’95東マレーシア植林フォーラム感想文

  

                     開催時期:平成7年8月18日集合
                              8月19日出発 26日朝帰国
                     訪問場所:マレーシア国サバ州

建部 芳久 藤田 和夫 清水 理 松田 藤吉 清水 俊男
川北 楽人 陰山 明典 高山 宏治 井上健太郎 松浦 庸介
須藤 博 中村 吉希 鈴木 寿仁 松崎 亮平 室伏 善隆
木村 督 小野 大樹 山本 望代 芹沢 ゆき 浅野 雅美
高橋かおり 山下 春吉 木俣 正夫 酒井 豊昭 水野 茂樹
岡野 清豪 土屋 雅信 中村 太郎 中村 光宏 宗田 陽一
石原 伸一 夏目 圭介 山下みつ枝 杉山美智子 酒井美代子
萩原 弓子 夏目 紗帆 水野 真樹 外山 希美

 建部 芳久 

 感激 

 3年前に植えたアカシアマンギュウムの無事成長を祈りトラックに分乗。道路?上下左右の揺れ、尻が痛く大変だったが・・・山が見えた。思わずトラックの荷台で立ちあがり木々を見た。立派に生長し風にゆらぐ枝が手を振るごとく招いていた。感慨無量!下車、坂道が息苦しかったが植えた木に抱きついた。よくも(4m〜5m位)に育ったものだ。私達は20p〜30pの苗を植えっぱなしにして帰ってしまった。地元の子や父母現地のスタッフやKPDの方々のお世話になって育てられた事を聞いて一緒に植林した人々と私達と心が結ばれていたんだなと・・・KPDの中に3年前共に汗した2人と、3年前のことこの度の再会の喜びを語り、固く握手し再度の植林訪問と日本での出合いを約束した。心が洗われ老人の血が湧き立った。3年後まで体力気力増進に務めたい。

 又、私が会いたい人は現地生活が長い小杉さん坂中さんのお二人。特に坂中さんの日焼けしたたくましさ、きびきびした行動と諸々の采配と気配りには敬服した。少年時代を知る私は、日本を離れ大な理想とサバ州での人間関係を大切にする中、雄々しくたくましく生きがいをもって行動する青年坂中さんに再会できたこともこの度、参加した甲斐があった。

 若人の参加姿勢の問題があったが、あのサッカー・バトミントン等の交流、現地の若人との接点が生かされ最高。年齢を区切っての参加よりバラエティに富んだ構成で寸時を有意義に生かす主催者アイディアが大切で今回はあの交流は実によかった。

 私は共に汗を流し共に疲れを癒し共にいたわりあい共に食う、言葉はいらない。共働こそ人の求めるものではないだろう?

 数人の再度の参加者−−蚕の山下さん、柑橘の清水理さん、測量の清水俊男さん高山さん酒井さんたちが専門知識を短い時間だったが御指導されている様子を伺い植林フォーラムのあり方の方向づけになり「こく」のある内容だった。沢井さん新宮さんありがとうございました。

 

 藤田 和夫  

 マレーシアは、フィリピンと同じ南国でもあり、共通している面が多いと思う半面、国の成立が異なっており、全てで異なっている面も多かろうと関心を持って参加した。

 道路は、アスファルト舗装、センターライン、ライン色の区別など日本と同じように感じた。通行する車の大部分は、日本車で軽自動車はあまり見かけず、普通車、ワゴンのバス、トラック等だった。自転車、オートバイも少ない。途中見掛けた土木工事用の機械も大型で作業も能率的の様に感じた。沿道で目に写る山や両そでの草など日本と変らず遠い異国に居る感じがしなかった。

 農作業で稲穂つみの収穫の様子や住居(高床)の竹の床、広い一室、家具もない室内を見た時、電気もない生活など大変おくれているように思った。屋根のトタン張り、側壁の板張りなどは、フィリピンの農村の民家に比べると進んでいる様に思えた。水上家屋の集団部落などを見ると一国の中での民族の違いと強い団結力のようなものを感じた。イスラムの人達は堂々と服装の上に表わして歩いてる姿を見て、日本はどうだろうか個人主義的傾向に無意識の中に流されていないだろうかと考えさせられる。 自然を見ると平坦な草地を、もっと農地として活用できないものだろうかと考えさせられる。

 樹木については、国として35p以下は切ってはいけないとか、オランウータンの住んでいる森は国有地、原始林として保護するなど政府の方針がよいと感心した。

 学校の子ども達を見ると日本人によく似ており、色が少し日焼けしている程度に感じた。

 作業を倶にした現地の若者には、張りが見られた。なお日本に行きたいかの質問には、全員行きたいと言ったのにはおどろいた。日本にあこがれている様だ。

 得る所が大変多く、今後に生かしたいと思っています。陰で働いてくれた皆さんに心から感謝し、お礼の言葉とします。

 

 清水 理 

1)森林環境の復元には過大なエネルギーと理解が必要である。

  環境修復より破壊防止が大事であることをよく理解できたが、建材や合板企業の利益追及の営業姿 勢が続くかぎり、地球的規模で自然や生態系の変化は阻止出来ないことが明白である。

  オイスカが実践するフォーラムは1つのアクションとして評価出来るが、この輪の広がりなくして は、大きな成果は期待出来ないと思う。

  今後もフォーラムを継続するとともに社会運動として共鳴してもらえる組織や、グループなどへ呼 びかけてみたらどうだろうか。

2)オイスカの理念、事業活動の理解と今後への期待

  今までオイスカ≠フ存在や活動について、概念的にしか理解していなかったが、今回参加し、素 晴らしい理念と活動展開を目の当たりにするとともに、現地スタッフの緑の回復と農業振興への並々 ならぬ熱意を感ずることが出来た。特に日本の農業の心と技術移転に努められ、しっかりとした受け 皿と基盤づくり、指導者教育の実態に感銘した。

  マレーシアに立派なタネを播き続ければ、やがて立派な実が沢山実るであろう。そして、農業の近 代化が実現すると信じている。

3)ゴム、カカオ、コーヒー農業からの脱却

  私が体験したアマゾンと共通する大きな課題である「熱帯果樹の栽培は市場がないので不可能だ」 については、目を外に向け輸出商品として位置づけ、加工品や市場開拓に努めることが必要だと思う。 永年取組んできたものを簡単には変えられないと思われるが、将来を見据えてみてこれでは発展を期 待出来るものではないと判断する。

  州立試験場や、JICA青年海外協力隊員などと連携を密にし、新しい農業創造に努力されたい。 今回の柑橘類の試験栽培がひとつのきっかけになるといい。微力ながら支援は惜しまないつもりである。

4)学生諸君の参加率の向上を図る。

  今回は高校生の参加が目立った。彼等の感想を聞いてみると、物質的に恵まれた社会に育ったこと、 資源は有限であること、異文化に接したこと、現地人との交流、価値観など収穫は多かったと言って いる。

  次世代を担う若者たちがこういう機会を通して、日本や日本人を問い直すことは有益である。次回 からは県下の高校生、大学生などが多数参加されるよう努力をしてほしい。

5)収穫多かったフォーラム参加

  アマゾンと対比しながら、東南アジアの熱帯果樹の実態や課題を知り実り多いものであった。

  特にアマゾンでは新規作物であった、ランブータン、マンゴスチン、ドリアンの増殖技術を学んだ ことは大変意義あるものであった。

 

 松田 藤吉 

 名古屋を出発する時三田団長より、日本の代表、チームワーク、健康管理の3点の注意をまず守ると心に決めて、名古屋を出発したが、乗り物に乗る時間の長さには驚きでした。私より年の多い人が元気なのに又ビックリです。植林については3年前に植えた人達の木との対面には感動を感じ、自分も3年後に参加できたら同じような感動が持てるよう一つ一つの苗木にことばをかけて元気で生長してくれと言って植えました。地元の子供達も笑顔で参加し、暑くても良い汗をかきました。草刈には急ぎすぎてオーバーヒートしてしまいましたが守る重要性を感じました。中学校での植林が一番楽しく、生徒達とのふれあいも忘れられない一つです。 又、PTAの人ともことばはわからなくても心が通じたようです。写真の出来るのが楽しみです。

 センターの生徒と農作業は農業をしたことのない私でも大変さが良くわかりましたが、お金はかかっても土壌の改良はいくら人件費が安くても必要ではないかと感じました。75歳の戸塚さんの元気さとそれに負けまいとの気持ちで大変疲れました。畑で女生徒と一緒に「この広い野原いっぱい」を歌ったのも良い思い出になりました。

