「フルハウス 生命の全容」(2003)スティーヴン・ジェイ・グールド ハヤカワ文庫
読了 2004.1.29
グールドの本は以前手に取ってみたことはあったが
なにやら古代生物の骨の話ばかりだったのですぐに放り投げてしまった。
しかし、この本は主題が
「なぜ4割バッターが消滅したのかを生物の進化と絡めて解く」
という身近なものだったので投げ出すことなく読み通せた。
しかし、野球が好きなだけでは読みこなせない部分も多々ある。
「なぜ4割バッターが消滅したのか」の部分だけを知りたい方面は第3部の100ページを読めばいい。
こうした読み方はこのほんの楽しみをそれこそ400ページのうちの100ページなので1/4にしてしまいかねないが、
全く読まないよりははるかに有益であり、逆にこの100ページを読むことで残りの300ページに興味を持ち、
進化生物学のおもしろさに気づくこともあるだろう。
前置きはこの程度にして本の中身にはいるが、
なぜ4割バッターが消滅したかについて簡単に記しておこう。
巷では選手の能力の低下が声高に叫ばれているが、
グールドは逆に選手の能力の全般的な上昇によって消滅がなされたという。
4割という数字はそのバッターの存在のみにおいてなされるわけではなく、当然対戦投手がいる。
過去に比べて対戦投手の能力が全般的にあがった結果は
いくらバッターが努力しようと人間には生理学的な上限があるため、打率は下がる結果となる。
また、100年ほどリーグ平均打率は変わっていないにもかかわらずリーグトップ5人とワースト5人の打率の平均の差、
つまり標準偏差は年々小さくなっており、現在もわずかながら小さくなっていくという傾向がある。
これは、打者も全般的な能力の向上を果たし、
トップレベルの打者も1軍半の選手も昔ほどは差がなくなってきていることを表してる。
このことからいえる教訓を進化生物学的に述べると、一部の現象の変化を取り出して全体を述べることは誤りでありかねない、
全体の傾向を述べるには全体の変異の傾向について調べなければならない。
ここからは生物の進化の話で、ヒトは自分たち、ちょっと謙虚にほ乳類や脊椎動物のような複雑な生物が基本であり、
そこまで進化・複雑化してくるのが生物進化の当然の理のように感じているがそれは誤りで、生物の基本は今も昔もバクテリアで、
バクテリアは生物の最小単位でありそれ以上小さくなりようがなかったから
ランダムウォークの結果より複雑な生物が生まれたにすぎないという。
生物はより複雑になっていくことで進化するという考えは錯覚にすぎず、
複雑になる原動力はなく、たまたま複雑になる生物もいたにすぎない。
この考え方はグールドの進化に対する考え方を如実に反映するものだと感じた。
そして、進化を進歩と考えがちな自然淘汰万能説に対する警鐘を鳴らしている。
グールドとドーキンスが相容れないのもこの考え方からだろう。