'93タイ国植林フォーラム  感想文 (抜粋)


A班(山梨) 高石 純一 筒井 奈々 佐野 優子 後藤 令子 高石 憲
B班(静岡) 百瀬由美子 岩崎 真樹 鈴木 素平 近藤 隆 杉山八重子
神崎 哲也
C班(静岡) 山下みつ枝 平井 昭 谷口 宏文 大石 常夫 辻本 忠春
山下浩司 佐藤 渉 庄司 香織 稲葉 由紀 庄司 忍
中村茂三郎 山下 春吉

A班、高石 純一

植林フォーラムのメイン行事である現地住民との作業や交流会は、樹木を守り育てることの大切さや必要性を参加者達が自らの体験を通じて認識することの他に、国際交流や国際協力という面での意義の大きさも忘れてはならない。第2次世界大戦の後遺症が強い地域であるだけに重要なことと考える。

初日の植林作業中に突如のスコール、逃げ場のない植林地を見廻したら、高さ3m程の一本の木があり少しばかりの枝を広げていた。慌てて近づいたが既に村人6〜7名が避難していたが手招きをしてくれた。強い横なぐりの雨ではどうにもならなかったが全身ずぶ濡れになりながらも、現地の人達とのスキンシップの場となった。言葉は「サワディカップ」(挨拶)しか憶えてこなかったことを悔やんだ。しかし、雨足が遠のく迄の10数分間、村人の呼吸や心拍などが肌を伝わって来たときには、これが真の交流だ、肌と肌のつき合いだと実感した。

今回の植林フォーラムは、団員の相互の協力精神や親睦が深められたこと、気持ちが一つになって目的を達したという意識を全員の人達が持ったと思う。


A班、筒井 奈々

自分がこの活動に参加しようと思ったきっかけは本当に単純なものだ。自分の通う石和高校から2人だけ安くタイに行かせてくれるという、なんともおいしい話だった。自然環境に興味を持っていたわけではなく、植林活動は二の次でただ楽しむことだけを考えていた。今思いだすとそういう自分が情けなく見えてくやしい。なぜならタイでの植林活動によって、自分が得たものはとてもいいものだったからだ。きれいな寺院よりも安い買物なんかよりも、もっといいものをタイにたくさんもらった。たった3日間の植林活動で自分が学んだ事は大きかった。タイの人達皆が自分にとってすごくいい先生なんだと思う。いつも笑顔が絶えなくて、人なつっこくて本当に心から「いい人達」という言葉がぴったりはまってしまうのだ。

自分が今、タイの人達のような人間になりたいと思っている。自分のような高校生にステキなチャンスを与えてくれた人達に感謝します。


A班、佐野 優子

村の家などをみて驚きました。日本の戦後のような所だと聞いていましたが、戦後の日本は知らないけれど、納得しました。植林をしているとき言葉が通じなかったけど、ジェスチャーみたいなものでなんとなくわかりました。お互いが笑いあった時すごくうれしかったです。

木を植えている時、水をあげている時、草取りをしている時、やさしい気持ちになれました。

3日目の植林最後の日、前の日から悲しい気持ちでいました。写真をたくさん撮りました。別れの時、お互いがさびしくて泣いてしまいました。「さようなら」といって別れました。でも、なんだかさわやかな気分でいられました。


A班、後藤 令子

最終日を迎えて荷物を下ろした時のようにホッとしているというのが正直なところです。そして心に残っている一番大きなもの、といえばやはりあのランプーンの村の人々の姿だったでしょうか。

大降りの雨の中で泥にまみれながら「くわの使い方がなってないよ」とやって見せてくれたおじいさん。お互いに片言の英語と数少ないタイ語の単語を並べて会話らしきものを交わしながら草取りをした女の子達、食事の時に自分の扇子を出して見せてくれたおばあさん。その姿に直接自分が触れることができたのが今回参加したことの大きな収穫だったと思います。


A班、高石 憲

地元の人や、小中学校そして高校の生徒達と一緒に植林することはとてもよいことだと思います。なぜなら一人では苦しい作業も同じ年代の人々と一緒にすれば楽しく作業ができ、両方の人に植林のおもしろさが伝わるからです。ですから日本からも多くの学生がタイに行けたということはとても良いことだと私は思いました。