 朝早くから暑い日中の作業と3日間本当にやったという気持ちです。又、参加された人達と年をへだてて友達になれたことは自分にとって遺産です。

 会社へ帰って社報に植林フォーラムのことを記事にすることになっていますが一つの宣伝になれば良いかと思います。小杉所長を始めとして現地のスタッフの協力に深く感謝致します。良い思い出をつくってくれたこのフォーラムにお礼を申し上げます。

 

 清水 俊男 

 前回のフィリピンの植林フォーラムに続いての今回のフォーラムという事で多少自分なりの余裕があるつもりで参加できました。いつもながらメンバーの構成には感心させられます。同じ意識の共通項を持っているという事でどこか通じる所があるのかなと思いました。

 さて今回は製材の実物を目のあたりにして現実におこっている事の大きさにいたく感心したものです。経済の進展には開発というものが不可欠であるという現在の状況からは今起っている事は普通の事かもしれません。生活している地域の人々、又それを利用している私たちの生活もそのような現状に支えられているのです。止める事はたいへん難しい事であるし、止める事はできないのではないかと思いました。人間の力ではどうする事もできないという事です。どこかで意識の改革というものがなされないと最終局面までいきかねません。日本でも静岡県においても大規模なプロジェクトが進行しつつあります。益々便利に快適にという言葉で自然の環境がなくなっていってしまう事に私達もなんとも思わなくなっているのが現実です。私達に止められない事を東南アジアの国々に止めて下さいと言えるのでしょうか?私は言えないと思います。まず日本において又静岡県においてスタイルを提示していく方法を取っていけばと思います。

 私事ですが、こうしたボランティア活動に参加する事がもっと楽にできるよう各方面に宣伝していただきたいと思います。最後にオイスカの事業が益々発展していていかれる事を祈願します。

 

 川北 楽人 

 「東マレーシアのサバ州って一体どんなところだろう」出張が決まってから、関係書物をすがるように読んだ。不安と期待が入り交じっていたが、参加した皆さんとの共同生活を重ねるうちに不安などがかき消えた。

 食事、風呂、研修センターの生活は決して快適なものではなかった。しかし最後の夜はなにかもの悲しく、高校生、大学生、社会人、新宮さんとの語らいはよき思い出だ。

 猛暑の中の植林、クマボンでの交流、農家見学の感動をいくら書き連ねても、その言葉は陳腐だろう。サバの研修生や子供たちの手厚い歓迎と笑顔は忘れられない。日本の若者は不満も口にしたが、やがて振り返りサバの緑を思い出す日が必ず来るだろうことを確信する。遠く離れたこの国で日本の「乾杯」「上を向いて歩こう」を奏で歌う研修生に心からエールを送りたい。

 

 陰山 明典  

 私は、初めてこのような植林、国際交流を体験しました。しかも、海外旅行は始めてで大変良い経験をさせて頂き、オイスカの皆様そしてマレーシアの研修生他皆様に大変感謝しております。どうもありがとうございました。

 今、新聞やテレビなどで、環境問題について報道されています。又、私自身も環境問題に興味と、自然、特に熱帯の自然について興味を持っております。本やテレビ、紙上と実際にどんなことがおきているのかを実際に目の当りにすることができました。

 我々日本人が何気なくおいしいものを食べ、豊かな生活を送るのには日本国内だけでなく、今やアジア、又世界の自然破壊につながっていると感じました。また、日本人に限らず世界の人々も豊かな生活を求めている事も感じることができました。

 産業、精神、文化の国際促進機構オイスカの活動に大変感銘を受けました。植林、緑化だけでなく現地の人々への農業指導、更に産業へと発展させていく精神に共感しその活動に参加出来たことを大変誇りに思いました。

 実際一口で植林と言っても苗木を育て、草を刈り土地に穴を開けなければなりません。植林してから順調に育つとも限らず、その後の手入れがいかに大変かと言うことを肌で、そして作業を通して経験することができました。まさに、植林する現地に行った時熱帯雨林のあったはずのこの山が、草原に変っている状況が、信じられませんでした。

 私は、ボルネオの豊かな森、豊かな植物、多くの動物の森について読んだり、聞いたりしたことを実際に見てみたいと思いました。自然を保護すると同時に、アジアの国々に植林し、自然を再生しながら、人々の生活を豊かにするという、大変に難しい問題に取り組んでいる活動に共感し、今後更に発展していくことを心より信じております。

 大変良い経験を積むことができました。どうもありがとうございました。

 

 高山 宏治 

 サバ州というマレーシアの山奥にて生活して今までの海外旅行では、体験できない経験をさせていただきました。生活習慣としてまず風呂です。初めて見た時は、とてもこの水を使用して体を洗う気にはなりませんでした。次に車の運転です。日本に比べて、整備されていない道路を車の性能の割に、スピードを出す事、ひっくり返るのではないかといつもヒヤヒヤしてました。しかし、次第に慣れていく自分におどろきました。次には自然とのふれあいです。景色でまず違和感をいだきます。山の森が非常にたくましく雄々しく育っている感じがします。スキ間もなく色々な種類の植物が、からみ合うようにお互いに共存して存在しているそんな感じです。その根源にあるのは、気象条件でしょうが、これがまた日差しの強い事。とても太陽と正面向いて歩く気にはなりません。しかし、夜になると思ったより涼しく寝苦しいと思う時はありませんでした。しかし、一番印象に残っているのは、研修センターの人たちの目の輝きです。まじめに、そして自然と共存して生きていくそんな感じがしました。その半面彼らの生活母体である自然破壊は、我々先進国の為に犠牲になっている事も実感しました。未来の地球の為環境保護に更に積極的に取り組まなければならないと思います。

 最後に環境保護活動が取り組む企業、団体、政府等にとって貨幣価値社会の中にあって、すぐに利益を生む社会構造を考え出せば、すぐにでも活動が世界的に軌道にのると思います。利益・環境保護お互いに人類にとって何が良いかの共通点はあると思います。未来を信じてくじける事なくみんなで活動してきたいと思います。

 

 井上 健太郎 

 今回植林というものに初めて参加し、様々な経験をすることができました。まず、植林の大変さを実感しました。今回は木を植える所に穴も開けてあり、苗木もセットしてありましたが、この苗を育てることにもいろいろ苦労があったことだろうと思います。また植えた木を維持していくことにも大変な苦労が必要だと思いました。実際に植林を体験することで様々な疑問点等も出てきました。なぜ同一樹種ばかり植えるのか?植林した林は3年後はともかく百年後、千年後どうなっているのか?土壌や生態系のことを考えた上での植林の意義は?・・・・・疑問が出てくると同時に自分の知識のなさを痛感しました。今回体感したことをエネルギーにしてこれからの自分の勉強につなげていきたいと思います。

 今回自分として参加の目的は、熱帯雨林とそのダメージを受けた姿、つまり環境破壊の現場をこの目で見たい。またそれに大きく関与する地元住民の農産業を知りたい。そしてマングローブを見たいの3つでそのすべてをだいたい達成することができました。豊かなサバの自然、植林地での荒れはてた森の姿、最後の日に、コタキナバルでタクシーをチャーターし見に行った、マングローブ林、すべてに大きな感銘を受けました。また、自分の目的以上にも収穫がありました。クマボン中学校での交流、センターでの研修生との交流、あるいは同行した日本人との交流、つまり普段では味わうことのない人と人とのふれあいがとても刺激になり、自分にとってプラスになったと思いました。マレーシア人とふれる中でやはりマレーシアの人は日本人に対して期待と尊敬をもっているのだなあと感じて自分も日本人として期待にそえるようになりたいと思いました。国際協力、ボランティアなんてことはまったく考えずに参加しましたが、そういうこともこれから考えていこうかなという気になりました。

 一週間という短い期間でしたが、もりだくさんのスケジュールで本当にいろいろ経験できました。最後のマヌカンアイランドも最高でした。一生懸命お世話をしていただいた沢井さんをはじめオイスカの方々本当におつかれ様、そしてありがとうございました。

今回大学生の参加が意外と少ないと感じたので、こういう活動があるということをもっとひろめていきたいと思いますし、もっと多くのいろんな人に経験してほしいと思っています。

 

