’96タイ国植林フォーラム
感想文 NO,2へ
帰国して、一息ついて思うことは、全員が無事で目的を充分果たして帰国できたことです。改めて団員の皆様に感謝申し上げます。
地区ロータリーとしては、もう少し沢山の植林を望みたかったのですが相手国の事情で止むを得なかったと思います。また植林地が3カ所になったため、セレモニーに多くの時間をとられ、植林時間が制限されましたが、それだけに多くの村の人たちに植林意識を植えつけることができたとも言えます。できるならば、1か所で通して植林ができれば、もう少し沢山植えることができたし、村人たちとの交流のチャンスも多かったし、団員たちも「やったー」という感じがあったと思います。
「子供の森」計画などで4〜5年前から植えた若木が7〜8メートルに育っているのを見せていただいたのは、初めて参加した人たちにとって驚きで、効果があり大変良かったと思います。
計画上でもう少し時間がほしかった。現地のガバナーならびにロータリーとの交渉を詰めたかった。そうすれば、もっと現地のロータリアンの参加が望めたのではないかと思います。
プログラムの中で、団員とのミーティングの時間がとれ、意見の交換ができたとは大変効果があったと思います。団員による楽器演奏ならびにコーラスは、昨日までの未知の人たちの団結と親睦を深めただけでなく、村人たちに大変よい効果を与えたと思います。
3年前の植林地の状況は、さすがに現地の厳しさを感じさせましたが、それでも現地の村人たちに絶大な村意識を植えつけることができていると聞いて安心しました。
総合して、この計画は適切で、現地の研修所の山内君ならびにそのスタッフの努力を多とします。また沢井君の適切な措置がこの計画をもりたてものと併せて感謝します。
タイ植林フォーラムで学んだこと
1.タイの国民一人一人が、仏教と国王をバックボーンとして日常生活の規範をつくり、3本の選考を捧げ各々が敬虔に祈ることを第一義とした生活をしていること。
2.「子供の森」の学校が中心となって地域に拡がり、学校と地域住民が一体となった村おこし運動は植林からの意識の高ぶりを誇りとした行動をヤ

ンマーディーゼルエンジンの運搬車轟音の如く「素朴なほほえみ、流汗と土に親しむ姿」タイの人々の生き様に肌で接したこと。
3.「子供の森」のそれぞれの学校に専任教師がおかれ、彼らが誇りをもって学校教育即育樹の実践力に驚いたこと。(裏方のセンターの考えと実践力がここまで育てたのだとその夜昼なしの活躍に敬意を表する)
4.子どもも大人も互いに笑顔と合掌……私は今更ながら生き様を教わった。村おこしに村山への植林、その力を寺運営に……村長と村民が一体となり村づくりへと農村のすばらしい経営否政治に接したこと。
5.山内所長さんが人間関係を第一義にタイの人たちの主体性を尊重し、時間を忘れスタッフと力をあわせ苦しくても難儀しても、タイ人になりきって明日の光明をと理想に燃えて活躍していることに接したこと。
基礎的な資料を本で少し読んだりしたが、目でしっかりと確かめたかったので参加した。要点をしぼっていったが記録不十分に終わってしまった。さめない中にまとめたいとは思っています。多人数で年齢差も大きい団体をつれて、世話をしていただいたオイスカの皆さんに心からお礼申し上げます。
感じたことを簡単に申し上げお礼のしるしとします。
1.まず天候に恵まれ、全員無事で予定の行動ができてよかったと思っています。
2.植林地先での地元住民の対応(事前準備、当日のもてなし)に心を打たれた。自分にふり返ったとき、あれだけのことがでくるかと思うと心さびしくなる。陰で働いた皆さんに心からお礼申し上げたい。
3.多数で植林するため、棒が立ててあったのは未経験の若者の多い中、本数の確保と生前とした植林ができ、植林後の下刈り、枝打ち、耕起などよいことだったと思う。若者と経験豊かな山持ちの経験の違いは、はっきりわかるが、若者にとってはよい経験になったと思う。