タイの子供と友達になりました。始めのうちは言葉もろくに通じずただ笑っているだけでしたが、時間がたつにつれ少しずつ相手の言いたいことがわかるようになってきました。言いたいことが通じた時には、本当に楽しく、もっと植林を続けたいと思いました。


B班、百瀬由美子

バンパーヒアン村の方々の輝く笑顔を見、歓迎の気持ちを見た時、良かったんだと少しホッとした気持ちでした。植林地での婦人会の方々の接待、関係者の準備、中学校でのパーティ、子供たちの素手での作業、心のこもった踊りなどなど・・ 私たちが忘れてしまった人とのつながりの大切さ、感謝の心、素直な気持ち、村の人々の笑顔に多くを学びました。

今の日本人は思い上がっていないでしょうか。仮にそれが途上国の人に対してだけであったら、立ち止まって考えてみる必要があると感じました。


B班、岩崎 真樹

植えた苗がしっかり根付くかという心配がある。今後は現地の方々を頼り、面倒をみてもらうこととなるが、日本人がわざわざタイ国まで足を運んだ意気込みを現地の人々が一層認識し、協力の輪を広げてくれることを望む。逆に我々日本人としても「植林」に対する意識や必要性は感じているかもしれないが、実践する勇気が全員にあるかといったら疑問である。全世界各地の環境問題を解く鍵を地球住民一人一人が早期に見つけなければならない。地球人よ、頑張れ!


B班、鈴木 素平

このフォーラムは主として講話・訪問と 実践的な植林活動の2つに分けられ、県庁や大学等の訪問も重要な位置づけにあると思われます。その中で最もわかったのがFAOの土屋氏のお話でした。歴史的、民族的な背景によりタイ国の農村の人々が森林を伐り拓いていった事情やそれに対するFAOやタイ国政府の対応が理解できました。

植林活動の時、疲労したり喉が渇いたと思った時、水も飲まずに働いている現地の人々や子供たちをみては、休むわけにいかないと身体を奮い立たせておりました。だからこそ作業を終えて一緒に飲んだ水や食べた食事があれほどうまかったのだと思います。 また村の子供たちに見せてもらった民族舞踊はその舞踊や衣裳の美しさ以上に、我々の為に一所懸命練習して仕上げてくれたということに感激しました。村人たちがいかに我々を心待ちにしていたかがわかり、我々も彼等に対して最大の敬意を払わねばならないと思いました。

彼等が3日目、我々を見送る時、目に涙をためていたと聞き、私も胸が熱くなる思いでした。彼等にはまだこれからも若木の手入れの仕事が多く残っています。彼等の仕事の成果を願わずにはいられません。


B班、近藤 隆

植林地ではイメージしていたものとは全く異なった荒れた土地でしたが、その原因が主に焼畑農業によるものと知り、タイの農業と林業、さらに人口などの問題が複雑に関係していることを強く感じました。本来ならば豊かな森林国であるはずのタイが、このような現状にあることは、タイ国内の問題としてではなく、アジアや世界レベルでの問題として解決していく必要があると思いました。そして、アジアの一員としてさらに豊かな森林国としての日本の援助が必要であり、今後の姿勢が問われるものと思います。 また、普通の旅行では味わえない地元の人達との交流が出来たことも大変うれしく思いました。植林現場や見学先において出会った人達と言葉は通じなくとも人と人とのふれあいができ、国の違いを通り越したものを強く感じることができました。それはタイと日本が同じアジアであるということかも知れません。


B班、杉山八重子

環境破壊の問題に対しては、自分の出来る範囲での(といってもやってることは、紙の無駄遣いをしないとか、牛乳パックを再利用にまわすといったような、実際本当に効果があるのか自分には見えてないような)努力しかしていないのが現状でした。使用の制限といった保全に対して今回の植林という作業は極めて前向きで、成果が目に見え、体で感じることが出来る点が大変意義深いと思います。

植林第1日目は雨の中の除草作業となりました。私たちにとっては作業を難行させるうっとうしい存在でしかない雨が、地元の人達にとってはまさに天の恵であるんだということに思わずハッとさせられました。考え方を180度かえてしまうと、びしょ濡れになりながらの作業もなんだかうきうきしたものに思えてくるものです。