 松浦 庸介 

 私がこのオイスカのボランティアに参加した理由は、まあ親がオイスカの会員になっていたことと、私が海外旅行をしたかったことです。

 一回ハワイ旅行にいったことがありますが、ハワイは日本と同じでした。日本は豊かで、この生活があたり前とは思いたくなかったからです。だからこの発展途上国の生活を感じて見たかったのが私の一番の理由でした。ボランティアには関心は無かったのです。すみません。でも、マレーシアに行った限り、ボランティア植林を自己満足では終わらせたくなかったのです。

 自分なりに一生懸命やったつもりです。偉そうなことを言うつもりは無いのですが、自分のイメージとは少しちがったこともあります。植林を毎日やるのかなと思っていたのですが、二日ぐらいやってあとは観光だった様な気がします。まあそんなにやったら来年の参加者がいなくなってしまいますが。

 これだけやったから後はいいと言う考え方ではボランティアとはいえないと思います。その後が肝心なことで自分だけの満足ではいけないと思いました。現地の人達にもいろいろとお世話になったと思います。日本の代表として恥ない様に頑張りました。

 

 須藤 博 

19日(土)

 「あー動いたなぁー」と思ったとたんのゴーの音。内心恐怖でいっぱいだった。コタキナバルに着いた時「えらい所にきたなぁー。」と弱気になっていた。

20日(日)

 ケニンガウへ向う路。酸性土壌特有の赤い土壌が続く。両側には熱帯雨林。初めて目の当たりにし感動というか、ホッと安心した。この森は、生きているんだなあーと。

21日(月)

 初めての植林。色々なことを考えた。なぜアカシアマンギュウムなのか?なぜ速成樹種なのか?土壌の低下にはつながらないのか?真の熱帯林の生態系とは?しかし、なにせ自分の知識、能力、経験が不足。対等に話しができる訳がない。自分の未熟さに情けなさ恥を感じた。

 一転してお風呂の話。まさか、目の前の湯舟を前にして、そこに入れないとは・・・?パンツのままの水浴びにはビックリ。

22日(火)

 クマボン中等学校を訪問。かわいい顔して英語ペラペラ。自分はただただ、笑顔でごまかす。一体、自分は何をしてきたのか。再び自分自身に怒りを感じた。今回2度目の屈辱。がらりと変り夜の歓迎会。もう、あのマンゴスチン≠フ甘ずっぱさといったらたまらない。もう、果物といったらマンゴスチン=I!パインも甘くて、歯にもはさまらず、ついつい手が伸びた。民族おどりのサバ・ダンス¢Oから?番目のお姉さん。なかなかかわいい。

23日(水)

 ピーナッツの収穫を体験。土壌が粘土質のため土がなかなかとれず水でしつこく洗った。この時ののどかな雰囲気。マレーシア風知恵の輪を教えてもらいながらの帰り道。すごくホッとすることができた。午後の農家の見学は非常に印象深かった。あのザボン≠フ大きさ、甘さといったらもうグレープフルーツは食べられない。驚いたのはビノワン≠フ木。あの自分の身長以上ある板根には圧倒された。養魚場を見た。何年か経てばきっと問題がでてくるだろう。しかし、自分は思うだけで理解が全くできていないのがくやしい。農家では、伝統文化と現代文化が入りくんでいた。高床式の家にラジカセ、ポスターがあったり。1968年入植したとはいうが、本当に来たかったのだろうか。でも、民族同士の対立が見られないようなのでその点では他の諸国への手本なのでは。自分としては、水田を目の前で見たかった。

24日(木)

 テノム−ビューフォート間、車窓から見た熱帯雨林は迫力があった。焼畑による森林の再生?も見られた。きちんと、というか、伝統的なサイクルで焼畑をすれば再生は可能だと確信した。バスが最高だった。あんなバスがあるなんて・・・。いよいよお楽しみのマヌカン島へ到着。人生初めてのリゾート気分。バカンス、バカンス・・・。ビールも飲んで・・・うとうと・・・。

25日(金)

 ついに見た見たマングローブ=I!感動感動。最後の最後で見ることができた。坂中さんテレマカシー!!しかし高さは5Mもないくらいで、河口部はうめ立てられていた。伐採されたのでは。コタキナバルでは、さらなる開発が進められている。あのマングローブが、生き残ることと切に願いたい。

 今は、飛行機の中PM9:43。本当に終わってしまうんだ。今度来る時は、知識能力をつけてこよう。

 

 中村 吉希 

 今回、初めて植林フォーラムというものに参加をしてみて、植林をすること自体はとても疲れました。自分たちは1日しか植林をしていないのに、こんなに大変だなと思っているのに、現地の人達は自分たちが体験したことを毎日のようにやっているのかと思いながら、頭が下がる思いがします。そして今回、自分達が植えた木が現地の人々によって、育てられていくということを考えるとこれから先、何十年間と自分とマレーシアの人々とのつながりが続き、それは自分が木をこの土地に植えたことによって、始まったんだと思うと、とても楽しみです。しかし、自分達が植えた木はそのままにしておいても育たなくて、現地の人々が一生懸命木の世話をしてくれるので、木が育っていくんだなということを忘れず、常に感謝の気持ちというものを持ち続けたいなと思います。

 今回の旅の日程について少し、きついものがあったのではないかと思います。何か毎日いっぱいに予定が入っていてとても疲れました。でも、島でのリゾートはとてものんびりできて、海もきれいでしたし、とても満足のいくものでした。今回の旅をまとめてみて、楽しかったです。それに、自分が今まで知らないようなことをいろいろと勉強できて、自分の人生経験にとても役立ったと思いますし、自分の思い出に残る旅だったと思います。この旅で学んだことを自分の生き方に生かして、これからの自分の人生を生きていきたいです。この旅行のあいだ、色々とお世話になりました。ありがとうございました。

 

 鈴木 寿仁 

 マレーシアへは初めて、植林は3度目、通して3年よく私もやるものだとつくづく感じました。このマレーシアという国へ来て植林という意味のあるものに参加できたことを、とてもよい体験をしたと思います。3年間を通して私も木と同様に年輪をきざむ様に少しづつではあるが成長してきていると思います。ではなぜ私がここまで植林というものにかられるのか、それはこれから21世紀をむかえる中で私達若人が核となっていかなければならないと思うからです。いつまでも誰かがなんとかしてくれるであろうという気持ちがあっては何も始まらない。そのためにはその「だれか」が私になり私自身が行動していかなければならないと思う。そのために何か結果として残ることをしようと思って始めた植林。私にとっては、自信がつき私に活発な行動力をあたえてくれたと思います。たかが植林だとはいえ実に奥の深いものであると思う。3年間を通じて私が感じたことはだいたいそんなところでまとまるのではないかと思う。私は文章として書くのがうまくいかないけれど、ひとまずはこういう考えに私の頭の中で統一されています。最後に、私がいつもこうして何かを書くときに言うことなのだが、10年後、20年後の世界を考えたときにその時にあった環境づくりをしていけたらと思いますし、木の成長のように10年、20年で今の10倍20倍の大きなことのできる人間になれたらと思います。

 

 松崎 亮平 

 僕が今回の植林フォーラムに参加した理由は、推薦入試のためである。それは今でもかわらない。

 マレーシアは森林が少ないと思っていたが、そんなに少なくはなかったので、あまり深刻な問題としてうけとめることができなかった。しかし、このフォーラムに参加した人や、現地の人と友達になれたので、けっして無駄ではなかった。現地の人は、とてもノリノリでたのしかったし、夏目君が日本からもってきたアメをセンターの人たちにあげたら、とてもいやそうな顔をしていた。宗田君がもってきたカロリーメイト30箱、水9リットル、エネルギーin30コにはとても驚いた。食べ物については、とても書くことが多い。まず、オイスカの研修センターででたスープ、通称オイスカ汁≠ヘ、カレーをうすくしたような味で、良く言えばかわった味で、悪く言うとまずいスープだった。魚やカレーのようなものは、そこそこの味だった。えびの料理はとてもくさかった。マレーシア全土で売っていると思われる通称まめじる≠ヘ、とてもまずい。そこで、おみやげとして日本にもっていくことにした。百貨店でまめじるをかったら、笑われた。とてもくやしかった。カカオ工場で、ミロをもらったとき、石原くんのミロがくさっていた。すごくすっぱかった。そして、きわめつけははじめてたべたコンビーフが、めちゃめちゃまずかった。またマレーシアに来て、まめじるをのんでみたいと思う。植林活動も、疲れたがそこそこ楽しかったので、またこられる機会があったら、来たいと思う。

 