4.植林が主ではなかったかもしれないが、この経験が若者には自信を与え、何かに生かされるよう思えてならない。参加の気持ち、経験は、どこかにいかされると思う。私も孫が成長したらつれて行きたい。
5.用具について、植林を主目的と考えると、鍬は重いし、使いにくい。日本で使用しているものを現地の人に使用させたらどうか。賛成が得られなければ仕方ないが、効率が悪いように思った。
6.いろいろ気がついたことは多くあったが、直感で感じたことを書きましたが、悪く思わないでください。
今回で3回目の植林フォーラムに参加したが、過去2回のマレーシア、フィリピンの場合同様、多くの感動を得、オイスカの取り組みに対する敬意と信念を一層確たるものにしてくれたことをまずもって感謝いたします。
今回のフォーラムに若い人たちの参加が多く誠に望ましいことであるが、オイスカが願望する本質

を理解してもらうための努力を怠ってはならないと思う。そうした意味での心遣いを引率者の沢井氏をはじめ、団長、副団長、そして横井事務局長等の発言の都度感じられたが、はじめて参加し居眠りしながら聞き流しているように見えた若者は、どの程度の理解をしたか知りたいところであるが、帰途の車中で大方良い方向にあることは感じられた。現地の山内所長を中心としたスタッフの方々の、寛大な心での日々の実践活動の様、苦慮、苦闘等についての助言説明は絶対に必要なことだと思う。私も説明を耳にすることによって、山内さんたちの大変さをより深く、広く理解することができたし、より多くの感動と尊敬の念を深くしたことを率直に申し上げると共に、今後もこうした意味での発言は遠慮せず積極的に展開されることを、若者の心の啓発に当てられるよう、大いに支持したいと思います。
なお、「子供の森」構想は大いに意義あることを確信した。今後も支援者が増し一層の発展を望むや切なり。私も細々ながらも支援を続けたいと思う。
とにかく、全体を振り返って、観光とショッピングも適当に組み込まれ、名称だけに感じられる固さも実際には楽しいもの。固すぎもせず軟らか過ぎもない適当なところではないかと思う。何よりも意義あると思われることは、公的機関の歓待と村人が一体となって迎えてくださること、言葉が通じなくとも、オイスカの名の下に、心の通じ合いが確信されること、そして、心豊かな雰囲気が容易に醸成されることなどは、単なる観光やショッピングを目的とした海外旅行ツアー等の比ではないと自負し、ひそかに誇りに思っており、身の周りの理解者を集め同行したい念がまたも強まったことを書き添えて、意を尽くし得ませんが、感想文といたします。
2年前のフィリピン・ダバオに続いて2回目の参加です。タイは初めてだったので、バンコクの空港の広さにはびっくりしました。そしてチェンライに行く機中より下を見れば、見わたす限りの田んぼに、さすが米の国だなと思いました。
チェンライに着いて植林ですが、心配していた雨もたいしたことなくて、本当に良かったと思います。郡長をはじめ村の人が多く参加してくれたのにはおどろきました。これも一重に現地オイスカの努力の賜物だと思います。
木を植えるのは10分の1、村民に理解してもらい原野を下刈りし植林の支度をするのに10分の9かかると思います。最終日の挨拶の中で、横井先生が「木を植えるのではなく、気を植えるのだ」とおっしゃった言葉がまさに的を射ていると思いました。
研修所の山内所長の話は、現地の事を良く知り参考になりました。できればもっとタイの事についていろいろお話を聞かせてほしかったと思います。
今回は現役の先生方が多数参加され、自ら体験し、それを生かされたら最高に素晴らしいことだと思います。
植林を通じて世のため、人のため、ひいては自分のためになる植林フォーラムは最高のツアーだと思います。これからもぜひ参加させていただきたいと思います。
植林事業概略
植林地は3カ所とも村民が主体となり、学校がサポートできる体制をとる「コミュニティ・フォーレスト」を目指したものとなった。植林後の管理作業が集中しない面積として今回は各場所3,000本の植林を行った。そして3カ年計画で増やしていく計画をたて実施した。
