アメリカに行きます。

この言葉はみんなを驚かせました。なぜなら、それまで一度もアメリカに行ったことは観光でさえもなかったからです。それからさかのぼることおよそ半年前に調査でシベリアに1ヶ月ほど滞在したのですが、その地域に流れるアムール河に落ちる夕日を見たとき、強い衝撃を感じ「僕の先祖はここから来たんだ」と自然と涙がこぼれました。なぜそう思ったかわからないのですが、日本とは似ても似つかない壮大な風景の中で真っ赤な夕焼けに染まっていました。そのときから、海外へ行きたいという志向が強くなり、その欲求は抑えられないほどになって行きました。しかし、世界の誰も僕を知りません。僕も世界の誰のところに行ったらいいのか、行けるのか判りませんでした。そこで世界中の自分の研究に近い研究室の住所をインターネットなどで調べて片っ端から手紙を送りました。送った国は、ドイツ、イギリス、フランス、スロベニア、チェコ、スウェーデン、ノルウェーそしてアメリカです。返事はすべての国から返ってきましたが、採用を前向きに考えてくれた国は、チェコとアメリカの研究室でした。アメリカを選んだ理由は実は言葉の問題よりも、給料を基準にしていました。チェコは生活に足りるか足りないの金額だったために、海外で切ない思いをしたくもなかったので、アメリカにしました。採用通知をもらったのは卒業直前の僕の誕生日17日でしたので喜びはひとしおでした。しかし、手紙を出しておいて、僕はロードアイランド州というのが一体何処にあるのか知りませんでした。ちなみにこの州はイギリスから独立した当時の13州の一つです。でも大きさはアメリカ合衆国最小の州で、わずかに津軽半島ほどしかありません。地図で探したのですが、見つけることはできませんでした。なぜならロードアイランド州は小さすぎてRIとしか書いてないからです。ハーバード大学のあるマサチューセツ州と、エール大学のあるコネチカット州にサンドウィッチになったような州です。したがって日本人はほとんど来ないですね。

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