 室伏 善隆 

 この植林フォーラムに参加してよかった。これが植林フォーラムも終わりに近付いた今、僕が考えている事だ。「何事も経験」「百聞は一見にしかず」というが、今回のこの植林フォーラムは、まさにそれだった。それの連続だった。これまで新聞やテレビ等で見たり、聞いたりしていた事だが、実際にこうして現地へ来てみると、これまで見えなかった事、知らなかった事がたくさん出て来ました。新たな疑問も出て来た。

 僕は将来林業関係の仕事に就きたいと考えているので、これからの林業にはこういう東南アジアの森林の現状を知るのも必要だと思ったし、学校で勉強した自分の林業技術を試してみようとも思ってこれに参加した。

 実際に現地の様子を見たり、植林作業をして、色々な事を肌で感じる事が出来た。これはとてもいい事だと思う。僕がまず驚いたのは、土が赤くやせているという事だった。そして、山には日本と同じように沢山の木が生えていたが、それらはひょろりとした細い木ばかりで、ある程度太い木というものが見当たらなかった事も驚いた。

三つ目は、畑の土が粘土質のような感じだった事だった。川を流れている水は茶色く濁っていた。肥沃な土が流れ出しているのだろう。それはあの赤いやせた土や、粘土質の土を見てもほぼ間違いないと思う。もしこのまま土が流れ続ければ、いずれこの土地で農業は出来なくなってしまうだろう。それを防ぐには、今ある森林をもっと大切にするのが一番だと思う。植林をしても、それが森林になるには数百〜数千年はかかる。だから、いつ成林するか分からない小さな木々に希望を託すより、今ある森林を大切にするべきだと思う。木々がなくなれば洪水や地滑りが起きやすくなるし、あってもそれが若い木々ではそういう災害を防ぎれるわけではない。

 僕達の植林した場所に生き残っていたあの黒コゲの大木達を、伐倒したりしないでほしい。

 

 木村 督 

 日本のメディアでよく取り上げている、熱帯雨林に関して強い関心を抱いた。知識としてこのことを抑えておくこともあったが、現実を体で触れられたらと望んで今年も参加した。旅行の費用、時間、それと意志を考慮すると高校三年で受験生であるけれど、今を逃す手はないと思った。

 実際、このフォーラムに参加してみて、本当によかったと思った。いい経験になった。特に、思ったのは大人の方がおしゃっておられた、コミュニケーションについてである。日本人どうしでも初対面で親しくなって話しがしたいと思うがうまく出来ないときに、外国の人々と親しくコミュニケーションをはかることは、この短い期間でおこなっていくことはむずかしいことだと思う。まだ幼いということを少し考慮していただきたかった。そして私たちにも考える節が多くあった。

 植林や農作業に関して言えば、もう少し時間があればと思った。子供たちと植林するにしても、研修生と作業するにもとてもおもしろかった。もっとたくさんのことを体験して自分の一部にしていきたいと思った。見るもの、聞くもの、触れるもの、すべてが情報社会に生きる自分にとって新鮮であったし不思議と心が和むものだった。単調な作業をしている研修生たちは、私のような人物の訪問をどう受けとっているのかとても気になった。そして昨年フィリピンで思ったほどではないけれど言葉による意志の疎通をはかれたらと感じた。そうすれば短い間でも、本当の友になりえたと思う。

 今後もし参加する機会にめぐり合えたのならばまず、今までのような子供≠ニしての視点をもつのではなく、あくまで子供≠ゥら少しでも成長して、せめて青年≠ニしての視点を身につけることができるようになりたい。このフォーラムの本意は、コミュニケーションから成り立つことを大切にしていたい。また、マレーシアの森林を今現在の状態を保ったまま、木を増やして行きフィリピンのようなハゲ山しかないような土地になることをなんとしても避けたい。そして、避けなければならない。そのことに興味をもった若者が手を出し支えていく行為は、すばらしいことだし年寄りの人たちも、一生懸命にはげむ姿もすばらしいことだと感じた。人が国や人種で人を区別することがあるが、共に同じ目的で一生懸命行ってゆく行為には精神的なへだたりがなにもない。森林を保護し、植林をしていく上で、そのへだたりは大きな壁であり、切りくずして行くのも、若者の力にたよらざるをえないと思った。

 

 小野 大樹 

 僕の心に一番残っているのは、研修センターの人といっしょにバスケットやバトミントンなどをやったことです。僕は、バスケットとバトミントンとセパタクローをやりました。一番感心したのは、マレーシアの人は、とても体力があるということです。バスケットをやっているときなどは、すごく体力の差が出てしまい負けてしまいました。バドミントンはシングルに出ました。相手の人はとてもうまくて、前後左右に降りまわされてしまいました。なんとか8点とったけれども、けっきょく負けてしまいました。セパタクローは軽い遊びていどの中に入れてもらいました。しかしみんなやっぱりうまかったです。僕はセパタクローは初めてだったのであまりうまくいきませんでした。しかし、とても楽しかったです。心に残っているのはまだまだありますが、長くなりすぎてしまうのでこのくらいにしておきます。とても楽しい植林フォーラムでした。

 

 山本 望代 

 植林フォーラム

 動機  友達が去年フィリピンに行きとてもよかったと聞いたのでほんの軽い気持ちで行ってみよう    かなと思って応募したところ始めは、定員オーバーでまっいっかって感じでいたけど、キャン    セルが出たという電話がきてやっぱり行ってみたいと思って即応募しました。第1に外国に旅    行にいきたい(というか初めて海外旅行にいくうれしさと)という気持ちと国際交流とボラン    ティア活動がおものインターアクト部(私の所属の部活)の夏休み体験になるなと思ったので    す。

 活動  1日目(19日)は、飛行機の移動で体中ヘトヘトになってしまってマレーシアってこんな    に遠いんだと思いました。

     2日目(20日実は私の誕生日でした。)はバスでの移動でこれまたヘトヘトでした。日    本の道とちがって舗装していない道ばっかりでまるで飛行機に乗っているみたいでした。でも    寝ごこちはとってもよかったです。この時すでに日本が恋しかったです。

     3日目(21日)植林の日。大自然がスーと広がって何もないところに焼けた木が無造作に    立ち並んでいて淋しい風景が何処かとってもきれいに見えました。植林・草刈はかなりきつか    ったけど私の植えた木が3年前の様に大きく木が育ってくれるとうれしいと思いました。

     4日目(22日)クマボン中等学校へ植林。現地のサバダンスやバンブーダンスがかっこよ    く衣裳がすごくかわいかった。ゴム工場・カカオ工場は共に臭いがきつくてこまってしまった    けどいいものを見せてもらいました。

     5日目(23日)午前中はセンターの研修生と共に農作業をした。私のグループは、ピーナ    ッツの収穫を手伝いました。午後からはスポーツ交流としてバスケットボールをしました。こ    の日は、いままでにあったバス移動がなくてゆったりとできました。

     6日目(24日・今日)なんだかここがマレーシアなのかと思うほど...でもすっごーく    きれいでした。夜さん橋から見た夜景は熱海のようでした。

     7日目(25日・明日)はたぶんヤオハンで買い物して飛行機で日本に帰る。

    ここにきてすっごくいい体験をしたと思います。

    初めての体験で多くの人にたくさんの迷惑がかかったと思います。三田さん、沢井さんや新宮    さん小杉さんに坂中さん皆さんどうも本当にありがとうございました。

       

 芹沢 ゆき 

 この植林フォーラムに参加したワケは、友達にさそわれてやってみたいと思ったから参加した。はじめは外国に行きたいと思ってただけで応募したけどだんだん植林という実感がわいてきてどうしようと思いドキドキしていた。そしたら第1日目。1日目はどうってことなくて普通の旅みたいだった。2日目に飛行機では、2回目だけどすごく緊張した。3日目はバスに乗りつづけてとても疲れた。ガタガタ道の経験は日本ではあまりないからつらかった。ケドおもしろかった。4日目はいよいよ植林。思っていたのは2・3本植えればいいと思っていたので、植える面積を見たときすごくオドロイた。あつい中、立ちくらみでやってても現地の子たちはすごく元気でいっしょうけんめいだった。あの子たちと植林ができて本当にうれしかった。5日目クマボン中学では、住所とか聞かれてすごくうれしかった。けど住所をかいているときたくさんムラがってきて困ったけどおもしろかった。午後のゴム・カカオの工場はメチャくさかった。死にそうなくらいくさかった。もう行きたくないと思ったけどいいものを見たと思う。6日目の農作業はけっこう楽で(私の班はA班)現地の人とも仲良くなったし、ハンカチももらった。住所も交換したから手紙がくると思う。たくさん写真もとったし・・・。スポーツ交流でも、バスケ、バレー、バトミントン、サッカー、セパタクローをやったけど私はバスケだった。セパタクローはただ、足でけっているだけだと思ったのに飛びわざも出てすごかった。私もやりたくてやったけどすごくむずかしかった。夜には、オイスカセンターが最後なので夜少しおそくまでしゃべっていたけど現地の人たちにはすごく日本語を勉強していたのですごいと思った。けど負けずに勉強がんばろうとは思わなかった。けど日本にはみんな来てほしいと思った。今日はマヌカン島での行動だったけど、すごくキレイな所でうれしかった。バナナボートの前に乗してもらっておちるときを写したりして、すごく笑えた。最後はカケをして勝ったからジュースをおごってもらえる。(ただ今の時刻6:39)