準備段階で十数回村に足を運び村民の意識づくりをはかった。経済活動ではない大地をつくる作業、村民と子供が協力して行う事業の重要性等を説明、現金収入につながらないとして当初村民から疑問がなげかけられたが理解を得、苗木選びから整地、実施まで村民中心の、村を挙げての事業となった。
初日と2日目は雨中の作業となり、また3日目は曇天ののち蒸し暑い条件の下、タイの人、日本の人が入り乱れての植林。各所で言葉は通じなくても共同作業する姿が見られる。汗が共通語ということを実感した。また、3か所とも学校や村の人たちの準備と歓迎は大変なもので日本人に未だ敬意を持っていてくれていたことに安堵感を覚える。植林事業の苦難な点や人心の統一の大切さ、積み重ねることの重要性等、多くのことを参加者が学ぶことができたとえる。
また、日本をはじめとする先進国がタイ国農村部に与えている現状等も垣間見ることができた。3日目植林地の村民挙げて取り組んでいる「ほうき工場」を見学、村中の畑を転作しほうきづくりに励んでいる。その輸出先は日本だとダンボールに表示されているのを見て愕然とする。純粋は輝く瞳を持った子どもたちの心を、大地と共に大切に育てる活動の重要性を再認識する。
3年前に植林した土地を見に行った。他と比べ成長があまりよくなく感じられたが、村長宅で村人と共に食事をした時、奥さんたちの顔を見て今日までの苦労は並大抵ではなかったことを知る。村民総出で幾度となく火災をくい止めたり、草刈りをしたり……壁に飾られた写真が物語っていた。別

れ際の村長夫人の涙が忘れられない。3年前にしたことは木も植えたが村民に気を植えたのだと気がつく。
75歳から15歳まで、総勢62名の参加者が一丸となり、初めて出会った者同士が帰国するときは皆心一つになる「ドラマ」が繰り広げられた。途中バスのアクシデントとして、植林1日目はダンプがぬかるみにはまり通れなかったり、2日目は途中皆がバスを降り2キロメートルほど歩いたり、泥濘にはまったトラックを押したりしたこと。3日目は1台が道を間違え1時間のロスをする等、色々な事件も「ドラマ」の一部であった。フォーラムで知り合った仲間たちは一週間の出会いだけでなく、同じ志を持った人の出会いの場をこの機に得たといえる。
天候に恵まれ、現地スタッフや地域住民の皆様の行き届いた配慮と準備のお陰で、何一つ不自由や苦労もなく所期の日程をこなすことができた。いろいろとハプニングはあったが、終わってみればそれは「楽しい思い出」である。
植林ということで参加させていただいたのだが、植林地では「実際に自分に何ができるのか」という疑問が終始つきまとい、そして帰国した今では「本当に何か役に立つことができたのだろうか」という疑問が頭から離れない。訪問したそれぞれの土地で最高の歓迎を受け、すでにセットアップされた現場で現地の人たちと微笑みを交わしながら苗木を穴に立て土をかぶせていく作業。遠く日本からやってきて共に植林をすることで村人たちの森林に対する意識を高めるということ、つまり「気」を植えることに意義がある、という説明を受けて一時は納得もしたが、この日のために何日も苦労してきたであろう村人や、何度も踊りや歌の練習を重ねてきたであろう子どもたち、こうした人々の気持ちに本当に充分に応えることができたのだろうか? 私自身が味わった楽しさや感激を彼らも同じように感じてくれたのだろうか? また、これから水やりや下草刈りなど管理に携わる人たちのことを考えると、「お手伝い」にさえなっていないのではないかとさえ思えてくる。ただ日本からやってきて一緒に木を植えた、ということだけが(現地の人たちにとっての)私が参加させていただいたことの意義だというのなら何だか寂しすぎる。
