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身近な自然の観察データ3
川西市 畚野剛
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我が家の菜園(注1)の始まりは1985年1月のことでした。それまでは地主さんの好意で、別の空いているところをお借りしていたのですが、それでは一時的で、年が変ると違う場所へ移動するとういう形でした。しかし我が家の将来設計として、どうしても自分たちの菜園として安定した場所が欲しかったのです。 注1:この菜園とその周辺の状況については今までの記事、たとえば「じねんじょ」46号「キクイモ談義」、47号「三つの畑の物語」、「自然保護」463号「川のことはみんなで決める」なども参照下さい。 1984年に無事登記も済ませてありました。私と妻と次男で出かけました。そこは川西市中部では残り少なくなった市街化調整区域の田んぼから一段さがった、一庫大路次川の川沿いの、幅がせまく、大水が出たら浸水しそうな地形のところにありました。行って見ると冬枯れのセイタカアワダチソウが一面に生えていました。セイタカアワダチソウの茎を引っこ抜きますと、地下茎を縦横無尽に張り巡らしているのがわかりました。その先端にはすでに新しい春のための越冬芽が沢山用意されていました。この草の逞しさを実感した次第でした。 彼らを「退治」したあとに、ひょろひょろの杉苗数十本となんだか図太い一本立ちスタイルの自然に生えた木十本ほどが姿を現したのでした。 後者は冬芽図鑑(注4)により、センダンと判明しました。このあたりでは、センダンは川の縁とか地下水脈のありそうな地形で日当たりの良い平地に見掛けられる落葉高木です。冬、葉が落ちたあとの時期は、枝先の大粒の黄色い実が遠くからも良く目立つものです。 注4:平野弘二「冬芽図鑑」(1981)近畿植物同好会。 亀山 章・馬場多久男「冬芽でわかる落葉樹」(1984)、信濃毎日新聞社。 さて、このセンダンの「苗木」は、何処からやって来たのでしょうか?この年の正月、地区の氏神(スサノオ神社)に、家族一同でお参りし、「今年から、この地区で百姓のまねごとを始めます」とご挨拶した経緯がありました。畑から一段上がって西北を向くと、田んぼの向こうに神社の烏居とその横のセンダンの大木(A)が見えるのです。距離はおよそ250mです。センダンの「苗木」は、そこから烏たち(たぶんムクドリ)が運んで来たのだと考えました。それで適当な位置にあった「苗木」1本を残し、これを「神様の木」と名付けたのでした。畑にあったセイタカアワダチソウの群落は鳥たちの休み場になっていたのかも知れません。 それから十数年がたちました。一昨年のことです。畑の川向こうに堤防を築く話が出ました。立派な竹林のあるところです。私たちの関係団体(注5)は、堤防を竹林の裏側にずらして、竹林とその横の大きな木(ケヤキ、エノキ、モミジ)を保存するよう県の土木事務所に要望しました。その考えが受け入れられました。 注5:猪名川の景観を守る会 ある日、工事担当会社の監督さんたちと、現地で残したい木にマークを付ける作業をしました。そこへ立ち入ったとき私は1本のセンダン(B)を見つけました。神社のものと比べるとずいぶん若い木でしたが実を付けていました。この木から向こう岸の私たちの畑までの距離は先に述べた神社の木から畑までと同じくらいの距離だったのです。したがって、畑にきたセンダンの親元はAだったのか、Bだったのかは分からなくなりました。 烏によってセンダンの実はどのくらいの距離まで移動可能なのでしょうか?その後、道に落ちているセンダンの種の数とその周辺にあるセンダンの木までの距離に注意していますが、いまのところ、はっきりした結論は得ていませんが、三つの例をお話しましょう。 (その1)ある交差点の角地に洗車場があります。その奥に立派なセンダン(C)があります。その木の根元までは入り込めませんが、木から10mほど離れた交差点角の電柱の下は調べることができます。昨年冬の成績では、200個以上の種が固まって落ちていました。しかしそこから20mほど離れた電柱の下では十数個、そして電車のガードを抜けた向こう側では種は見つかりませんでした。このように距離が伸ぴると、急速に落ちた種の数は減るようです。木に近くて足場の良い電柱に烏たちが特に好んで止り、そこに大部分の種が落されるようです。 (その2)いま初谷川の縁の、もと田んぼだったところが埋め立てられて宅地が開発されつつあります。その上地と道路(こちらが位置的に高いのですが)の間のせまい斜面にセンダン(D)を見つけました。足元は草が茂り、種さがしは困難です。そこからお寺の敷地をへだてた裏の道の、木から約150mの距離の電柱の下では、昨冬は10個ほどのセンダンの種が見つかりました。しかし今年は注意しているのですが、そこに種はなく、その裏道ぜんたいでも2つしか見ていません。鳥の気まぐれな行勤により、種の落ち方は、年によりかなり変動するようです。 (その3)私の住んでいる大団地(3千数百世帯)は、大阪層群の台地上の山林をつぶして開発されたところで、その1、その2の平地からは30mほど高い位置にあります。したがって団地内にセンダンの木は見ていません。しかし雨の降った日、よく観察しますと(注6)、200mほどの距離の間で電柱や電線の下で2個のセンダンの実が見つかりました。これらは何処から運ばれてきたのでしょうか? (注6)雨に濡れたセンダンの種は赤みを帯びて見つけやすいのです。 仮設l.団地内の家の庭で道路から見えないところに、センダンの木(X)が在る。 仮設2.ムクドリ?たちの群れが下の平地からやって来ると、なかにはフン詰まりの奴?がいて、低い頻度であるが、センダンの種を落す。 どなたかもっと明快な答え(仮説)を出していただけないでしょうか? |
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