「いじわるな遺伝子」(2002) テリー バーナム&ジェイ フェラン 日本放送出版協会
読了2003.5.15

この本は、人間の様々な性(さが)が進化の産物であり、

遺伝的に規定されているという観点で書かれている。

この手の本は眉唾な話でありがちだが、この本は説得力を増すためにちょっと短絡的な

書き方をしている箇所がある点以外はおおむねいい本だと思う。

本の構成はなぜヒトは○○なのか?というテーマに対して遺伝子の観点からの解答を与え、

ではどうすればその悩みを解消できるのかについて遺伝子の裏をかくことからのアドバイスを

与えてくれる。

人生攻略本という体裁をとっててもいる。



一部紹介。その1

Q. なぜヒトはひと月の給料を貯金できずにすべて使い尽くしてしまうのか?

A. 過去では財産は食料であり、それはお金のように保存しておくことができないものだった

  から、全部食べて体内に脂肪として保存するよりほかなかった。
  
  現在の浪費癖もそのころの全部食べる遺伝子に支配されており、使い果たしてしまう。
  
  その対策として、自分の手の届かないところにお金を置け。預けろ。


その2

Q. なぜヒトは食べ過ぎてしまうのか?

A. 同上(笑)



このとおり、「遺伝子に支配されているからしょうがない」といったありきたりな本ではなく、

そうした人間の性(さが)をどう克服して幸せな生活を送れるようにするのかについても

多くの紙面を割いている点が特異だ。



3章は「なぜヒトは中毒になるのか」について。

世の中には酒、タバコ、アルコール(ん?)、カフェイン、ドラッグ、仕事、女、ギャンブルetc...

の中毒症状に冒されているヒトや冒されているとしか思えないヒトたちがいる。

「中毒」という響きはそのまんま「悪」だが、

「中毒」というものはそんなに単純に「悪である」と片づけられるものではないと思う。

「中毒」にならないということは、脳内の快楽物質レセプターの反応がもともと悪いからかもしれない。

そうすると、こうした中毒物質や中毒行動に対して以外にも何事にも熱中することができない

と考えられる。

何の中毒にもなれない淡泊な性格というのも、どこかおかしいだろう。

中毒になるほどの病的な状態は避けたいが、それ一歩手前の「熱中」という状態になることは

生きていく上で必要なことだと思う。


気になる結末は、夢も希望もある終わり方をしていた。

この夢と希望については、動物行動学、社会生物学や進化生物学、進化心理学に懐疑的な

人やこうした学問を遺伝子決定論と勘違いしている人がもっとも気づかないところである。

この夢と希望とは、遺伝子に起因する行動を知ることで初めて遺伝子に支配された行動から

逃れられるという考え方から生まれる。

どんなダメ人間も、自分のダメさの原因(つまり遺伝子に起因する行動)特性を知り、

それを治そうと努力することでダメさから脱却できる可能性を示唆している。

この本は様々なたとえやエピソードが紹介されており、それらがどう遺伝子に関わるものなのか、

そしてそれが現代では不適応な行動だとしたらどうやってその行動から逃れられるのかに

ついて解説してある。



最後に書かれていて感銘を受けたのは、『オデュッセイヤ』の神話を引用した部分。

主人公オデュッセウスはトロイからギリシャに帰還するとき、海の精セイレーンのすみかの近くを船で通り過ぎる。

セイレーンは美しい歌を歌って船乗りを誘惑して自制心をなくして死に至らしめる。

オデュッセウスは、他の船員には耳栓をして自分はせず、その代わり自分をマストに縛り付ける

という方法を用いて、セイレーンの歌を聴きながらも死ぬことなく通り過ぎることができた。

この教訓が物語っていることは、

「オデュッセウスが破滅を免れたのはまさに、彼が自分の無力さを予測していたからにほかならない。」(p294)

ということ。

自分は大丈夫、とたかをくくらずに、歌を聴きたいという欲望を抑えられないだろうという

自分自身のモニタリングをして、その行動を避けるための術をするを講じている。


俺を含めて意志の弱い一般人は、「自分だけは大丈夫」と考えてしまいがちだよなあ。

こうしたとき、その欲望を抑えるのではなく、回避することをすべきと、本の著者は書いている。

目の前に高カロリーのおいしそうなステーキをぶら下げてかつ食べたいという欲望を抑える

のではなく、そういう状況になると自分はもう耐えられないだろうとあらかじめ予測し、

そうした欲望が起きないようにステーキを目の届かないところにおいて回避する。

あとで後悔する(←ここ重要!)、欲望をかき立てるすべてのものをそうして回避することで、

より大きな成功を手に入れられる。



間違っても「自分の意志を強くする」という解決法はとるべきでない。非効率的だ。

さて、今日までのていたらくは忘れて明日からがんばるか ←明日からかよ!意志弱!

  このレビューは2003年5月の日記を加筆修正して掲載しました。

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