楽しかったのも、有意義だったのも、いい経験になったことも間違いのないことだが、環境保護とかタイで出会った人々の生活の向上のためにその経験をどう生かすことができるのか、ということこそ帰国した今、自らに問うべきであろう。今回の経験を多くの人たちに伝えていくとか、「子供の森」の支援者になるとか、こうした植林フォーラムに機会があるごとに参加するというのも立派な方法の一つだ。しかしそれだけでは納得しないもう一人の自分がいるような気がする。身近なこと、できることから始めるのは当然のこととして、その後は、できれば一歩でも二歩でも現地の人たちに近づいた協力に成長させていきたいものである。
植林以外のことについての感想は、おそらく他の参加者の方々の感想と重複する部分がかなりあると思うので割愛させていただくとして、最後に、山内さんをはじめとする現地スタッフや村の方々、年齢も職業も異なる参加者をよくまとめてくれた事務局の沢井さんやオイスカ静岡県支部の横井さん、個人的なことながら同室になってお世話いただいた山下さんをはじめ参加者の皆様、そして関係者の皆様に心から感謝申し上げます。
純粋で素朴な笑顔、子どもたちも大人たちも実に素敵な笑顔だった。どこに行っても、両手を合わせ「サワディー」と挨拶をしてくれると、心が和み、私もつい両手を合わせ、「サワディー・カップ」と挨拶を返したくなる。その度に、何となく自分が優しくなったような気がして、心が弾んだのは私ばかりではないはずだ。
さて、今回の植林フォーラムで一番感じたことは、タイの貧しさからくる環境教育の遅れと、それを改善しようと、子どもと村人と一緒になって森林を作ろうとする、オイスカの運動の素晴らしさと、スタッフの汗の尊さである。
私たちが気持ちよく、植林できたのは、山内さんをはじめとする現地スタッフの努力の賜物である。過酷な自然環境のもと、貧しさゆえに木を植えることよりも、自然を壊してまでもその日の生活に目を奪われるタイ人に「子供の森」を普及させることは、いかに困難であったかは、容易に想像ができる。
それを、成し遂げ、今後も育て守っていこうとする決意には頭が下がり、憧れてしまう。
現在、日本の林業や環境を取り巻く現状も、山村地域の過疎化や高齢化による林業の衰退、国立公園等のむやみな伐採など、タイと類似していることが多い。
林業を教える一教員として、今回の感動を生徒たちに伝え、生徒たちと共に今後の日本が、将来の地球はどうあるべきなのかを、真剣に考え行動に移していく勇気がフツフツと沸いてくる。
今度は生徒たちと一緒に、自分の子どもと一緒に木を植えたいと切に願っている。
ありがとうございました。
私は「植林フォーラム」というより、ボランティア活動自体が生まれて初めての経験であり、初日(8月19日)のホイ・ヒヤ小学校の裏山で鍬を持ち苗木を植えるまで、全然興味がなく「会社命令で来たのだから」という心構えでした。また「自然保護という考えもありませんでした。
しかし、植林をしていくうちに「この苗木は1週間後、1ヶ月後、1年後……どのように育っていくのだろう」とふと思うようになり、「この苗木も自然保護のため、人類が生活していくために必要な一本なんだろうな」と感じるようになりました。そして、この活動自体がボランティアなんだということに初めて気付きました。
うまく言えないけど、今までの自分になかったものを得たような、そんな機がしました。そして、こういう活動(ボランティア)自体、案外、自分に向いているかもしれないとも感じました。
別の班にいた酒井嘉明さんも述べていましたが、今まで「オイスカ」という団体がどういうもので、どういう活動をしているのか、判らなかったし、名前だけは知っていたけど、それ以上のことは知る必要もないと思っていました。それが、今回の植林フォーラムに参加して、少し判ったような気がします。でも、正直なところ、それ以上の興味を持つまでには到らなかったし、また、海外の研修センターで働きたいとも思えませんでした。
