地球環境再生植林フォーラム’98フィリピン
ネグロス島(静岡班)
参加者感想文 NO,2
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感想文 NO,1
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氏 名 |
コース |
班 |
職業・役職 |
歳 |
NO,1
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戸塚 宏 |
短期 |
1 |
オイスカ掛川小笠支局会長 |
78 |
| 芹沢 良夫 |
短期 |
1 |
オイスカ県支部副会長ジャトコ名誉顧問 |
76 |
| 三田 昭男 |
短期 |
1 |
オイスカ磐田天竜支局会長 |
70 |
| 野田 博信 |
短期 |
1 |
オイスカ県支部事務局 |
69 |
| 山口 裕嗣 |
短期 |
1 |
ロータリー環境保全小委員長 |
64 |
| 横井 守 |
短期 |
1 |
オイスカ県支部事務局長 |
63 |
| 竹内 祥三 |
短期 |
1 |
竹内祥三会計事務所 |
55 |
| 幡鎌志計雄 |
短期 |
2 |
神職 |
70 |
| 山下みつ枝 |
短期 |
2 |
主婦 |
63 |
| 奥宮 良治 |
短期 |
2 |
交通安全協会森地区支部事務局長 |
58 |
| 橋詰 満子 |
短期 |
2 |
褐ネ多利亜 |
57 |
| 塚本こなみ |
短期 |
2 |
グリーンメンテナンス |
48 |
| 清水 俊男 |
短期 |
2 |
公務員 |
47 |
| 初世 亮一 |
短カンラオン |
2 |
SBSツアーズ添乗員 |
26 |
| 宮沢 育夫 |
短サガイ |
3 |
会社員 |
39 |
| 永田 千穂 |
短サガイ |
3 |
保母 |
25 |
| 田部井貴之 |
短サガイ |
3 |
天竜林業高校 |
16 |
| 宮沢 由次 |
短サガイ |
3 |
中学 |
13 |
| 吉田 晴彦 |
長期 |
4 |
日本理化製紙草薙工場 |
59 |
| 笠原 敏彦 |
長期 |
4 |
会社員 |
55 |
| 水野 鐘次 |
長期 |
4 |
東海フルハーフ |
54 |
| 西原 久雄 |
長期 |
4 |
自動車保険事務所 |
50 |
| 藤田 昇 |
長期 |
4 |
潟tジキョウ |
49 |
| 澤井 勝之 |
長期 |
4 |
オイスカ県支部 |
40 |
| 井上美知代 |
長期 |
5 |
主婦 |
55 |
| 久米 善和 |
長期 |
5 |
三信工業 |
44 |
| 砂子 幸弘 |
長期 |
5 |
浜松海の星高校 |
41 |
| 久米 恵子 |
長期 |
5 |
主婦 |
40 |
| 佐久間啓介 |
長期 |
5 |
小糸工業 |
29 |
| 徳岡 一成 |
長期 |
5 |
会社員 |
29 |
| NO,2 |
山内 良昭 |
長期 |
5 |
中村建設 |
26 |
| 大森久美子 |
長期 |
6 |
会社員(原電ビジネスサービス) |
28 |
| 中村真奈美 |
長期 |
6 |
会社員 |
28 |
| 黒川 梓 |
長期 |
6 |
宇都宮大学国際学部国際社会 |
20 |
| 臼井 弘美 |
長期 |
6 |
静岡中央高校 |
17 |
| 前田 京子 |
長期 |
6 |
小笠高校 |
17 |
| 潮 賢太郎 |
長期 |
7 |
横浜国立大学院 |
22 |
| 原 剛 |
長期 |
7 |
浜松大学 |
21 |
| 下鍋 章博 |
長期 |
7 |
近畿大学 |
20 |
| 青木 信介 |
長期 |
7 |
|
20 |
| 鈴木 俊也 |
長期 |
7 |
静岡工科専門学校自動車科 |
19 |
| 鈴木 智志 |
長期 |
8 |
大建工業(株) |
21 |
| 片岡 豊久 |
長期 |
8 |
静岡産業大学 |
19 |
| 殿本 広平 |
長期 |
8 |
愛知学泉大学 |
18 |
| 鈴木 陽 |
長期 |
8 |
天竜林業高校 |
16 |
| 齋木 啓充 |
長期 |
8 |
天竜林業高校 |
16 |
| 葛山 陽平 |
長期 |
8 |
金谷高校 |
16 |
