| テオティワカン/030922 |
| teotihuacan |
最盛時には20平方キロを越える面積に人口10万人から20万人におよぶ
大都市であった。平和な農耕と商業の文化が栄えたが、700年代に北方の
狩猟民族の侵入により崩壊したとされる(滅亡の理由はよく判らない)。 |
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太陽のピラミッド:
テオティワカンで最大の建造物。
高さ65mを誇る。 |
太陽のピラミッドの中腹部分。
かなり傾斜がきつい。
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ケツァルパパロトルの宮殿:
この場所の使い道に関してイメージを
ふくらませる木内鶴彦氏。 |
床に水を張り、五番の目のように座標を
組んだのか?構造上からは、天文観測
(時間と気象)を司ったとも考えられる。 |
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宮殿の柱にはケツァルパパロトルの
浮き彫りが鮮やかに残っている。
スケールに用いたのかもしれない。 |
死者の道:テオティワカンをほぼ南北
(17度東に傾いている)、3kmに渡る広い道。
月のピラミッド前の「月の広場」から
まっすぐ南にのびている。 |
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死者の道は沢山のブロックに分かれており、
各ブロック毎に水門が施されている。 |
運河として利用し、神殿から神殿を繋い
でいたとも考えられる。 |
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4.2平方キロの区域内に神殿群が広がる。
漆喰の表面が激しく焼け焦げているのは
なぜなのだろう? |
特に東側(西向きの面)には、
全面的に激しい照射跡が目立つ。
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ケツァルコアトルのピラミッド:
左右の壁面には、作られた当時の彩色が
わずかに残っている(修復中)。 |
ケツァルコアトルのピラミッドには
漆喰が何らかの原因で溶けたのか?
石積が流出した痕跡が残る。 |
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| チチェンイツァ/030923 |
| chichen itza |
チチェン・イツァーは、ユカタン北部では最大のマヤ遺跡。
9世紀初頭から建設が開始され、13世紀末には放棄されたと推定。
春分秋分の日におけるカスティーヨのククルカン降臨現象は特に有名。
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| チビルチャルトゥン/030924 |
| dzibilchaltun |
春分の日と秋分の日、“7つの人形の家”の愛称を持つ神殿中央の
アーチから太陽が昇る。天文台やカレンダーとしても機能した、
マヤ以前のオルメカ文明の聖地といわれる。 |
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| 特別フォーラム/030924 |
| special forum |
マヤ・イッツァーエ族のシャーマン“フンバツ・メン氏”を迎えての
特別フォーラム「Kiuchi & Hunbatz マヤの記憶から学ぶこと」を開催。
(ナガク奥義学校の皆さんも交えて) |
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マヤ語で“ne(へ)”とは“0(ゼロ)、銀河、
卵、精子”。0は始まりであり全てである。 |
人間として、素敵な人類として進化する為の
キーワードをマヤの地で得たいと思う。 |
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13ヶ月×20日=260日(約33時間)
18ヶ月×20日=360日(約24時間)
マヤの暦は地球の自転速度の変化を解く、
天文学的に重要なヒントを与えている。
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マヤの思想の源は宇宙であり、宇宙法則が
HAAB(太陽の暦)やルールを導き出して
いる。それは人間をも包み込んでいる。 |
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| カバー/030925 |
| kabah |
ウシュマル同様7世紀初頭から栄えた神殿都市のひとつ。最盛期には、
広域にわたって神殿や住居が建てられていた。
しかし現在復元されているのは、コッツ・ポープや二層の宮殿と呼ばれる
建築物だけで他はほとんどジャングルに埋もれたままである。 |
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エジプト・ギリシャにもあった菊の御紋らしき
模様がここにも・・・。 |
儀式センター(遺跡)では、ククルカンの
様に蛇行するのが階段作法。 |
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レリーフの意味することとは。マヤに
伝わる精神を享受するフンバツ氏 |
CozPoopの北側にはマヤの神官像が
7体あった。しかし現在は2体のみ。
宇宙飛行士に似ているといわれる。 |
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| ウシュマル/030925 |
| uxmal |
魔法使いのピラミッドの丸みをおびた基檀は、
他では見られない神秘的な雰囲気を醸しだしている。
ウシュマルは、7世紀初頭から建築が開始された当時の
祭祀センターのひとつと推定されている。 |
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遙か彼方を見据えるように佇む「魔法
使いのピラミッド」。36メートルの高さで、
土台は四角と言うより楕円形に近い。 |
魔法使いのピラミッド:アルーシュ(妖精)
が一夜にして出来したという伝説が名の
由来。不思議な魅力を持つピラミッドだ。 |
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伝説や神話を基に検証すると、この地の
