環境計画U 早稲田の森計画

 

 

グランド坂緑化プロジェクト

 

 

T.なぜグランド坂か

なぜ早稲田の森の取っ掛かりがグランド坂なのか。

その理由は早稲田の森とはなんだったのかという問いかけに始まりました。

早稲田らしさを考えた緑化計画にするためにも、計画が地域にしっくりなじむような

背景を持っているべきなのじゃないかと思い、前期の計画を通し

早稲田の森について前期の“早稲田の森とは”“早稲田の森アンケート”で考えてきました。

そこからでてきたのが、このグランド坂と早稲田の森の関係です。

 

 

早稲田の森とグランド坂

    

"「都の西北・・・」の校歌により、あまりにも名高い早稲田大学とその周辺の街は、「心の故郷」とうたわれ、「早稲田の森」とも呼ばれてきました。しかし最近では、大学にも、また周囲の街にも都市再開発の波が押し寄せ、ここ十年ほどの間をみても、大変な様変わりをみせています。

たとえばその一例が早稲田大学図書館です。東洋一ともいわれる偉容を誇る中央図書館の建っている場所は、以前は、「最後の早慶戦」の舞台となったことでもよく知られる安部球場でした。球場に沿ったバス通りは、通称「グランド坂」と呼ばれ、近くには安い学生下宿や古本屋、喫茶店などが集まり、独特の「学生街」の雰囲気を漂わせていたものでした。
 街の景色が変わるにつれて、学生気質も、また、早稲田に集まる人たちの表情も、徐々に変わってきたような気もします。
 けれどもまだ早稲田大学とその界隈には、古い建物や昔ながらの風物もいくらか残り、新しい風景とまじりあいながら生き続けています。それは、建学百十余年の早稲田大学の「伝統」が醸し出したものかもしれませんし、また、もっと古い、この地が本当に森であり、早稲田田圃だったころからの残照であるのかもしれません"

―オール早稲田文化週間('98) 図書館企画写真展「早稲田界隈」パンフレットより抜粋

 

   この安部球場は、早慶戦の舞台という晴れ晴れしい場であっただけでなく、その緑でも有名でした。

そのまとまった緑は早稲田の景観と周辺の人々の生活にとって大きな存在だったといえます。

早稲田界隈を象徴する言葉として、早稲田の森という言葉がしばしば登場することからもその存在感が伺えます。

 

 

 

では、どこだか地図で見て見ましょう

 

地図

 

 こうしてみると、早稲田の森アンケートでも大きな緑地として名前を挙げる人の多かった大隈庭園甘泉園公園

を結ぶ一直線上に、安部球場、今の図書館があることがわかります。

この球場も豊かな緑に囲まれていたことから考えて、ここ一帯が大きなグリーンベルトを形成していたといえます。

 

つまり、このグリーンベルトを筆頭にした早稲田周辺の緑地を総称して“早稲田の森”だったのじゃないかと私は

思うわけです。

 

現在でもこの一帯には、大隈庭園甘泉園公園以外にも、神田川沿いの緑地や新江戸川公園にある緑地は

もちろんのこと、リーガロイヤルホテル(緑化事業に積極的に取り組んでいることが有名です。ちなみに、屋上緑化面積

は新宿区全体でも四番目の705u。)の緑地などがあります。

緑地を残していく&増やしていく環境遺伝子でしょうか?

注:第五次新宿区緑の実態調査報告書 平成13年より

 

 

これからの早稲田の森

緑地問題を考えるとき、主に問題とされるのは“どう残すか”“どう増やすか”です。

早稲田でこの問題に取り組んでいこうとする場合、早稲田の森という言葉の背景にある

緑地の歴史への考察は避けては通れません。

 

未来の早稲田の森をどんなものにしていくのか、

“らしさ”を持った個性のある緑化プロジェクトにしていくためにも、

かつて早稲田の森真っ只中にありながらも現在はその姿を潜めてしまった場所、

グランド坂周辺にその最初の一歩を踏み出してみようとするのが

このグランド坂壁面緑化プロジェクトです。

 

 

 

 

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