今の植林フォーラムの趣旨は、地球の生態系のバランスを壊し、一部の種のみに適した大地にしてしまった今日までの歴史を修正し、本当の姿に戻すこと。植林作業等を通じ、汗を共通語として心を通わせる。日本人もフィリピン人も同じ地球という屋根の下では皆家族だという現実を心の底から味わうということでした。そして植林作業のメーンはマングローブでした。マングローブとは熱帯・亜熱帯の海岸線に生息する植物群落で、強い波浪を和らげる天然のテトラポットであり、食物連鎖の中心だそうです。
様々な小学校等を訪問して毎回思ったことは

、どこへ行っても私たちを笑顔で暖かく迎えてくれたことです。これは今まで、オイスカが色々な形のボランティア活動と共に植林活動で汗を流してきたからだと実感しました。食事やミネラルウォーターなどもたくさん用意していただき、何も不自由なく生活できました。参加者の中には体調を崩した者もいましたが、現在名古屋で寮生活をしている私にとってはフィリピンでの生活の方が快適なくらいでした。
今回の参加を始めて耳にした時は、正直に申し上げますと、突然なことだったので何で私が?しかもフィリピン?と思いましたが、実際参加してみて、参加者47名が現地の人々と助け合い植林をしたことで少しでも地球のためになったのではと思うと共に貴重な体験を有意義にすることができました。最後にはもう少し残っていたい。また来年参加したいと思うようになりました。とにかく今回このようなフォーラムに参加することができてとても良かったです。ありがとうございました。
1年ぶりのマニラは、懐かしさで一杯だった。見覚えのある風景、日本とは違った色をした木々や騒然とした雰囲気は“また、ここに来られた”という、なんともいえない気持ちを盛り上げてくれた。昨年、会社の組合でフィリピンの植林を経験している私にとって、このフォーラムは二度目の挑戦だった。前回は何もかも初めてのフィリピンで、すべてが驚
きと感動の15日間を過ごしたが、あまりにも何も出来なかった自分に対しての後悔ばかりだった。前回の果たせなかった思いを今度こそはという意気込みと、未知の体験の、マングローブの植林や子供たちとの植林という体験に胸を躍らせての参加だった。
感じたことを言葉にするのはとても難しいですが、やはり8日間と短い期間であったけれど、言葉という手段が使えなくても、フィリピンの子供たちを通じて本来の人間らしさを感じることが出来ました。また、フィリピンの自然に触れ、生や死と共に生きている人々と接すると、私も人間らしく素直にいられることを嬉しく思った。しかし、日本では考えらえれないような事件が起こって報道されている。今のフィリピンのような発展過程を経て今の日本になっているのに、素直な笑顔のフィリピンの子供たちと日本人は、同じ感性を持った人間なのか疑問に思ってしまう。また、どこへ行ってもフィリピンの人々の相手を思いやる心、相手をもてなす気持ちで手厚く歓迎をうけた。事前研修で貰った参加のしおりの留意事項に“奉仕の気持ちを忘れずに、日本人として恥ずかしくない行動を”とあったが、有り余るほどの品物や情報に囲まれ、何不自由なく豊かだと思い込んでいる日本人の心の方が本当は貧しいのではないか、一体どちらが奉仕されていたのかと思ってしまった。 日本のすべてが悪いと思わないが、今まで価値があると思っていた固定観念はなくし、素直に感じる心を忘れたくないと思う。
成田空港に帰ってきたとき、今年の初めから計画していた夏のフィリピン植林フォーラムが終わってしまったことに、ものすごく虚脱感を感じた。何故二度もこのような経験をしたかったのか、自分でも良く分からないが、頭でなく心や体で感じてきた経験
を単なる思い出にしたくないと痛感した。これで終わったのではなく、これからだと思いたい。
沢井さんをはじめ参加者の皆さん、お世話になりました。8日間と短い間でしたが一緒に過ごした楽しかったことを忘れないでいたいと思います。本当にありがとうございました。
今回のフォーラムに参加するにあたって「なぜ、何の目的で参加したいのか?」と自分自身に問いただしてみた。
昨年自分が所属する労働組合のセミナーで2週間フィリピンにおいて植林をしたときあまりにも「植林」に重視しすぎて十分に現地の子供達と交流ができず心残りがあったこと、フィリピンでお世話になったOISCAスタッフの「この地もネグロス島のようにしたい!」と熱く語ってくれた言葉、そして何よりも自分自身を変えるキッカケを作りたいという思いが今回の参加に繋がった。8日間のセミナーを振り返り、出発前の思いも含め感じたことを次のようにまとめて
