諸国漫遊記 2003.8.11-200.8.18
7日目(広島、姫路) 8/17(日) 曇りときどき雨
この日は午前中広島見物、午後から姫路に移動という日程。
天気は相変わらず悪く、いつまでたっても雨に濡れたサンダルが乾かない状態。
バス、市電を乗り継いで原爆ドームへ。

朝9時頃だというのに結構な人がいた。
外国人の観光客も多かった。


8月1日に折り鶴14万羽が焼き討ちにあった「原爆の子」像の折鶴台。
その事件の記事
放火犯人は関西学院大学の4年生で思想的な意図ではなく、就職が決まらなくて「むしゃくしゃして」やったとか。
「むしゃくしゃする」という単語って「バールのようなもの」と同様、犯罪が行われたときにしか使わないような。
また、むしゃくしゃして起こす犯罪が多いような。
就職が決まらない→むしゃくしゃするの過程が真相解明のためには重要なんだけどな。
就職が決まらない→親から説教される→不景気が悪いんだ→世間が悪いんだ→むしゃくしゃ→放火
とか、
就職が決まらない→こんな人間に生んだ親が悪いんだ→むしゃくしゃ→親への反抗→放火
とか。
まあその辺は裁判の時に判明するんでしょうたぶんきっと。
あ、「むしゃくしゃする」ってジャイアンがのび太をいじめる動機にも使われていた気がする。
やっぱ犯罪がらみだな。

そんなことより広島平和記念資料館へ。

20年前に住んでいたとき、幼稚園の遠足で一度来たことがあった。
園児が見てもわかる代物じゃないと思うんだが・・・
当時は「トビウオのぼうやはびょうきです」という映画を見た記憶がある。
トビウオの坊やが海で泳いでいたとき、原爆実験によって死の灰を浴びて放射線障害になってしまうという話。
未だに記憶にあるということは、それなりに効果的だということなのか。
幼児教育恐るべし。
入館料が50円で驚き。
展示物に関しては、園児のころは当然意味がわかるわけもなかった(なぜか原爆の爆心地点が宙に釣ってあって
被害がどのくらいの範囲に及んだジオラマは覚えている)ので、今回行ってみて非常に勉強になった。
興味深かったのは、冷戦時代に米ソが競って核兵器量産を行い、
お互いに地球を何百回もぶっ壊せるだけの核兵器を保有していたこと。
これは生物の縄張り争い、配偶者獲得争いといった雄間競争そのまんま。
必要な分だけという絶対量ではなく、相手より多くという相対量の武器を保有することで相手より優位に立とうとする、
人間以外でも多くの生物の雄が採用している戦略である。
そこには理性はない。
ただ、生物界では相手を傷つける武器の力が大きければ大きいほど直接的な攻撃はせず、
にらみ合い、おどし合い、鹿などの角と角とをぶつけての押し合いといった大けがに至らない戦闘が行われる傾向がある。
にわとりなどのつつき合いではひとつつきの攻撃力が弱い分、直接コンタクトのある攻撃が行われる。
国家間の戦いに置き換えてみれば、核兵器という相手に致命的なダメージを与える武器を持つ者同士の場合、そのこと自体が
お互いに戦闘を行わない、冷戦という形をとる結果になったと思われる。
ゲームの理論からも同じことがいえるが、核兵器の抑止力はあるといえる。
だからといってその存在を肯定するわけでもすべての国が持てば平和になると思っているわけでもないが、
核兵器の「平和利用」という思想が生物の基本原則からはみ出さないものだということがいいたい。
繰り返していうが、そこには理性はない。
帰ったら「はだしのゲン」を読もうと思わせる場所だった。
日本人なら、いや
地球人なら一度は訪れるべき。
このあと、まちをぶらぶらしてからお昼にお好み焼き屋で広島風お好み焼きを賞味。
そういえば前日の夕食も球場前のコンビニでお好み焼きを買って雨の中球場内で食べたっけ。
連日のお好み焼き三昧。
腹ごしらえ後、青春18切符を使って鈍行で姫路へ向かう。
夕方すぎに到着。
前日にあらかじめ取っておいたホテルへ直行。

姫路城の目の前で、窓から姫路城が見える絶好の部屋だった。
写真真ん中で光っているのが天守閣。
姫路城はライトアップされており、翌日行こうと思っていたのに我慢しきれず行ってみた。
雨は上がっていた。
近くまでは行ってみたものの城門は閉ざされており、忍びでもない限り場内には入れなさそうだったので、断念。