 ちょっと食事や、風呂場などがちがったケド楽しい旅ができたと思います。キャンセルの所に私を入れてくれてありがとうございました。

 

 浅野 雅美 

 私は東南アジアにうっそうとした、熱帯雨林のイメージを持っていた。しかしそのイメージはことごとくこわされた。それがフィリピンでの感想だった。

 風景の中に木のない山があたりまえのようにありそれが異常なのだと私は自分に言いきかせなくてはならなかった。

 今年も学校のすすめもありこのフォーラムに参加することになったが、またあの風景が広がっているのかと思うと、心がずしっと重くなった。

 マレーシアにきて最初にしたことは景色をみることだった。そして山に木があることがわかると、「木があるよ」と友達に言ったような気がする。

 昨年とはまったくちがいサバにはまだ美しい自然が残っていた。私ははじめて熱帯雨林をみることができたように思えた。あの雄大な自然を私は一生忘れないと思う。破壊することはかんたんだ。でもそれをもとにもどすには、たくさんの時間とお金と人の努力が必要だ。私昨年はじめて植林をし自然を育てることを学んだ。そして今年私は残されたかぎりがある自然を守ることを学んだと思う。この貴重な体験をこれからの自分に役立てていきたい。来年は進路のこともあり、やらなければいけないこともあるが、またこのフォーラムに参加したいと思っている。

 

 高橋 かおり 

 東マレーシア植林フォーラムに参加することが決まった時、私の頭の中には去年のフィリピンでのことがうかびました。山にはほとんど木がなくて、小さいころからあった東南アジアのイメージがくずされたこと。自由な時間もなく作業が続いたためすごくつかれたことなど。だけどただ1つはっきりといえたことはフィリピン植林フォーラムに参加したことによって自分がずいぶん変化できたことでした。だから今年も参加すれば必ず自分にプラスになると確信していました。それだけをたよりにという感じで参加しました。マレーシアに着いて植林をする前はフィリピンのように危機感にせまられるほど緑がないというわけではなく、どちらかといえば、緑が多いように思えたからなぜ植林かすこし疑問に思えました。そして植林する山へ行った時その疑問を解くことができました。そこでは黒い幹だけになった木が広い土地に点々としているのが目についた。山火事によってそういう状態になってしまったと聞いた時、ここでもフィリピンほどひどくはないけれど森林破壊が進んでいると思いしらされました。今やらなければ手おくれになると・・・。絶対にフィリピンの森林のようにはしたくないと強く考えさせられました。マレーシアに行くまではいやでいやでしかたなかったのにかえってきてみると今度はフィリピンとマレーシアとの森林状態の違いを見てタイにも行ってみたいと思うようになりました。

 みんながはまってしまうというのがよくわかりました。わたしもまたその一人になってしまった気もします。できれば来年はタイにいっていろいろなことを学びとりたいと思っています。

 

 山下 春吉  

 3年前に植林した「アカシアマンギュウム」の生長した状態をみたいという安易な気持ちがいかに気楽な心の持ちようであったかという事を思い知らされた。

 植林と一口で言ってもただ植えるだけなら誰でもできるであろう。しかし、その前段階における荒れはてた原野の伐採、山焼の作業。植林されたあとの、生長の早い下草の刈り取りがいかに大切であるか。木の生長は素晴らしいけれど、それに至る管理作業に当る現地の人達の地道な活動があってこそ、この事業が成立つものと思われた。

 

 木俣 正夫 

 此の度、マレーシア植林フォーラムに初めて参加させていただきましたが、何よりも先ず好天に恵まれて、予定通り植林の目的を達成出来たことを、何といっても嬉しく思います。

 それにも増して、植林という一つの目的に向って、研修生や現地の皆さんと、共に同じ汗を流し乍らの交流、彼等のあの純真な目の輝き、そして笑顔、人間としてのすばらしさを肌で感じ合った感動は、生涯忘れることの出来ない貴重な体験として胸深く刻まれるものがあった。

 研修生の点呼に始まり点呼に終わるという規則正しい生活態度に接したとき、ふと吾々が忘れていた何か≠呼び戻してくれた想いがする。彼等達の為に、日本人はもっとしっかりせねば、とつくづく思う。日本人として彼等に与えた印象を想像するとき、残念乍ら規律言動において反省すべき点が余りにも多かったことは、本当に遺憾であった。

 私は改めて彼等達、マレーシアの人達の幸せを願わずにはいられない。

 終りに、この長い日程を恙なく過ごすことの出来た陰にオイスカの事務局を始めとして、現地の小杉所長さん、坂中さん他担当の皆さん方の並々ならぬご苦労が偲ばれ、只々感謝申し上げる次第です。本当に有難うございました。今後も益々研修所の発展と御健勝お祈り致します。

 

 酒井 豊昭 

 今、体の至る所がかゆくて仕方ない。これは美しい珊瑚礁の島、マヌカン島において、海水浴の際、珊瑚に傷つけられた20数ケ所の傷である。

 それはさておき、今回の植林フォーラムは、去年のフィリピンに続き2回目の参加である。日本、フィリピン、マレーシアの各国の違いを痛感させられた旅となった。フィリピンに比べ、マレーシアの方が美しく、多少豊かな気もするが、我々日本人に比べると文明的生活に於てはかなり遅れている思いがする。

 しかし、我々日本人が忘れてしまった大切な事を思い出させてくれた気がする。

 ティウロン農場においての植林及び草刈。現在、日本では機械化が進み、人力の作業というものは、かなり少なくなっているが、ティウロンでは、木を植えるのも自分の手、草を刈るのもカマを使い、汗だくになりながらの人力作業。今の日本において、これだけ汗をかいて作業をすることがあるだろうか?

 また、テノム研修センターにおける、研修生達のきびきびとしたあの態度。昨今、日本では個人主義よかれという風潮があるが、集団行動の良さ必要性を忘れてしまっている様な気がする。個人主義も大切であろうが、それは集団行動が成り立って後、また相手を思いやる心があってからのものである様な気がする。

 さらに、文化の伝承という点であるが、歓迎会等でマレーシアの方々が見せてくれた数々の踊り、あのような伝統的な文化を我々、日本人が海外の人に自信を持って紹介できるだろうか。とてもさびしい思いがする。

 国際交流とは、他の国の文化、生活等に目を向けながらも、ひいては日本の文化、生活をさらには自分自身を見つめ直す事であろうと思う。そういう点に於いて我々はもっと自分たちの事を勉強し直す必要があると思わざるをえない。

 最後になったが小杉団長をはじめ、親身になって我々の世話をしてくれた坂中君、電気もない中、毎日我々が植えた木の管理を一生懸命して下さっている吉森さん、子供の森を推進している国井君。日本人の代表としてがんばってくれている人々に頭がさがる思いと共に感謝の気持ちで胸がいっぱいになる。Terima Kasih   Selamat tinggal

 

 水野 茂樹 

 今回、植林フォーラムに参加させて頂き、日常の仕事や生活では得られない、数多くの貴重な体験をさせて頂きました。また、三ケ日高校生10名の生徒引率という形で参加させてもらいましたので、今後の教育のあり方を考える機会を頂きました。そこで、今の高校生に求められる2点について述べさせて頂きたいと思います。

 まず第1に、環境教育の重要性です。

 現在、日本の教育現場においても、環境教育の重要性が叫ばれていますが、なかなか現実性に乏しく充分な実効を上げているとはいえませんでした。しかし、東マレーシアの雄大な自然及びそれに対する木材伐採等による乱開発を目の当たりにすることにより、グローバルな観点かつ現実的に、環境教育の重要性を知ることができました。

