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私の住居のある川西市の通称「大和団地」(戸数3500ほど)は1960年代後半に
開発された住宅地です。地形的には猪名川支流が流れる沖積小盆地からの高度差が50
m前後ある洪積台地面を削って造成されたものです。当市ではこういった団地が10カ
所ほどもあります。 このような地形にある団地の学校の校舎や体育館などの庇下にはコシアカヅバメが好 んで巣作りすると報告されています。もちろん優れたエサ場、川や田が近いことも大切。。 詳しいことを知りたい方は次の資料を調べたらよいと思います。 1.坂根 千「環境で変わるコシアカツバメの営巣」編集通信いながわ町史、第6号(1985) 2.須川 渡「コシアカツバメの巣はどんな場所に」平成9年度夏期理科自由研究作品集、 川西市立中学校教育研究会理科部会。 さて、私たち川西自然教室:澤山&畚野)は7年ほど前から、これらのコシアカツ バメが秋に団地の「目抜き通リ」の交差点付近に大集合する事を、犬の散歩のついでに 観察してきました。 まず澤山メモから抜き書きしますと 1994.10.6 朝6時(コシアカ)ツバメ500羽以上。 1995.10.17 AM7:30コシアカツバメ大集合200羽ぐらい。 1996.10.14 (コシアカ)ツバメ集合はじめたか?午前6時30分電線に小集団。 1997.10.10 コシアカツバメ集合、約1000羽。 1998.10.12 南南西方向に高くまい飛ぶ(コシアカ)ツバメ10羽位の群がつぎつぎ に午前6時30分から7時。 1998.10.13 本日は曇天太陽なし、ツバメを見ず同時刻に。 というように、大体毎年十月の上・中旬に500-2000羽が集まることがわかって来ました。 そういうことから1998年10月12日には、川西自然教室行事として「コシアカツバ メを見る会」を行いました。ところが、その日は上空に13羽来ただけ! それでは申し訳ないので、その年、私は全期間にわたり集結数を数えてみました(次 頁の表をご覧下さい)。結果として1998年の最高のカウントは10月25日の1220羽 でした。コシアカツバメはこの日までにだんだん集結し、そのあといくつかの集 団に別れて南の国へわたっていくのでしようか?このうち何頭がまた来年こちらへ戻 って来れるのでしょうか?野生動物が生きて行くことは大変なことと思います。 また環境の変化(その地の開発状況)により、その場所が失われてゆくことが知られ ています。たとえば「あ一す伊丹」の麦島さんのお話では「十年まえに伊丹にいたコシ アカツバメは、最近の調査では見つからなかった。巣作り適したコンクリート建物は 多いけれど、川辺や田んぼなどの自然的環境が衰退したのが原因ではなかろうか」と言 われました。川西ではそのようなことが起こらないよう、これからもコシアカツバメと | |
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それを支えている自然環境を多くの目で見守っていこうと機関誌で呼びかけまし
た(川西自然教室「こげらだよリ」60号)。 「おまけの話1」1998年の連続観察で不思議に思ったことがありました。 コシアカツバメが500羽以上電線に集合したとき、その下が結構きれいなんです。 路上には小さい白いしみがまばらに付いている程度でした。もしムクドリなどが これだけ集まれば、かなりの落とし物が生じるでしょう。 なぜこんなにこぎれいなのか? 彼らはこの時期大変消化のよい餌をとっているからカスはほとんど出てこない? あなたならばどう考えられますか? 「おまけの話2」今年(2000年)当連絡会の観察会で舞鶴へ行って来ましたが、 泊めていただいた辻井さんのお宅の前が中学校でした。その校庭に9月9日の夕方5時コシ アカツバメが集合し、やがて大空に舞い上がって行きました。翌朝10時ごろにも団 地(やはり高台にある)上空で乱舞。いずれも数百羽のスケールでした。辻井さんの 話では、「今居るのは子どもたちが主体で、親はもう南へとびたったようだ」とのこと でしたが、川西市の状況(10月集合)と違い、ずいぶん時期が早いことで驚きまし た。地域集団毎に「ツバメの文化」が違うのか?よくわかりません。 去年川西大和のコシアカツバメはすくなかったようで気がかりです。今年は上空を 数羽飛んでいる程度で、まだ集合の情報も今のところありませんが、少し早起きして 観察を続けたいと思っています。うちのワン公もこの方向へ行けば大好きなカキの実 が落ちているのを覚えていますので、迷コンビを組むことにいたしましょう。 |
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