「自閉症だった私へ」1-3巻 ドナ・ウィリアムス
読了 2003.10.6
自閉症であるオーストラリア女性、ドナ・ウィリアムス(クリックすると公式HPが開きます)の自伝的著書。3巻で完結ではなく、
「自閉症だった私へ」「心という名の贈りもの(自閉症だった私へU)」「ドナの結婚」の3冊が世に送り出されており、
著者は現在30-40代のため、これからもこれからも続刊が期待される。
原題はそれぞれ、"Somebody Somewhere" "Anybody Anywhere" "Like Color to The Blind"
はじめにまとめてしまうと、ドナさんは心版ヘレン・ケラーといえる。
ヘレンさんは「見えない・聞こえない・しゃべれない」の3重の生理感覚的ハンデを乗り越え、
人間的に成長していく過程が感動を呼ぶ。
一方ドナさんは「自分を伝えられない・相手の意図がわからない・感覚的な不具合により社会に適応できない」といった、
自閉症による心理感覚的ハンデを乗り越え、人間的に成長していく。
この本は自閉症者本人が書いたものなので、自閉症という最近「心の理論」の観点から注目されてはいるが
とらえにくい症例の心の内面についての興味深い洞察とともに、より根本的な、心とは何かという問いの答えの原石がつまっている。
たとえていうなら、この本はそうした答えという宝石の原石が所々にかいま見られる大きな石の固まりである。
この固まりそのものでもすばらしい石だが、そこから宝石を切り出して磨くことでより価値のある石になりうる。
そして、そうした宝石の原石はひとつではなく複数様々な種類のものがあり、今まで見たこともないような輝きを
放つ宝石が入っていることを予感させる。
と、ドナ・ウィリアムスが得意である感覚的比喩で紹介してみたが、より具体的に言うと、この本は自閉症という症状はいったい何かということと、
人間一般における心とは何かということ、このふたつのことを知ることができる本である。
前者の自閉症については、この本は自閉症者が自分の言葉で内面的世界を描いた世界で初めての本だ
というふれこみである(その後日本人作者を含め数巻刊行されている)。
自閉症者は個々それぞれ様々な症状を持っていたりいなかったりするのでドナの症状だけが自閉症の症状であるわけでなく、
健常者が個々それぞれ違うように自閉症者も症状のバリエーションがあることを頭に入れて読む必要がある。
このことは途中でドナさん自身も書いている。
この本を読むことで自閉症者一般について理解したつもりになるのは注意が必要である。
自閉症そのものについても興味深いが、私がもっとも興味深く思ったことは、自閉症者の心と健常者の心との比較である。
しかし、その二者の心がどう違っているのかを一個一個具体的に書き表すためには自分はまだ読み込みが浅すぎる。
ドナさんの文章にはそうした心の違いの原石が所々にちりばめられていて、それが心とは何かについて教えてくれる予感をさせるが・・・
文章は至る所で強烈。
これは第1巻は出版するつもりで書いたわけではなく、自分というものを他の人に伝える表現法として書いたせいもある。
現に、ドナさんはこの原稿を一番はじめに自分の主治医の精神科医に渡している。
強烈なのは、自分の父親、母親、兄についての記述。
ドナさんは両親とひとつ違いの兄、いくつか下の弟との5人家族なのだが、父親からは無視され、
母親と兄には結託してバカ扱いされていじめられ、弟は自閉症だったのでこの弟とは人間関係が良好だった、ということを
オブラートに包むことなくダイレクトに描かれている。
2巻、3巻と巻を重ね、人間的にも成長していったドナとの家族との関係の変遷も大きなテーマとなっている。
また、ドナさんは音楽の才能があり、作曲したCDを出している。
現在在住のイギリスの会社からネット通販で取り寄せて聞いてみた。
そういえば大江健三郎の息子光さんも自閉症で作曲活動をしていたなと思いながら。
どんな曲かは、まあ聴いてみてください。
いい曲です。