 第2に、国際教育の重要性です。

 われわれ三ケ日高校は、国を越えた心の交流をはかるべく、三ケ日みかんの苗木の植樹を行いました。しかし、実際に高校生の行動をみていると、必ずしも研修生や現地の人々とのコミュニケーションの取り方が上手とは言えませんでした。どうしても日本人のみで集団化してしまい、ある時には排他的な面をみせていました。こうしたことを是正するためには、言語教育さらにはより重要である国際化をする際のこころの教育≠ェ求められると思います。

 上記2点の他に、集団行動の重要性及びマレーシア研修生の前向きな生き方など本当に数多くのことを学ぶことが出来ました。また機会がありましたら、再び参加させて頂きたいと思います。最後にはなりましたが、オイスカ関係者への感謝とフォーラム団員の今後の活躍をお祈りして、この稿を終らせたいと思います。どうも有難うございました。

 

 岡野 清豪 

 今回初めての経験の中で、植林という意義の深い事業に参加させていただき、非常に有意義な思いでおります。

 日常、業務に於いて、木材を非常に多く、使用する職業ですので、当初興味深く参加させていただきました。又、ベニア工場見学等の実際にみた事のない場所へ連れていっていただいて、非常に参考になり感謝しております。

 植林自身は、かなりハードなものでしたが、私がいままでにあじわった事のない様な充実感でいっぱいでした。又、土地の人との交流にも積極的に参加する事が出来て、子供達の無邪気な所は日本の子供たちと変らないなと思いました。ただ1点気になったのは、自分達があめ等を子供達にやりましたが、なにか私には違和感がありもっと他の型で接し方があったのではないかと思われます。

 テノム研修センターについては、現在の日本と比べると非常に違う点が多く、はじめは戸惑いましたが、最後には、なれたと思います。研修生達の、ひたむきな態度、しっかりとした規律、日本人に対するあこがれ、自分としては非常にすばらしいと思う半面、今の日本人がなさけなくなる思いでした。物質的にも充たされており、なに不自由なく生活する我々にとって一つ一つ一生懸命にとり組む姿勢、礼儀等逆に勉強させられる点が多々ありました。彼等が日本にあこがれ、日本に来て勉強をはじめた時、日本人に対して絶望感を味わわせない様な、日本人でありたいと思います。

 今回日程的にも、移動が多く非常にその点がつらかった様な気がします。しかし、当初の目的は、達成する事が出来、満足感で一杯です。又最終日にはいままでの疲れをいやすかの様に、すばらしいリゾートでの体験、充実したものでした。これからの生活の中でおりにふれて家族にも会社の同僚にも私の経験を話してやりたいと思っています。最後に事務局のみな様、大変御苦労様でした。おかげ様で有意義な経験をさせていただきました。本当にありがとうございました。

 

 土屋 雅信 

 海外旅行も初めてで、今回の旅は見るもの、聞くもの、全てが新鮮で驚きの連続であった。約1週間の旅でたくさんの経験をしたが、なかでも印象に残ったことを書きたいと思う。

 まず、感銘を受けたは現地(マレーシア)の人達の人間性であった。クマボンの生徒といい、研修センターの人達といい、笑顔が素敵で実に自然な形でおだやかな表情をする、目が澄んでいて美しい。日本から見れば決して豊かな生活はしていない彼らが、このような素敵な表情をすることができるのは経済なんかは関係なくきっと別のところに起因する何かがあるのだろうと思う。自分が小学校で子供達を教えていて、マレーシアの子供とくらべた時、笑顔がすばらしいというのは、変りないが何か疲れたような、生きる活力を失ったような表情が日本人の子には見られると感ずる。それは、塾通いだとか、習い事で時間に追われた生活にゆとりがなくなっていることが原因なのではないか。子供本来が持つ純粋な明るさを発揮する場や時間を与えられないままに日々の生活を送ることで、ストレスがたまり、表情を失っているのだと思う。学歴社会で受験制度に問題があると言われているが、子供本来の姿まで失ってしまっては、日本の危機であり、教育者として、子供とふれ合う時間をたくさん持ち、クマボンの子供達のように、あの素敵な目と笑顔が、日本でも見られるように努力していこうと思った。

 次に植林について、私はこのフォーラムには初めての参加でどのような事を実際に行うのか、予想できなかったが、植林、草刈り、農作業と経験し、その大変さに体がまいってしまった。中でも、忘れてはならないと思ったのは、現地の方々が我々のために準備をしてくださり、すぐ作業できる状態にしておいて下さったということである。現地の方々は、一年中休みなくあの作業を続けられているわけで、いろいろなご苦労があるだろうなと思った。今、教育界では「生涯学習」ということがしきりに言われており、学校でも知識を学ぶだけでなく、「勉強の仕方を学ぶ」ことが大切であると考えている。これは、「魚を与えるのではなく、釣り方を教える」というオイスカの考えに共通するものだと思う。研修センターでは、まさにその考えにのっとって研修生がまじめに取り組んでいて胸をうたれた。マレーシアを豊かな国にしたいという思いがあることと、農業というものに対して、前向きに考え行動しているところが日本と違うと思った。先進国と言われ情報が氾濫し、ぜいたくな生活につかりきっている日本は、気がつけば周りの国に追い抜かれ衰退するのではという不安がよぎった。

 今回の経験を、学校の子供達に伝え紹介する中で、国際協力や自然保護の意味をできるだけ多くの子供達に考えてもらいたいと願っている。ありがとうございました。

 

 中村 太郎 

 マレーシアの植林は2回目だったけど、2年前高校で植えたのがあんなに大きくなっているなんて、あまりにも感動しましたが、なによりもまた大自然の天然での熱帯を感じることが出来てなによりでした。残念なこととしては、長い時間動く力がなく、スポーツ交流会も長時間は出来ず20分動くと、すぐに体力が低下してしまってさびしかったので、熱帯地帯での体力づくりをもっとやらないといけないなと思いました。

 植林をして感じたことは、やはり、木は切るのはかんたんだけど植えて育てるのはむずかしいと思い、少しでも地球のためになるなら、このプロジェクトは成功しているのだと思います。

 しかし、多くの人の心も入っているので、心と体があればなんとか地球は死なずにいれるのではないかと思いました。 このプロジェクトには多く参加してみたいと思っていますが、いつ参加出来るのかわからないのが現実なので何かのきっかけだけでもつくりたいと思います。

 次回はタイだけどできるなら参加して一本でも多く植えることに意味があっていいのではないのでしょうか?次回も出たいです。

 

 中村 光宏 

 近年さまざまな物で今後の環境問題をテーマにした物をよく見かける。僕は特に自然に興味があったからこの植林フォーラムに参加しました。最初は、マレーシアはなにもないところだと思って不安だったが、行ってみるとなかなかいいところだと思った。しかし食事は、あまりうまくなかった。

 今回は海外旅行も植林も初めてだったからいろいろ失敗した事もありました。

 特に一般の人にとても迷惑をかけてしまったと思います。

 一番印象にのこったのは、オイスカ研修センター内で現地の人と友人になったことです。僕は言語も、国も文化も関係なく、熱心に心を開けばなんでも通じると思った。そして、今回の植林フォーラムでえたことは、人間一人一人がもっと自然に関して知識を得ていかなくてはいけないこと、さらに多くの植林をしなくてはならないことなどを学び、木の本当のありがたみを初めて知ったことだと思う。

 来年もこの植林フォーラムに行きたいと思い、今後もう少し勉強をしていきたいと思います。

 

 宗田 陽一 

 自分で名古屋まで重い荷物を持って、行かなければならなかったので次の日には、筋肉痛になっていた。豊橋まで来たらオイスカでチャーターしたバスでホテルまで行くか荷物だけでも車に乗せてくれたらどれだけ体力を使わないでよかったかと思う。

 8月19日には死にそうなほど苦しい思いをし、トイレにこもった。初めの2日間は最低の日だった。

 8月21日この日は植林をやった。一人の少年といっしょに植林をした。むこうが話しかけてきてもなにも応えることができずこっちが話しかけてもなにも通じなかった。途中でその少年はどこかへ行った。ちょっとかなしかった。もう少し意志を表せばもっとわかってくれたのではないかと思う。 植林と草刈は2日間にわけてやった方が・・・。

 8月22日この日はくさいものばかりだった。豆の飲み物、あれは、はきそうになった。なぜマレーシア人はこんなもの飲めるのかなあと思った。ゴム工場ではポイズンガスがおいてあった。だから写真をとってはいけないのではないかと思ってしまった。カカオの工場ではカカオ豆の腐っていたにおいがたまらくくさかった。しかも、ミロが腐っており飲んだら舌が針で刺されたような感じになった。なんだかチョコレートやミロ、カカオで作っているすべての物に対して食べる気がうせてしまった。