タイという国や、「オイスカ」「ロータリー」という団体に対して、特別な気持ちが湧かなかったのです。でも、ボランティアという活動が非常に気に入りました。もし、同じようなことをする機会があったら、ぜひ参加したいと思います。そして、自分の植えた苗木も見たいです。これは、今回「植林フォーラム」に参加した人、皆同じだと思います。
ただ、25歳という年齢の割には、ちょっと植林活動がつらかったので、もう少し、体力をつけたいと思います。
そして、タイに限ったことではないですが、言葉が通じないというのは、非常につらいものでした。村の人々や子供たちと会話ができなかったのが、唯一心残りです。しかし、出会った人たちの笑顔は、とても印象に残りました。
あと、食事については、正直にいうと、あまり口にあいませんでした。食文化の違いだと思いますが……。せっかく村の人たちが出してくれたものをあまり食べられなかったので、少し気がひけています。
最後に、私を参加させてくれた中村建設、いっしょに参加した人たち、いろいろと支えてくれたオイスカセンターの方がに感謝したいと思います。
ありがとうございました。
4年間連続参加している僕は、初参加のタイからフィリピン、マレーシアに続き、今回2度目のタイ国植林フォーラムとなりました。前回、タイでの植林は、初めてということもあり緊張して参加したのに変わり、今回はそういう面で少し気が緩み、班長に指名されたにもかかわらず、班員および参加者の皆さんに色々と迷惑をかけてしまったことを反省しています。
今年の植林は、各植林地で色々なハプニングがあり、前回までと比べて少し物足りないところもありましたが、植林の面積や本数など、後々の管理のことを考えるとこのぐらいの量が適当な数だったのかと思いました。
印象に残っているのは植林2日目の朝、村へ向かう山道で、舗装がされておらず、雨季のため水が溜まって悪路になり車のタイヤが半分もうまるほどの所があって、僕たちが植林をするということで、町の人が4駆でない車で沢山通ったため、タイヤがはまりいっきに渋滞してしまい、皆で一台ずつドロまみれになりながら押し出しましたが、次から次へとはまっていくため、車押しだけで1時間半ぐらいのロスを出してしまいました。しかし、村の人たちは毎日のようにその道を走って仕事に行くと聞き、この1日のことは村の人の苦労の、ほんの一部にすぎないということを知りました。
日本では、ほとんどの道は舗装されていて、交通の面で何不自由ない所が多く、便利な国だと実感しました。でも、便利すぎることが人にとって本当に良いことかどうか考えてしまいます。
便利すぎる日本に飽きた人はタイへ行き、長く暮らしてみるといいと思います。
僕は何日でもタイで暮らしてみたいです。

3回目の植林フォーラム参加。タイは初めてのでどんな国なのか興味を持って参加した。来る前に楽器の整理やらであわただしかったが、沢山の楽器も集まったし、暖かい支援、励ましの手紙もいっぱいもらって、今回の植林フォーラムは私としては大変であったが行き甲斐もある。
若い人たちに現地での交流会の出しものに楽器の練習をしておいて欲しい旨30人くらいに手紙を出しておいたけれど、果たして何人の人がしてきてくれるだろうか。ホテルの結団式の時「練習してきてくれた人」と手を挙げてもらったら女の子が5、6人だった。がっかりした。
しかしYMCAのホテルで総練習の時は男の子も大人も大勢集まってくれて盛り上がった。リコーダー、ハーモニカ、ピアニカ、タイコ、キーボード、ちょっとした楽団ができた。ここで私たちは最初の一つの和ができた。
実際、植林フォーラムとはいえ、植林する時間、本数はほんのわーずかである一種のお祭り(イベント)であるけれど、まあそれでも日本からわざわざ植林に来てくれたと現地の人が喜び、植林への意識を持ち、森を作り、森を守る手助けにいくらかでもなれるなら、やった甲斐、来た甲斐もあったというもの。
そして毎回この植林フォーラムで初対面の多くの人と知りあい、なじみの顔と再開を喜び合うことができる。興味を持って参加した人、会社や親やクラブから強制されて参加した人、義理できた人、様々である。しかし植林1日目、2日目、3日目と進む中で、何かを感じ、何かをつかんでくれたと思う。
