広島県神石郡神石町
案内板
神石町について
神石町は、観音堂岩陰遺跡などの先土器時代の遺跡の残る町として知られています。
また、四世紀頃の古墳としては、辰ノ口古墳などの前方後円墳があります。神石郡が発足したのは、大化の改新の郡制が始まりと考えられ、室町・鎌倉時代を通じては守護の支配、戦国時代には福山領となりました。近代に入ると神石郡は幕府領と大分県の中津藩に分割されましたが、後、多くの村は福山藩に編入されました。1871年には深津県、その後岡山県、広島県と移り変わり、
1954年村々の合併により神石町が発足しました。
神石町の伝説
年貢の高さに苦しめられた村人を救うため直訴した庄屋を供養したといわれる「背割り地蔵」の話。
また,娘の病を治すために捕まえられたはんざき(山椒魚)のたたりを恐れて祀った「はんざき荒神」の話。昔、帝釈の山に住んでいた二匹の鬼が夜明けまでの期限を約束して橋のかけくらべをして争った「橋のかけくらべ」などが伝えられています。
神石町の植物
神石町の標高は、平均して500m前後になると思われます。暖かい瀬戸内海と少し温かい中国山地の道後山などの中間の位置、吉備高原と呼ばれる所に位置しています。帝釈峡の石灰岩台地にみられる特有の好石灰岩植物をはじめとして、数多くの種類の植物が自生しています。現存植生は、中間温帯樹林とも呼ばれイヌブナ、コナラ、クリなどが主なものです。
神石町の名勝
3億年の昔,石灰質成分を持った生物が浅海性の暖かい海でサンゴ礁を造り,帝釈峡の石灰岩の基となりました。雨水などの浸食作用による景勝は、頼杏坪に「神の跡」と言わしめました。この山水の美しさを求めて,多くの人々が神石町を訪れています。
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