繁栄の始まりは、7世紀よりかなり前に
遡るものと推測される。 |
キニチハン伝説も踏まえ検証すると、
このピラミッドでは、太陽光を利用した発電
システムを確立していたのではないか?と
の推測に達した。 |
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チチェンイツァーで頻繁に見られたククル
カンに代わって雨の神チャクが顕著になる。 |
雨の神チャク |
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尼僧院:4つの建物がロの字型に、長方形の
大きな庭を囲むようにして建てられている。
食料、水、太陽、夜と、東西南北に位置する
建物それぞれに守護神があったとされる。 |
尼僧院の持つ役割、神事について享受する
フンバツ氏。そしてマヤの文化歴史に精通
する通訳・ガイド・人類考古学者のMs.ABE |
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| 尼僧院の南側にあるマヤ・アーチ |
このアーチには「神の手形」というものが
残されている。これには伝説があって、
アーチの建設を指揮した神が最後に残した
ものとか、アトランティスから文明をもたらした
キニチハンの手形とも言われている。 |
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| 「神の手形」を染色して強調してみた。 |
ちなみにこちらは木内さんの手。「神の手形」
と、良く似ていると思えるのだが・・・。 |
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| アケ/030926 |
| ake |
マヤの伝承によれば、この地に住んでいたマヤ人は
“巨人”の様な体系をしていたという。
巨人時代の遺跡“アケ”はチチェン・イツァやそれ以前に建てられた
チビルチャルトゥンよりも、古くから存在するマヤ文明発祥の地。 |
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イツァムナー・ピラミッド:
唯一復元されている中央神殿 |
全てのスケールが大きい異様なアケ遺跡
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イツァムナー・ピラミッドの階段のステップは
巨大な石で出来ており、私達には到底
1歩の歩幅で登っていく事ができない。 |
石柱についても同様に、円形に切り出
された巨石が何層にも積み重なり
約4Mもの高さになっている。
どの遺跡よりも大きいつくりとなっている。 |
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ステップを登るマヤシャーマン・フンバツ氏
と木内さん |
マヤの精霊に捧げる儀式を終え、
メッセージを伝えるフンバツ氏 |
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精霊からのメッセージを木内さん伝え、
一つの役目を終えたフンバツ氏 |
快晴と静寂の中、人類が託された役割、
地球に生きることの意義を考えた。 |
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イツァムナー・ピラミッド(中央神殿)から
正面に一直線。
その先には一本の石柱が立っている。 |
中央神殿を瀬にして右側のピラミッド。
発掘と修復が始まった。
ビッグニュースを期待したい。 |
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| エクバラン/030926 |
| ek'balam |
天文学者の遺跡“エク・バラン”のエクはマヤ語で「星」、
バランは聖なる動物「ジャガー」という意味。
夜になれば、満天の星々が光り輝くこの遺跡(儀式センター)は
特に天文学者の集う場所として存在していたとわれる。
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中央ピラミッド。修復作業のため屋根で
覆われている。まるでジャンプ台の様な
階段を登り切ると、そこには・・・。
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ここでもククルカンの様に端から端へ蛇行しながら階段を進む。 |
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大きく口をあけたククルカンのレリーフ。
さらに金星や宇宙を意味する紋章の数々。 |
昔、人は羽を持っていた時代があったと、
マヤシャーマンは語る。 |
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ソラに向かい、今にも飛びだして
しまいそうな神官像。
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まるで自由に星空を行き来していたかの様子。 |
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マヤシャーマン“フンバツ氏”が
重要視する、小さな儀式センター。 |
7〜10世紀に最盛期を迎えたエクバランは、
FUEGO NUEVO(新しい火)といって52年に
一度、どんどんピラミッドを増築していったと
いわれる。 |
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宇宙の旅メキシコ・マヤを終えて、
フンバツ氏と木内鶴彦氏、さらにスーパー
通訳のMs.ABEと巨人の末裔。 |
フンバツ・メン氏と木内鶴彦氏を囲んで、
FourmSORAとNAGA'KUの面々。
お疲れさまでした。 |
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ForumSORA号と団長・木内鶴彦氏
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旅を振り返って、検証の成果を語る木内さん。 |
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