おまえがいのちを落としていても
わたしがいのちを落としていても、
どちらでもよいのだ。」
・・・・・
他者のいのちによって生かされているという、その単純な真実を見失ってしまっている私たち、今日私たちが直面している危機的と思われる数々の出来事の病根をあなたは鋭く、そして優しく指摘しています。
「祈り」を通して、いのちとは何か、真実とは何かを語りかけたあなたはもういない。
しかし、あなたはいう。
「自然の終わりはいつも何かの始まりである。」
「いきものは息をつくるもの、風をつくるもの。」
「人生は何かを計画しているときにおきてしまう別の出来事のこと」
純粋であることや真実であること、祈りや生きるということを見失った私たちの世界。しかし、あなたの生と死を通して、私たちの中に何かが始まろうとしている。あなたはその起爆剤となって逝った。あなたは真の「サワドゥ」・・・アラスカ魂を持った人・・・です。
お別れの言葉は尽きません。最後にお約束いたします。
一つに、あなたの偉大な仕事を多くの人々に伝えるべき記念館を、お仲間の皆様と協力し、実現したく心より願っています。
二つに、残された奥様直子さんと翔馬君のために、たとえお二人がどこで生活されようと、厳しい冬を暖かくやり過ごすための「薪づくり」に、わたしのいのちある限り、薪をお届けしますのでご安心ください。
星野道夫さん、どうぞ安らかにお休み下さい。またすぐにお会いしましょう。
それまでの一時。さようなら。
1996年8月20日 大郷博
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