 この日の朝のランニングでむりやり走らされくつ下をはいてなかったためくつずれ(たて1.2p  横2p)ができた。かなりいたい。これによってあとのことがかなりたいへんになった。これはだれのせいであろうかやはり・・・。

 いろんなことがあったがけっこう楽しかったしいろいろな体験をさせてもらった。このことによってマレーシアと日本のちがい、木の大切さをよりいっそう深めることができたような気がする。この団体のこれからの活躍を期待している。また機会があったら参加したい。

 

 石原 伸一 

 今回も、去年のフィリピンにつづき、2度目の参加でした。フィリピンでは、山という山に木がなく、これは大変だなと思いました。

 マレーシアでは、フィリピンよりも木が多くのこっていると聞いて、半分くらいは生えているだろうと思っていましたが、それよりもはるかに多く、今から植林するれば、森は守れると思いました。また、今回も来てよかったと思うことが数多くありました。もっとも大きなよろこびだったのは、研修センターにとまっていた間に、研修生の人たちと仲良くなれたことです。去年にできずにいて、今年の自分の目標の一つであったので、仲良くなることができてとてもうれしかったです。

 そして、やはり、大きく育っている熱帯雨林の木々を見ることができたこともうれしいことでした。食事も、去年は口にあわず、体調をくずしぎみでしたが、今年はいくらかなれたこともあっていろいろと食べることができ、万全の体調で作業に参加することができました。また、良くなかった点もいくつかあり、まわりの人たちに迷惑をかけてしまったこともありました。今後も、このフォーラムには参加していきたいと思っているので、参加することができれば、もっとおちついて、まわりのことを考えるようにしたいと思います。

 

 夏目 圭介 

 植林フォーラムに初めて参加となったわけでしたが、学ぶことがとても多くとても充実した一週間となりました。

 このフォーラムに参加したことによって、日本にいては知ることのできなかったようなことも自分で見て感じて考えることができたのではないかと思います。

 この1週間この先のことを考えてもけっして無駄なことではなかったのではないかと思います。日本で見る新聞やテレビなどでは伝えられることのできない部分も自分で体験できてとてもよいものに参加したなというふうに自分なりに満足しています。「国際交流を深めよう、国際関係を良くしよう」と言うだけでなく、自分で体験できたことをとても幸せだと思います。そして自分たちの文化とまるでちがう文化を持った人が地球上にいることを、体験することで知ることが完全というわけではないですが、できたような気がします。食文化もそうですが、マレーシアの料理は、とても甘かったり辛かったりと極度に料理によって、変化がありました。少し自分から言うとくどい味の料理が多かったような気がします。まずいというわけではなく日本食とはだいぶちがうということを感じることができてとてもよい経験ができたと思います。

 植林などでは現地の人々とふれ合い共に作業できたこともこの植林フォーラムに参加したことにより体験できたことだしとても幸せだと思います。最後のマヌカン島では自分の中にあるイメージのマレーシアを覆すすばらしい風景を見ることが出来さらにマレーシアでもとてもきれいですばらしい所があることを知ることができました。

とてもすばらしい体験ができてとてもうれしい。父母やオイスカの人々マレーシアの人々に感謝したいと思います。それにしても豆汁はすばらしかったです。非常食にはコンビーフだと思いました。

 

 山下 みつ枝 

 近くて遠い国マレーシアそれがサバ州です。

 最近特に森林の伐採、自然環境問題等で、新聞紙上にもたびたび取り上げられている。現在は森林資源も少なくなってしまい、他の産業に方向転換をせまられている。今注目されているのが、観光産業です。今回は、確かにこの様な光景をあちらこちらで見て来ました。コタキナバル空港附近も近代的な家並が連なり、海岸線の埋立で一大リゾート地に変貌しつつありました。

 今回は2度目ということで、多少心にもゆとりを持って出掛けたはずでしたが、初日からの暑さと移動中の疲れからで作業はきついものでした。植林地の山は傾斜がきつく、頂上から下の方に向って植えて行くのはなかなか至難の業でした。それでも現地の子供達2・3人とペアで、一列ずつに丁寧に下って植えて行きました。3年後には元気に生長して、緑が大きく広がる森になってくれる事を祈りながら、汗を流しました。

 午後の草刈は殊の外大変な仕事で、背丈より以上もある草の中に飛び込んでの作業は、ホントの所恐ろしかったです。日本の草と違い、鎌そのものにも問題があると思いました。午前の植林と午後の草刈りの時間を反対にすれば、まだ暑さと疲れ方も違ってきたかもしれません。又、テノムの研修センター

での農作業は、(雀追い)日本では見る事も味わう事も出来ない経験をしました。 与えられた仕事は、何事も真面目にするその気持ち(パワー)だけは持って帰りたいと思いました。ビニールシートの破れの繕いでも感じました。何でも最後まで使い切るという事を、改めて学びました。ある方が、「こんなにもセンターの研修生が、真面目に仕事に打ち込んでいる姿に頭のさがる思いだ。 出来れば土壌改良の方にも手助けをしてやり、もっと良い土壌にしてやらなければ。」と話していたのを耳にした。 何をするにも、肥料も種子も良くなければ良い作物は取れないが、もっとそれより先の土の改良が必要なんだと知りました。3年先には植林した木々も大きく育ち、センターの農場ももっと立派なものになる事を願っております。もう一度この目で確かめたいと考えております。

 

 杉山 美智子 

 熱帯へのあこがれがあって、今回の参加となりましたが、大変貴重な体験をすることができました。農業や植林の体験のない私が、「木を植える」ということでマレーシアの人達に一つの思いが通ずれば、私の今回の参加の意味はあったと思っています。

 3年前に植えた木が確実に10M近くまでに生長したのを見た時は、今回私達の植える木も立派に生長するであろうことを象徴している様で思わず力が入ってしまいました。お手伝いをしてくれたマレーシアの子供達が、私達の行動をどの様に感じていたかは分かりませんが、彼等の脳裏に私達の行為の一端がきざみ込まれればよいと思っています。いままでは私達をも含め、現地の人達が自然の恵みを当り前のものとして受け入れてきた来たことを、木を育てるという大変な作業を通じて、一つ一つ創り上げていかなければどうにもならないことを悟る必要があると思いました。私達とマレーシアの人々と生活の仕方には大きな違いがありますが、合理的、機能的に生活することに慣れつつある私には、一つの反省を与えられた様に思います。

 センターの研修生の方々のけなげな生き方や日本人に対する好奇の目を、今回の同世代の若い人々にはどの様に感じたのでしょうか。

 一方、農村や果樹園を訪ねたことも私にはとても興味深いものがありました。簡素に、素朴に昔ながらの生活をしている農村、意欲的に経営を広げようと努めている果樹園の経営者、とは大きな意識の開きがありましたが、いずれ若い世代は、少しづつ知識を広め、マレーシア国家を担っていくことでしょう。それから、日頃日本の店頭に並ぶ果物を林の中でみることができとても嬉しかったです。幹に小さな花をつけて、幹に鈴なりになっているカカオ、10数房も手を広げた状態でなっているバナナ、高い木の上にぎっしりと実をつけているマンゴー、やし、樹液を採取しているゴムの木、コーヒーの木、ザボンの木マンゴスチンなど熱帯ならではの産物です。又、テノムの街で見た大きなネムの木、それに寄生する野生ラン、板根というマレーシアの大木、密林の中の立ち枯れた大木など植物には限りなく目を見張るものがありました。野生の野ボタン、ブーゲンビリアの花々など色あざやかでとても美しかったです。

 時間が経つに従って、熱帯マレーシアへの様々な思いはふくらんできますが、最後にオイスカセンターの皆様が私達を心よく歓迎して下さったことに深く感謝したいと思います。そして、私達のささやかな行為を通してマレーシアの山々が今後数十年、数百年たって豊かに繁茂することを夢みたいと思います。並々ならぬ努力をされているセンターの小杉所長さんをはじめ、職員の方々の今後の御活躍と御健勝を心よりお祈り申し上げます。本当にありがとうございました。

 

 酒井 美代子 

 オイスカテノム研修センターは、ボルネオ島サバ州の中程に位置し、町の喧噪から遠く離れた男女共学の全寮制の研修所である。研修生は、午前5時半に起床してから、午後10時の消灯、就寝まで、秒刻みの生活の中で鍛えられている。日本人スタッフと研修生が一体となって24時間研修センターは道場である。