B班、神崎哲也

約1週間の旅、一言で言えばまたタイにいたいというのが素直な気持ちです。はじめの頃ははやく日本に帰りたいと思っていました。でも3日目からは植林がはじまり、前とは対照的にいつまでもタイに残りたいと思うようになりました。理由はよくわからないし、日本とタイのどちらが好きと言えば、もちろん日本の方が好きです。でもその好きという気持ちが自分が楽をしたいと思う部分から産みだされるものだということに気付きました。

東南アジアの人々に対する偏見を変えることができました。現地の人達はとても優しく親切で明るく、いごこちがすごく良かったです。


C班、山下みつ枝

2日目のことです。まだ幼い男の子が穴の中に素手で肥料を入れ混ぜあわせてくれました。子供ながらも植林に対して真剣に取り組んでいるのには感激しました。それとともに村人たちも私たちを迎えて下さる気構えも相当なものと感じました。


C班、平井 昭

参加してみての第一の印象は高校生より70歳代まで職業も多種多様でこれでうまくやっていけるのかな?と疑問を感じました。ところが始ってみると家庭の中の孫よりおじいちゃんまでというような和気藹藹になってきて大変素晴らしいグループ構成であったと思います。

2日目、村人との共同作業に慣れ、笑顔一つで言葉は互いに判らなくても意思が通じあい、片言の現地語と日本語とでずっと昔からの親戚だった者同士が里帰りをしたような気分でした。おばあさんが一生懸命穴掘り、肥料、苗植え、土寄せ、敷き藁、水かけまで、ひとつひとつ丁寧に現地語を教えて下さいました。言葉は通じなくとも目と目を見つめあいながらの作業はお互いに何をいおうとしているかすぐ判るものでした。 村人のご好意により村に招待して頂き、家の中迄見せて頂いた事により村の人達の暖かい気持ちがよく判り、感銘を受けました。

今回のような民間での小さなボランティア活動にもタイ国の公の機関が大きな期待をもってみていることを私たちは忘れてはならないと思います。今後これら地道な協力を継続していく事は日本の国がアジアの国、そして世界の各国に先進国として認めて頂ける道だと痛感しました。



C班、谷口 宏文

子供たちが手を合せて両ひざをかがめるしぐさに「タイの心」を垣間見たような思いでした。このような文化と精神性は、どんなに国が発展しても失ってほしくないと思います。そして彼らの見せる恥らい、はにかみを含んだ微笑みが去っていく自分の心に快くしみとおるように感じました。

私たちの植えた「木」が「気」となって現地の人々の心を奮い立たせる一助となればこれにまさる喜びはありません。


C班、大石 常夫

地域全体での大歓迎を受けながら植林をしていくうちに、いつのまにか私達は地域住民の為にあるいはタイ国のために植林をしているんだという強い誇りと信念を持つようになっていました。歴史も生活習慣も違う独自の文化を持つ国に育ったものが、同じステージに立って今回のフォーラムが無事に終わったことは大変うれしいことだと思います。そこにある文化を大切にしながら相互の知恵を出しあうことがとても重要であり、一方的に植えてやるんだという出発までの自分の身勝手さに恥かしささえ覚えました。そこに生活している人達にはそこにしかない多くの慣習があり、彼等は、急激なる変化よりも安定した変化を求めていることと思います。

政府間レベルの協力ではできない大変に有意義なものであったと思います。

C班、辻本 忠春

住む所が異なり、言葉が通じなくとも多くの人々が「植林」という一つの目的に協力するということはとてもすばらしいことだと思いました。高校一年のこの夏、クラスの誰よりも、いや庵原高校の誰よりも新鮮な気分になれた夏だったと思います。


C班、山下 浩司

国が貧しいから森林破壊の原因はそこにあると思う。そこで日本が支援してあげればいいと思う。今回のような植林活動もその一つでボランティアの心がとても大切だけれど、ボランティアだけに出来ることには限りがあると思う。今回の植林活動では県知事、郡長、前には国会議員なども参加したと聞いている。日本も行政機関などから積極的に参加して日本の国全体で行動を起こさないといけないと思う。