みた。
「植林」
今回の植林は昨年の植林に比べ「セレモニー的要素」が強いものではあったが何よりも子供達と話しながら、微笑みながらの植林は私にとって一番の思い出となった。
通信手段もなく、いつ来るかもわからない私達をひたすら待ち続けてくれたジェイモンテリア小学校の子供達。実はその時ハードスケジュールに疲れ切っていた私は「植林・・もういいよぉ・・・」と正直心の中で思っていた、が、いざ植林を始めると子供達の純粋さと精一杯の優しさに触れ、疲れが楽しさに変わっていた。
ジェイモンテリア小学校の訪問は2つ印象に残っていることがある。1つめは、この学校では先生だけでなく私の記憶が正しければ子供達の母親が見守る中での植林であったからだ。突然日本からやってきて泥まみれになりながら子供達と植林をする私達の姿を母親達はどう感じただろうか?本当に短い時間ではあったが、私達の植林が少しでも大人達の「植林活動」に対する意識付けの「キッカケ」となってくれればとてもうれしい。
2つめは植林後4年経った「ジェミニーナ」「マホガニー」を見ることができたことだ。フィリピンの大地にたくましく根付く姿を見て、昨年フィリピン・ヌエバビスカヤのゴルフ場のように禿げてしまった山に仲間といっしょに植えた「ジェミニーナ」「マホガニー」が同じように大地に根付く姿を見に行く「夢」がまた一つ増えた。
「フィリピン人と日本人」
訪問する場所場所で、暖かい歓迎を受けた。いたる所で感じた「現地の方達の包み込むような暖かいまなざしと私達に対する優しさはいったい何?」と思っていたら、沢井さんからそれは“フィリピン人の国民性「ホスピタリティ」だ”と教えていただいた。
誰かのために「やってやろう」ではなく「してあげたい」という気持ち。そんなフィリピン人の「ホスピタリティ」を目の当たりにし、逆に「私達日本人って何だろう?」とつくづく思う出来事があつた。カンラオン研修センターを去る時にセンターの方から「ビールが足りなくてスミマセン」という言葉が真っ先に出たとき、自分の顔がカァーっと赤くなったのを今でも覚えている。精一杯の「ホスピタリティ」で迎えてくれたセンターの方達に対してそんな言葉を出させるような「言動」「行動」をとった日本人(自分も含めて)がとても恥ずかしかった。
「国際貢献」
昨年フィリピンに植林に行くまで「オイスカ」は名前すら知らなかった。活動といっても「子供の森計画」ぐらいしかよく分かってなかった。
今回、バゴ、カンラオン研修センターを見て自分が想像していたよりも設備が整っており、地元に密接していることに驚いた。バゴの渡辺所長、そして現在のカンラオンの土台を作った古川さん。多くの日本人が自分の「地位」や「生活」の向上を追い求める中、それを擲ってまでも「フィリピンの人々のために何とかしてあげたい。」という情熱が身を結んだ結果だ
と思う。渡辺所長、古川さんのご苦労を考えれば軽はずみな発言かもしれないがそこまで情熱を注ぐ物があるということが私には正直言って羨ましかった。
今回のフォーラムではいろいろな事をモロカボック島の人々、小学校の子供達、オイスカ研修所の人々、そしていっしょに8日間を過ごしたみなさんに教えていただいた。今の段階では「何がどう?」と言葉にすることはとても難しいが、このフォーラムを通して考えたこと、経験したことをこれからの自分の人生に何らかの形で活かしていければと考えている。
私はこれまでボランティアと名の付く活動にはほとんど参加したことがありませんでした。そういう分野で活動している人達はすばらしいと思うし、自分に出来ることがあれば何かしたいとも思っているのですが、ボランティアという言葉の中から偽善的なイメージを取り除くことがどうしても出来ず、どこか抵抗を感じるのです。
今回のこの植林フォーラムも、ボランティア活動の一つだと分かっていたのにそれでも参加したいと思った理由は、家と学校を行き来するだけでは触れる事のできないものに触れ、必要とされているのは何なのか、今回私たちがした植林はどれほど価値のあることなのか、自分に何ができるのかを、人の話を聞くのではなく自分の目で見て確かめたいと思ったからです。
行く前は、私たちの活動はフィリピンの人に対して善意の押し売りになってしまわないだろうか、なんて心配もしていましたが、行く先々で心からの感激を受けるうち、私もつられてごちゃごちゃ考えず素直な心のやりとりができたように思います。日本では形を大事にし、人をもてなすのに気を使うけどフィリピンの人たちは真心でもてなしてくれました。一番大切なことを身をもって教えてもらった気がしました。
