延焼をくいとめた神戸市長田区大国公園(長田区海運町3、本庄町2)面積約700u

1995年(平成7年)1月17日未明、突如として起こった大地震と、
引続き発生した火災によって神戸市街は約100万平方メートルが焼土となりました。
中でも木造家屋や中小のケミカル工場が軒を連ねる長田区が最も大きな被害を受け、
この主な火災現場7ヶ所の中、JR鷹取駅近くの若松町、
海運町地区の火災は家屋約千軒を焼きつくした後、24時間近くたった翌日の未明、
他府県からの消防隊の応援も得て、漸く大国公園にて延焼がくいとめられました。
今も大国公園には震災記念碑と共に、この地区の延焼中と焼跡の写真が埋め込まれた
石碑が建っています。
小さな公園ですが、延焼を防ぐ一役を担った輝かしい歴史はいつ迄も神戸の人達の心の中に
生き続ける事でしょう。尚この地区の罹災世帯は765、
罹災人員1805人、死者73名(中、高齢者41名:全死者の約60%)。
その石碑の写真の下に記載された説明文(多少省略)

阪神大震災により鷹取地区周辺は大きな被害を受けました。
大国公園の及び周辺道路(コミュニティ道路)は地区住民の町づくり活動を通じて
再整備され、親しまれていました。
当公園は震災時に際しては延焼を防ぐと共に被災後の救援活動の重要な
拠点として活用されました。
この経験は私達に公園や樹木が持つ防災的な役割を再認識させました。
鷹取の町は今後、住民と事業者と行政との協働や多くの人々の努力により
徐々によみがえっていく事でしょう。これからも大国公園は平時は「いこい」の場として、
緊急時は避難場所として存続し続けます。(神戸市、建設局大国公園管理会)