C班、佐藤 渉

現地の人はみなゴムぞうりをはいて作業をしていた。長ぐつとか地下足袋とかは高級品のようだ。

私たちもボランティアだが現地の人もボランティアなのによくこんなに集ったと思い少し見下していた自分が恥かしかった。

木を切ればもいうかると教えたのが日本人なら植えて育てるということも日本人が教えなくてはいけない。木を植えるということを日本や世界中の、一人でも多くの人が関心を持ってほしい。


C班、庄司 香織

日頃私たちの生活の中で環境問題は非常に重要な問題点となっておりますが、それを直接まのあたりに見ることは出来ません。このフォーラムで現在の地球がどの様な形で自然環境が破壊されていったのか、ほんの一部だけでもわかったような気がします。

一番私が驚いたことは、前日に降った雨も翌日になるともう土が乾き、水分を含まない土壌となってしまうことです。雨が降らない日が1ケ月〜2ケ月続くと水分を含まない土になってしまい、その後樹木などがほとんど育たなくなってしまうことはとても恐ろしいことだと思います。


C班、稲葉 由紀

何か私にも出来ることがないか・・現在の生活において特に不満があるわけではありませんでしたが、自分にとっても人に対しても何一つ為になることは実行していませんでした。そんな生活に疑問を持ちはじめこんな自分にもできる「何か」を探していた時、新聞でこのフォーラムを知り、申し込みました。

この胸ときめく直感に間違いはありませんでした。正直いって何かをしてあげられることが出来るのか戸惑いを感じ、先進国の日本人がどんな風に受入れられるのかも不安を感じていました。しかし、こんな自分の中にあった問題は植林地に着いてすぐあのあふれる笑顔で一気に消えてしまいました。わずかなタイ語であの子供たちとコミュニケーションがとれた時は涙がでるほど感動しました。彼らが私達に与えてくれたあの笑顔の数々は間違いなく私の気持ちが伝わった印だと確信しています。

今回のフォーラムは「木を植えに行く」というよりも「日本人の思い」を伝えに行ったという様に感じとれました。それにしてもあれだけつたない言葉でこんなにも心が通いあったことが不思議でなりません。やはり自分もタイの人と同じアジア人の血が流れているのかなと思い、とてもうれしく感じました。


C班、庄司 忍

私はタイの女の子2人と一緒にやっていたけれども、私は汗ダラダラで、体中かったるい感じがしました。その女の子はかったるいだろうけど顔にも出さず、たぶん言葉にもださなかったと思うので、私も一緒に頑張ることが出来たと思います。何だかその子と一緒に植林することがとても楽しく感じました。それから植林活動が終わり、その子達が帰る時、その女の子が私の方を見て手を一生懸命振ってくれてるのを見てすごく感動しました。


C班、中村茂三郎

山を見る限りではこんなに木が無いのか、フィリピンとあまり変らないのではないかという印象が残った。植林の必要性を痛切に感じた次第である。

現地は砂質壌土で肥沃な土という感じでしたがそれは上層部だけで一寸掘ればコチコチの半分岩盤みたいな土地だ。富士山の一体にフジマサというのがある。これは上層部が降灰土、30cmその下が固い溶岩層、さらに下がまた降灰土壌という構成の土地であるがよく似ている。重機か何かで深く掘り起こせば良いかも知れないがそれも無理だろう。土地の水源を涵養するほどの緑豊かな山にするのが植林計画の目標ですがまだまだ程遠いと思います。しかしながら一歩一歩進めていかなくてはならないと思います。

王室プロジェクトの中に個人財産の形成を保障する制度をつくるというのがあると聞きました。これをすれば素晴らしいと思いました。子供の森計画と抱き合せてすすめればきっと加勢効果があるのではないでしょうか。この木植えれば自分、子孫や家の財産になると思えるなら一層植樹に力が入ると思います。そのために有用樹種の選定をする必要があります。しかも短期間にそれを満たすものが要求されると思います。


C班、山下 春吉

樹種の選定に苦労されたであろうと思われました。また乾季と雨季があり、植林する時期は雨季の早い時期に植林し早く活着させ、根をできるだけ多く分布させる必要があり、現地の人達の判断は正しかったと思います。

また葉からの蒸散を抑制する意味からもある程度摘葉した苗を使用するのが良いと技術的な面よりアドバイスしながらも、現地で直接指導される方々の努力に敬服いたしました。