大阪連絡会情報誌・じねんじょレターズ(47号)

<自然観察のテーマ・45>

豊作年と凶作年
布谷 知夫
 ブナの実は普通7年に一度、豊作年になり、しかも全国的に豊作年は同調すると言わ れていました。そうはいっても長い時間をかけたデーターをつけてこの通り、というよ うなことを書いておられたのは、昔は(といっても1990年ころ)ブナの研究をしておら れた林業試験場(現在は森林総合研究所)の方ぐらいだったと思います。でも、すこし 以前から全国的にブナの豊凶を記録して行こうというセンターができて、近年の全国的 なデーターはまとめられています。そういう記録の中から、正確な全国的な様子が分る ようになってきており、全国的にまったく豊作が同調しているのではなく、幾つかのブ ロックごとに同調をしているらしいこと、また豊作年はやはり6〜7年に一度であること 等が分ってきています。

 私が高等学校の生物の先生のグループと一緒に大阪府下のブナ林の調査を始めたのは 1980年ころでした。最初はブナの毎木調査をしながら本数を数えたりしていましたが、 1983年から種子の調査を始めるようになり、毎年の種子の状態や健全な種子の比率等を 調べていました。まだ20年ですがこの間についての様子が少し分ってきました。

 特に和泉葛城山の場合は克明な情報が有ります。まず豊作年については、1986年、19 93年、そして2000年でした。なるほどピタリと7年おきということです。そして次の豊 作年は2007年であろうということが予測できます。そしてその豊作年の間には、凶作と 並作とが交互に来ると言われていたのですが、和泉葛城山の場合も、豊作年の間には凶 作年と並作年とがきていました。けれども和泉葛城山の場合には、東北等の元気なブナ 林とは違って、豊作年の健全種子の比率はごく低く、豊作年以外の結実は非常に少なく なります。1986年の健全種子率は、およそ4%でした。1993年は、12%程度も有り、本当 に豊作年という感じがしました。ところが2000年の健全種子率は、1%少しでした。つま り豊作年には、まず全体の結実の数が非常に大きくなり、その中の大部分は虫が食べて おり、そして更に多くはシイナ(うまく受精していなくて実のカラだけができている) になっています。

 ところが2000年の豊作年に健全種子がわずか1%程度であったことについて、その理由 が問題となりました。どうももともとが元気なブナ林ではないために、12%もの高い率 で健全種子を作ると、7年かかっても次の豊作年を充分に結実させるほどには元気が回 復していないのではないかと考えられています。もし2007年に高い率の健全種子ができ れば、ほぼそういう事になるでしょうし、もしもその年も状態が悪ければ、このブナ林 自体がいよいよ悪い状態になっているということになるかもしれません。6年先が楽し みです。

       
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 ブナのような豊作年という現象はどうしておこるのか、という大きな問題が有ります 。これは害虫からの回避戦略であるといわれています。ブナの実を食べる害虫は多いの ですが、特にブナヒメシンクイという名前の小さなガの仲間がブナに害を与えています 。早春に成虫になり、すぐに花のつぼみに卵を産みつけます。かえった幼虫はでき上が った実のなかで種子を食べながら成長し、実から外へ出て、地面に落ちて落葉の下に潜 り込み、サナギになります。そしてそのまま冬をこしています。

 もし毎年ブナの実が同じように作られると、虫のほうもそれに期待してその実を食べ るようになります。ところが毎年少しは実ができ、ある年にはほとんど実ができないと いうようになると、害虫の数は安定せず、実の少ない年の翌年には生息している成虫の 数は少なくなっているはずです。そして実が少ないあとで大量の実を作ると、害虫に食 われる実の比率は高くなるものの、食われずに残る健全な種子の比率も高くなることに なります。その結果として、健全な種子の数、そして発芽して定着する種子の数が増え るということになります。かくて、並作と凶作を繰り返し、突如として大量の種子を作 って、害虫が驚いている間に健全な種子をまきちらしてしまおうというわけです。和泉 葛城山の場合には記録されている豊作年の健全種子率は12%程度でしたが、東北等では5 0%程度まであがる例があり、枝がたわむほどに実ができるそうです。

 植物は大量の種子を毎年作ることが多いのですが、実はその一生の間に、自分の子孫 を1個体作ることに成功すれば、数としてはそれで減少してはいかないことになります 。300年や400年は生きているブナの長い一生の間に確実に1本の子供を作ることに成功 すればいいわけですが、そのためにこれだけ複雑な事をしているわけです。植物の種子 散布の努力は驚くほど複雑です。

     
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 このブナと同じように長い時間をかけて花をさかせ実ができる植物にタケやササの仲 間があります。私の学生時代に六甲山周辺のササが枯れるという現象があり、その追跡 調査をしていた人があったり、その後も日本の各地でササの一斉枯死がありました。

 最近の話では御蔵島のミクラザザというササがあり、昔に御蔵島から東京都内や各地 に移植してあったミクラザサが一斉に開花し、調べてみたところ、御蔵島のミクラザサ もやはり開花し枯死している、という面白い報告が学会でありました。このササの仲間 の長期間をかけた一斉開花についてもいろいろな人が調べていて、やはり害虫や種子を 食べる哺乳類などからの回避戦略であるといわれています。そしてタケやササの仲間の 場合には、その開花が60年かかるといわれており、実際の記録でも60年前後かかって一 斉に開花をして、その後、大多数は枯れてしまうということが記録されています。ただ し一斉枯死といいながらも、実際には一部の個体は生き残っていることもたいていの一 斉枯死現象の報告には書かれているように思います。

 このササの場合には時間が長すぎて特別な感じがしますが、普通には各年の豊作があ る植物は幾つか知られています。例えばカキの実の豊作年は各年です。

このような各年の豊作というやり方は、おそらく大きな実を作ることに対する労力の大 きさから、一年おきに力を入れるのではないかと思います。もちろん害虫から逃げると いうことも、効果としてはあるのかも知れません。そしてブナのように確実に害虫から の回避と思われている植物の場合でも、あまり元気に生育できないような場所では、7 年ごとの豊作年すらもまだ快復しきれずに、豊作とはいえない程度の結実にしかならな い事があるのだろうと考えています。

 けれど本当のところ豊作年があるのかどうかはなかなか記録がされていないように思 います。昔大阪自然史におられた日浦さんが、エゴノキの実は各年に豊作になるという ことを仰っていましたが、見ていてもどうもよく分りません。ところが琵琶湖博物館の 中庭にあるエゴノキはどうも毎年同じように実をつけているようです。庭木ですから、 もう野性ではなくなっているのかもしれません。畚野さんが花の花弁の数を調べておら れるエゴノキではどうでしょうか。こういうことは毎年きちんと記録をつけ、それも定 量的な記録を着けておかないと、翌年には比較ができません。そういう記録をつけるこ とをお進めします。(布谷)


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