最近、国際協力という言葉がよく聞かれます。いろんな協力の方法がありますが、今回のツアーを通して私は、誰にでも共通でこれが正しい国際協力だといえるものはないなと思いました。今回一緒に植林活動をした47人の人たちは、一人一人少しずつ違った目的や考えを持っていたはず。それぞれ違う目的を持った人たちがこうして一緒に活動したと言うことが意味のあることだと思います。日本とフィリピンとかオイスカと○○小学校というふうに全てを名前のついた枠で囲ってしまうのではなく、私とあなたというように気持ちの届く距離でお互い出来る範囲で持ちつ持たれつ支え合っていけるのが理想だな。と私は思いました。
こうして植林フォーラムに参加したことは私にとって最初の目的通りいろんなものを見聞きし、自分の考えを持つことができとても勉強になりました。これからは、せっかく持てた考えを考えだけで終わらせずに自分なりの方法で行動に移せるようがんばりたいと思います。最後になりましたがお世話になった皆さん、私と関わってくれた皆さん、いろいろありがとうございました。みんなとフィリピンへいけて本当によかったです。
出発前日、このフォーラムに自分で応募したにも関わらず、正直言って、ホントに一週間も初めて会う人達とやっていけるのかどうか不安でした。今回が初めての海外ということも一つの要因でした。
でも、日をおうごとにその不安は全くのなくなっていました。
初めてフィリピンに着いて思ったことは、「怖い」ってことでした。
テレビは見慣れてる光景であっても、実際その場にいると飲み込まれそうな気がしたからです。バスに乗っている時には、「このままバスの中にいたい」って思う反面、バスという隔離された世界が日本人の特性とも感じられました。
島での活動は現地の生活のそのものを体験できたのが良かったです。
でも、ちっちゃな子供にはジェスチャー等でごまかせても、それ以上の年齢になるとあまり英語が通じなかったのが悔しいでした。
島をあとにした後も、綺麗な海で泳げたのは、ボランティアしかしないだろうと思っていた自分にとって、思いもかけないことでした。
ただ、島を出るとき、一部の方々は自分の荷物の片づけ済むやら、すぐに泊まった部屋を出て、ステージの所で、世間話をしていたのは情けなかったです。
確かに「植林の」ボランティアですけど、準備してくださった部屋の片づけもせず、ゴミが落ちてようと気にも止めなかったのは「ボランティア精神に満ちあふれてる」と言えるのでしょうか??
結局、片づけなども、現地の子供がやってくれていましたが、汚すだけ汚して帰るのに、
「ボランティアをしたぞ!!」みたいな誇りは持ってもらいたくないです。
次の日、マングローブを植えるのに、雨がやむまで何もしなかったのは、はっきり言って何をしに来たのか分かりませんでした。 何のために雨具を用意したのかかも。
4日目には3つの小学校を訪問しましたが、大半が移動で費やされ、かなりしんどかったです。
5日目、カンラオンの研修センターに行きました。途中、道が険しく、「どこに連れていかれるんや??」って思ってましたが、僕の考えとは裏腹に、研修センターは近代的な設備が整って、きれいでした。
しかし、やはり道路事情が悪かったことを考えると、土木関係のボランティアももっと必要に思えてきました。
6日目はホテルに着くまで、ほとんど移動だけでした。ただ、ドリアンの匂いにはちょっとまいってしまいましたが・・・・。
ホテルはかなり豪華だったんですが、あそこまで必要だったかどうか疑問に思います。
最終日に体調を崩してしまったのは、予想外のことでした。
おかげであまりお土産を買えず、帰ってきてから苦労しました。
このフォーラムで、いろんな人に出会い、いろんな経験をさせてもらったのは大きな収穫でした。
その意味では自分の求めていた目的は達成されたと思います。
しかし、スケジュールの組み方、進行の仕方、天候不順の場合の対処、団長、副団長、アドバイザーの役割、自分勝手な行動をする人達に関しては、不満だらけでした。
特に、自分勝手な行動、やる気のない人に対しては「何しに来てるん??」と思わざるを得ないでした。
誰かが「今の子供達はダメ」みたいな話をしていましたが、自分勝手な行動をする親を見れば、悪くなるのは当然だと思いましたが、他の方はどう思うのでしょうか??