村人、山岳民族といえども近代文明は入ってきているから、昔ほどの素朴さはなくなっていると思う。それでも最高級のもてなしをしてくれたであろうし、この日のために村人が何日も前から植林の準備、食事の準備、また子供たちは踊りのけいこをしてきてくれたのである。
3日間とも、朝降っていた雨は植林時にはやみ、暑くもなくぬれることもなく植林できたのは天の御加護としか思えない。いくつかのアクシデントもあった。トラックが路肩に車がはまって動けず道をふさいで通れなくなった1日目。途中からものすごいぬかるみで村人のトラックに分乗したけれど、最後の2車くらい20人ほどがなかなか来なくて心配した2日目。結局、ぬかるみにはまった村人の車を出す手助けをして遅れたことがわかった。学校の前を通りすぎて何キロも先まで行ってまたもどってきた3日目。それでもなんとか順調に植林でき、1人の怪我人も落伍者も病人もでることなくチェンマイに入ることができた。ここに至るまで何か月前から準備に走り廻ってくださったオイスカのスタッフに心から感謝したい。
それにしても天は我々にいつも都合の良い天候にしてくださった。朝降った雨は植林時にはやみ、

観光時にはやみ、帰る日にはホテルに入ったとたんに大しけになった雨もホテルを出る時にはやんでいた。
さて、反省としていくつかあげると、村人との交流会の時、踊りを披露してくださっているにもかかわらず自分たちのおしゃべりにふけっている人もいた。やっぱりこの日のために一生懸命練習してきた子供たちですから真剣に見て暖かい拍手を送ってやってほしい。
もう1つ。2日目のトゥン・プラーオ小学校での植林の時、苗と支柱をしばるヒモが1本もなかった。どこに苗が植わっているのか、草なのか苗なのかわからない状態であった。できたらピンクの荷ひもを30センチメートルくらいに切って沢山持っていけば良かったと思う。
いま1つ。交流会の前に挨拶やプレゼント贈呈があったけれど、その度に十人くらいのカメラマンが前でパチパチ写真を撮る。写真好きの日本のしょうちょうをサラしている感とプレゼントをあげてることを誇張しているようで恥ずかしかった。カメラマンは1人であとで焼き増ししてもらえばいいと思う。
以上沢山書いたけれど、どうせ私のレポートは反省文に採用されないと思うから思い切り書いてみた。
沢井さん、本当にご苦労様でした。貴方の明るさが周囲を常に明るくしてくれました。毎回素晴らしい方々との出会い、ふれあいがあり、学びがあり、改めて自分の未熟さを恥じるものです。
植林フォーラムに初めて参加させていただきました。親友でもある松井さんより、オイスカのことには、色々な体験、経験を通して触れていました。それゆえにオイスカのことには関心を持ってもいました。素晴らしいことを行っている事業団であること。今世界は平和を求めて色々な事ことを行っています。しかし、物、金で解決することが多い中、お椅子かは自分の足で、目で、身体を使って人と人との交流をはかることが、私にとりましては生涯の勉強になりました。
今回タイのタイの国を訪問したいこと、文化、人々の生活と、日本を離れる前、知人に植林のことを話すと、同じ海外旅行するなら観光地へ行ったら……いわゆる先進国へ、と言われました。私は、後進国、これから文化や生活が発展していく途上国が好きで、タイなら参加したいと申し込みました。
タイに来て実際に目で見ると、日本とずいぶん違うことが数々、生活がのんびりしていること、親しみがあること、特に小学校訪問した時の子供の笑顔、そして先生はじめ村の人たちの歓迎は心からしてくださり、言葉が通じなくても、心と心をかよわせることで楽しいひとときを送れました。
村の人たちの生活をほんの少しのぞかせていただいた私たちですが、私はすごいなあーと、行く所、行く所、胸はずませる思いでした。日本の国は、今こそ豊かになりました。しかし、この豊かさはアジアの国々のお陰と思いますとき、今私たちに何ができるかと考えますとき、美味しい物を腹一杯食べる、きれいな洋服を着る、遊びたい、これだけではあまりにも淋しいものであります。
