僕らには長女千空の他に二女の明音という娘がいました。
2004年の四月に生まれたこの子は特有の病気の為にわずか四日で亡くなってしまいました。
その病気は18トリソミーといって遺伝子の染色体に異常をおこすものなのでした
30代後半になって子供をもうけた僕らにはこの病気の現れる確率が高くなっていたようなのです。

以下はアカネが生まれる前から亡くなるまでの軌跡です






下の方に産後の写真数枚と死後の写真も数枚載せています



2004年3月26日

妊娠9ヶ月目、お腹のエコー検査で子供に異常のあるのが発覚
この日以前の検査では何も分からなかったのに何故??
出産も近いので直ぐに大学病院で検査をと言われ紹介状を渡される。

3月29日

大学病院へ、、
あいにく紹介状先の医師が休みだったため、他の医師に診察してもらう。
診察室に入るや否や僕も中に呼ばれてこの子の異常個所を教えられる
エコーの結果は脳内の異常と横隔膜ヘルニアであろうというものでこれらの症状が現れる原因として
18トリソミーという病気があると、、、。
初めて聞く名前のこの病気は
遺伝子の染色体の病気で数千人に一人の割合で出てきていること、重篤な内臓疾患を持って生まれてくること、
総じて長く生きられないことを説明してもらう。
この診察時点ではまだ確定した訳ではなく
多方面の精密検査をしなければならず、今すぐから検査ということだったが翌日から検査入院することに。

3月30日

入院、検査
お腹の羊水検査(これを調べることで子供の染色体の様子が分かるそうです)とMRIという機械での検査で、
結果は羊水の方は院外検査で早くて一週間MRIは数日後ということで結果を待つ。
yukieはそのまま入院で千空はお婆ちゃんの家で預かってもらうことに。

4月3日

MRIの結果
子供の異常個所が確定される
脳内の髄液過多、小脳の異常、横隔膜ヘルニアによる上半身体内の圧迫
間違いなく18トリソミーです、と、、、。
この後、担当の先生方と今後の処置をどうするのか話し合いをしまして
自然分娩を待つこと、産後は手術などの積極的な治療はしないことをお願いしました。


先生方とのミーティング時に横隔膜ヘルニアは手術すれば50パーセントの確率で直るとのことだったのですが
これ以外の脳の内部に手をつけるのは危険すぎるということ
そして遺伝子の病気なので一部分直ったとしても次から次へと具合の悪い処が出てくるということなので
手術をしてもらうのは止めることにしたのでした。
こんな体でここまで大きくなってそして
世界に出てからも直るかどうかも分からないのに手術手術で苦しい目に遭わせるのは
あまりにも可愛そうで、ですからこの子の生命力分生きてもらおうと思ったのです。


この日以降は産気づいたり、戻ったりの毎日で結局約一ヶ月入院していたことになります。


4月25日

誕生

前日に分娩室まで行ったこともありおそらく今日だろうと思っていたら
朝の3時に病院から呼び出しがあり一時間をかけて駆けつけたところ、もうyukieは分娩室にいて看護師さんと
何やら話をしているところで、僕が着いた20分後にアカネは生まれてくれました。
さも僕が来るのを待っていてくれたようで嬉しかったな。

体重はやはり育ちきれなくて2100グラム位で
肺が圧迫されているお陰で産声はあげられないだろうとの予想を覆し
か細いながらもアカネはその声を僕らに聞かせてくれました、すごいなって思いましたね。



お腹の中にいる時からアカネの心拍数は少しずつ落ちていたようで
生まれてかも一日一日と容態は悪くなっていっていました。
もっともっとこの子の写真を撮りたかったんですが辛くてこの何枚ともう数枚しか残せなかったのが今も悔やまれます。


4月28日

NICU(乳幼児集中治療室)でのアカネはこの18トリソミーの子としては長く生きているということで
結構有名になっていて看護師さん達に可愛がられていたようですが
本人にすればもう一杯いっぱいだったのですね心拍数がすとんと落ちたり、また戻ったりということが
僕らが病室で見守っていた間も何回かありました。


そしてこの日、朝7時にNICUに見舞って、、アカネのその苦しそうな表情を見ていたら
(ここまで頑張ったんだからもういいよアーちゃん、もうお休みしなさい)って声が胸の中で高鳴ってきました。
これはyukieも同じだったと思います、もういいよもう十分、みんなに会えるまで頑張って生きてくれたんだからもういい。

僕らのそんな気持ちが伝わったのか一時間半後アカネの容態は急変し
息を引き取っていきました。
覚悟はしていたけれど辛かった、、外ではちょうど桜の花も散り掛かっているころでした。


Webの友達のMamichanさんに「18トリソミーの子を持つ親の会」のHPを教えてもらったのは
アカネが生まれるかどうかって頃だったと思います。
もうその頃には残念ながらWebを見れる余裕は無くただオロオロしているしかなかったのですが
亡くなって数日後そのHPをじっくりと見れるようになり
掲示板の書き込みを見ると、確かにお子さんを亡くされる親御さんは多いのですが
手術後なんとか生きてくれて幼稚園とか中学生になっているお子さんもいるとので
もう終わったことなのですが複雑な気持ちになりました。
人間だからどうしても、(もし、、あのとき、、)って気持ちは湧き上がってきます
あの頃もう少し自分たちに心の余裕があってあの書き込みを見ることができていたら、手術することをお願いして
そしてもしかしたら今でもアカネは生きていてくれたかもしれない。


お腹の中で早い時期に、異常のある子はほんとは流産してしまうのだそうですが
たまたまそのまま育つ子達がこのトリソミーを持って生まれてくるのだそうですね。
どんな形で終わったにせよ、アカネは僕達に会いにきてくれたそのことをしっかりと心に焼き付けて
このことに負けずに生きていこうと思っています。
このアカネのことを僕ら自身忘れたくは無いし
ここに来てくれた誰かにもこんな子がいたことを想ってほしいのです。