1.ドイツの小公園法
ドイツの公園には一般に明るいブナ等の落葉樹林が多く、そこには、40年前工場の帰りによく足を踏み入れた心和む散歩道があった。 十年程前農林省図書室で「変貌するドイツの都市と農村」誌の中に「都市の小公園法」 1983年制定施行とあり、次の様な解説があるのを見つけた。

都市の拡大と共に緑地が減り、公害が広まった為、都市には必ず小公園を組み込む法
律を国として制定した。  連邦政府    小    公園     法    
           (Bundes Kleingarten Gesetz)
規模は200〜600u、大部分の市民が徒歩で30分以内で行ける距離。市民自給
用の花や野菜も栽培され、保養、休養の小さな小屋も設置される。        
設置の意義                                 
・人間と土地の結合                             
・自然保護機能                               
・心身の健康の維持                             
・社会的教育意義                              
・自由時間の利用                              
・経済的意義(花、野菜、果物等の供給)                   

2.ドイツの小公園の実態
昨年友人(トベラの会代表宮川豊氏)のドイツでの調査及び「生活の中の市民農園をめざして」 (迴谷義治:千葉クラインガルテン研究会代表・著)から実態は市民農園である事が判った。

3.ヨーロッパの市民農園の歩み
誕生は産業革命前後のイギリスで、都市の肥大化と共に貧しい人々の生計を助けるために一定区画を市民に貸与した (allotment garden 「アロットメント ガーデン」と名づけられた)のが始まり。 これがスウェーデン、ドイツ等へ導入され、特にスウェーデンでは、福祉の関係で導入され、高齢者の健康が狙いで、 現在3万人の農園利用者の団体があり、国と地方自治体が支援している。 フランスでも20万人が利用し、規模は一区画200uである。
4.日本の市民農園の歩み
  日本での始まりは、1924年(大正13年)京都市園芸倶楽部(1923年に設立さ れた園芸愛好家の民間団体)が始めたのが 最初だが、1952年(昭和27年)に現在の農地法が制定され、市民農園は存在できなくなった。


  列車の窓から見たドイツの都市周辺のクラインガルテン団地風景(宮川豊氏撮影)

戦後経済発展、都市拡大による農地のスプロール現象が起きた昭和40年頃、神戸で
1966〜68年にかけて、先行テストが行われ、1969年から神戸市と農協の支援で市民農園が始められた。 東京の板橋区民農園も略同時期に開始された。1969年(昭和44年)現行の都市計画法が制定され、 市街化区域と市街化調整区域の線引きが行なわれ市街化地域に組み込まれた農地は勢い、高収入型農園業や観光農業に転換、 都市農業が行なわれる様になった。 都市計画法が施行後5年たって、1974年、生産緑地法が制定され、都市農業の展開も容易になった。 世田谷区区民農園が発足したのもこの年。その後、1991年(平成3年)生産緑地法改正により、 市民農園で廃園する所もでたが現在再び徐々に増加になっている。
・日本での市民農園の機能と役割
 環境保全機能(緑と土の確保)
 防災機能
 コミュニティー機能
 地域活性化機能(利用者が定期的に訪れるので人の流れにより地域の活性化が図れる)
 教育的機能
 余暇活動機能
 保険休養機能(園芸療養)
 社会福祉機能
 生産緑地機能
・日本での法律
 市民農園整備促進法
 特定農地貸与に関する農地法等の特例に関する法律