人のために役立つ働き、同じ人間として心の豊かさがどんなに大事か、タイの生活一週間は忘れてはならないと思っています。思いやり、そして仲良くすること。日本のカレーを喜んで食べてくださったこと、この間親しく村の人たちと接し交流をはかれたこと、こうした機会を与えていただきありがとうございました。植林をおこなうことで、私の目には見えない多くの人たちに心より感謝させていただきます。
物事を行うに当たって、多くの人たちと時間を費やし、物事が成すことを思いますとき、感謝の気持ちが一杯です。お世話になりました。人は自然界の中で生かされていることを感じた1週間の旅行でした。そして、1人では生きられないこと。周りの皆さんのお陰です。機会があれば参加したいと思っています。
「語学教師というものは、えてして言葉にこだわりすぎるかもしれない」これが研修から帰って、一息ついた私の感想だった。英語の教師をしている関係上、どうしても言葉に対する意識が自分にも

他人にもついて回るようで、特に海外旅行なんぞに行くと、結構しんどいことがあったりする。これまでの経験上から言うと、私の職業がばれるやいなや「にわか通訳兼ツアコン」になってしまい、交渉やら質問を相手の外国人に伝えてほしいと頼まれる。英語が通じる相手なら全然問題ないのだが、過去中国人や今回タイ人に対しても頼まれ、そして案の定、英語はまったく通じなかったのであった。そんなことが度重なったりすると「英語の教師ってそんなに言葉を巧みに操れると思われているのかしらん」というプレッシャーも感じるし、「それなら、なべて正確な英語をしゃべらなくてはいけない!」という悲愴な責任感をいだくに至る。だから今回も極力秘密にしておこうと思っていたのだけれど、結局成田出発前に暴露してしまった。会話のきっかけとして「何の先生をしていらっしゃるのですかー?」という質問はとてもスタンダードなものだったのだ……。
しかし、結果として今度のタイ旅行において、私の英語能力はまったく役に立たなかった。噂には聞いていたけれど、本当に一般の人は英語なんてしゃべらないのであった。一般の人ではない警察官のお兄さんたちや、小学校で英語を教えている(と本人は言っていたけれども)先生方も何だかアヤしげな単語をしゃべっていた。結構日本といっしょで、習ったけれども話せない英語教育をしているのかなあっと、親近感を覚えてしまった。そしてなによりも感動したのは、言葉なんか使わなくてもお互いの気持ちは通じるではないか、という実感であった。
「言語」にとらわれると、発音や文法、単語等の表記上の問題に気を使いすぎて、返って気持ちが伝わらないことがある。正確に伝えても、どこかよそよそしくて上滑りしていく会話を経験するので、この体験は新鮮だった。英語にしろ、タイ語にしろ、もちろん日本語も通じない二人にとって、通い合えるものはただ一つ、気持ちだけである。そして、笑顔はその気持ちを潤滑に伝えさせるカンフル剤であろう。なんだかとってもプリミティブな方法だが、心がほんわりとするあったかい交流をさせていただいた。誰かが「タイ語が話せなくて残念だった」と、感想を述べていたらしいが、私にとってはタイ語がはなせなくて幸いした旅であった。会話のテクニック以前の大切なもの、忘れていた「コミュニケーションの姿勢」を思い出させてくれた。
が、もちろん今度行くときには、もっとお互いの気持ちが複雑に通じるよう、タイ語研修に勤しむつもりではある。
大学時代に「植林ボランティア」というものを知るきっかけがあり、いつか自分もやってみたいという思いを抱いていました。まずは、今回その頃の思いが実現したことに喜びを感じます。
しかし、実際に参加してみて、「今までには見えなかった事」「いつしか忘れていたのに再び考えさせられた事」などが次から次へとわいて出て、決してこれがゴールではないということに気付きました。