僕は植林フォーラムに参加してフィリピンに行きました。フィリピンでは主に小学校を訪問したり、その小学校の生徒達と植林をしたりしました。他にも市長さんにフィリピンの土地や環境の問題について話を聞いたり、カンラオンというところで原生林を見学したり、水を作っている工場を見学したりしてきました。1日目はマニラに着いた後、マニラの市内を観光しました。道路は三車線でみんな70キロか80キロぐらいで走っていました。しかもその道路で車を運転している人に飲物や食べ物を売っている人がいました。やっぱり日本とは違うなあと思いました。2日目はサガイのモロカボック島というところに行きました。ここでは着いてすぐに島の子供たちといっしょにバスケットをしました。話を聞くところによるとフィリピンの人達はバスケットがすごく好きでほとんどどこへ行ってもバスケットをやっていると聞きました。フィリピンにいる間いろんなところへ行ったけど山の方にある小学校などでもバスケットをやっていました。島では他にもマングローブの植林をしたり、夜に歓迎会のようなパーティーにも出させてもらいました。次の日に島を出たあとに、ホワイトビーチという小さい島(浜)に行って遊びました。水がすごくきれいでした。白い浜もきれいでした。そこのホワイトビーチは自然保護地域に指定されていて泳いでもいい範囲が決まっていました。それと塩分が高くて体が浮きました。小学校を訪問したときは小学校の子供達と一緒に植林をしました。どこの小学校に行ってもすごい歓迎をしてくれました。6日目は山の方のカンラオンと

いう所に行きました。そこでは原生の木を見学しました。フィリピンの山は想像していたのと違いました。僕は緑が少ないと思っていました。景色はきれいだし、緑はたくさんあるし、聞いた話と違っていました。フィリピンでは感動することがいっぱいありました。ぜひまた行きたいです。
このフィリピンへの植林は自分にとって最初の海外でした。日本との文化の違い、植林への関心、食べ物の違い、など、いままでにない体験をしていると思います。それに色々な仲間ができて、姉さんみたいな人、兄さんみたいな人、親みたいな人(お父さん、お母さん)同じ年の人とか、楽しい人達の間で、いままでとこれからも仲間でいられることがうれしく思います。
自分の感想ではあまり植林をしたって感じはないけど、思っているより植えたと思います。たくさん歓迎してもらってフィリピン国歌のメロディーはだいたい覚えました。フィリピンの子の笑いを見るとなんで日本の子はこのように笑えないんだろうと思います。とくに島の子は最高でもっと島にいたいなあと思いました。いろいろなところの人と植林したりバスケしたりして交遊を深めたと思います。特に島でやったバスケと木登り、マングローブの植林は本当に良かったと思っています。
サガイ市では、僕が日本であった人の夫に会いました。島から帰ってきて昼食を食べているとき、その人からプレゼントをもらいました。ポロシャツでした。なにもしていないのにプレゼントをもらってうれしくもありわるくも思う両方でしたが、このポロシャツを一生の思い出、一生の宝としたいです。
まだいろんなことがあったけど、フィリピン

に行って良かったと思います。いろいろありがとうございました。
今回のマングローブ植林では今までしたことのない経験ばかりしました。植林なんてやったこともなかったけど、現地の人たちと植林をしていて想像していたよりも楽しいものだと思いました。そしてこのフィリピンで一番驚いたことは現地の人たちが日本人のことをとても快く迎えてくれたことです。ここまで自分たちに親切にしてくれるとは思ってもいませんでした。この植林フォーラムはとても良かったと思います。フィリピンでの経験で少しでも物事の見る範囲が広がったと思います。今回のフォーラムに参加できてほんとうに良かったです。