 ここには、かつての日本人が皆受けたであろう訓練と整然とした規律があった。それが良いとか悪いとかは別にして、個人主義を謳歌している自分を含めた現代の日本人には、多少奇異に映ったかもしれない。

 しかし、私達の一挙一動に注がれている熱い視線と、そこから何かを掴みとろうとする思いに触れ新鮮な驚きと深い共感を覚えずにはいられなかった。それは、先進国の人々に向けられた羨望だけではあるまい。

 8月23日農作業交流では、ピーナッツ畑で研修生と共に収穫の喜びを分かち合うことができた。

パナス、パナス≠ニ片言のマレー語を言い合いながら、泥の沢山ついたピーナッツを丹念に水で洗い上げていく。作業の途中で必要な道具があれば取りに行き、ピーナッツを洗うために何度も水を汲み換え、洗い上げたピーナッツはリヤカーで運ぶ。なんでも人力で大変根気の要る作業である。それでも元気一杯で楽しんでいるかのように笑顔を絶やさない。そういう若者たちでも、こちらの質問や応答には顔が一瞬引締まり私の目をじっと見て聞き漏らすまいとする。次にはすぐ行動に移しOK?のサインを送ってくる。清々しい風が私の頬を撫でて通りすぎた。

 また、休憩でも坂中さんの説明が始まると、全員が真剣な表情で食入るような目差を向ける。実に命がけで生きるという現場を見た思いであった。「死力を尽くして限界を突破した者だけが自己を向上させ、新しい自己を誕生させ、事を成し遂げることができる。」まるでそんなことを自らに言い聞かせているかのような研修生達であった。むしろ彼等からの日本の精神を教えてもらったような気がする数日間であった。

 最後に植林フォーラム関係者の皆様に厚くお礼申し上げます。

 

 萩原 弓子 

 まずは、動機から...。

・以前から、ボランティアサークルで老人ホームなどで、様々な活動をしていたが、国際的な活動をしたかったこと。

・「国際ボランティア」という本を買ったすぐ後に、新聞に募集の知らせが出ていたこと(実は昨年も参加したかった。定員がオーバーした為、行けなかった)

・0才からの登山を通して、如何に自然そのものが大切で、(ある意味で)脆く、そして人間の手によって壊されているか、を目の当たりにしてきた(つもり)だから。

・高校3年の今になっても進路がはっきりしない私にとっては新しい道が開けるかもしれないという気持ちがあったこと。   etc・・・

◇全体を通して見ると、本当に様々な年代の自分とは異なった観点の持ち主とも親しくなれて、新たな物の考え方や世界が広がり、とてもすばらしい経験となりました。

 しかし、正直なところ、目的意識の差が少々気になりました。というのも「海外旅行の中に植林がある」という考えの人間と純粋に「植林」だけを考え行動している人間との間に、差があるということです。この差が行動にどのように表れるかについては、書くまでもなくはっきりしていると思うのですが。

 信じてもらえないかもしれませんが・・・実は出発する以前に、マレーシアについてや植林熱帯雨林について等、自分なりに勉強してきたつもりです。が、実際とのギャップにとまどいを感じたりもしてしまいました。やはり、体験を通してでないと、身につかないと改めて考え直しました。

 もしかすると私は、「国際ボランティア」という言葉に憧れを感じていたのかもしれません。でもたとえ、ジャングルの焼畑etcがひどいとしても、日本より緑が多いことは少々ショックを受けました。日本はボランティアが、うまく機能するのが難しい国だと私は考えています。海外はもちろん、今後は国内にもしっかりと目を向け、少しでも役に立てたらと思います。

 今回、このような経験をさせて頂き本当に本当にありがとうございました。感謝感謝です。

 

 夏目 紗帆 

 初めての海外、初めての植林、初めての飛行機と、私にとって初めての経験ばかりでただ驚くばかりの連続でした。とくに文化の違いです。いわゆるカルチャーショックです。おふろの入り方や、飲み物が甘いというところです。でも、一緒に生活してだんだん慣れました。それに、こうして少しでも資源を大切にしたり、気候に合った食事を取るという生活の知恵のようなものだということが分かりました。

 また、植林を通してたくさんの人たちと出会うことができました。小学校・中高等学校・オイスカセンターの人、どの人もいつも笑顔でむかえて下さいました。そして、私の下手な英語につきあってくれました。英語の勉強の場でもありました。そこで言葉が通じなければ交流にはならないという考えから、自分の気持ちを伝えることが交流だと改めて考え直しました。

 オイスカ研修センターでの食事はセンターの人たちにはごちそうだった、お客さんが帰ればもっと質素になる。ということを聞いて本当に失礼なことをしていたと思いました。ゴメンなさい。

 サバはほのぼのとして良いところです。しかし、その内部では木が伐採され、日本企業などが営む工場で加工されているところや、まだ使えそうな木が目の前で燃やされているという現状を見て胸が痛みました。費用がたくさんかかるために燃やすしかない、しょうがないという木を一刻も早く何とかしてほしいと思いました。輸出先である日本も日本の人、1人1人が早くこの事実に気がついてほしいと思いました。

 この体験を通して、日本の国の豊かさと、物の大切さを改めて実感しました。

 

 水野 真樹 

 この植林フォーラムに参加した動機は、学校で育林についてや山の中に入って作業をしたりしているからです。しかもボランティアということもあって参加しました。

 参加の応募をだしてから自分の体調が悪くなりとても一時期植林フォーラムにいきたくなくなりました。でもとても今ここへきてよかったなぁと心から思っています。

 植林・草刈りなどはとてもつかれたけどよい体験などができよかったと思いました。あと、オイスカのセンターの人や中学校や植林の時の小さい子や大人の人達と交流ができとてもうれしかったし仲良くなれたのでよかったです。

 マレーシアに来る前はすごく体調が悪かったのにマレーシアにきたらゴム工場でしか気分が悪くならずあとはずーと元気ですごせたのでよかったなぁと今思っています。

 この植林フォーラムでは本当にすばらしい経験ができよかったと思います。この経験をしたことはずーと心の底にのこしておきたいと思います。またこのような機会があったらぜひ参加したいと思います。

 最後に沢井さん、新宮さん私がマレーシアに行くのをまよっている時にいろいろと説得してくれてありがとうございました。そのおかげでこのようなすばらしい体験ができました。

 本当にありがとうございました。

 

 外山 希美 

 動機 

 私は、最初植林フォーラムのことをクラスの掲示で知りました。でも私は、行ってみたいな。でも今は、塾とか行った方がいいのかな≠ニか思って、今年行くつもりは全然ありませんでした。でも、環境問題のことは、すごく興味がありました。去年は酸性雨のことにすごく興味をもちました。そして、去年の夏休みに研究し、異常気象の恐ろしさをあらためて痛感しました。だから、いつか絶対に行こうと、考えていました。しかし、学校の校長から誘われたので、今年行こう≠ニ決心しました。

 マレーシアについて

 マレーシアにきて、とてもおどろいたことがありました。1つは、車の規則がほとんどないことです。そして、牛とかが道路にいて車がきても、全然どかないのもおどろきました。そして、2つ目は、日本とものの考え方がすごくちがうことです。少しちがうくらいかなぁ。と思っていたら、ずいぶんとちがったのでびっくりしました。

 交流

 研修生の中には、少しだけ日本語を話せる人や英語を話せる人が多かったです。私は、コミュニケーションは、けっこう得意だったつもりだけど、いざ話してみると聞きとりにくいし、分からない単語もたくさんあったので、すごく頭の中が混乱したりして、パニック状態で話がとぎれることもしばしばあって、自分がすごく情けないと思いました。しかし、片言でもすごく仲良くなれたのでとってもうれしかったです。言語なんてなくても、お互いの言いたいことが伝わるんだなぁと思いました。

 植林

 私は、植林するところについてみて驚きました。

 山には、木がなく一面に草原が広がっていました。私は、もう少し木が生えていると思っていたので、すごく驚きました。

 そこには、もう穴がほってあって、植えるだけになっていました。私はただひたすら、木を植え続けました。しかし、だんだん疲れてきて集中力がなくなってきて、最後の方は休み休み作業をしていました。丈夫に大きく育ってくれたらいいなと思いました。

 今回、これに参加して、いろいろな面ですごくいい勉強になりました。また機会があったら参加したいと思いました。