まず自分が今回の植林で最も心の中に残ったこと(言葉)は、「目先のことばかりではなく、将来のことを考えていこう」「経済効率優先ではなく私たちの地球のことを考えていこう」というものでした。日本が今まで効率の面ばかりを重視してきたこと……また自分も紛れもなく日本人であることなど……少しずつ複雑な思いを抱いていました。まさに、日本人としての自分の立場(受けとめ方)、一人の社会人としての今の立場など、自分のアイデンティティーが揺さ振られることが多かったのです。
また、今回私たちがスムーズに植林のお手伝いができた陰には、オイスカスタッフの人たちの苦労や村の人々の汗があったと知り、同時に見えない部分や見落としがちな部分、隠された部分をしっかり見つめることの大切さを教わりました。
さらに、忘れられないものとしては、現地の人たちとの交流があります。村の人たちの温かな心、笑顔、手のぬくもり、子どもたちのきれいな瞳……そこには何かホッとするものがありました。土臭さ、汗まみれ、泥まみれ……自分が忘れていたものでした。
どこか冷えきってしまった殺伐とした今の日本社会、日々の生活の中で(追われて)何かを忘れてしまった自分自身に対しても、これでいいのかという思いが募りました。この気持ちは日本に帰ってきた今も、そしてこれからも忘れないようにしたいのですが……。
一生のうちでもそうかんたんには行くことのできない土地を訪れたり、なかなかできないことを多く体験でき幸せに感じます。また、物事の見方、とらえ方に深みが増したこと、自分自身の受けとめ方や生き方をさらに考えたこと、多くの人たちと出会い、さらにその人たちの生き方にまで触れることができたこと……大変多くの収穫がありました。
これから、教育現場を生かして、また、一個人の人間として、自分が体験してきたことをより多くの人たちに伝え、もっと自分の生き方とも向き合って考えていきたいです。
誠にありがとうございました。
私は土をいじることが、はっきりいっ

てあまり好きではありませんでした。服は汚れるし、つめの中は黒くなるし、虫もたくさんいそうで、いつの間にか、自然から遠のいた生活をしていました。思いおこせば小さいころ、野原にいっては花をつんだり、小学校で農作業の手伝いをして、土を親しんで、楽しんでいたような気がします。
今回この植林フォーラムに参加して、いろんな村の人々たちとふれあい、わかったことは、みんな大人も子供も、私たちが幼かったころの、そんなキラキラした瞳をしていたということです。正直なところ心の中では、東南アジアの人の中には、日本人とみればどうやってだましてお金をとろうかという姿勢がみえて、好ましく思えないことも、しばしばありました。でも考えてみると、それは、日本人が自分たちの手を汚さず、お金だけで何でもかいけつしようとした結果だと思います。私たちがお金ではなく、心でみんなに接すれば、むこうの人だって心で返してくれました。どの村も、私たちが来るということで、彼らのベストの接待をしてくれました。たしかく文明も日本よりはるかにおくれていましたし、お皿だって、せつびだって、クリーンなわけではないのですが、日本のただきらびやかなだけのパーティに慣れている私にとって、それはすごく新鮮で、インパクトがあるものでした。そこに現地の人たちの真心がたくさんあったからだと思います。
農作業のときも、くわも持ったことがなかった私に、手にきずをつくっても、ニコニコしながらずうっと私のめんどうをみてくれて、今までにない感動を覚えました。
私たち日本は今、経済大国と呼ばれ、お金、進んだ文明を手にいれました。その反面、私たちは大切な何かを失いかけているような気がします。
今回のフォーラムで学んだ最大のものは、自然と人とふれあうことのすばらしさと、それに対する感謝の心です。そして、この植林フォーラムに参加できたことを、すごくほこりに思い、日本にいる友だちにも自慢したいと思います。

